「ピンポイント農薬散布テクノロジー」が農家にもたらす3つのメリットとは?

2007年の設立以降、従来のスタイルにとらわれず未来志向の農業を模索し続けている農業生産法人 株式会社イケマコ。取り組んでいるのはスマート農業の導入だ。

同社は昨年、株式会社オプティムが開発・運用している「ピンポイント農薬散布テクノロジー」を活用した農薬使用量を削減した枝豆・大豆の栽培に世界で初めて成功した。枝豆・大豆の生育管理にドローンやAIを用いて、ピンポイントで農薬を散布するのは、世界初の試みである(2017年12月26日時点、株式会社オプティム調べ)。

9月5日に開催された「IDC AI and IoT Vision Japan 2018」にて、同社代表の池田大志氏による講演が行われるとのことで、今回SMART AGRI編集部ではその講演を取材。「ドローン&AIによるピンポイント農薬散布テクノロジーの全貌 ~ “稼げる農業” を佐賀から ~」と銘打ったこの講演では、スマート農業導入の背景、ピンポイント農薬散布テクノロジーの活用事例と効果が語られた。

有明海に面した佐賀平野で農業を営む一農家が、国内はおろか、世界に先駆けた最先端技術の導入に取り組むのはなぜなのか。池田氏が思い描くスマート農業の将来像をうかがった。

▲株式会社イケマコ代表取締役の池田大志氏

先代の想いを受け継いだ、新しいことにチャレンジする会社

「平均年齢35歳という若いスタッフ、従業員数3名という少数精鋭で日々、農業に従事しています。『イケマコ』の名前の由来は、先代の池田誠から。先代は穀物商社として起業し、長年地域の農業者と関わりをもち、事業を担ってきました。そんな先代の想いを受け継ごうという意思が社名に込められています」

地元佐賀県の地域農業を守り、困っている農家の手助けになろうという使命感に駆られた池田氏が、先代の名前を冠した会社を設立したのは2007年。掲げた企業理念は、「50年後、100年後も発展し続ける農業生産システムを確立する」というものだった。

「私たちは従来の農業にとらわれず、新しいことにチャレンジしていくことで、未来志向型の農業家を目指しています。そのなかで、農業を継続可能な強い産業として確立させたいと考えています。つまり、農業を一つの産業になるよう育てること、“農産業”の確立です。

そのための取り組みは多岐にわたります。新世代の酒蔵との連携を図り、生産者の顔が見える商品開発や、それに伴う新しいブランドの日本酒の開発、農業に触れる機会を創出するための消費者と産地とを結ぶ農業イベントの開催、あるいは自社生産物を使用した加工食品、いわゆる6次産業化商品の開発などです」


こうした取り組みのひとつとして、食の安全性に対する意識の高まりを感じ、取り入れることになったのがIT農業=スマート農業の導入だった。

世界初、ドローンによる画像解析と農薬散布で行う大豆栽培

イケマコにおけるスマート農業の導入例の代表的なものが、2017年7月より開始した、AI・ドローンを使った「ピンポイント農薬散布テクノロジー」である。これは、従来の手法であれば害虫を駆除するためにほ場全体に農薬を散布する作業を、ICT技術の導入により劇的に変えていくもので、株式会社オプティムとの協力体制により実現した。

「まずドローンを飛ばして、空からほ場全体を空撮します。そこで撮影された画像をAIが解析。害虫が検知されると、再びドローンが自動飛行で害虫ポイントまで飛び、ピンポイントで農薬を散布します。

最初にこの話を聞いた時には、不安はありました。天候に左右されるのではないか、あるいは散布するタイミングをAIに完全に委ねていいのか。しかし、農薬の使用量を抑えられるばかりでなく、作業時間の短縮も期待できると聞いて、まずは実験してみることにしました」

▲「スマート大豆プロジェクト」と名付けられたイケマコでの実証実験。ほ場の半分でドローンによる農薬散布を行った

実証実験に使われたのは、イケマコが管理する88アールの大豆畑。これを2分割し、一方は従来の栽培方法で、もう一方はドローンによるピンポイント農薬散布テクノロジーでの栽培を行うことで、それぞれの残留農薬量、収量、品質、労力などを比較する。

▲ほ場を撮影した画像をアップに。虫食いになった葉すべてを摘み取ったり農薬を散布するわけではない

▲虫食いの中で、現在害虫が潜んでいると考えらえる場所をAIが特定しマーキングする

「ほ場は約290カ所に区分けされて空撮され、AIが画像を解析することで、290カ所のうちに害虫の潜む箇所が特定されます。特定された箇所の画像は高解像度の4Kを使用しているため、葉の一枚一枚が確認できるレベルで拡大することも可能です。虫食いされている葉を葉脈が見えるくらいまで、はっきりと確認することができます。害虫の存在が確認された場所にドローンが自動で飛んでいき、ピンポイントに農薬を散布していきます」

▲ほ場全体の中でマーキングしたポイントをリストアップしたところ。この場所にだけ効率的に農薬を散布する

メリット(1)農薬の使用量は10分の1、労力も残留農薬も軽減

世界初となったピンポイント農薬散布テクノロジーの実験は、池田氏の想像以上の結果をもたらすことになった。農薬の使用量は従来の手法に比べて10分の1以下まで削減。それでいて、収量、品質、形状は、従来の栽培方法で育てた枝豆とほとんど変わらなかったのである。

「ここで懸念していたのは、実際に採れた枝豆の残留農薬でした。しかし、検査した結果、国の基準値を大きく下回る数値となったことがわかりました。そこで、栽培に成功した枝豆を『スマートえだまめ』と命名し、通常の枝豆が100gあたり67円であるのに対し『スマートえだまめ』を200円に設定して販売することにしました。その結果、市場価格を大幅に上回る価格であるにも関わらず、某百貨店で即日完売するという成功をおさめることができました」

▲残留農薬の検査結果。上は通常の散布、下はピンポイント農薬散布テクノロジーの値。後者の方が残留農薬は少なかった

価格の参考としたのは、丹波産の黒豆など日本を代表するブランド。完売できたのは、対面販売により、直接消費者に「農薬使用量10分の1以下」「残留農薬不検出」といった農薬使用量削減の側面を全面的に打ち出し、安全な枝豆であると訴えたことも大きかった。しかし、それでも完売するほど大きな反響となることは予測していなかったという。

▲通常の枝豆に「安全・安心の有機栽培」という要素を追加することで、単価アップをしても消費者にも受け入れられたかたちだ

「ドローンによるピンポイント農薬散布テクノロジーを取り入れてみて感じたのは、思ったよりも細かな解析がなされているということです。農薬を減らしての栽培は手間がかかるために、大規模農園でも敬遠しがちですが、労力がかからない上に通常栽培のものと大差なく生育し、農薬使用量削減という付加価値の高い枝豆を栽培することができたのは、他の枝豆との差別化という点で大きなメリットになると考えています」

▲従来の栽培方法と収量は同じ。違いは農薬使用量の削減、労力低減、安全性向上

(2)25ヘクタール換算で約21万円もの予算を削減

ドローンによるピンポイント農薬散布テクノロジーがもたらす、経済的な効果も見ておこう。

イケマコでは通常散布(44アール)の場合、ノーモルト乳剤とトレボン乳剤と水を混合させた農薬を約500リットル使用している。今回の場合、金額に換算すると5336円になる。

▲通常使用している農薬の概要。全域散布だが、当然残留農薬は規定値以下になる量だ

一方、ピンポイント散布の場合は、同じく44アールでも使用量が大幅に少ないため、わずか1566円で済む。これを1ヘクタール規模で考えると、単純に8568円のコストダウンにつながる。イケマコの経営する農場は全体で25ヘクタールなので、もしピンポイント農薬散布テクノロジーを全域に施したとすると、1回の散布につき約21万円ものコスト削減が見込めることになる。

▲単価では見えにくいが、ほ場単位にしてみると、確実に予算削減に結びつくことが実証された

メリット(3)農家の安全性の向上と作業時間の短縮

ピンポイント農薬散布テクノロジーなどのスマート農業によって農業を変えていくことで、農薬使用量が減り、同時に労力も減り、散布者が被る健康被害も抑えられるなど、「リスクが低く、しかも高い利益率を実現することが可能です」と池田氏は胸を張る。

その一方で、課題も残されている。それが、リアルタイムでの画像解析だ。

実証実験を行った当時、ドローンでほ場を撮影した後、AIによる解析結果を受けてピンポイント散布するまでに3日間を要していた。撮影から散布までの時間、つまり虫などの存在が発覚してから農薬を撒くまでの時間は短ければ短いほど理想的であることは言うまでもない。このタイムラグは2日間、1日とオプティム側の努力により徐々に縮まってはいるが、より効果的な防除のために、そのスピードをさらに早めていくことが期待されている。

▲解析から散布までは短いほどいいのは当然。また、音声による作業入力など、要望は尽きない

IT技術がもたらす、未来の農業像

池田氏は、農家の未来像をこのように思い描いている。

「現在、農作業の時間の約20%が田んぼの周り(巡回)に費やされていると言われています。暑い日も、雨の日も、田んぼに出かけなければ農業は成り立ちません。しかし、こうしたITの技術が進歩し、その導入が進んでいけば、将来は自宅にいながら楽々農作業といったことも実現されるかもしれません」

▲事業規模の小さい農薬使用量を抑えたり有機栽培の農家にとっても、大規模な農業法人にとっても、ピンポイント農薬散布テクノロジーは有用と考えられる

スマート農業のようなIT技術を活用した農業で豊かになるのは、何も農家だけではない。農薬使用量を削減することにより地球環境にかけるストレスの軽減にもつながる。

すべての生命体を豊かにするスマート農業革命を地元・佐賀県から広げていこうと、池田氏は今日も努力を重ねている。


株式会社イケマコ
ピンポイント農薬散布テクノロジー(Optim Agri Drone)
IDC AI and IoT Vision Japan 2018

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WRITER LIST

  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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