イチゴ栽培ハウスの環境データをまんべんなく収集する方法 〜 農研機構・九州(後編)

施設栽培でのイチゴの収量と品質を高めるためには、施設内の温度や湿度などの環境データの収集が欠かせない。その際、緻密な栽培管理につなげるうえで課題となるのは、「施設の一部ではなく全体の環境データを取れるかどうか」である。

イチゴの輸出拡大に資する課題に打ち込む、農研機構や九州大学などの研究チームが目を付けたのは収穫台車だ。

イチゴの研究に携わる農研機構の曽根一純さん(左)と日高功太さん

収穫台車にセンサーを搭載


研究チームが開発している環境データを収集するセンサーは収穫台車に搭載する。収集するデータは温度と湿度、二酸化炭素、照度。栽培ベッドの各所にはQRコードを付ける。収穫台車に装着したカメラがこれを読み取り、環境データを収集した場所や時刻を特定できるようにする。

念のために説明すると、収穫台車とは人が手で押して畝間を進みながら、イチゴの実をもいで台車に載ったコンテナに入れていく器具。農家は収穫のためにほぼ毎日、すべての畝間を巡るので、自然と施設内の環境データがまんべんなく取れることになる。


生育画像を解析して収穫の時期と量を予測


環境データを活用する目的は、栽培の管理だけではなく、収穫の予測にもある。そのために収穫台車にはカメラを設置。顔認証システムと同じ機能を使って、まずは生育している画像を撮影する。この画像を人工知能で解析して、花数や果実の数、果実熟度、葉面積まで把握。現時点での積算温度を踏まえて、収穫の時期、さらには施設全体の収穫量まで予測する。

曽根さんは「収穫の時期や量が予測できれば、その作業に要する人員のめどもつけられる。さらにバイヤーとの商談で具体的な話ができる」と説明する。


安価で導入しやすいモニタリング装置を


研究チームが収穫台車に手を加えたモニタリング装置を開発するに至ったのは、環境データを収集する従来の方法に限界を感じていたから。一般的には施設内の1カ所にセンサーを設置するが、これではその付近の環境データにとどまり、それをもって施設全体の環境データとするしかない。

しかし、実際には施設内の環境データは側窓や出入口との遠近や日射量の過多などで異なる。1カ所にセンサーを設置するだけでは、そうしたきめ細かなデータの把握ができない。

曽根さんは「希望する場所に収穫台車を仮置きすることで、定点観測も可能となり、より細やかな環境情報の計測が可能となる」と語る。

その課題を克服するため、施設内を自律走行するロボットも市販化されている。ただ、「高額なので、誰もが導入できるわけではない。代わりになるべく安価に提供できるモニタリング装置として、収穫台車にセンサーを搭載することを考えた」(曽根さん)


管理データの収集も


研究チームは管理データも収集する技術を開発している。

まず、高設栽培の栽培ベッドからの排液を受け止める槽を設ける。その排液の量と電気伝導度(EC)を踏まえて肥培効果を確かめて、より合理的な肥培管理につなげる。

一連のデータの管理や解析を任せるのは、クラウド型の営農支援システム「AGRI-VISION」。さらにキャノンITソリューションズが提供する遠隔での業務支援サービス「VisualBrain」を用いて、一連のデータをJAや研究機関などと共有して、営農指導員や研究者が遠隔地から助言できるようにする。共有する相手にはグローバルGAPなど農業生産工程管理の認証にかかわる指導員や審査員も入れて、その取得にかかる一部の手間を省く。


日持ちを延ばす選果と出荷容器


改めて確認すると、研究チームの今回の課題の最大の目的は、すべてイチゴの輸出を拡大することにある。それには収量と品質を上げる一方で、日持ちする日数を増やすことも大事だ。

そこで検証しているのが、非破壊で果実の品質を評価する仕組みだ。その役割を果たすのは、ロボットによる自動選別とパック詰めを両立させる装置。選果ラインを流れてくる、トレイに入ったイチゴをLED光源で照射しながら、その画像を撮影。物理的に損傷を受けた箇所の有無を瞬時に判別して、えり分ける。試験では損傷したり糖度が低かったりする果実の80%を除去できた。

曽根さんは「この技術を使えば肉眼ではわからない損傷についても判別できる。損傷があると、劣化を早めるので、えり分けるのは品質の維持にとって非常に大事」と話す。

出荷用の容器に使うのは、包装資材メーカー・大石産業(福岡)が開発した容器「ゆりかーご」。鶏卵の容器のようにイチゴを1粒ずつ入れられるほか、衝撃を吸収する構造になっている。実証試験では、ロボットアームが選果した果実をそのままこの容器に入れる経路も構築している。

研究チームは一連の技術を活用して、海外に荷物が着いた段階でのロスを20%減らす。合わせて店頭で売りに出してから品質を保持できる期間を現状の3日から4日に伸ばすつもりだ。

以上、2回に分けて輸出拡大に向けたイチゴの収量と品質を高める技術を紹介した。率直に言えば、イチゴの輸出額を2025年までに2019年比の4倍となる86億円にすることはかなり高い目標だと感じた。

しかし、まだ始まったばかりの研究だ。ここではその是非については置いておく代わりに、技術の汎用性に注目したい。前回紹介した二酸化炭素の局所施用にしろ、今回取り上げた環境データの収集や解析の手法は、ほかの作物にも応用できるはずだ。この研究課題の価値はその点にも見出せることを伝えて、本稿を終えたい。


九州沖縄農業研究センター | 農研機構
https://www.naro.go.jp/laboratory/karc/index.html
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WRITER LIST

  1. よないつかさ
    1994年生まれ、神奈川県横浜市出身。恵泉女学園大学では主に有機栽培について学び、生活園芸士の資格を持つ。農協に窓口担当として5年勤め、夫の転勤を機に退職。アメリカで第一子を出産し、子育てをしながらフリーライターとして活動。一番好きな野菜はトマト(アイコ)。
  2. syonaitaro
    1994年生まれ、山形県出身、東京農業大学卒業。大学卒業後は関東で数年間修業。現在はUターン就農。通常の栽培よりも農薬を減らして栽培する特別栽培に取り組み、圃場の生産管理を行っている。農業の魅力を伝えるべく、兼業ライターとしても活動中。
  3. 槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
  4. 沖貴雄
    1991年広島県安芸太田町生まれ。広島県立農業技術大学校卒業後、県内外の農家にて研修を受ける。2014年に安芸太田町で就農し2018年から合同会社穴ファームOKIを経営。ほうれんそうを主軸にスイートコーン、白菜、キャベツを生産。記録を分析し効率の良い経営を模索中。食卓にわくわくを地域にウハウハを目指し明るい農園をつくりたい。
  5. 田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。