農学における産学官連携の意義と海外の研究事情【スイス在住・川上悠太の研究者コラム】
スイスの大学の博士課程で植物育種学・バイオテクノロジーを研究している川上悠太氏によるコラム。第2回では農学分野における産(民間企業)・学(教育・研究機関)・官(政府や地方公共団体)連携の意義について、自身の海外教育機関での経験などをもとにご紹介します。
産学官連携は農学分野に限らず、広い分野で推進されていますが(※2)、筆者は以下の理由から、そのメリットは特に農学分野で大きいと考えています。
この記事では、筆者が実感した欧州の研究文化・体制の特徴の中で、共同研究の行いやすさに寄与していると考えられるものを紹介します(なお、ここで挙げた特徴は必ずしも農学分野に限定されたものではありません)。
そんな環境では、研究室グループの垣根をあまり意識することなく、わからないことがあれば気軽に他のグループのメンバーに相談をして、助言を求めることができます。
このような風土は、大学内の他の部局や欧州内の他の大学にも広く共有されています。そのため、自前でノウハウを持たない実験を行いたい場合にも、ノウハウを持つ研究室と共同研究を行うという選択が取りやすいのです。
また私が今所属している大学では月に1〜2回、他大学の研究者を招いたセミナーが開催され、興味のある研究者と直接議論をする機会も多くあります。そのような機会がきっかけで共同研究に発展するケースも少なくありません。
また、産学連携では世界中の企業がパートナーとなりえます。事実、成果の上がっている産学連携の事例の中で、欧州の大学と他国企業が連携しているケースも多いのに対し、日本の大学が日本国外の企業と連携している事例はほとんどありません(※3)。
また、博士課程を修了後、産業界に就職する学生も日本と比べると多数(私の周囲では30-40%程度)いるため、アカデミアと産業界の人的パイプは日本より太いように感じられます。
また、私が在籍していたオランダの大学では、修士課程学生がそれぞれの専門性を生かして、企業や自治体に向けてコンサルティングをするグループワークがありました。その中で、異なる専門性を持つ人材とプロジェクトを進める面白さや難しさを学び、学術の専門性を実社会の課題解決に活用する興味が喚起されました。
<参考文献>
※1 農林水産省. 農林水産研究イノベーション戦略. (2019).
※2 イノベーション促進産学官対話会議事務局. 産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン. (2016).
※3 Top 100 corporate–academic collaborations. Nature Index (2017). Available at: https://www.natureindex.com/supplements/nature-index-2017-science-inc/tables/collaborations.
農学分野は、産学官連携の意義が大きい
日本政府の農林水産研究イノベーション戦略において、農業分野のイノベーションの原動力として、研究を通じた新規技術の開発とその実用が期待されています。そして、技術の応用を促進するための環境整備の一環として、産学官連携の強化が盛り込まれています(※1)。産学官連携は農学分野に限らず、広い分野で推進されていますが(※2)、筆者は以下の理由から、そのメリットは特に農学分野で大きいと考えています。
農学研究の課題志向性・目的志向性の高さ
農学は実学であり、農学分野の研究プロジェクトは実社会での課題解決や価値創造を目的に始められることが多くあります。その前提に立った時、日本にとどまらず世界での課題やニーズを熟知している農業関連の企業と連携を強化することは、社会的意義が大きな研究プロジェクトが生まれる可能性が高くなることを意味するのです。農学上の課題の国際性・公共性の高さ
農学の最も大きな存在意義の一つに、世界の持続可能な食糧生産システムへの貢献があります。世界全体の人々に関わる非常に公共性と国際性の高いテーマである以上、農学の研究とその成果の活用には政府や国際機関をはじめとする公共セクターとの連携は不可欠であり、その強化は大きな意義を持ちます。農学研究の学際性の高さ
農業は生物を用いた生産システムである以上、農学の研究は生物に対する理解を深めることが大きなウェイトを占めています。しかし、生物に対する研究アプローチは、分子生物学のようなミクロなものから、生態学のようにマクロなものまで多様であり、それぞれの分野の知見が農学にとって重要な示唆を持ちます。様々なセクターに散らばる異分野の研究者の知見の統合が進みやすくなるという観点からも、農学において産学官連携の意義は大きいです。共同研究の行いやすさに寄与する欧州の大学の風土
筆者は産学官連携の研究プロジェクトに直接関わった経験はありません。しかし、産学連携の成功事例が多数存在する欧州(※3)の研究文化・体制に触れる中で、産学連携にとどまらない共同研究全般が進みやすい素地を実感しています。この記事では、筆者が実感した欧州の研究文化・体制の特徴の中で、共同研究の行いやすさに寄与していると考えられるものを紹介します(なお、ここで挙げた特徴は必ずしも農学分野に限定されたものではありません)。
研究グループ間・大学間の垣根が低い
欧州の大学では日本の大学よりも研究グループ間の垣根が低いです。筆者がこれまで在籍してきたスイスとオランダの大学ではともに、オフィスや実験スペース、実験器具は複数の研究グループが共同で使用している場合が多くありました。そんな環境では、研究室グループの垣根をあまり意識することなく、わからないことがあれば気軽に他のグループのメンバーに相談をして、助言を求めることができます。
このような風土は、大学内の他の部局や欧州内の他の大学にも広く共有されています。そのため、自前でノウハウを持たない実験を行いたい場合にも、ノウハウを持つ研究室と共同研究を行うという選択が取りやすいのです。
また私が今所属している大学では月に1〜2回、他大学の研究者を招いたセミナーが開催され、興味のある研究者と直接議論をする機会も多くあります。そのような機会がきっかけで共同研究に発展するケースも少なくありません。
大学の共通言語は英語
たとえ非英語圏であっても、欧州の自然科学分野の修士課程以上の研究・講義は基本的に英語で行われます。このような風土のもと英語が広く浸透しているので、欧州内の研究グループであればほとんど言語障壁を感じることがなく共同研究が可能です。また、産学連携では世界中の企業がパートナーとなりえます。事実、成果の上がっている産学連携の事例の中で、欧州の大学と他国企業が連携しているケースも多いのに対し、日本の大学が日本国外の企業と連携している事例はほとんどありません(※3)。
人材の国際性・学生の進路の多様性
日本と比して、スタッフの国籍や経歴が多様であり、それぞれが固有のネットワークを持っています。そのため、組織として非常に幅広い人脈にアクセスができ、共同研究相手の選択肢も幅広いです。また、博士課程を修了後、産業界に就職する学生も日本と比べると多数(私の周囲では30-40%程度)いるため、アカデミアと産業界の人的パイプは日本より太いように感じられます。
学際連携や産学連携に必要なスキル教育が充実
欧州の大学では修士課程の間に、修士プログラムの一環として、自国・他国を問わず企業や研究所でインターンシップをすることが多いです。このような経験を経ることで、最終的にアカデミアに残る選択をする学生も、インターンシップで培ったスキルや人脈を基に産業界との連携を模索しやすくなります。また、私が在籍していたオランダの大学では、修士課程学生がそれぞれの専門性を生かして、企業や自治体に向けてコンサルティングをするグループワークがありました。その中で、異なる専門性を持つ人材とプロジェクトを進める面白さや難しさを学び、学術の専門性を実社会の課題解決に活用する興味が喚起されました。
<参考文献>
※1 農林水産省. 農林水産研究イノベーション戦略. (2019).
※2 イノベーション促進産学官対話会議事務局. 産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン. (2016).
※3 Top 100 corporate–academic collaborations. Nature Index (2017). Available at: https://www.natureindex.com/supplements/nature-index-2017-science-inc/tables/collaborations.
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