「ゲノム編集作物」は遺伝子組み換えなのか? 日本・世界のあり方は?【スイス在住・川上悠太の研究者コラム】

SMART AGRIをご覧のみなさん、初めまして。スイスの大学の博士課程で植物育種学・バイオテクノロジーを研究している川上悠太氏と申します。


私は、科学技術の発展により社会がどう変化していくかに興味があり、これまで日本、スイス、オランダ、メキシコで研究してきました。

今回から数回にわたって、私の研究や海外での経験を通して考えたことをご紹介したいと思います。少し難しい内容もあるかもしれませんが、これからの食と農について非常に大事な技術や、技術の研究について書いていきたいと考えています。

まずは、近年注目され、農業分野でも話題となっている「ゲノム編集技術」について取り上げます。研究者の視点からのコラムなので、少しわかりにくい用語などもあると思いますが、重要な言葉ばかりですので、ぜひ最後までご覧ください。

新しい作物育種技術としての「ゲノム編集」

2012年に「CRISPR/Cas9」(クリスパー・キャスナイン)という新しいゲノム編集技術が報告されて以降(※1)、ゲノム編集技術は生命科学の研究に広く用いられるようになりました。

その応用範囲は農作物の育種(=品種改良)にもおよび、ゲノム編集を活用することで育種効率が劇的に向上し、消費者や生産者にとって有用な作物品種の開発が加速することが期待されています(※2)。

一方、「食品」という非常に身近な商品に応用されうる新技術なだけに、技術の応用に当たっては、技術への生産者や消費者の理解と信頼が不可欠。この記事では、「ゲノム編集技術が作物育種に応用される初期段階において、この技術が十分な社会的利益をもたらしながらも、信頼性高く運用されるには、どのようなルール作りが求められるか」という問題意識に基づき、作物へのゲノム編集技術の応用に対する規制のあり方について議論していきます。

ゲノム編集とはどのような技術か


より高精度な品種改良を可能に

作物育種におけるゲノム編集とは、ひとことでいえば「ゲノムの狙った位置に、望ましいDNA配列の変化を起こし、新たな品種を作り出す」技術です。

生物の遺伝情報はA、T、G、Cの4つの塩基からなるDNAの配列によって記録されており、そのDNA配列の集合体全体のことを「ゲノム」と言います。ゲノムはいわば「生物の設計図」であり、その設計図はA、T、G、Cという4文字を用いて記されているとたとえることができます。

例えば、イネの設計図たるイネのゲノムは、約3億9000万塩基(※3)。

近年、ゲノム科学や分子生物学の研究の進展に伴い、作物のゲノムのどの位置にどの形質(=生物の特徴・性質。例えば、植物の背の高さ、実の大きさなど)をコントロールするDNA配列があるかということが解明されてきました(=生物の設計図の解読が進んできた)。そして、同じ作物種のゲノム内のわずかなDNA配列の違いが、大きな形質の違い、すなわち品種間の性質の違いを生むことがあることも明らかになってきました。

例えば、お米の粘り気の有無(=パラパラとしたインディカ米と、粘り気のあるジャポニカ米の違い)は、約3億9000万塩基のイネのゲノム上のたった1つの塩基の違いに大きく左右されることがわかっています(※4)。こうした知見を基に、農作物が人間にとって好ましい形質を持つように、作物ゲノム内の狙ったDNA配列を高い精度でデザインすることができれば育種の効率は向上します。それを可能にしたのがゲノム編集です。

ゲノム編集技術「CRISPR/Cas9」システムとは

ゲノム編集技術の中で最も広汎に用いられている「CRISPR/Cas9」システムを簡単に説明すると、植物細胞内に、「ガイドRNA」と「Cas9」というタンパクの複合体、またはこれらを生成するのに必要なDNAやRNAを導入することで、ゲノム編集は行われます。ガイドRNAは、Cas9をゲノム内の編集したいDNA配列(標的DNA配列)まで誘導する役割を持っています。そしてCas9には、ガイドRNAによって誘導された先の標的DNA配列を切断する作用があります。

標的DNA配列はCas9によって切断された後、植物細胞に生来備わっているメカニズムを通して修復されます。その修復の際に、塩基の消失や付け加え、置き換えといった塩基配列の変化が生じ、Cas9による切断前とは異なるDNA配列に修復されるのです。

このようにランダムに近いDNA修復メカニズムに依存したゲノム編集の様式は、SDN-1型の編集といわれています(※5)。

植物細胞には上記のランダムに近いDNA修復メカニズムだけでなく、テンプレート(修復の見本)となるDNA配列をコピーする形で、切断されたDNA配列を修復するメカニズムも備わっています。この修復メカニズムを利用して、ガイドRNAとCas9と共に「テンプレートDNA」を細胞内に導入することで、Cas9による切断位置にテンプレート通りのDNA配列を挿入することもできます。

このようなテンプレートDNAを用いた編集様式は、挿入する塩基配列の長さに応じて、SDN-2型の編集(20塩基未満)とSDN-3型の編集(20塩基以上)に分類されます(※5)。

またCas9のなかにもさまざまな付加機能を持ったものがあり、標的DNA配列を完全には切断せずに、標的配列内の塩基をピンポイントでほかの塩基に置き換える作用(例えば、CからTへ、AからGへ塩基を置き換える作用)を持つものもあります(※6)。このようなCas9の変種の活用による精密なゲノム編集を「一塩基編集」と言います。

大きな傾向として、
  • SDN-1型の編集 標的DNA配列の機能の停止
  • SDN-2型/一塩基編集型の編集 標的DNA配列のチューニング
  • SDN-3型の編集 新規DNA配列の付加
といった目的での使用にそれぞれ適しています。

CRISPR/Cas9によるゲノム編集では、標的以外のDNA配列(オフ・ターゲット)を編集する可能性もあります。オフ・ターゲットの編集確率を下げる方法として、特異性の高い(標的DNA以外にはCas9をガイドしない・しにくい)ガイドRNAの設計や、ガイドRNAとCas9の細胞内での作用時間を短くするなどの対応策が報告されています(※2)。

以下では、現時点で作物育種における応用が最も進んでいる「SDN-1型のゲノム編集」と、今後使用が広がると考えられる「一塩基編集型のゲノム編集」に議論を絞ります。というのも、後述しますが、「SDN-2型」「SDN-3型」の編集によって開発された作物は、ゲノム中に外来のDNA配列を有することから、法規制上の「遺伝子組み換え生物等」や「組換えDNA技術応用食品」に該当し(※7、8)、この記事の主題である「新しい作物育種技術としてのゲノム編集」の規制の埒外となるためです。

よって以下より、単に「ゲノム編集」といった場合には、SDN-1型や一塩基編集型の編集様式を指すものとします。

ゲノム編集は作物育種や農業をどのように変えうるか


時間・手間・お金のかかる育種プロセスをスマート化

現在、私たちが口にしている作物品種の多くは、「交配育種」や「突然変異育種」といった育種方法で生み出されたものです。「交配育種」とは品種間や近縁種間の掛け合わせて生み出した集団の中から、好ましい性質をもつ系統を選抜する育種方法。「突然変異育種」とは作物の種子などを化学物質や放射線で処理することで、ゲノムのDNA配列の変化(突然変異)を誘発し、突然変異の結果として生じた好ましい形質を持つ系統を選抜する育種方法です。

どちらの育種方法も「種間・品種間のゲノムのシャッフル」や「ランダムな突然変異(ゲノムのどの位置に起きるかわからない変異)」といった確率的なプロセスに依存するため、非常に多くの系統からなる集団の中から、多大な時間をかけて好ましい系統を選抜する必要があります。また、系統の評価・維持には多くの労力と栽培設備が必要なため、お金もかさみます。

一方、SDN-1型や一塩基編集型のゲノム編集を用いた育種法は、ゲノム上の標的DNA配列に狙いをつけて変異を導入できるため、「確率的な要素を極めて低く抑えた突然変異育種の一種」ということができます。偶然に依存する度合いが低い分、評価・選抜にかけられる集団のサイズは大幅に小さくなり、品種開発にかかる時間やコストも縮減します。

このように、より精度の高い育種がより少ないコストで実現できるという意味で、ゲノム編集は育種プロセスをスマート化します。実際、ゲノム編集が本格的に使われはじめたのはここ7~8年程度ですが、収量や耐病性、農薬抵抗性、栄養価が高いといった性質をもつ作物が、ゲノム編集を用いてすでに開発されています(※9〜12)。

スマート農業に大きく貢献する可能性も

近年、ゲノム解析技術の進歩により、質の高い大量のゲノムデータを速く、安価に取得できるようになりました。またドローンやフィールドセンサーの発達により、作物のフィールドでの性能を精度高くモニタリングできるようになってきました。

これらのデータを組み合わせて解析することで、ゲノムの構成と作物性能の相関関係をあぶり出し、作物品種のゲノム構成を基に、さまざまな栽培環境における品種の性能を予測する技術が発達してきました(※13、14)。

ゲノム編集技術とこのようなデータサイエンスの技術が融合することで、コンピューターシミュレーションを基にした作物品種の開発方法が発展する可能性があります。コンピューターシミュレーションを通して、個々の栽培環境に適したゲノム構成をデザインし、それをゲノム編集で実現するような育種法です。

このような育種を通して、個々の生産環境や栽培方式、消費者のニーズに対してきめ細かく最適化された品種の栽培が可能になるため、全体として農業生産がより効率的になる可能性があります。

農作物のゲノム編集に対する各国の規制のあり方


ゲノム編集は「遺伝子組み換え」と同等? 海外と日本の規制状況は?

技術として速いスピードで進歩しているゲノム編集による作物育種ですが、長期的にこの技術が広汎な社会的利益をもたらす技術に「育つ」には、生産者や消費者の技術への理解と信頼の醸成と、それを可能にする適度な規制が欠かせないと、私は考えています。なぜなら作物ゲノム編集は、食品という老若男女問わず非常に身近な商品にかかわる技術だからです。

2018年春以降、日本、米国、EUを含む先進各国でゲノム編集技術を用いて開発された作物品種に対する政府の規制方針の発表(あるいは裁判所の判決)が相次ぎました(※7、8、15〜17)。

米国においては、「ゲノム編集の結果として生じた遺伝的な変異が、従来の育種法によっても生じうる変異である限りにおいて、ゲノム編集された作物を特別な規制の下に置かない」という方針が示されました(※15)。

対照的に、EUにおいては、「ゲノム編集された作物を、遺伝子組み換え技術によって生み出された作物と同等の扱いをする」という欧州司法裁判所の判決が示されました(※16、18)。

日本では、いわば米欧の「中間」の規制方針が示されました。環境省は、SDN-1型の編集を通して開発され、最終的に外来のDNAやRNAをゲノム中に含まない品種に関しては、カルタヘナ法の規制の対象外とする方針を発表(※7)。厚生労働省も同様に、SDN-1型の編集を通して開発され、最終的に外来のDNAやRNAをゲノム中に含まない品種に関しては、食品衛生法上の安全性審査の対象外としました(※8)。またゲノム編集の際に生じるオフ・ターゲットの編集についても、旧来の突然変異育種において生じる変異との差異を見極めることは困難であるとしています(※8)。

日本はゲノム編集食品の届け出、義務化は見送り

一方、両省ともゲノム編集を用いて開発された作物や、それを用いた食品を栽培・生産する場合には、情報収集のため関係官庁に届け出を求めています。

そのうち食品に関する届け出は義務ではありませんが、届け出がされた場合、概要が公表されるとしています(※8)。現在、消費者庁において、ゲノム編集を用いて開発された作物を用いた食品について表示義務を課すかどうかの検討が進んでいるが、表示義務が課される公算が大きくなっています(※19)。

私は、日米欧の中では日本の規制方針がベターだと考えています。両極端に振れた米欧と異なり、少なくとも「消費者の選択の自由の確保」と「新技術の応用・発展を過剰な規制で阻害しない」という方向性の間でバランスを取ろうとする意図が見受けられるためです。

しかし、まだ改善の余地はあるとも考えています。

特に、ゲノム編集を用いて開発された食品の届け出とその概要の公表は義務化されるべきです。仮に食品の表示義務によって消費者の選択の自由が確保されたとしても、表示だけでは、「どのような企図の下、編集されたのか」「オフ・ターゲット編集の有無は確認されたのか」といった詳細まではわかりません。これでは消費者が選択の根拠とする情報を十分に得られず、結果的に技術に対する理解が深まりません。

義務化を見送る根拠の一つに、ゲノム編集により開発された品種が「従来の育種技術によって得られたものと判別し検知することが困難」であることが挙げられていますが、これは技術への長期的な信頼の醸成という観点から考えて、十分に説得力のある論拠でしょうか。確かに技術的に判別は難しいですが、「ルールに違反しているかどうか判別できないので、そもそもルールを作らない」という姿勢よりも、ルールを作ることで透明性の高い技術の活用を重視する姿勢を示した方が、長期的には技術の社会的信頼につながると私は考えています。

政府はゲノム編集の活用を成長戦略の一環として掲げています(※20)。それだけ期待のかかる技術であればこそ、その活用の初期段階においては十分な透明性を確保する一層の工夫が求められると思うのです。

<参考文献>
1. Jinek, M. et al. A programmable dual-RNA-guided DNA endonuclease in adaptive bacterial immunity. Science. 337, 816–821 (2012).
2. Chen, K., Wang, Y., Zhang, R., Zhang, H. & Gao, C. CRISPR/Cas Genome Editing and Precision Plant Breeding in Agriculture. Annu. Rev. Plant Biol. 70, 667–697 (2019).
3. Sasaki, T. The map-based sequence of the rice genome. Nature 436, 793–800 (2005).
4. Isshiki, M. et al. A naturally occurring functional allele of the rice waxy locus has a GT to TT mutation at the 5’ splice site of the first intron. Plant J. 15, 133–138 (1998).
5. Gao, C. The future of CRISPR technologies in agriculture. Nat. Rev. Mol. Cell Biol. (2018). doi:10.1038/nrm.2018.2
6. Gaudelli, N. M. et al. Programmable base editing of A•T to G•C in genomic DNA without DNA cleavage. Nature 551, 464–471 (2017).
7. 環境省. ゲノム編集技術の利用により得られた生物であってカルタヘナ法に規定 された「遺伝子組換え生物等」に該当しない生物の取扱いについて. (2019).
8. 厚生労働省. 新開発食品調査部会 報告書 ゲノム編集技術を利用して得られた食品等の食品衛生上の取扱いについて. (2019).
9. Scheben, A., Wolter, F., Batley, J., Puchta, H. & Edwards, D. Towards CRISPR/Cas crops - bringing together genomics and genome editing. New Phytol. 216, 682–698 (2017).
10. Nonaka, S., Arai, C., Takayama, M., Matsukura, C. & Ezura, H. Efficient increase of Γ-aminobutyric acid (GABA) content in tomato fruits by targeted mutagenesis. Sci. Rep. 7, 1–14 (2017).
11. 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 & 生物機能利用研究部門. シンク能改変イネ(Oryza sativa L.)の栽培実験計画書. (2017).
12. Shimatani, Z. et al. Targeted base editing in rice and tomato using a CRISPR-Cas9 cytidine deaminase fusion. Nat. Biotechnol. 35, 441–443 (2017).
13. Ersoz, E. S., Martin, N. F. & Stapleton, A. E. On to the next chapter for crop breeding : Convergence with data science. Prepr. 1–28 (2019). doi:10.20944/preprints201903.0115.v1
14. Hickey, J. M., Chiurugwi, T., Mackay, I. & Powell, W. Genomic prediction unifies animal and plant breeding programs to form platforms for biological discovery. Nat. Genet. 49, 1297–1303 (2017).
15. USDA. Secretary Perdue Issues USDA Statement on Plant Breeding Innovation.
16. Callaway, E. CRISPR plants now subject to tough GM laws in European Union. Nature 560, 16 (2018).
17. Mallapaty, S. Australian gene-editing rules adopt ‘middle ground’. Nature News (2019).
18. Wight, A. J. EU gene-editing rule squeezes science. Nature 563, 15–16 (2018).
19. 産経新聞. 「ゲノム編集」食品、表示義務化へ 政府が検討. (2019).
20. 閣議決定. 統合イノベーション戦略. (2018).

【連載】バイオ研究者・川上悠太の海外農業研究事情
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
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    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
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