日本の農業の未来のために、いま私たちが考えるべきこと【特別対談・ 菅谷俊二氏×奥原正明氏(1)】

元農林水産事務次官の奥原正明氏と言えば、40年に及ぶキャリアを通して、行政側の立場から常に日本の農業の未来を展望し、様々な農政改革を実施してきた人物として知られている。農地バンク法、スーパーL資金、農協改革、林業や水産業の改革、そして現在のスマート農業の発展にもつながる農業競争力強化プログラムなどを先頭に立って実現してきた。

その農政改革の目指すところは、農業が自立した産業として成長・発展し、食品産業とともに地域の発展に貢献すること。大規模化や収益アップだけを目的とせず、農業を将来にわたって持続可能な産業としていくことにある。

一方、AIIoTロボットといった先端技術を駆使して、「農業×IT」という旗印を掲げて農業に参入してきたのが、株式会社オプティムだ。彼らは農機製造メーカーではなく、IoTセンサーの開発メーカーでもない。「AI・IoT・ビッグデータプラットフォームを通じ、ネットを空気に変える」ことを掲げ、それを農業の世界に取り入れることをミッションとしている。「楽しく、かっこよく、稼げる農業」という言葉を軽やかに用いて、生産者にとって本当に必要なソリューションを提供して生産者自身の利益に転換してもらうことを目指している。

代表取締役社長の菅谷俊二氏自身も佐賀大学の農学部出身であり、日本の農業の発展に向けて並々ならぬ意気込みを持っている。

今回SMART AGRIでは、大きく拡大を続けているスマート農業に技術・ビジネスの両面で挑む株式会社オプティムの菅谷俊二社長と、政策面から推進してきた奥原正明氏との対談を実施。年齢もキャリアも異なるおふたりだが、農業分野においてそれぞれの立場から考える未来の日本の農業像、それに向けて今すべきと考えていることなどをたっぷり伺った。2時間以上にも及んだその対談の内容を、数回に分けてご紹介していきたい。

導入となる第1回は、菅谷氏が佐賀大学農学部を選び、ITベンチャーのオプティムという会社が「農業×IT」を志したきっかけ、そして奥原氏が腐心してきた日本の農業政策の改革の中身と残された課題について、語り合っていただいた。


菅谷俊二(すがやしゅんじ・写真左)
1976年生まれ。2000年6月佐賀大学在学中に株式会社オプティムを創業。同社代表取締役に就任。「ネットを空気に変える」のコンセプトのもとで、クラウドデバイスマネジメントサービス(MDM)は国内で4年連続シェアNo.1、リモートマネジメントサービスも1500万人を超え、国内最大の利用者を抱えるサービスとなる。2014年10月に東証マザーズ上場。2015年10月に東証一部上場。個人として、情報通信分野における日本人特許資産規模ランキング(1993年〜2015年まで)で第1位を獲得している。著書に「ぼくらの地球規模イノベーション戦略」(ダイヤモンド社)がある。

奥原正明(おくはらまさあき・写真右) 
1955年生まれ。麻布高校・東京大学法学部卒業。1979年農林水産省入省。在ドイツ大使館一等書記官、大臣秘書官、食糧庁計画課長、農業協同組合課長、大臣官房秘書課長、水産庁漁政部長、消費・安全局長、経営局長等を経て、2016年6月農林水産事務次官、2018年7月農林水産省を退官。現在は、オプティムのエグゼクテイブアドバイザーを務める。著書に「農政改革 行政官の仕事と責任」(日本経済新聞出版社)がある。

モデレーター:SMART AGRI編集部


これまでの「農業・農場政策」はマイナス・イメージだった


編集部:本日はよろしくお願いします。最初に、おふたりのことをあらためて読者にお伝えする意味で、それぞれ農業に触れられたきっかけを教えてください。まず、奥原さんは東京大学法学部から農林水産省へ入省されたんですよね。

奥原:私は農家出身ではありませんし、自分で農業をやったことはありませんでしたが、人口問題や食料問題が将来の大きな課題になると考えて、農林水産省に入省しました。入省当時、の農業や農業政策については、マイナス・イメージでとらえていて、これを何とかしたいと考えていました。

大きな理由は、国の米に関する政策です。

当時は、食糧管理法という法律があって、米が余っているにもかかわらず国が全量買い上げをやっていました。しかも、高い価格で買い上げ、毎年価格を引き上げていました。こういう仕組みを放置しながら、補助金を出すから生産調整をかけて「米を作るのを減らせ」と言うのが生産調整です。世の中が農林水産省の政策を批判するのも当然だと思いました。

そのうち、こんなことをやっていては将来展望が開けない、という考えの生産者の方たちが、自分で努力して、販路を切り開いて、経営を発展させるようになってきました。だから、こうした法人経営をはじめとする担い手農業者の方とは同じ志を感じます。そもそも、余っている米を作り続けて、高く買ってもらうなんて、ありえないじゃないですか。

菅谷:健全な市場を破壊してしまいますよね。

奥原:そうなんです。こんなことをしていたら、農業という産業をダメにしてしまいます。

菅谷:そこが、農業に新規参入する我々のような立場からすると、農業という産業の難しさなんですよね。

奥原:農業生産を継続するためには、儲からないといけませんが、それには販売のやり方を考えなければなりません。

これまでは、コストをまかない、ある程度収益も上がるような価格水準でどうやったら売れるか。そのことをきちんと考えてこなかったんです。作りたいだけ作って、市場に持っていくとか、米の卸売業者に渡しておけばいいという発想では、いつまで経っても価値を高めて売ることはできないわけです。

どうやって末端の実需者・消費者に対して生産者自身が利益を上げられるように販売するか、ということを考えなければいけないですよね。

編集部:では続いて、菅谷さんが佐賀大学の農学部に進学された理由は?

菅谷:私は子どもの頃からコンピューターをやっていたので、大学に行くにあたってはコンピューター以外のことを学びたいと思ったんです。

そんな中で、農業分野はその当時、外から見ていて夢がありました。バイオテクノロジーも進みますし、気候の問題、食糧難などの世界的な課題ももちろんありました。


奥原:大学に入学されたのはいつ頃ですか?

菅谷:1996年です。

奥原:そうか、その頃はそういう感じが結構あったかもしれませんね。

私は1989年から1992年までドイツに赴任していたのですが、当時叶芳和という方の『農業・先進国型産業論―日本の農業革命を展望する』(1982年、日本経済新聞社)という本が話題だったんです。農業こそ先進国型の産業で、新しい科学技術を集積して伸びていく産業であると。

実際にアメリカやヨーロッパなど、科学技術をきちんと使っている地域の農業は伸びていたので、日本もそうならないといけないという議論が相当ありました。だから、バイオテクノロジーの話も含めて、農業をそういうものとして捉える人が、結構出てきていた時代だと思います。

私もこの本をものすごく読み込んでいて「日本もこうしないといけないんだ」と思いましたけど、実際にそれが実現できたのはそれから30年もかかった後でしたね。

編集部:まさにいま、「スマート農業」というかたちで日本でも普及が進んでいますね。ただ、菅谷さんは当時、LEDを用いた水耕栽培など植物工場の研究をされていたと伺いました。現在のオプティムの取り組みとは少し違いますよね。

菅谷:はい。実は、農学部では研究だけでなく実習もあって、栽培なども行うんですが、これがもうきついったらありゃしない(笑)。このときに生産者のつらさが身にしみたというか、身にしみる前につらくて脱落したというか(笑)。

ただ、あの時の辛い経験が「スマート農業アライアンス」として、生産者へのリスペクトに基づいた生産者を中心としたモデルにつながっています。

また、IT的なロジカルな分野と、生物学、植物学を融合させようという点は、方向性としては植物工場もスマート農業も同じものだと思います。個人的に興味を持っていたのは植物工場と、やはり遺伝子技術でしたね。奥原さんは、最近話題のゲノム編集についてはどのように考えられているんですか?

奥原ゲノム編集にもタイプはいろいろありますが、外部から別のものの遺伝子を入れないタイプのものは、通常の品種改良と違わない世界だと思っています。食品の安全性の確保は重要ですが、新しい技術の導入を妨げないようにすることも大切なことです。

今と同じ農業を続けようとしても、日本の農業は良くならない

奥原:最近、Amazonやアリババに関する書籍をよく読んでいるんですけど、彼らはやはり未来の発想がすごい。こうしたいという未来の姿を描いて、そこから逆算して、今やるべきことを詰めていくということをしないと、何も進まない。日本ってそこが弱いですよね。

菅谷:短期的な利益に振り回されがちですよね。

奥原:そうそう。私の本(『農政改革 行政官の仕事と責任』日本経済新聞出版社)にも書いたのですが、「課題設定をきちんとする」ということがないと、いつまで経っても何もできないまま、あがいておしまいになってしまう。そこをきちんとすることがすごく大事なことだと思いますね。

日本全体もそうだし、会社単位で見ても、10年後はこういうことを実現する会社にしようとかいうことがなければいけないと思います。それがないと、何年経っても何も実現できません。


菅谷:10年後の2030年への長期のビジョンを、農業という産業でも目指していった方がいいですね。

奥原:そうなんです。一番先を見ていない産業が、今までは農業だったんです。今と同じ農業をどうやったら続けられるか、という発想でこれまでやってきたわけですが、これをやっているうちは絶対によくならない。

今と同じことを続けていくといっても、高齢化がどんどん進む。補助金を出して高齢の方がいくらか続けられたとしても、結局はリタイアしていくわけですよね。じゃあ、その人の農地をどうするか、その人の技術的なノウハウをどうするか、という話はリタイアした時点で考えても遅い。その人が農業をやっているうちに、次世代の人に農地も技術もバトンタッチする方法を考えておかないと、ある日突然、日本農業はダメになるわけです。

菅谷:しかも、農業って他の産業に比べたら将来を予測しやすいですよね。人口動態であったり気候変動であったり、消費者の数であったりということは、すでにある程度読めますから。

奥原:だから、将来の日本農業のあり方をきちんと描いて、そこに向けて次の手を考えておかないといけないと思うんです。


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WRITER LIST

  1. 川島礼二郎
    川島礼二郎(かわしまれいじろう)。1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  2. 蒼井ネコ
    農学系の兼業ライター。某大学農学部、某農業レストラン、某飲料会社商品企画を経て、現在は某マルシェアプリでwebマガジン編集として働きながら、猫様のお世話をしている。
  3. 杉山直生
    すぎやまなおき。1988年生まれ。愛知県で有機農業を本業として営む。「伝えられる農家」を目指して執筆業を勉強中。目標は、ひとりでも多くの人に「畑にあそびに行く」という選択肢を持ってもらうこと。「とるたべる」という屋号で、日々畑と奮闘中。
  4. 柴田真希
    管理栄養士。㈱エミッシュ代表取締役。Love Table Labo.代表。27年間悩み続けた便秘を3日で治した雑穀や米食の素晴らしさを広めるべく、雑穀のブランド「美穀小町」を立ち上げる。現在はお料理コーナーの番組出演をはじめ、各種出版・WEB媒体にレシピ・コラムを掲載する他、食品メー カーや飲食店のメニュー開発やプロデュースなどを手がける。『私は「炭水化物」を食べてキレイにやせました。』(世界文化社)、『はじめての酵素玄米』(キラジェンヌ)など著書多数。
  5. 大城実結
    おおしろ みゆう。フリーランス編集ライター、大城文筆事務所所長。一次産業ほか地域文化、アウトドアなどお天道様系分野を専門に編集・執筆している。自転車で鍛えた脚力を活かし、農家さんのお手伝いをしながらインタビュー取材を積極的に行う。玉掛け免許と床上式操作クレーン免許所持。