“主食用”だけに頼らない米の未来——米粉×プラントベースフードが拓く、TORIKAI CAFEの新たな米の需要創出戦略

横浜市のみなとみらい線馬車道駅にほど近い、アパホテル&リゾート〈横浜ベイタワー〉1階にある「Vee Sweets CAFE YOKOHAMA」。一見普通のカフェですが、この店で提供されているスイーツには、ある秘密が隠されています。

それは、すべての食材がグルテンフリー&100%プラントベース、つまり植物由来の素材のみで作られているということ。同時に、味に一切妥協せず、誰もが「当たり前のようにおいしい」と感じられるスイーツを目指して、「おいしいプラントベースフード」の開発を続けています。

この「おいしいプラントベースフード」の素材は、なんと日本が誇る米粉。それも、おかきや煎餅ではなく、バンズや洋菓子、さらにはホイップクリームにまで使われ、見た目や味わいにおいても、従来の米粉スイーツとは一線を画す仕上がりとなっています。

今回は、この直営カフェとプラントベースフードの開発を手がける株式会社TORIKAI CAFE 代表の島原創(しまはらはじめ)さんにインタビュー。世界進出も見据えた、日本の米粉とプラントベースフードの可能性を聞きました。

TORIKAI CAFE代表取締役社長の島原創(しまはらはじめ)氏。元アメリカンフットボール日本一の経験も持つ異色の起業家

プラントベースフード=“おいしさは100点じゃない”イメージを壊したい


「私自身、もともと食の仕事をしていたわけではありません。前職はマーケティングリサーチのベンチャー企業で、10年間営業や新規事業開発の仕事で働いていました」と島原さん。独立・起業して手土産菓子をプロデュースしていた頃、福岡県の豆腐屋さんとの出会いが転機となりました。

「その豆腐屋さんの軒先にカフェをオープンし、豆乳を使った『ガトーショコラ』を提供していたのですが、山奥のお店までわざわざ来てくれたのに、アレルギーがあるために食べられないお子さんと出会ったんです」

当時のガトーショコラには、まだ一部に乳や卵も使用していたため、誰もが食べられるというわけではありませんでした。そのことをきっかけに、島原さんは誰でも食べられる完全なプラントベース=植物性スイーツの開発を始めました。

「ついにプラントベーススイーツの製造に成功して、アレルギーのせいで誕生会などで友達と同じものを食べられなかったお子さんが『初めて友達と一緒に食べられた!』と涙を流しながら口にする姿を見た時に、『これこそ、自分が取り組むべき仕事だ』と強く使命感を感じるようになりました」


そんな島原さんが徹底的にこだわってきたのが、“おいしさ”です。

プラントベースの食事やスイーツは、味を妥協する前提で作られていることが多いんです。でも僕は、『80点のおいしさのものしか食べられない』と、本人も作り手側も諦めてしまっている世界を変えていきたいと思ったんです」


小麦粉と遜色ないグルテンフリーの素材


最初に開発したのは、濃厚豆乳やおからを使った「SOYドーナツ」。研究を続ける中で、次第に、乳・卵・小麦を使わない“アレルギーフリー”のメニューが増えていきました。そんな中で巡り合ったのが「米粉」です。

小麦に含まれる「グルテン」という成分は、菓子作り・パン作りにおいて膨らみやすいという非常に優れた性質を持っていますが、このグルテンが小麦アレルギーの主な原因にもなっていました。

一方、米粉にはグルテンが含まれていないため、アレルゲンはありませんが、ふっくら焼き上げることができません。見た目こそ似せられても、単なる置き換えでは「パンやスイーツとしての本当のおいしさ」を再現するのは困難でした。

その開発の難しさゆえに、多くのシェフが米粉での製菓を断念してきたという現実も目の当たりにしてきたという島原さんですが、諦めることなく開発を続け、グルテンなしの米粉でも徐々においしさを引き出せるようになっていきます。

実際に「Vee Sweets CAFE YOKOHAMA」で販売されている、米粉バンズと大豆ミートを使ったハンバーガーを試食させていただきました。米粉パン特有のもちもちした食感は残しつつ香ばしい風味で、言われなければ米粉バンズとわからないほど。大豆ミートのハンバーグもまさに肉の食感と満足感がありました。

小ぶりに見えるが、食べてみるとかなり満足度が高いのも米粉バンズならでは

「米粉ホイップクリーム」という革命


そんなおいしさにこだわったプラントベースフードの中でも特に革新的なのが、冷凍保存可能な植物性ホイップクリームの開発でした。

その主な素材として使われているのも、意外なことに米粉です。

それまでのプラントベースのホイップクリームは大豆ベースが多く、冷凍・解凍ができず、業務用・個人消費者用ともに成功している製品はありませんでした。しかし、TORIKAI CAFEは独自の技術によりその課題を克服することに成功します。

実際に、アーモンド焼きドーナツと米粉ホイップクリームで作られた「いちごショートケーキ」を試食させていただきましたが、驚いたのは市販のショートケーキなどに使われているクリームの食感にかなり近いということ。何も知らずに食べると、「確かに生クリームとは異なるけれど、これはこれで十分においしい」と感じるはずです。これが米粉で作られたホイップクリームということは、ある意味カルチャーショックでした。

TORIKAI CAFEの看板メニューでもある「いちごショートケーキ」

この米粉ホイップクリームにも豆乳と米粉が使われていますが、口に含んだときに溶けていく感覚がなめらかで、違和感も感じさせません。それどころか、生クリーム特有の脂っこさ、胃が重い感覚がほとんどないため、ヴィーガンでなくともこちらの方が好みという方が多いというのもうなずけます。

島原さんが追求した「おいしさ」は、米粉ホイップクリームを「生クリームの置き換え」や単なる代替品ではなく、「別の魅力を持つホイップクリーム」として昇華させているのです。

「このヴィーガンホイップの存在によって、プラントベース洋菓子の世界が一気に広がると確信しています」と語る島原さん。その自信にも納得です。

ちなみに、この技術は大阪・関西万博の「ミライの食と文化ゾーン」に出店している、六甲バター株式会社のオールヴィーガンのチーズ代替食レストラン「QBBこれもいいキッチン」のスイーツでも採用されています。

六甲バター提供の「QBBこれもいいキッチン」で採用されたTORIKAI CAFEのドーナツとホイップ


日本が誇る国産資源、米に秘められた可能性


こうしたプラントベースフードへの挑戦を続ける中で、島原さんが改めて向き合ってきたのが、日本が世界に誇る「米」の存在です。

TORIKAI CAFEで扱っているプラントベーススイーツ。いずれも冷凍保存でき、もちろん乳・卵・小麦・白砂糖は不使用
「大豆も日本人にとっては味噌や豆腐など日常的にも馴染み深い食材ですが、ヨーロッパでは“家畜の飼料”というイメージがあるため、グローバル展開を考えると訴求力は弱いんです。その点、米粉は健康志向やグルテンフリー需要にもマッチしやすく、何より日本らしさを表現できる素材だと思っています」

しかも米粉の特性として、用途に応じて粒度や吸油性を調整することで、菓子やパンから飲料に至るまで、応用範囲が非常に幅広いというメリットもわかってきました。

「米粉の製菓での活用方法は、まだ十分な知見が蓄積されていません。だからこそ、米粉を主原料にしたクリームや生地など、基礎素材そのものの開発を進めています」


その中で、TORIKAI CAFEは2025年3月に、スマート農業を推進するITベンチャー企業、株式会社オプティムの「スマート米」と米粉を活用したプラントベースフードの需要創出に向けて協業を始めました。スマート米の栽培過程やブランディングに意義を感じたことから実現したと言います。

「スマート米のようにトレーサビリティが高く安全・安心なお米を、米粉スイーツという形で流通させることで、米の新しい需要を生み出したいと思っているんです。

嗜好品や加工食品としての米には、まだまだ未開拓の領域が広がっています。例えば、米粉ホイップクリームがもし全国の洋菓子店で使われたとしたら、それだけで数十トン単位の米の需要になるでしょう」

このような米の可能性を最大限引き出し、用途を拡大させる島原さんの考えは、国の農業政策でも同様に考えられており、「水田活用直接支払交付金等」で予算化もされています。TORIKAI CAFEのようなプラントベースフードでの米粉の需要が高まっていけば、いま以上に米粉用米の生産拡大の機運も高まっていくでしょう。


スーパーフード「米粉」で、TORIKAI CAFEは世界に挑む


島原さんは、将来的にTORIKAI CAFEのスイーツを“技術とレシピ”ごと輸出し、海外で製造するという構想も思い描いています。

「冷凍した製品を輸送するよりも、現地で生産可能にすることで、日本の農産物である米や米粉の知見を、世界に展開できるかもしれません。僕たちは、制約のある人のためにだけ、米粉を活用したスイーツを作っているわけではありません。アレルギーや宗教的背景を意識せずとも、誰もが同じテーブルで“おいしい”と感じられるものを届けたいのです。

そういう意味で、僕は“米粉はスーパーフード”だと思っています。世界的人気となっている抹茶のように、日本の農産物が再評価されれば一次産業も豊かになります。お米が再び主役になる未来を、100%プラントベースのスイーツから作りたいんです」

“美味しさ”で食の制約を超える勝負しているTORIKAI CAFE。プラントベースフードから始まった挑戦は、米粉のニーズや米を中心とした産業を変え、日本の稲作文化や食文化の未来を支える一助になるかもしれません。

Vee Sweets CAFE YOKOHAMA
〒231-0002 神奈川県横浜市中区海岸通5-25-3
アパホテル&リゾート横浜ベイタワー内 1F
営業時間:7:00〜17:00(無休)
座席数:40



Vee Sweets|株式会社TORIKAI CAFE
https://www.vee-sweets.com/
スマートアグリフード|株式会社オプティム
https://www.optim.co.jp/agriculture/smartagrifood
水田活用の直接支払い交付金|農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/budget/pdf/r7yokyu_pr1.pdf
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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
  3. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
  4. 鈴木かゆ
    鈴木かゆ
    1993年生まれ、お粥研究家。「おかゆ好き?嫌い?」の問いを「どのおかゆが好き?」に変えるべく活動中。お粥の研究サイト「おかゆワールド.com」運営。各種SNS、メディアにてお粥レシピ/レポ/歴史/文化などを発信中。JAPAN MENSA会員。
  5. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
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