「たまごかけごはん宇宙だ!」 たまごかけごはん研究所・上野貴史さんインタビュー

子どものころから慣れ親しんだ「たまごかけごはん(TKG)」。卵にごはん、醤油と、火も使わずに誰でも作れるからこそ、素材や作り方で大きく変わる料理です。

そんなたまごかけごはんの魅力や日本の卵文化を広めるため、熱い思いをもって活動しているのが「日本たまごかけごはん研究所」代表理事の上野貴史さんです。


日本たまごかけごはん研究所は、首都圏の駅ナカを中心に期間限定で出店する“卵のバイキング”「幻の卵屋さん」を手がけています。日本各地の高級ブランド卵から自分で好きな6個をセレクトできるというもので、出店のたびに大盛況となっています。

今回はそんな幻の卵屋さんを始めた場所だという巣鴨で、卵の魅力や幻の卵屋さんを始めたワケ、現在の卵価格の高騰について思うことなどをうかがいました。

■究極においしいたまごかけごはんの作り方を教えていただいた後編はこちらから


コロナ禍の生産者支援で始めた卵のバイキング


──幻の卵屋さんはなぜ始められたのでしょうか?


「ちょうど第一回緊急事態宣言が出されたころ(2020年4月)に、新型コロナで卸先がなくなった農家さんの支援で始めました。もともと研究会として卵のテイスティングをして生産者さんにフィードバックする、というのを毎月やっていたので、農家さんたちとは知り合いだったんです。

ここ巣鴨のカフェの軒先を借りて販売を始めたのですが、これが想像より好評でした。コロナ禍ということで、軒先の開けたところで買えることや、内食が増えた中で数百円で“卵の食べ比べ”ができる非日常感が味わえるのもマッチしていたのだと思います」


──お気に入りの卵を見つける楽しみもありそうですね。

「最近では“推し卵”があるお客さんも増えましたよ!

幻の卵屋さんは立ち位置としては広告代理店なんです。いろんな卵を消費者さんに試してもらって、気に入った卵を農家さんから直接買ってもらうのがゴール。

6個で税込900円の卵バイキングでは、扱っている卵の中で一番高い税込888円の卵も選んでいいんですが、それができるのは、池袋や銀座で販売するかわりに広告宣伝費として農家さんに少し安くしてもらっているからです。うちを通じて宣伝して利益をとって欲しいので、みんながギリギリWin-Winになる価格帯でやっています」

──“卵を食べ比べる”というのが何より新鮮ですし、卵文化を広める新しいかたちへの挑戦ですよね。

「僕としては50年後に地球上のどこでもたまごかけごはんを食べられるようになるのが目的なんです!

ようやく5月にシンガポールで卵の生食文化を広めるイベントに行けることになりました。日本の卵の生食文化と、日本の卵自体をもっと広げていくようなイベントにしようと思っています。コロナ禍で止まっていたところでしたので、いよいよ動きだします!」




あらためて伝えたい卵の魅力


──イタリアンやフレンチを経て、女子栄養大学の学生食堂で料理人を務めた上野さん。たまごかけごはん研究所の設立に至ったきっかけは?

「小学校の時の担任の先生が大好きで、先生の誕生日に卵焼きを作って持っていったら喜んで食べてくださったのがすごく記憶に残っていて……。たぶんこれが料理人を目指したきっかけでもあるんですね。

その後、女子栄養大学に入って、就職して、栄養価を勉強せざるを得なくなるわけです。そうすると、今度は卵のすごさに気づくんですよ。

卵ってどの部分がひよこになるか知ってますか?」

──卵のどの部分がひよこに……黄身でしょうか?

「それだと50点で、実は黄身の中に『胚』と呼ばれる小さな点があって、そこから血管を伸ばして栄養素を吸収し、殻の中でひよこになっていくんです。そして自ら殻を割って出た瞬間にも、ひよこの胃の中にはまだ黄身が残っていて、それを吸収してさらに大きくなれる。

卵に命が育まれるための栄養素が全部詰まってる証拠なんですよね。実際に、卵にはビタミンCと食物繊維以外は全部入っていて、単体で完全栄養食品って言われる唯一の食品なんです」

──卵1つに健康を維持するための栄養素が全て含まれているということですよね。あらためて思うとすごいことです。

「それに振り返ってみると、料理人の時も何の料理をしている時が一番楽しいかと言ったら、卵と砂糖を扱う料理をしてる時でした。オムライスになったり、プリンになったり、卵は一番作り手の知識と技術で表情を変える食材なんですよね」


「なので、そんな卵に携わるっていうのは、いろんな要素があって、天命で背中を押されている感じはありました。それから、卵の生食文化が日本独自のものだと深く知る機会があって、これを世界に広げることが僕の人生の使命だって100%腑に落ちた日があったんです。そこで一般社団法人として日本たまごかけごはん研究所を立ち上げたのが4年前ですね。

ふざけた感じでやっているように見えるかもしれませんが、日本の未来の一端を背負う覚悟は始めた時から持っています。僕は、正しく長く伝えるためには絶対に楽しさが付随していないと無理だと思っているので、16種類のたまごかけごはんに名前をつけてまとめた『TKG style』もみんなでわいわいと笑いながら作っていたんです(笑)」

▲たまごかけごはん研究所による「TKG style」。詳しくは公式サイトでご覧いただけます

たまごかけごはんにぴったりの卵は?


──幻の卵屋さんでは日替わりで高級ブランド卵が20種類ほど並んでいますが、イチオシの卵はありますか?

▲幻の卵屋さんで扱う卵。公式サイトの取り扱いたまご一覧でチェックできる
「我々が年に1回たまごかけごはん祭りというのを開催していて、第1回で優勝した『日本一こだわり卵』ですね。ニューヨークに世界で初めて生食用の卵として輸出が決まっています。飲食店さんを盛り上げることをミッションとしていて、スーパーには卸さないので普段は中々出会うことはないと思いますよ。

また、『ゆずたま』というゆずの香りのする卵は、高知のゆずの名産地、馬路村のゆずの皮を餌にしています。段ボールから出したての時は殻の外からでもゆずの香りがするくらい。加熱してもゆずの香りが消えないので、プリンを作るとゆずプリンが出来ますし、窯玉うどんを作ると薬味はいらないですね」

──この中でたまごかけごはんに一番合うものは?

「現時点で“世界で一番たまごかけごはんに合う卵”と言われたら『夢王』ですね! たまごかけごはん祭りを三連覇中のたまごになります。 黄身が赤に近い色で、先味のインパクトがすごく強いんですよ。食べてすぐにうまっ! ってなると思います」

▲「夢王」のたまごかけごはん。赤い黄身と白身のコントラストが美しい!
「最近仕入れ始めた『タマンゴ』というマンゴーを餌にした卵も。お値段10個、8800円! 扱っている中で1番高いです」

──マンゴーを餌にしているんですか!?

「そうなんです(笑)。白身はマンゴーのアルコール香のような香りがしますし、卵黄も甘いです。 これは関東の方にはまだ全然広まってないのでうちが最初に仕入れている卵になりますよ」

■「日本一こだわり卵」と「夢王」も使用した究極のたまごかけごはんの作り方は後編で紹介!



スーパーで手に入る卵はどうやって選ぶ?


──ブランド卵はなかなか手に入りづらい方もいらっしゃると思います。スーパーで手に入る卵を選ぶ時のポイントはありますか?

「安い卵の中には、白身に雑味を感じる卵も存在します。どうしても動物性の餌を増やすと旨味も増えるけど、雑味も増えてしまうんです。

でも、植物性の餌をメインに作っている安価な卵も結構ありまして、そういうのは食べやすいですよ。八千代ポートリーさんが出してる『食菜卵』は雑味が少ないですし、アキタフーズさんの『きよら』もおすすめです」

──ゆずやマンゴーを餌にしている卵もあるように、やはり餌が重要なんですね?

「卵は99%水と餌で決まりますね。鳥の種類はそんなに関係なくて、卵黄の比率が高い卵があるとか、そのくらいなんですよ」

──サイズの違いはありますか?

「研究所ではたまごかけごはんを作る時にMサイズ(60g)を指定しています。というのも、Mサイズまでは卵黄と卵白は同時に大きくなっていくんですが、実はLサイズ超えると、卵黄の大きさはそのままで卵白だけが増えていくんです。

たまごかけごはんは卵黄の比率が高いほうが美味しく感じるので、Mサイズまでを推奨しています」

──単純にS・M・Lと大きくなっていくのだと思っていました!

「また、卵は賞味期限も作る料理によって変えるといいですよ。

産まれてすぐの卵はたまごかけごはんにおすすめです。でもゆで卵にすると、炭酸ガスが中に入ってるので殻が張り付いちゃってうまく剥けないので向かないです。

メレンゲを立てる時も、炭酸ガスが白身にある状態だと起泡性が悪いので、1~2週間経った卵のほうがいいです。お菓子作りは産んでからちょっと経った卵がおすすめですね」

──賞味期限による違いもあるなんて、本当に奥深いですね!




卵の価格高騰……でもこれが適正価格なんです


──飼料の高騰や鳥インフルエンザの影響で卵の価格が上昇していますが、危機感はありますか?

「飼料の高騰に関する値上げについては、もともと卵は物価の優等生っていう言葉があるくらい、生産者さんの努力でなんとか成り立っていたんです。抑えつけられての言葉だったので、実はいろんなところから、絶対にこのままじゃ無理だっていう声ばっかり聞いていたんですよ。後継ぎ問題もあり、こんなしんどいことやらないといった声も聞きました。

実際に僕らが3年前から幻のたまご屋さんをやっていても、どんどん廃業していくんです。頑張ってやってきたけど今回の鳥インフルエンザになって、自分のところじゃなくても近くのところがあったからうちも出せなくなったと、もう養鶏はやめます、っていう農家さんもいらして。今は卵って1.5倍ぐらいに値上がりしてしまってるじゃないですか。でも本来はそれが適正価格なんですよね」


「僕としてはもう値下がりしなくていいかなって思ってます。日本の社会の問題もあるので一概には言えないですけど、卵の価値、特に日本の卵の価値を理解してるので、こんな安い価格でなくていいなっていうのはすごく思っています。生産者さんたちとしても、今ぐらいじゃないと誰も次をやりたいっていう人はいないと思います」

──おいしくて手軽に買える日本の卵は、生産者さんたちの努力の賜物だったんですね。

「鳥インフルエンザは1回かかってしまうと7カ月ぐらいは販売再開できないので、結局また鳥インフルエンザの時期になる。本当に運次第なところがあるので、そこに対する保証みたいなのを国が率先してやってくれたり、生産者さん、一次産業をきちんとフォローしてもらいたいですね。

生産者さんが作るのをやめてしまったら、0には何をかけても0なんですよね。僕らはそこに掛け算することだけはできるんですけど。だから常に僕らの活動は生産者さんファーストですね」



たまごかけごはんは宇宙!


──これからどんな風に卵とたまごかけごはんを広めていきたいですか?

「たまごかけごはんって、卵とお米と醤油でできてるじゃないですか。全部日本の特産物なんです。だからたまごかけごはんを盛り上げることで、実は日本を盛り上げることに繋がってると思うんです。

ただ、日本人が身近すぎて全然理解できていない部分もあるので、知識も含めて、これからも日本の方々にまずは卵の良さとすごさと、買い続けることが大事っていうのを伝えていきたいなと思ってますね」


──こんな風に生産者の方が努力して卵を作ってることをなかなか知る機会がなかったです。

「奥深くてハマるとめちゃくちゃ楽しいですよ!(笑) ブランド卵が1500種類以上あって、さらにお米の品種が600種類ぐらい、お醤油は1万種類以上あるので、それだけでももう100億通りぐらいあるんですよね。さらに、トッピングやいろんなアレンジを考えると無限なんです。

だから僕はいつも『たまごかけごはんは宇宙だ』って言ってますね。何が正解とかではなくて、あなたがたまごかけごはんだと思ったら、それがたまごかけごはんです!」



想像以上に奥深く、魅力的な卵の世界を知れたところで、いつもより少しこだわって、たまごかけごはんを作ってみませんか? インタビュー後編では、究極のたまごかけごはんの作り方とちょい足しアレンジを紹介いただきました。

後編:たまごかけごはん研究所さんに「究極のたまごかけごはんの作り方」を聞いてきた!


幻の卵屋さん出店情報 ※2023年4月28日現在
5/19〜31 JR大宮駅EkiTabiMARKET内
5/22〜6/4 JR新宿駅東南口改札内
6/6〜19 さいたま新都心コクーンシティ2
6/11〜20 大森駅みどりの窓口跡地
6/26〜7/7(※土日休み) 神田駅南改札外西口インフォメーション跡地
6/28〜7/11 巣鴨駅みどりの窓口跡地

最新の出店情報はたまごかけごはん研究所の公式サイトやSNSからチェックしてみてください。

日本たまごかけごはん研究所
https://www.japan-tkg.jp/
日本たまごかけごはん研究所 Instagram
https://www.instagram.com/japantkg.labo/
日本たまごかけごはん研究所 Twitter
https://twitter.com/jtkgl2
日本たまごかけごはん研究所 LINE公式アカウント
https://lin.ee/GNlC9Itv

取材:編集部
撮影:齋藤 葵
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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