農業×ITにおける時間管理【連載コラム「有機農業とワタシとITと」第1回】

はじめに……有機農業とワタシとITと

はじめまして。埼玉県小川町で久野農園という農園を営んでおります、園主の久野裕一と申します。これから3回にわたり、ワタシの20年間の農業とITにまつわる失敗の歴史を振り返っていきたいと思います。


さて、突然ですが、「農業×IT」という言葉から、皆さんは何を連想するでしょうか。

ワタシの妻曰く、「iPad持ちながら、スーツ着てる人が、ドローン飛ばして、セグウェイに乗っている感じ」

……まあ、わかる気がします。イメージ大事。かっこよさ大事。
どうせやるなら、楽しく、かっこよく! ワタシなら、なおかつ、「もっと儲けたい。」

……みなさまの本音はいかがでしょうか?
「“そとヅラ”は取り繕っているけれど、決算書なんてとても人には見せられない」

このコラムは、そんな農家の方にこそお読みいただきたい、ワタシの汗と涙の懺悔録です。
読者の皆様には、ぜひIoTを上手に使って、情報を的確に「活用」し、「儲かる農業」経営につなげていただきたいと思います。

「IT」という言葉と「儲かる農業」の間にある溝

そもそも、「IT」という言葉。
儲かりそうな、かっこいい横文字ですが、言葉のイメージに踊らされてはいませんか?

「IT」とは、インフォメーション・テクノロジー。情報技術。
……正直、よくわからない。

例えば、トラクター。
つい数十年前までは、トラクターを使う農業こそ儲かる農業だと思われていました。「……鍬や馬耕じゃ、やってられないよ」。ええ、確かに。最近では、GPSつき自動運転トラクターが登場。しかも、土壌センサーまでついている。土壌養分濃度に合わせて、施肥量を調整してくれるようになるのも時間の問題。

なんてすごいんだ!

数十年前「憧れ」の対象であったトラクターが、今やインターネットにつながって、「IoT」になった。自分の農場に導入したら、と思うだけでワクワクしますね。

でも、ですよ。

トラクターを使う → 便利、役に立つ

これは正しそうですが、

トラクターを使う → 儲かる

こちらはいかがでしょう?

トラクターの使い方がうまい→適切な土壌環境を準備できる→野菜がよく育つ→儲かる……かも!?

が適切ですよね。

トラクターと“儲かる”の間にはかなりの距離があり、前提条件、必要条件が無数にある。「トラクターが、畑に合わせて施肥量を調節してくれる」であるならば、「野菜がうまく育つ可能性は高くなる」。それは確かでしょう。肥料代も少なくて済むかもしれません。土壌の「情報」を活用して施肥量を調整→肥料代削減。これぞIT、情報技術。まさに優良事例ですね。

しかし、利益が出るかどうか?
これはわかりません。

そう、当たり前ですが、トラクターは、IoTになったとしても道具に過ぎない。限界があります。ワタシが気になるのは、「儲かる」かどうか。これがとても難しい。

このコラムでは、ITと「儲かる農業」との間に横たわる溝について、ワタシ自身の失敗を振り返りつつ、ワタシなりに考察してみたいと思います。

ワタシ、この溝にはものすごく能力が高い人でないと読み取れない「行間」があると思うのです。正確に言うと、「商売人の勘」のようなものが。ITの時代なのだから、「商売人の勘」を科学で「見える化」できないものか? 果たしてITはアラジンの「魔法のランプ」になりうるのかどうか? 一緒に探っていきましょう。

労働時間を管理してわかった、時給284円という現実

ワタシのITとの最初の出会いは、西暦2000年のこと。人口700名ちょっとの沖縄の離島、渡嘉敷島でニワトリを飼い、有機野菜を育てていた当時のワタシ。

新規就農して4年目。新婚3年目の私達のもとに、高校時代の友人が東京からPCを設置しにきてくれたところから農業×ITが始まります。PC98シリーズ、島にISDN(注:ダイヤルアップ回線←もはや死語!)が開通し始めた時代です。

当時の我々は、毎日とにかく一生懸命に働いておりました。頭を動かす前に体を動かす。日が明ける前から働き、暮れても働いて、ご飯を食べたら即爆睡。子供を作る暇もなく(?)、沖縄の離島でホンモノの食べ物を育てるのだ! と頑張っていました。

いつもは体力の限界まで働いてもあまり悩まないワタシですが、年に1回、悩む時が来ます。
そう、確定申告。
確か2002〜2003年の年の暮れ、あまりの売り上げの少なさに、どうしてこんなに稼げないのだろうと悩みました。

珍しくネットサーフィンすること数時間、思わず「すごい、これだ!」と妻を呼びます。
ネット上で私が出会ったのは、その1年ほど後に出版されて瞬く間にベストセラーとなった、宮崎県のぶどう農家、杉山経昌さんのホームページ。「農で起業する」という本のベースになる記事が掲載されておりました。

後にサインまでいただいた、杉山さんの著書「農で起業する」は、ワタシにとっての農業のバイブルです

その記事は、杉山さんがいかに「情報」を駆使して農業を「儲かる農業」に変えていくかの奮闘記。……もしまだ読まれていらっしゃらない方は、ぜひご精読のほど。具体的かつ面白く、科学的なIT農業の成功事例を惜しげもなく公開してくれています。

そこは素直で行動力のあるワタシ。杉山さん的思考法こそ、我々夫婦に最も必要なノウハウだと悟ったワタシは、即座にメールで杉山さんに弟子入りを懇願します。今思えば、本が出版される前だったことが幸いでした。すぐメールをくれた杉山さんからの最初のミッションは……、

「労働時間を管理せよ」

とにかく起きてから寝るまで、自分が時間を何に使っているか、メモを取ってExcelで管理しなさいとのことでした。

サンプルにもらったExcel表を参考に、翌日から記録を取り始めました。
4:10 軽トラに乗る
4:14 畑に到着
4:15 収穫の準備
4:16 サヤインゲン収穫開始……
というように、分単位で作業時間を記録しました。

当時はまったく気づかなかったのですが、この杉山さんの教えには数多くの重要なヒントが含まれています。その一つが、「現実に起こっている事実(自分の意志決定→行動)をまずは記録せよ」ということ。うまくいく農業のカタチにワタシの農業を当てはめようとするのではなく、「自分の意志決定と行動を見えるようにしなさい」ということだったのだと思います。

その結果は、といえば。

当時、サヤインゲンをビニールハウスで育てて、沖縄本島の直売所や自然食品店に出荷していたのですが、最終的な売り上げから経費を引いて、自分の労働時間の小計で割り算してみると、なんと時給284円! 1日ざっと15時間くらい、1年中ほぼ休みなく働くというのがワタシの農業だったのです。しかも、時給284円を生み出すことができるのは1年のうちおよそ半年間。5月末から11月までは台風がいつ来襲してもおかしくない沖縄で、一度台風がくれば畑は全滅。雑草すら強風で枯れます。そして、一度枯れてしまえばタネを蒔き直すところから再スタート。今振り返っても、無謀……ですよね。

さらにいえば、当時の自分の感覚では、
・サヤインゲンはそれなりに“ちゃんと”育っていた。
生産管理もまあ、うまくいっている方だと思っていた。
・このまま頑張れば、いつか“がっつり”稼げるようになる……そう信じていた……。

実に恐ろしい……実態に気づく、ということは大事ですね。成功への最初のステップです。

どうすれば儲かるのか

しかし愚かなワタシは、せっかく労働時間を記録して、実態に気づいたにもかかわらず、
その後も……
・単価向上や売り先拡大のため、ネット通販を志向
・実態を見ながらも、あまりにも低すぎる生産性に愕然となり……
・杉山さんから労働時間を減らせと言われたにもかかわらず……
・さらに寝る間も惜しんで頑張って、借金の山を積み上げることになる。

一言で言うと、怖かったし焦っていたのですね。頭に汗をかくよりも、体を動かしたほうが不安から逃れられる……。イタイ、イタイ。(この辺りの話は、次回に譲ります)

当時杉山さんは、こうやったら稼げるよ、とは教えてくれませんでした。ワタシが記録した労働時間を見て、「恐ろしい。働きすぎだ。今すぐ働く時間を減らしなさい」とおっしゃいました。

労働時間を記録してワタシが気づいたことは、
・労働時間の記録には、自分の意志決定とその結果としての行動が記されている
・労働時間を記録すると、相手方となる作業の内容、成果を数字で記録したくなる(どんな作業をどれだけやったか、どうなったか)
・記録を続けると、自分の意志決定と結果の因果関係を目の当たりにする(あの時こういう行動をした、状況はどうだった、結果こうなった)
・数字の記録は、必然的に四則演算を用いて分析したくなるのが人間の性
・分析したら、次はこうしよう! という「意志」が生まれる

……すごいですよね。たかが労働時間、されど労働時間。コトバと数字で分析し始めると、改善したくなるから不思議です。しかも、杉山さんというメンター(報告相手)がいたから、記録するクセがつき、今に至るまで習慣化した! 素晴らしい!

ポイントは、杉山さんの教えが、“作業内容の記録をしなさい”ではなく“労働時間を記録しなさい”であったこと。作業を記録しなさい、では、コトバだけの記録になり分析になりません。(2018年3月現在の農業日報アプリなどでも、時間や数量を記録できないものは意外に多いのです。このあたり、建設現場や製造業と比べ、農業はまだだいぶ遅れているのかもしれません)



ITを使う⇔“儲かる”の間に横たわる溝を探るべく、過去の失敗を振り返りました。
杉山さんの教えをもとにワタシがやったのは、労働時間という情報に着目→記録→集計→考えるということでした。

考える→改善する→儲かる→儲け続ける、までには、残念ながらまだまだ深い溝があります。使った道具は、紙とペンとPCとExcel。IoTはまだありませんでした。いわゆるガラケーが普及し始めた頃ですね。

現在なら、タブレットやスマホを持ち歩き、現場で記録。写真や動画もその場でアップ、というのが普通になりました。ワタシの農園でも1人1台iPad。写真や動画をSNSに上げてもらっています。タイムカードはiPadアプリで、GPS機能付き。便利です。給与計算、簡単です。省力化できます。


現場の道具の進化もすごいです。パートさんの作業時間と畝ごとの収穫量を自動記録してくれる、GPS搭載の収穫電動カートなども出てきました。便利ですねえ、IoT。すごい! ワタシ、大好きです。そういうの。すぐ投資してみたくなります。お金ないのに(笑)。

しかしながら、本質的なところは20年前も今も、さほど変わっていないのではないでしょうか?

・収穫量が増えれば儲かるのか?
・パートさんの作業スピードが1.3倍になれば儲かるのか?
・販売単価が20円アップすれば儲かるのか?
・給与計算が省力化されれば儲かるのか?

農場によっても、地域によっても条件が異なります。iPadがあれば……GPSカートがあれば……確かに、給与計算であるとか、収穫量記録などの総務的な情報処理仕事は省力化できる。

では、省力化して浮いた時間は何に当てるのか? 本当に大事なのは、時間を節約するだけでなく、「いかに時間を有効に使って粗利を生み出すか?

そう、杉山式労働時間管理のすごいところは、我々農業者の最も大きな資産の一つ、「時間をどこに費やしたか?」に着目し、時間の使い方を「粗利が上がる方向に変えていく」ところにあるのです。

時間の使い方を見直そう

ところで、記録の仕方。ここにも落とし穴が。

IoT大好きなワタシは、つい自動記録、自動集計に惹かれてしまいます。しかし、最初は自分自身の手で記録することをお勧めします。

記録をつける→分析したくなる
これはあるある。

データが勝手に溜まっていく→ほったらかし
これもあるあるではないでしょうか?

社員に仕事をやらせる→ヤラセっぱなし
これはまずいあるあるですね(笑)。ほったらかし、ヤラセっぱなしはシッペ返しを食らいます。

農業法人のシャチョーさんであればわかると思いますが、社員さんやパートさんの日報の中身は、シャチョーの意志決定、指示命令に一生懸命応えようとしてくれた彼らの汗と涙の結果ですよね。成果が出ていないのは彼らが悪いのか? はたまた……。ほったらかしはやめましょう。情報は活用してこそ宝物。(本当は、秘密にしておきたい大事なポイントがもう一つあるのですが、その話はおいおい。)


たとえば、ワタシが現在使っているデータベースソフト「マイツール」(無料)で分析した月別の労働時間がこれです。3月が円グラフの外側で、4月が内側。4月から意図的に環境整備、生産管理の時間を増やしました。意図したこと、意図していないことを含め、このように現状を確認しています。本人の意志決定、会社の方向性、主体的な働き方、コミュニケーションなど、労働時間をこのようにグラフ化してみると、様々な思惑が見え隠れします。

農業の面白さは、自分の頭で考えた意志決定を自分の手足を使って、リアルに表現できることです。創意工夫が見事に跳ね返ってくる。だからこそ、コトバと数字(=情報技術)を味方につけるべきなのです。

まずは、誰もが平等に持っている時間の使い方を見直すこと。成功者の「勘」をうらやむ暇があるなら、自分自身の意志決定の実態を見つめ直そう、ということですね。

さて、その後も持ち前のガッツと若さと体力で、頑張り続けてしまったワタシ。台風のたびに借金が膨れ上がっていきます。杉山さんは仕事を半分やめろ、と言ってくれたのに、怖くて寝る間も惜しんでもがき続けるワタシ。頑張れば頑張るほど借金が膨れる……。

さあ、どうなる! 乞うご期待。
次回は、またまた超基本! “メイボ”のお話です。

第1回 「農業×IT」時間管理 まとめ
・労働時間を自分で記録せよ
・ITを使って、実態をありのままに見ること=成功への道
・日報に詰まっているのは、自分の意志決定の結果である
・自分で記録するから、意志が生まれる


■著者プロフィール
久野裕一(クノ ユウイチ)
埼玉県にて農業生産法人「久野農園」を経営。栽培面積6ヘクタール。露地・有機野菜栽培。少人数で省力的かつ高品質な野菜作りを目指している。有機農業にあるまじき(?)ちょっぴり変わった栽培方法が特徴。失敗にめげず、どんな状況に陥っても希望の光を見出すことにかけては天才。
久野農園HP http://kunofarm.com/

<参考文献>
「農で起業する」杉山経昌 築地書館 2005年2月28日初版
http://www.tsukiji-shokan.co.jp/mokuroku/ISBN4-8067-1301-5.html

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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. さとうまちこ
    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
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    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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