日本の品種が世界で作れないわけ その2【田牧一郎の「世界と日本のコメ事情」vol.6】


海外産コシヒカリの栽培に30年前から米国・カリフォルニア州で挑戦しながら、オリジナルブランドを開発し定着・普及させた株式会社田牧ファームスジャパンの代表取締役、田牧一郎さんによるコラム

なぜ世界各地で日本米が作れないのかを3回に分けて連載。今回はその第2弾です。世界的にコメ作りが盛んなカリフォルニアでなぜ品質の高い「コシヒカリ」や「あきたこまち」 が収穫できないのか。その理由を探ることで、逆に日本のコメを世界で作れる方法も見えてきました。

そもそも日本米の種子は海外に持ち出せる?


読者のなかには「どうして日本米を海外で育てることができるのだろう?」 と思っていらっしゃる方もいるかもしれません。まずはそちらの説明をしたいと思います。

日本品種を海外で育てるためには、種子が輸出されなければなりません。日本で開発され登録された品種は、以下の方法で輸出が可能になります。

登録された品種の開発者(登録者)の許可を得たもの
民間企業などが育成開発し、品種登録をした品種は、育成権者としての権利を保有している企業から輸出許可を得ることで、輸出が可能になります。
日本では一般的な、国や県が育成し、登録した品種の輸出許可は、通常認められることはないようです。
品種の育成者(登録者)の存続期間が切れたもの
稲の品種は登録した時期によって、登録後15~25年を経過すると、育成者権の存続期間が切れます。「コシヒカリ」は1956年の登録、「あきたこまち」は1984年に登録されているので、どちらも育成者権存続期間が切れています。
日本で登録されている品種を海外で栽培生産する場合、育成者権が切れているものであれば、輸出に必要な手続きを行うことで合法的な輸出が可能です。
さらにもうひとつ、輸入する国での「輸入許可」を得なければ、輸入は認められません。海外からの種子や植物の輸入には、どの国も厳しい制限を設けています。簡単に輸入許可が得られるものではありません。

日本から輸出する場合、ほとんどの国で病気や虫がついていないことの証明書や、栽培期間中の病害虫に侵されていないことの証明など、いくつもの証明が必要です。また、輸入後の栽培についても隔離栽培を要求されるなど、実際には簡単なことではありません。

特に日本も含めアジアの国々では稲の病気が多く、種子と一緒に病気も輸入してしまうことを防ぐためにも輸入とその後の栽培には厳しい規制で対応しています。つまり、海外での日本品種の栽培は、品種育成者(登録者)が誰か、育成者権の存続期間が終了しているかなど、合法的な手続きさえあれば、日本からの種子の輸出が可能で、その後の栽培も一定の条件を満たせば認められています。

広大な土地ですくすくと育つ稲

日本以外で「コシヒカリ」「あきたこまち」を栽培するには


日本の品種は世界のどこでも栽培できるものではないことを日本の品種が世界で作れないわけ その1で書きました。今回は、「日本品種を世界で栽培可能にするには」を書こうと思います。

稲はその作付け方法で収量に大きな違いが出ます。品種の特徴によって最適な栽培方法があるのです。

ポイントその1: 日本の産地に近い気象条件で栽培する

皆さんご存じのとおり、地球上は北半球と南半球では季節は逆になります。赤道からの距離によって、北半球では北緯、南半球では南緯と表示します。

北緯30~40度の地域と、南緯30~40度の地域を比べると、花の咲く時期や実を結ぶ時期は日本と同じ季節になります。北半球の日本で4~5月に種をまいた稲は、秋になる9~10月にかけて実ります。同じ品種を南半球で栽培すると9~10月に種をまいた稲が2~3月に実ります。

カリフォルニア州のコメ産地であるサクラメント平原の南端、サクラメント市は北緯38度にあり、仙台市に近い緯度です。そのサクラメント市から北に約100㎞までの、平坦なサクラメント平原でコメ作りが行われています。

サクラメント平原は春の気温上昇が早く、5月初旬には連日30℃になり、9月下旬までの約5カ月間は晴天日(1mm以上の降水がなく, 平均雲量が8.5未満であった日)と高温が続きます。夏の降雨量は極端に少ない地域ですが、農地へは灌漑システムが整備されてるので「コシヒカリ」「あきたこまち」が地理的にも、気象条件的にも栽培可能です。

一方、アメリカ最大のコメの生産州である、アーカンソー州の「コシヒカリ」は業界では有名です。このコメのブランドオーナー、クリス・イザベルさんは、オリジナルデザインの小売り販売用袋に入ったコメを持って、アーカンソー州出身のビル・クリントン元大統領とツーショットの写真を撮ったことがある有名な方です。彼とは古い友人で、何度か彼の農場を訪問してコシヒカリ栽培と製品化について話をしたことがあります。

イザベルさんの農場があるアーカンソー州の州都リトルロック市は、大分県大分市とほぼ同じ北緯33度付近。日本品種が栽培できるかどうかは、日本と同じ緯度にあることが、第一の大きなポイントになります。


カリフォルニアで作ったコシヒカリ。窒素肥料が多すぎて長く伸びてしまったそうです


ポイントその2:日本の篤農技術による乾田直播栽培に習う


日本品種が栽培できる第2のポイント。それは「作付け方式」にあります。

日本の稲は移植して栽培することで高反収を得ているとも言えます。品種の開発も移植栽培技術を前提として行われてきため、直播栽培で栽培することは至難の業です。

日本で乾田直播栽培によって「あきたこまち」の高反収を上げていたのは、秋田県大潟村の篤農家 矢久保さんでした。

以前、矢久保さんの“乾田直播栽培コメ作り”を取材させていただいたことがあります。基本に忠実な作業を正確に行うことで10アール当たり玄米700㎏台の反収を得ていらっしゃるのに、これを当然のように話をされていました。

アメリカや南米で乾田直播栽培を行っても、矢久保さんの反収には足元にもおよびません。カリフォルニアでは、普通に行われている水を溜めた水田に飛行機でコメを播く方法で「あきたこまち」の直播栽培を行っても、コメが反収400kgしか収穫できませんでした。

日本の栽培適地である秋田県大潟村は北緯40度。この大潟村とほぼ同じ緯度にある世界のコメ産地でも「あきたこまち」や「コシヒカリ」などの日本の品種は、移植栽培で育てる事が高反収を得るための技術になると思います。

しかし、海外のコメ産地には移植栽培技術も、長年積み上げられてきた米栽培栽培作業のノウハウもありません。それに移植栽培にかかるコストは直播栽培のコストより高くなるので、研究もされていません。

矢久保さんのような優れた栽培技術がいない限り、日本以外のコメ産地で、乾田直播栽培によって日本品種の高反収を得ることは不可能だと言えます。


日本品種の収量を増やそうとしている人たちの事例


このように非常に難しい状況ではありますが、カリフォルニアには私以外にも、日本のコメの品質と味に魅力を感じ、栽培に取り組んでいる現地の生産者たちがいます。中でも一定の成果を上げている方々とその取り組みを、ここでご紹介しましょう。

1.スポット播種機での乾田直播栽培


カリフォルニア州の若いコメ生産者グループに、「コシヒカリ」と「あきたこまち」の栽培指導を行ったことがありました。大規模にコメ作りをしている熱心な青年たちでした。

飛行機による湛水直播栽培では、日本品種だと収穫前に100%(青畳状態に)倒伏させてしまうことはグループの全員が経験済みでした。このことを改善すべく、一人の生産者がヨーロッパ製の精密穀物播種機を購入し、乾田直播栽培を始めました。

彼はコメ以外にも麦や雑豆・ベニバナ・ヒマワリなどの作物も大規模に栽培していました。これらの作物の播種作業は播種機を試しながら栽培を行っている事もあり、日本品種の稲も乾田直播での栽培にトライし始めたのです。

ヨーロッパ製の精密穀物播種機を使い3~5粒のスポット播種を行ったことで、倒伏をかなり軽減できました。倒伏をさせずに収穫作業し、反収を上げることまではできませんでしたが、稲の成長を見ながら小まめ追肥することで、玄米反収を10アールあたり600kg 近くまで上げることはできました。

問題は稲の追肥のタイミングと追肥窒素量の加減です。彼はこのタイミングと加減に神経を使い、倒伏させずに最大の反収を得ることの難しさを経験しました。ただ、このスポット乾田直播栽培は収穫した白米の品質と味に、良い影響を確認できたのが予想外の成果でもありました。

移植による試験栽培用に育てた苗



2.ドリル播種機での乾田直播栽培


カリフォルニア州にはもう一人、独自の乾田直播栽培によって高品質良食味の「コシヒカリ」栽培をしている生産者がいます。彼は約300haの「コシヒカリ」栽培を一般的なドリル播種機による乾田直播栽培で行っています。玄米で600㎏を超える反収を得ることができる、数少ないカリフォルニアの「コシヒカリ」生産者です。

彼も時間があるとコメ作りの話をする友人です。カリフォルニアの数少ない熱心な日本品種生産者は、インターネットで日本のコメ栽培に関する情報を探し出し、勉強しています。写真付きの情報もありますが、当然日本語で書かれているものがほとんどで、日本語がわからない彼は、私に内容を確認しながら栽培やポストハーベスト技術(コメ収穫後の乾燥技術・もみの保管技術・籾摺りと精米技術・玄米や白米の保管・包装・輸送技術のこと)について学び、自分のコメの生産と商品作りに役立てています。

余談ですが、「ポストハーベスト技術」について「収穫後の穀物などに殺虫剤やカビ防止のための薬剤を散布すること」として使われていますが、悪いイメージの一面だけが協調されています。

生産者は「収穫後に乾燥して保管する」「商品として食べるためにもみ殻を取り除き、玄米や白米に加工する」「商品を包装・輸送する」ことが、生産物を商品として販売し、収入を得るための大事な技術としてとらえています。

本来は収穫後のすべての技術が、「ポストハーベスト技術」として表現すべきものです。


3.飛行機による湛水直播栽培


大農場で長年働いている、コメ生産と乾燥・保管作業の責任者も優秀な栽培者です。カリフォルニア州最大の「コシヒカリ」生産農場では、約600haの栽培を行い、籾の乾燥所と保管用の大型鉄板サイロも所有しています。中粒品種も1000ha以上の作付けをしていて、彼はこの農場で長年コメ作り作業全般と、収穫後の乾燥と乾燥籾の保管も担当していました。

この農場は「コシヒカリ」の栽培にも早い段階で取り組み、飛行機での湛水直播栽培を行っていました。毎年、収穫時期にはほとんどの「コシヒカリ」は倒伏してしまいましたが、平均反収は高く、10アール当たり玄米500㎏前後はあったと思います。

私はその農場から依頼を受け、栽培のアドバイスをしました。前年度の収穫結果の確認、今季の目標を定めた上で面積当たりの播種量の決定、施肥設計の打ち合わせし、彼と肥培管理全般の計画を一緒に立てて作業を行いました。

農場に定期的に足を運んで、種まき後の稲の生育調査、収穫時期には収量・品質調査をしました。また、生育状態を見ながら追肥のタイミングと量を決め、飛行機で硫安(硫酸アンモニウム)の散布をしました。

彼は大農場に雇用されていた生産技術者の立場でしたが、良く勉強していたコメ生産者で彼の努力もあって安定した生産量が確保でき、乾燥そして保管をした籾は精米をして、国内と輸出市場に販売されていました。


気象条件以外の、日本のコメをうまく栽培するコツ


カリフォルニアの地理、気象条件だと、日本品種は栽培できます。しかし、「コシヒカリ」「あきたこまち」を倒伏させずに高反収を得る、栽培の成功例は非常に少なく、安定した収量を得ているのはごく限られた生産者だけです。

カリフォルニアにも日本品種の特徴や栽培上の特性を熱心に研究し、日々稲を観察し水と肥料の管理を丁寧に実行している人たちがいます。稲作りへの強い熱意を持ち、稲と水田に細心の観察をすることが、カリフォルニアで日本品種を多く収穫する成功者の共通点だと思います。

乾田直播栽培を行った、カリフォルニアの大区画水田での除草剤散布作業

低コスト栽培の決め手は、空からの種まき栽培であることに疑問を挟む余地はありません。カリフォルニアの中粒種は空から種をまき、多肥料栽培でも倒伏もなく、10アールあたり700~800kgの玄米反収を得ています。

しかし、「コシヒカリ」「あきたこまち」が、空からの種まき栽培に適した品種でないことは明確な事実です。

単純に品種の違いと言ってしまえばそれまでですが、どうすれば低コストで多収栽培が可能なのか?  それを明らかにするために、私はカリフォルニアで日本の品種とカリフォルニアの品種の栽培を試し、日本では日本品種をドローンで種まきし、うまくいかない理由を見つけました。


つづく

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WRITER LIST

  1. 田牧一郎
    たまきいちろう。68歳。日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 田中克樹
    田中克樹(たなかかつき)。32年間の農業出版社勤務を経て、2020年末、故郷の八ヶ岳南麓に帰郷。仲間と共に農業・福祉系NPOを立ち上げ、遊休農地・耕作放棄地を再生し、心身の癒しや健康づくりにつながる有機無農薬の体験型農園づくりに取り組む。NPOでは田んぼ除草にホバークラフトを活用したスマート技術を開発中。農と風土(フード)を愛する人たち向けのブックカフェ・居酒屋を開くのが夢。
  3. 山田正美
    大阪工業大学大学院修了。福井県職員として、農業試験場研究員、専門技術員、農業技術経営課長、農林水産部技幹を経て退職。現在、日本生産者GAP協会常務理事、日本農業サポート研究所主席コンサルタント。
  4. 福田浩一
    ふくだこういち。東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。現在は主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。http://www.ijas.co.jp/
  5. 中村圭佑
    なかむらけいすけ。明治大学農学部卒業後、日本農薬株式会社に約7年勤務。その後、大手経営コンサルティング会社を経て、FOOD BOX株式会社を2019年7月に起業。Facebook:https://www.facebook.com/foodboxjp/、Instagram:https://www.instagram.com/foodbox_jp/
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