利益を上げるための“メイボ”活用法【連載コラム「有機農業とワタシとITと」第2回】
埼玉県小川町の久野農園園主、久野裕一です。
第1回のテーマは、労働時間を管理することで、誰もが平等に持っている時間の使い方を、粗利が上がる方向に変えていきましょう、という内容でした。
では、粗利が上がる方向とはどちらなのか!? 結論から言うと、「お客様が喜ぶ方向」なわけです。お客様が喜んでくれれば、より多くの野菜が売れるわけですから。しかし、そんな簡単な言葉で「儲かる農業」が実現できれば苦労はしないわけで……。
というわけで、第2回のテーマは「メイボ」。一般的な顧客管理よりも広い意味でワタシが使っている「メイボ」という言葉の意味と、農業経営における活用法ついてお話ししていきます。
お客様は何を望んでいるのか?
どんな不満を持っていらっしゃるのか?
なかなか直接は語ってくれないお客様のキモチを「忖度」する道具が、ワタシにとっては顧客管理ソフトなどのデータベースです。
顧客名簿の重要性については、富山の薬売りの時代から商売の基盤と言われていますね。農業界では、果樹農家や観光農園、梅などの健康食品、お茶農家のように、通販や直販の文化がある分野ではデータベースマーケティングが当たり前。業界の最先端を走っている感じがします。
一方、JAなどを介した卸売販売を中心とした流通が多い野菜などの分野では、顧客名簿自体、あまり活用していない農業者が多いかもしれません。
しかし、市場流通の形が大きく変わる時代において、「儲かる農業」経営をする上でもっとも力強いツールこそ「メイボ」だとワタシは思います。
一方、「メイボ」という言葉からは、小学校のクラス名簿をワタシは想起します。知り合い、友達、関係者の連絡先、個人情報が掲載されているリストです。
知り合いから年賀状がきた。今年は返信しなかった。
友達に誕生日プレゼントをあげた。お返しはなかった。
そういえば、あの人のお母さんが体調崩して困っているらしい。ちょっと電話してみようかしら。 などなど……。
「メイボ」を眺めると、その人そのものを想起するんです。
今の時代、モノがあふれ、サービスがあふれているから、直接面と向かっての売り込み販売は敬遠されます。「顧客」に「新商品」を案内する、その発想自体が時代遅れになりつつあります。
そして、生産現場に長い時間いると、発想がどうしても提供者(=農家)視点になってしまいがちです。しかし、仕事とは本来、誰か(=お客様)の困りごとを手助けしたり喜ばせることにあるはず。「あの人、ちょっと困ってそうだけど、私の得意なことできっと役に立てそう!」といった視点を持てるかどうかが、農業経営でも大事なのではないでしょうか。
そういう自戒の意味も込めて、あえてカタカナ表記の「メイボ」とさせていただきました。
ワタシは、商工会のセミナーに参加したのをきっかけに、ネット通販に取り組むようになりました。
●セミナーで作った販促企画書
まず、通販セミナーに参加して最初に学んだことは、「コンセプト」についてでした。
「あなたの仕事は他の業者と何が違うのか? どんな特徴があるのか? すでに持っている特徴を際立たせて、とんがりなさい」
実際にワタシがやったことを書き出してみます。
・キーワードを検索する
インターネットでキーワード検索をして、自分の野菜や果物を検索してもらうためのキーワードを決める。そのキーワードの月間検索回数、クリック単価を調べて、市場規模とライバルの状況を把握する。当時のワタシの場合は、「無農薬野菜」「有機野菜」「人参」などがキーワードでした。
・ベンチマーク(基準となるライバルサイト)を決める
キーワードで検索した結果、表示されるライバルサイトを見て回り、自社とライバルの比較をする。また、違う業種ですでに一歩先を行っている優良サイトを、到達すべき基準として設定し、コンテンツを比較する。比較対象は特徴、サイトの作りこみ、コンテンツ、価格、サービスなどです。
・違いを創り出す
「無農薬野菜」だけでは、インターネットの世界でオンリーワンかつナンバーワンになれない。
それならば、「無農薬野菜」(育て方の特徴)×「夏野菜」(品目)×「沖縄の離島」(地域)なら、オンリーワンかつナンバーワンになれるのではないか。
カテゴリー別に掛け算をして、掛け算の結果が、独自のポジションとなれそうな仮説を立てます。
・ライバルや他業種のベンチマーク業者の商品、サービスを購入して、「違い」を創り出せそうか、仮説が正しそうか、検証する
商品だけでなく、チラシ、同梱物、パッケージ、メール対応など、買ってみなければわからないことがたくさんあります。上記のようなことを繰り返し、言葉をいじくりまわしながら、幾度となくコンセプトを書き直してきました。
これらの作業を実際にやってみて感じたことは、コトバを扱うことの難しさです。わかりやすく、短く、的確に。たった一人の「誰か」に対してズバッと語りかけるのはとても難しい。
もう一つは、発想が提供者視点になってしまうこと。誰かの困りごとを解決し、喜ぶ姿をなかなかイメージできませんでした。難しいだけでなく、的確にやらないとしっぺ返しが恐ろしい。
ワタシの野菜は、一言で言うと他の野菜とどこが違うのか?
その答えが、ワタシがお客さまに対して行う「誓い」「約束」なのだということを身にしみて感じるようになるのは、随分あとのことでした。(こちらは次回お話しします)
例えば、自分がお客様に提供する人参のコンセプトを「食感が柔らかく、糖度が10度以上の人参。ジュースにして飲むとスッと身体に入ってくる感じ。10月から3月まで、毎週1トン、2Lサイズで安定供給する」と決めたとします。この人参ならば、Aさんが毎週買ってくれそう。「美味しい」と、思わずつぶやいてくれそう。
そこまでイメージすると、エグみの出やすい肥料は使わない方がいいな、とか、人参臭さが少ない品種を使おう、とか。食感を考えると生育期間中の水分管理が重要だな、必要数量を確保するための株間は、条間は、面積は……というように、コンセプトを実現するには何が必要かを考え、実行するようになります。
それと同時に、進捗管理についても意識するようになります。必要な収量を確保するために発芽した株数は足りているか? 病気や害虫の発生状況は求める品質にどう影響しそうか? まさに、センシング等のIoTが活躍できそうな分野です。
この仕事のやり方は、ただ単純に「美味しい人参」を育てよう、と思って栽培を始めるのとは、スタート地点から異なります。(ワタシの農園では、「生産設計」と呼んでいます)
また、当時は、ほぼ顧客ゼロ(メイボがないところ)からのスタートでしたが、今でしたら、コンセプトを作る際には当然メイボを使います。
メイボを検索して、並び替える。お客様の姿や行動を想像しながら、コンセプト(仮説)を立てる。あのお客様には、この商品は役に立たないかな? 商品をこう変えたら喜んでもらえるかもしれない。試しにサンプル送らせてもらおうか? モニターになってくれないかな? そんなことが思い浮かびます。
メイボでお客様の購買履歴を調べ、どのくらいの期間でいくらくらい買ってくれそうか仮説を立てることもできます。
メイボはデータベースですから、当然検索したり、並べ替えたり、計算したりできないといけません。しかし、あくまでそれは道具としての使い勝手。生産現場にいることが多い農業者にとって、もっとも重要なのは、メイボを眺めて、「人」をイメージできるかどうか。その人の役に立とうと思えるかどうかだと思うのです。(続く)
■著者プロフィール
久野裕一(クノ ユウイチ)
埼玉県にて農業生産法人「久野農園」を経営。栽培面積6ヘクタール。露地・有機野菜栽培。少人数で省力的かつ高品質な野菜作りを目指している。有機農業にあるまじき(?)ちょっぴり変わった栽培方法が特徴。失敗にめげず、どんな状況に陥っても希望の光を見出すことにかけては天才。
久野農園HP http://kunofarm.com/
第1回のテーマは、労働時間を管理することで、誰もが平等に持っている時間の使い方を、粗利が上がる方向に変えていきましょう、という内容でした。
では、粗利が上がる方向とはどちらなのか!? 結論から言うと、「お客様が喜ぶ方向」なわけです。お客様が喜んでくれれば、より多くの野菜が売れるわけですから。しかし、そんな簡単な言葉で「儲かる農業」が実現できれば苦労はしないわけで……。
というわけで、第2回のテーマは「メイボ」。一般的な顧客管理よりも広い意味でワタシが使っている「メイボ」という言葉の意味と、農業経営における活用法ついてお話ししていきます。
通販ビジネスでは当たり前の「メイボ」
農家にとってお客様とは誰か?お客様は何を望んでいるのか?
どんな不満を持っていらっしゃるのか?
なかなか直接は語ってくれないお客様のキモチを「忖度」する道具が、ワタシにとっては顧客管理ソフトなどのデータベースです。
顧客名簿の重要性については、富山の薬売りの時代から商売の基盤と言われていますね。農業界では、果樹農家や観光農園、梅などの健康食品、お茶農家のように、通販や直販の文化がある分野ではデータベースマーケティングが当たり前。業界の最先端を走っている感じがします。
一方、JAなどを介した卸売販売を中心とした流通が多い野菜などの分野では、顧客名簿自体、あまり活用していない農業者が多いかもしれません。
しかし、市場流通の形が大きく変わる時代において、「儲かる農業」経営をする上でもっとも力強いツールこそ「メイボ」だとワタシは思います。
「顧客管理」ではなく「メイボ」という言葉を使う理由
「顧客管理」という言葉からワタシが想起するのは、顧客の過去の購入履歴や離脱率を調べるといったイメージです。明確でわかりやすい。代わりに、発想が「顧客」のみに限定されてしまいます。一方、「メイボ」という言葉からは、小学校のクラス名簿をワタシは想起します。知り合い、友達、関係者の連絡先、個人情報が掲載されているリストです。
知り合いから年賀状がきた。今年は返信しなかった。
友達に誕生日プレゼントをあげた。お返しはなかった。
そういえば、あの人のお母さんが体調崩して困っているらしい。ちょっと電話してみようかしら。 などなど……。
「メイボ」を眺めると、その人そのものを想起するんです。
今の時代、モノがあふれ、サービスがあふれているから、直接面と向かっての売り込み販売は敬遠されます。「顧客」に「新商品」を案内する、その発想自体が時代遅れになりつつあります。
そして、生産現場に長い時間いると、発想がどうしても提供者(=農家)視点になってしまいがちです。しかし、仕事とは本来、誰か(=お客様)の困りごとを手助けしたり喜ばせることにあるはず。「あの人、ちょっと困ってそうだけど、私の得意なことできっと役に立てそう!」といった視点を持てるかどうかが、農業経営でも大事なのではないでしょうか。
そういう自戒の意味も込めて、あえてカタカナ表記の「メイボ」とさせていただきました。
ワタシの農作物のコンセプトとは?
前回、労働時間の管理をはじめて、自分たちの時給284円に愕然としたというお話をしました。その後、最初にやったのは、儲からない仕事を辞めることと、業態を変えることでした。ワタシは、商工会のセミナーに参加したのをきっかけに、ネット通販に取り組むようになりました。
●セミナーで作った販促企画書
まず、通販セミナーに参加して最初に学んだことは、「コンセプト」についてでした。
「あなたの仕事は他の業者と何が違うのか? どんな特徴があるのか? すでに持っている特徴を際立たせて、とんがりなさい」
実際にワタシがやったことを書き出してみます。
・キーワードを検索する
インターネットでキーワード検索をして、自分の野菜や果物を検索してもらうためのキーワードを決める。そのキーワードの月間検索回数、クリック単価を調べて、市場規模とライバルの状況を把握する。当時のワタシの場合は、「無農薬野菜」「有機野菜」「人参」などがキーワードでした。
・ベンチマーク(基準となるライバルサイト)を決める
キーワードで検索した結果、表示されるライバルサイトを見て回り、自社とライバルの比較をする。また、違う業種ですでに一歩先を行っている優良サイトを、到達すべき基準として設定し、コンテンツを比較する。比較対象は特徴、サイトの作りこみ、コンテンツ、価格、サービスなどです。
・違いを創り出す
「無農薬野菜」だけでは、インターネットの世界でオンリーワンかつナンバーワンになれない。
それならば、「無農薬野菜」(育て方の特徴)×「夏野菜」(品目)×「沖縄の離島」(地域)なら、オンリーワンかつナンバーワンになれるのではないか。
カテゴリー別に掛け算をして、掛け算の結果が、独自のポジションとなれそうな仮説を立てます。
・ライバルや他業種のベンチマーク業者の商品、サービスを購入して、「違い」を創り出せそうか、仮説が正しそうか、検証する
商品だけでなく、チラシ、同梱物、パッケージ、メール対応など、買ってみなければわからないことがたくさんあります。上記のようなことを繰り返し、言葉をいじくりまわしながら、幾度となくコンセプトを書き直してきました。
これらの作業を実際にやってみて感じたことは、コトバを扱うことの難しさです。わかりやすく、短く、的確に。たった一人の「誰か」に対してズバッと語りかけるのはとても難しい。
もう一つは、発想が提供者視点になってしまうこと。誰かの困りごとを解決し、喜ぶ姿をなかなかイメージできませんでした。難しいだけでなく、的確にやらないとしっぺ返しが恐ろしい。
ワタシの野菜は、一言で言うと他の野菜とどこが違うのか?
その答えが、ワタシがお客さまに対して行う「誓い」「約束」なのだということを身にしみて感じるようになるのは、随分あとのことでした。(こちらは次回お話しします)
「メイボ」からお客様が見えてくる
逆に、コトバはすごいな、と感じたこともあります。コトバや数字を使って、自分の野菜の特徴を規定する(コンセプトを決める)と、その特徴を実現する段取りを考え始めるようになるのです。例えば、自分がお客様に提供する人参のコンセプトを「食感が柔らかく、糖度が10度以上の人参。ジュースにして飲むとスッと身体に入ってくる感じ。10月から3月まで、毎週1トン、2Lサイズで安定供給する」と決めたとします。この人参ならば、Aさんが毎週買ってくれそう。「美味しい」と、思わずつぶやいてくれそう。
そこまでイメージすると、エグみの出やすい肥料は使わない方がいいな、とか、人参臭さが少ない品種を使おう、とか。食感を考えると生育期間中の水分管理が重要だな、必要数量を確保するための株間は、条間は、面積は……というように、コンセプトを実現するには何が必要かを考え、実行するようになります。
それと同時に、進捗管理についても意識するようになります。必要な収量を確保するために発芽した株数は足りているか? 病気や害虫の発生状況は求める品質にどう影響しそうか? まさに、センシング等のIoTが活躍できそうな分野です。
この仕事のやり方は、ただ単純に「美味しい人参」を育てよう、と思って栽培を始めるのとは、スタート地点から異なります。(ワタシの農園では、「生産設計」と呼んでいます)
また、当時は、ほぼ顧客ゼロ(メイボがないところ)からのスタートでしたが、今でしたら、コンセプトを作る際には当然メイボを使います。
メイボを検索して、並び替える。お客様の姿や行動を想像しながら、コンセプト(仮説)を立てる。あのお客様には、この商品は役に立たないかな? 商品をこう変えたら喜んでもらえるかもしれない。試しにサンプル送らせてもらおうか? モニターになってくれないかな? そんなことが思い浮かびます。
メイボでお客様の購買履歴を調べ、どのくらいの期間でいくらくらい買ってくれそうか仮説を立てることもできます。
メイボはデータベースですから、当然検索したり、並べ替えたり、計算したりできないといけません。しかし、あくまでそれは道具としての使い勝手。生産現場にいることが多い農業者にとって、もっとも重要なのは、メイボを眺めて、「人」をイメージできるかどうか。その人の役に立とうと思えるかどうかだと思うのです。(続く)
■著者プロフィール
久野裕一(クノ ユウイチ)
埼玉県にて農業生産法人「久野農園」を経営。栽培面積6ヘクタール。露地・有機野菜栽培。少人数で省力的かつ高品質な野菜作りを目指している。有機農業にあるまじき(?)ちょっぴり変わった栽培方法が特徴。失敗にめげず、どんな状況に陥っても希望の光を見出すことにかけては天才。
久野農園HP http://kunofarm.com/
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