儲かる農業のための「販促企画」と「進捗管理」【「有機農業とワタシとITと」第3回】

埼玉県小川町の久野農園園主、久野裕一です。

第2回では、ネット通販に取り組むことで自分の農園のコンセプトを明確にすることの大切さと、お客様に直接販売する際にお客様の顔が見える「メイボ」の大切さを実感した、というお話をしました。
しかし、「メイボ」によってお客様の人となりが見え、お客様が欲しがっている野菜などがわかったとしても、それが必ず販売に結びつくわけではありません。様々な事情や購入したいタイミングなどはお客様によって異なり、売り手であるワタシの都合のいいようには回っていかないわけです。

それでは、どうやって野菜を売り、儲かる農業にしていくのか。

今回は、売り上げに結びつけるための「販促企画」と「進捗管理」という概念について考えてみます。

儲かる農業は「売るのが先、作るのは後」

ワタシがネット通販のお店のコンセプトを決めた後にまず実施したことが、「販促企画」です。

ビジネス経験が全くないまま独立したワタシは、仕事に関して根本的な勘違いをしていました。「売上は(自然に)上がるもの」と思っていたのです。鶏舎を建て、ニワトリを育てる。畑を開墾し、野菜を育てる。取れた卵や野菜を販売する。育てるのが先で、売れたものが売り上げになる。仕事とはそのようなものだと考えていました。

しかし、通販セミナーを通じて学んだことは真逆。

「作るの(を考えること)が先、売るのは後」ではダメ。

「売るの(を考えること)が先、作るのは後」なんだ。

これはワタシにとって、目からウロコでした。

●当時の販促計画の資料


上の資料を見ると、売上目標を分解して、数字を積み上げているのがわかると思います。
100万売り上げたいとしたらその内訳は? どうやって実現する? ということを5W1Hで考えたわけです。

この通販セミナーを受けるまで、身体を動かすのが好きなワタシは、頭で考えるよりまず草刈りから、というやり方でガムシャラに働いていました。その状態は、IT(情報技術)を使わずに労働していただけ。それではうまくいく方が奇跡ですよ、と教えてもらいました。始める前に、「コトバと数字(=情報技術)を適切に使って、スマートな目標設定をしてください。売上(販促企画)だけでなく、事業計画を作るのが先ですよ」ということです。

<参考URL>
SMARTな目標設定(EMAOS)
https://100recurrent-edu.com/coaching/smart-goals/

イレギュラーに対応できる進捗管理の大切さ

販促目標を設定し、売り上げ予測も考えた。
しかし、もちろん計画を立てただけでは実現しません。「進捗管理」が重要です。

最近の農業生産管理アプリは、事業計画と実際の納品実績とをリンクさせて進捗管理ができるなど、非常に優れています。しかし、アプリを使っても的確に進捗管理するのはなかなか大変。

ワタシの農園では、独自のデータベースを作って進捗管理をしていますが、農業における進捗管理は試行錯誤の連続です。
例えば、以下のようなケースがあったとします。

<現状>
Aという取引先と人参の契約栽培を結んでいる。週間数量が2Lサイズまでで1トン。畑の予想在庫が2トン。

<緊急対応>
突然、Bという取引先から注文が1トン入った。収穫し始めたら2Lサイズが少なく、予定外の畑まで収穫する羽目になった。

<結果>
小さいM/Lサイズを取りすぎて冷蔵庫に残ってしまった。来週分のA取引先の2Lサイズが畑の予想在庫で足りない。
さあ、どうする!

似たような経験をお持ちの方であれば、事前にどんな情報が必要かはなんとなくおわかりでしょう。

このような状況に置かれてしまった場合、収穫を始める前に、
・サイズ別の収量見込みが立っていること(収量予測、センシング)
・今日必要な規格別収量を現場の人間が把握していること(受注データの共有)
・天候の変化やお客様からの増量要請のようなイレギュラーが起きた場合の判断基準を持っていること(判断基準の共有)
・収量が日毎にデータ化され、リアルタイムで追えること(データベース)
といったことが必要になります。これだけのことを実現するだけでも大変です。

農業の場合、「メイボ」をはじめとした顧客情報、受注情報と、畑の生産進捗状況がリンクしていないと、なかなかうまくいきません。
逆に、進捗がリアルタイムで「見える化」できていれば、畑の進捗状況を見ながら、さらに売り上げを上げるために事前に営業をかけることができます。これは大きい。

約束を守りながら追加の事前営業をできる農園と、
約束を守れず欠品の後追い対応をせざるを得ない農園。

儲かるのは果たしてどちらかの農園かは、おのずとわかりますよね。

農業IoTにより品質管理も当たり前の時代に

また、農作物の品質についても進捗管理が大事です。

たとえば、ワタシの農園のニンジンの特徴。
食感が柔らかく、糖度が10度以上の人参。
ジュースにして飲むとスッと身体に入ってくる感じ。
提供時期:10月から3月まで(毎週1トン、2Lサイズで安定供給する)

仮にこれが提供者視点の品質とするならば、最低限これを守らなければなりません。さらには、このテキストからお客様側で想起する品質が、提供者の想起するイメージと異なっていることもあります。(詳しくは下記をご参照ください)

<参考URL>
品質とは?
立場・役割の違いによる、品質の解釈の違い
顧客視点の品質と提供者視点の品質
時代による品質の意味の変化

購入するかどうかを決めるのは100%お客様ですので、品質を満たして顧客満足を得た先に、継続的な取引が成立します。
提供者としても、品質を満たしているかどうかの検査も当然必要になります。

しかし、センシングのIoTの進化に伴い、作物自体の品質を「見える化」できるようになってきています。ワタシの農園でもNO3メーター、糖度計を使っています。今後ますます、センサーが普及し、精度が向上し、食味が数値化されていく……。ということは、品質を約束し、保証できることが競争力になります。……なかなか恐ろしい変化です。

ワタシの農園は、変化に対応して競争力を維持していけるでしょうか? 露地栽培、有機栽培の分野でどんな未来を創っていけるのか!?

ネット通販にこそ「顔の見える関係」が必要

「売上は作るもの」という言葉には、計画して数字を積み上げるということとは別に、もう一つ別の意味があります。それは、天候や災害など、収穫が予測できない部分をどう売り上げにするか。冒頭で私は、「育てるのが先で、売れたものが売り上げになる」と考えていたと書きましたが、その背景にはきっと心のどこかに、「しっかり確実に納品したい」とか「ウソをつきたくない」という思いが隠れていたように思います。

では、どうすればいいのか。

手を上げること

天候に左右される農産物。納期、数量、品質を守れなくて謝るのは誰にとっても嫌なことです。
しかし本来的に農業においては、「受注する」タイミングでは100%確実に納品できるかどうかはわかりません。台風が来るかもしれない。しかし、「受注する」ためには手を上げなければならない。

「その仕事、ワタシにやらせてください!
満足いただけるように精一杯やります」

仕事というのは、まず手を上げることからしか始まらない。それは、志や覚悟のようなものではないでしょうか。

ハッタリをマコトに

あえて極端な言い方をすれば、事業計画という「ハッタリ(頭の中のイメージ)」をマコトにするのが経営だと思います。今はハッタリかもしれないけれど、ワタシにチャンスをください! それが仕事のスタート地点。

「ハッタリ」を元に、お金を用意して、働いてくれる仲間や協力してくれる取引先を探す。お客様の潜在的な不満を解決する(ニーズを満たす)ことで粗利を生み出す。絶対に達成しなければならない最低到達ラインが損益分岐点(粗利=固定費)の状態。

最低到達ライン=損益分岐点(「ハッタリ」)を期限(一定期間内)までに「マコト」にできない状態がいわゆる「赤字」で、赤字が続くとあいつのハッタリは実現しなかった、つまり、信用を失って、事業の継続ができなくなる。それが経営なのではないかと。

片手にそろばん、片手にロマン……

『片手にそろばん、片手にロマン』と言いますが、まさにその通り。ワタシは下記のように理解しています。
そろばん………SMARTな目標設定で適切な計画を立て進捗管理をすること。
ロマン……夢やビジョン、覚悟を持って手を上げる。志や覚悟を持って仕事を受注する。

たとえばウェブサイトに顔を出す、ということは、志を立てる、手を上げる、ということだと思います。
この人から買いたい、どうせ買うならこの人を応援したい、リピートしたい、取引を継続したい……。
そのような思いが生まれるのは、日常のコミュニケーションからです。

「顔の見える関係」

商品の荷姿、梱包の仕方、通信、メッセージ、電話、メール、WEBサイトの情報、SNS……。それら全てを通じて伝わる「ひととなり」のことを「顔」という言葉で、「顔の見える関係」と呼ぶのだと思います。

逆に提供者としては、あの人の役に立ちたい、という思いから仕事を発想すること。相互に相手の「顔」を見ながら取引ができたら、素敵ではありませんか? ネット通販こそ、「顔」が見えないと買っていただけないのです。

誰かの役に立つことで「儲かる農業」に

農業者の方であれば、計画段階で明確にした目標(商品の特徴、納期、数量等)を実現することの難しさを重々承知しているかと思います。WEBサイトやチラシでお客様に約束した品質を、実際納品した物やサービスが上回っていないと顧客満足に繋がらない。実力勝負ですね。

物流が進化し、市場流通が変わる。企業間の信用取引が増える中で、今後ますます約束を守れるかどうかが問われます。
IoTを活用しながら、誰かの「役に立つ」ことで、「儲かる農業」経営を実現できるはずです。

今回の記事の背景には、ワタシ自身の数え切れないほどのイタイ失敗の歴史があります。
次回はそのあたりについて書いてみたいと思います。

それではまた。

■著者プロフィール
久野裕一(クノ ユウイチ)
埼玉県にて農業生産法人「久野農園」を経営。栽培面積6ヘクタール。露地・有機野菜栽培。少人数で省力的かつ高品質な野菜作りを目指している。有機農業にあるまじき(?)ちょっぴり変わった栽培方法が特徴。失敗にめげず、どんな状況に陥っても希望の光を見出すことにかけては天才。
久野農園HP http://kunofarm.com/
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
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    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
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    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
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    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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