農家での農村体験を観光にしたフロントランナー──信州せいしゅん村(長野県上田市)

長野県上田市の中心部から車で約30分の旧武石(たけし)村には、外国人客が年間1500人ほど訪れる。地域の活性化のために農村と観光を融合させたいと、地元の小林一郎さんが株式会社信州せいしゅん村を2000年に設立。農家を訪れ、日帰りの体験やホームステイを楽しめる事業を始めた。今では多くの協力農家が『農家民宿』を営む。名前の通り、旅館業法や食品衛生法の届出が必要な、れっきとした民宿だ。

農業生産で生計を立てるのが難しくなった地域を、外から人に来てもらうことで振興しようという小林さんの狙いは的中。2006年に外国人客の受け入れを始め、今では訪問者の半分を外国人が占める。

▲小林一郎さん。信州せいしゅん村は妻と2人で運営する。後ろは古民家を改造して作った「農家レストラン 里の食」

「農村体験」前面に打ち出す

旧武石村は、もともとトマトの露地栽培が盛んで、昭和30~50年代頃は一大産地として知られていた。しかし、ハウス栽培向きのトマトが人気になり、栽培が徐々に下火になっていった。今、地域内で専業で経営が成り立つ農家はほんのひと握りだ。

農産物を作って売るだけでは、農村としての存続が難しい。では、どうするか。信州せいしゅん村代表取締役で「むらおさ」の小林さんが出した答えは、「サービス提供型農村」を作ることだった。

外部から人が来ることで、地域の人が元気になる。
訪れた人にも元気になって帰ってもらう。
地域に活気が生まれ、お金も稼げる。

そんな農村を作ろうと考えたのだ。

当時の田植えや収穫などの農業体験を中心にしたグリーンツーリズムのあり方とは一線を画し、ありのままの農村の環境や生活を味わう「農村体験」の場を提供することにした。


「当時は『農村体験』をインターネットで調べても、検索結果はゼロ。今は、500万件以上ヒットするので、時代が追いついてきたと思いますね」(小林さん)

2002年から、農家を日帰りで訪れ、ふれあいを楽しんだり、食事を共にしたり、農作業の体験をしたりする「ほっとステイ」を運営する。地域内で協力する農家は50人ほどで、30軒が農家民宿を営む。ピーク時の2008年頃には国内客だけで7000人以上が訪れていたが、受け入れる側が大変なので、今は人数を絞っている。

▲旧武石村も含め、7地域で「ほっとステイ」ができる

その一方で、せっかく需要があるのだからと、2008年頃から周辺の立科町や長和町など6地域にもノウハウを提供し、「ほっとステイ」を受け入れる体制を作った。信州せいしゅん村の訪問者は年間3000人ほど。うち半分を外国人が占め、売り上げの割合でみると7割近くになる。

唯一無二の体験にリピーター多く

外国人客が訪れるようになったきっかけは、2006年に香港大学から15人ほどの日帰り客が訪れたことだった。最初は、英語もできないのに外国人に対応できるだろうかと不安だったという。

「やってみたら、受け入れ家庭からの反応は、国内も海外も一緒だね、と。しばらくやっていると、外国の人の方が面白いねという話になって、本格的に海外から受け入れるようになりました」


受け入れ農家の平均年齢は65歳くらいで、70代、80代も多く、英会話ができるわけではない。ただ、身振り手振りも交えれば、意思の疎通はできる。

国内客は修学旅行などの教育旅行が多く、「連れてこられる」人が多いのに対し、海外客は希望して訪れる人ばかりで、体験に興味津々で積極的なので、受け入れていて楽しいという。これまでに24カ国からの訪問があり、客層は修学旅行から親子連れ、中高年までさまざまだ。

「フランスから13人のグループが来る予定で、その中に80歳が2人いますよ。企画者の方が毎年グループを作って訪問してくれていて、4年目になります」

2018年12月上旬の取材時点で、2019年1月中旬〜2月中旬までの1カ月間で、団体客だけで中国、台湾、アルゼンチンから12組400人以上が訪れる予定とのことで驚いた。中国人の親子連れを数日前に泊めたばかりという小林さんは、滞在中の写真を見ながら「お父さんとお母さんと5歳の男の子がうちに来ました。男の子と一緒になって将棋を使った遊びをして。帰り際には『帰りたくない』と言っていましたね」と目を細めた。


冬ならはんてんを着て、こたつに入って農家とお茶を飲み、食事をして、畳の部屋に布団を敷いて寝る。物見遊山型の観光とは違う、人との交流と文化体験を存分にできる場だからこそ、人気を集めており、リピート率が高い。

「地域活性化が地域の人にとって苦痛になってはいけない」という考えから、あくまで自然体で無理をしないことも、農家と訪問者の双方にメリットがあるようだ。

「イスラエルの方が1泊、信州せいしゅん村に泊まってくれたんです。15日間日本に滞在して、京都や奈良にも行っていて、それでも『日本で一番いいのは信州せいしゅん村だ』と言ってくれました。うれしいですね」

認知度を上げるため、国内外の旅行商談会には積極的に参加する。英語のパンフレットも作っている。申し込みは旅行社経由のものに加え、リピーターや初めての相手から直接メールが送られてくることもある。

空き家活用し、手軽に運営できる農家民泊も

新しい展開もしたいと、近く「農家民泊」を開業予定だ。こちらは旅館業法の届出などが必要ないかわりに、反復継続的に運営し、宿泊代を受け取ることができない。農業体験や食事代などはもらうことが可能だ。

「『農家民宿』は宿泊の希望が多く、国内客の宿泊はほとんど受け入れていないくらいです。海外の人には日本人の暮らしがわからないはずだから、宿泊もしてもらいたいと受け入れています。より運営が手軽な『農家民泊』ができれば、国内客の受け入れもできるのではないかと思っています」

農家民宿と違って、食事の提供が必須ではない農家民泊はより手軽に運営できるので、受け入れ数を拡大できると期待している。空き家を改修中で、農家民泊2軒を2019年春から運営したいという。

小林さんは、地域活性化をするにせよ「業としてやっていくことが大切」と考え、地域経済を潤すことを重視する。

「建設業や製造業だと利益率は1割前後しかない。でも、信州せいしゅん村は総額が自分たちのものになるわけです。だから、信州せいしゅん村で売り上げが2000万円あるとすれば、2億円企業を作るくらいの意味がある」


昔は、「年金と同額程度の月8万円ほどを農家に渡せるといい」と言っていたそうだが、今では外国人客の宿泊の多い月だと、一戸当たりの収入が20万円近くになることもある。

インバウンドは、最初から狙っていたわけではありません。ですが、地域に人が来てお金を落としてもらうことが活性化だと思ってやってきましたから、狙いの中の一つだと言えるでしょうね」

旧武石村とインバウンドの出会いは、偶然のようで、必然だったのかもしれない。

<参考URL>
農尊Life! 信州せいしゅん村


【特集】農業×インバウンドのこれまでとこれから
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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