就農4カ月弱で施設栽培キュウリの反収20tを上げられた理由

佐賀県武雄市の松尾未希さん(33)は施設でキュウリを作り始めた2021年、5月4日時点で早くも10aの収量が20tに達した。取引先の種苗会社によると、同時期に定植した地域の農家の中では最も高い成績を上げているそうだ。

施設園芸で1年目から好発進できた理由と課題や悩みについてうかがった。

松尾さん(右から2人目)と従業員松尾さん(右から2人目)と従業員

「キュウリの神様」のもとで修行


2020年に就農したばかりの松尾さんがキュウリを作っているのは武雄市若木町の山間地。生まれ育った場所で、いまも両親や妹らが暮らしている。

施設は短冊状に田が並ぶ一角に立つ計22aに及ぶ3連棟で、加温機や二酸化炭素の発生装置などの環境制御機器を複合的に導入している。

松尾さんの施設松尾さんの施設
定植したのは2020年12月5日。収穫は1月10日からで、それから4月弱で早くも全国における年間の平均反収14tを超えた。

1年目からこれだけの実績を挙げられているのは、JAさがが運営する新規就農者を育成する拠点「トレーニングファーム」での2年間に及ぶ研修の成果である。松尾さんは研修を終了後、さらに半年間、同拠点の指導教官で「キュウリの神様」と呼ばれる山口仁司さんの57aの施設で、より実践的な研修を受けた。


データだけでなく圃場の観察が大事


複合環境制御技術というと、関連する機器が自動的にキュウリにとって最適な環境を作ってくれると思っている人がいるようだが、決してそんなことはない。気温や湿度などの環境データをモニター画面で追いつつ、同時に作物を観察することが欠かせない。松尾さんが実績を挙げられているのもこの点に留意しているからだ。

「うちは規模が大きいけれど、私が毎日、圃場の隅々まで見て回るようにしています」

栽培で特に気を付けたのは、定植から親づるを摘芯をするまでの木姿である。

トレーニングファームでは「理想とする木姿に整えられるよう、修正のブレ幅を小さくすることが大事」と教わってきた。定植してから活着するまでは自動かん水器を使わず、木1本ずつの葉色を観察しながら、かん水する量を個別に調整した。

松尾さんの施設の内部松尾さんの施設の内部。ダクトは空間に浮かせて、人が通りやすくしている。
マルチシートを全面に張ったので、「予想はしていたものの湿度が不足して、生殖成長に変わるところがあった」。

そこで親づるに成る実はなるべく摘み、側枝を伸ばすことを心がけた。松尾さんは「早く収穫したいからと親づるの実をすべて成らせるよりも、まずは側枝を素直に出して、最後まで木の体力をしっかりと維持する木づくりが大事と聞いています」と語る。

このほか、芽だけでなく葉も頻繁に摘んで、「中にまで光が届くようにしました」。

病気の発生を防ぐためには、循環扇のほか暖房機と二酸化炭素の発生装置は常時稼働させて送風し、空気を滞留させないようにしている。合わせて飽差に気を付けながら、4月中旬頃までは、日中室温が31〜32度と積算温度を確保する管理をしてきた。それ以降は30度を超えないように管理した。

さらに、自らの現在地を確認するためにも、忙しい合間を縫って、山口さんをはじめとする近隣の優れたキュウリ農家の施設を時々訪ねるようにしている。

「自分のキュウリは葉につやがないとか、病気が多いとか、気付くことは結構あるんです」


1年目の労務管理の難しさ


栽培に関する一連の留意点は、いずれも山口さんに習ってきたことであり、松尾さんのこれまでの実績はそれを確実に実践してきたことの現れといえる。

しかし、松尾さんは現状に満足していない。特に労務管理の難しさに直面している。

既述の通り、経営耕地面積は22aと、地域では大きな規模である。これだけの面積をこなすため、5人のパートと1人の正社員を雇っている。このほか両親と妹など肉親が必要な時に手伝ってくれている。また、取材した時点ではトレーニングファームの卒業生1人が期間限定で働いていた。

トレーニングファームや山口さんから学んだ実践に基づく知識は、松尾さんの中には備わっている。しかし、それらをすべて従業員に共有するのは不可能といっていい。特に5人の従業員は稲作を主体にした兼業農家なので、春先は田植えの準備で忙しく、キュウリづくりの手伝いには毎日来られない。

それもあって松尾さんは「栽培のポイントについて多くを伝えようとしたせいで、代わりに作業が遅れてしまった」と振り返る。その反省を生かして、「それ以来、基本的なことだけを、わかりやすく伝えることを心がけています」とのこと。

松尾さんに2021年に目指す収量について尋ねると、少し言いよどみながら、最後にははっきりと「50t」と答えた。実現すれば、JAさがでは過去最多の反収である。しかも叶わない数字というわけではなさそうだ。

「よそと比べても、今のところ木が若いんです。葉も大きいし、芽もよく出ているから」


目指すのは大規模経営と独立就農者の増加


最後に一つ。そもそも松尾さんがふるさとでキュウリを作ることにしたのは、両親の面倒をみることと雇用を生むことにあった。

後者にだけ言及すると、周囲の農業といえば稲作が主体。ただ、稲や転作の麦だけでは食べていけない。だから子どもに後を継がせない農家ばかりだという。

松尾さんはそうした状況を変えたくて、収益性の高いキュウリの施設栽培を選んだ。

目指すは大規模経営。今よりも面積を広げてより多くの人を雇う。そして、従業員にはいずれ地域で独立してもらう。その流れでふるさとにキュウリづくりを産業として根付かせるのが松尾さんの夢だ。

松尾さん(右)
それには若い人に「農業でも食べていける」ということを知ってもらわなければならない。そのために松尾さんが取り組みたいのは、地域の学校と連携した食育活動だ。

児童や学生を対象に、農業には稲や麦だけではなく、施設園芸という選択肢があるということを知ってもらう機会をつくりたいという。松尾さんは「興味がある学校があれば、ぜひお声がけしてほしい」と話している 。 


JAさが 佐賀県農業協同組合
https://jasaga.or.jp/
トレーニングファーム|新規就農支援|JAさがのご紹介|JAさが 佐賀県農業協同組合
https://jasaga.or.jp/introduction/shunou_support/training_farm/

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WRITER LIST

  1. 槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
  2. 田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  3. さわちん
    2児の父。あるきっかけにより農業のイメージを変えたいと考え、16年間のサラリーマン生活にピリオドを打つことを決意。2020年春、家族で田舎に移住し、新規就農を目指す。自身が「移住×就農のモデルケース」となるために、いろんな方面へ向けて奮闘中。
  4. 福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  5. 窪田新之助
    農業ジャーナリスト。福岡県生まれ。日本経済新聞社が主催する農業とテクノロジーをテーマにしたグローバルイベント「AG/SUM(アグサム)」プロジェクトアドバイザー、ロボットビジネスを支援するNPO法人Robizyアドバイザー。著書に『日本発「ロボットAI農業」の凄い未来』『GDP 4%の日本農業は自動車産業を超える』(いずれも講談社)など。