豪雨を乗り越えてキュウリの反収50トンを実現した、高軒高ハウスでの養液栽培メソッド
ハウスが自然災害に遭い、キュウリづくりを一時断念せざるを得なかった佐賀県大町町の鵜池幸治(うのいけこうじ)さん(39歳)。
JA全農が高収益を実現するために設置した実証施設「ゆめファーム全農SAGA」で働いた後、2021年末に営農を再開。初年度には、反収でいきなり全国トップクラスの50tを達成した。ただ、結果には満足していないという。
参考記事:データ栽培管理により反収増を実現したゆめファームの今年の成果【窪田新之助のスマート農業コラム】
https://smartagri-jp.com/smartagri/3805
JR九州佐世保線の大町駅からクルマで5分ほどの水田地帯に、まだ新しい高軒高のハウスがぽつんと並んでいる。鵜池さんが2021年度に建てさせたものだ。
ハウスの面積は45aで、軒高は5mに及ぶ。中では、ハイワイヤー仕立てでキュウリの養液栽培をしている。
参考にしたのは、JA全農が佐賀市に設けた「ゆめファーム全農SAGA」。鵜池さんがキュウリづくりに携わり、ハウスを建てるうえで大きな学びを得たところだ。
鵜池さんがそれまでキュウリを作ってきたハウスは、2019年8月に九州北部を襲った豪雨で使えなくなった。当時、九州北部では1時間当たり最大100mmを超える大雨が降った。大町町では浸水した鉄工場から大量の油が出て、水と混ざって辺りの住宅や農地に流れ込んでいった。
当時の経営は、コメや大豆が計3.5ha、ハウスで土耕するキュウリが20aだった。このうち田植え機やコンバイン、トラクターのほか、乾燥調製施設など一連の機械が油を含んだ水に漬かり使い物にならなくなった。これで、水田での営農再開はあきらめた。
あまりの惨状に、離農という文字すら頭に浮かんだこともあった。ただ、これまでの経歴を振り返れば、「やはり自分にはキュウリづくりしかなかった」。被災してから3カ月後、キュウリづくりを再開する気持ちを固めた。
とはいえ、復旧までには時間がかかる。その間、働くことにしたのが「夢ファーム」だ。同ファームは軒高が5m、総面積が1ha、栽培面積が86aある。
栽培棟は半分に分けて、土耕栽培区とロックウールを利用した養液栽培区を用意している。前者がキュウリの栽培で一般的な摘心誘引仕立て、後者がハイワイヤー仕立て(つるおろし栽培)。
JA全農は高収量を上げるためのさまざまな工夫を凝らした同ファームで、栽培を始めてから1年目にはいずれの栽培区でも、全国最多の反収約55tを上げることに成功した。
鵜池さんはここで働いている間、それまで自分のハウスで慣れ親しんだ土耕栽培を担当することになった。ただ、1年目を終えるころに養液栽培の担当に変えてもらった。収量を取る目的で、ハイワイヤー仕立てに魅力を感じたからだ。
以前は、ハイワイヤー仕立てでは高い収量を上げられないと思っていた。ただ夢ファームで実地に比較してみると、軒高が5mある空間を活用して根域や環境を適切に制御すれば、ハイワイヤー仕立ての方が摘心誘引仕立てよりも生育を促せると感じた。
自身のハウスを再建した後、そこで初めて定植したのは2021年12月。当初期待した通り、初年度の反収はこれまでの最高記録である50tに達した。ちなみにこの数字は、土間の中央と暖房機がある端の通路を省いた、純粋に栽培している面積で換算した数字である。
50tというとすごいようだが、鵜池さんは納得していない。「うれしいというよりも、反省や悔しい気持ちの方が強いです。正直、あと6~7tは取れました。夏作で大きな失敗をしてしまったんです。」
鵜池さんがいう失敗とは、夏作になってから、成長の促進や作業性の向上のために「更新つるおろし栽培」に変更したところ、思いのほか時間がかかったということ。
更新つるおろし栽培では、つるおろし栽培と異なり、生長点を摘む作業が必要になる。「想定よりも1.5倍の作業時間がかかり、間に合わず、半分は捨ててしまったんです」
対策としては人を多く雇うことになるものの、人件費がかさむことが心配だ。そんなときにある情報を手に入れた。近隣の自治体が働き手を仲介する支援事業をしているというのだ。
「この辺りだと、派遣会社に頼めば時間当たり1350~1400円を払わないといけない。一方で、その事業を使えば、最低賃金くらいの時給だけで済む」
ただし、実際に利用したところ、希望通りに確実に人を確保できるわけではなかった。そこで夏に限り、知人らの仲介で地元の高校生を短期のアルバイトで雇うことも始めている。
鵜池さんがハイワイヤー仕立てに興味を持った理由はもう一つある。雇用型経営にするためだ。というのも、摘心誘引仕立ては習得するまでに長い月日を要する。一方、ハイワイヤー仕立ては初心者でも早くにその作業に慣れるからだ。その先には規模拡大を見据えていた。
ただ、ここにきて雇用の確保の難しさや資材費の高騰など経営環境が大きく変わってきている。鵜池さんは「いまは規模拡大よりも、現状の面積で収益性を向上することに集中したい」と話している。
JA全農が高収益を実現するために設置した実証施設「ゆめファーム全農SAGA」で働いた後、2021年末に営農を再開。初年度には、反収でいきなり全国トップクラスの50tを達成した。ただ、結果には満足していないという。
参考記事:データ栽培管理により反収増を実現したゆめファームの今年の成果【窪田新之助のスマート農業コラム】
https://smartagri-jp.com/smartagri/3805
「自分にはキュウリづくりしかない」
JR九州佐世保線の大町駅からクルマで5分ほどの水田地帯に、まだ新しい高軒高のハウスがぽつんと並んでいる。鵜池さんが2021年度に建てさせたものだ。
ハウスの面積は45aで、軒高は5mに及ぶ。中では、ハイワイヤー仕立てでキュウリの養液栽培をしている。
参考にしたのは、JA全農が佐賀市に設けた「ゆめファーム全農SAGA」。鵜池さんがキュウリづくりに携わり、ハウスを建てるうえで大きな学びを得たところだ。
鵜池さんがそれまでキュウリを作ってきたハウスは、2019年8月に九州北部を襲った豪雨で使えなくなった。当時、九州北部では1時間当たり最大100mmを超える大雨が降った。大町町では浸水した鉄工場から大量の油が出て、水と混ざって辺りの住宅や農地に流れ込んでいった。
当時の経営は、コメや大豆が計3.5ha、ハウスで土耕するキュウリが20aだった。このうち田植え機やコンバイン、トラクターのほか、乾燥調製施設など一連の機械が油を含んだ水に漬かり使い物にならなくなった。これで、水田での営農再開はあきらめた。
あまりの惨状に、離農という文字すら頭に浮かんだこともあった。ただ、これまでの経歴を振り返れば、「やはり自分にはキュウリづくりしかなかった」。被災してから3カ月後、キュウリづくりを再開する気持ちを固めた。
「夢ファーム」で学んだハイワイヤー式のメリット
とはいえ、復旧までには時間がかかる。その間、働くことにしたのが「夢ファーム」だ。同ファームは軒高が5m、総面積が1ha、栽培面積が86aある。
栽培棟は半分に分けて、土耕栽培区とロックウールを利用した養液栽培区を用意している。前者がキュウリの栽培で一般的な摘心誘引仕立て、後者がハイワイヤー仕立て(つるおろし栽培)。
JA全農は高収量を上げるためのさまざまな工夫を凝らした同ファームで、栽培を始めてから1年目にはいずれの栽培区でも、全国最多の反収約55tを上げることに成功した。
鵜池さんはここで働いている間、それまで自分のハウスで慣れ親しんだ土耕栽培を担当することになった。ただ、1年目を終えるころに養液栽培の担当に変えてもらった。収量を取る目的で、ハイワイヤー仕立てに魅力を感じたからだ。
以前は、ハイワイヤー仕立てでは高い収量を上げられないと思っていた。ただ夢ファームで実地に比較してみると、軒高が5mある空間を活用して根域や環境を適切に制御すれば、ハイワイヤー仕立ての方が摘心誘引仕立てよりも生育を促せると感じた。
課題は「更新つるおろし栽培」にかかる労力
自身のハウスを再建した後、そこで初めて定植したのは2021年12月。当初期待した通り、初年度の反収はこれまでの最高記録である50tに達した。ちなみにこの数字は、土間の中央と暖房機がある端の通路を省いた、純粋に栽培している面積で換算した数字である。
50tというとすごいようだが、鵜池さんは納得していない。「うれしいというよりも、反省や悔しい気持ちの方が強いです。正直、あと6~7tは取れました。夏作で大きな失敗をしてしまったんです。」
鵜池さんがいう失敗とは、夏作になってから、成長の促進や作業性の向上のために「更新つるおろし栽培」に変更したところ、思いのほか時間がかかったということ。
更新つるおろし栽培では、つるおろし栽培と異なり、生長点を摘む作業が必要になる。「想定よりも1.5倍の作業時間がかかり、間に合わず、半分は捨ててしまったんです」
初心者でも作業できる雇用型経営にシフト
対策としては人を多く雇うことになるものの、人件費がかさむことが心配だ。そんなときにある情報を手に入れた。近隣の自治体が働き手を仲介する支援事業をしているというのだ。
「この辺りだと、派遣会社に頼めば時間当たり1350~1400円を払わないといけない。一方で、その事業を使えば、最低賃金くらいの時給だけで済む」
ただし、実際に利用したところ、希望通りに確実に人を確保できるわけではなかった。そこで夏に限り、知人らの仲介で地元の高校生を短期のアルバイトで雇うことも始めている。
鵜池さんがハイワイヤー仕立てに興味を持った理由はもう一つある。雇用型経営にするためだ。というのも、摘心誘引仕立ては習得するまでに長い月日を要する。一方、ハイワイヤー仕立ては初心者でも早くにその作業に慣れるからだ。その先には規模拡大を見据えていた。
ただ、ここにきて雇用の確保の難しさや資材費の高騰など経営環境が大きく変わってきている。鵜池さんは「いまは規模拡大よりも、現状の面積で収益性を向上することに集中したい」と話している。
【事例紹介】スマート農業の実践事例
- きゅうりの国内最多反収を達成し、6年目を迎えた「ゆめファーム全農SAGA」が次に目指すこと
- 豪雨を乗り越えてキュウリの反収50トンを実現した、高軒高ハウスでの養液栽培メソッド
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