高級食材の内部障害を判別して商品価値アップ 放射線技師が挑む光センサーでのわさび解析技術とは

診療放射線技師がわさび農家になった!


現在も神奈川県内の病院で、診療放射線技師として時短常勤で働く飯田訓司さん(46歳)。農業とは無縁の世界にいた飯田さんがわさび栽培に取り組むようになって、今年で4年目になる。

元々、訓司さんの実家は江戸時代から続くわさび専業農家。その8代目となる父の茂雄さんは、全国のわさび生産者が集う全国わさび生産者協議会の会長を務めた経歴を持つ。

静岡県伊豆市(旧・田方郡中伊豆町)の天城山の麓に約1haのわさび沢を保有し、1年を通して主に市場へ出荷。 1kgあたり数万円の値がつく最高級品種「真妻(まづま)種」のわさびを今は専門に栽培している。

飯田さんのわさび田。静岡県伊豆市(中伊豆・湯ヶ島地区)では約350軒の農家が約75haの圃場でわさびを生産。栽培面積、生産量、品質ともに全国一で、主に東京市場などに約150トンを出荷
和歌山県印南町川又(旧真妻地区)が原産で、本わさびの最高峰と称される真妻わさび。ほのかな甘みが混ざった上品な辛みが特長

そんな歴史ある家の次男として生まれた訓司さんだが、5歳上の長男の哲司さんが家業を継ぐことが決まっていたため医療の道へ。1998年に国家資格の診療放射線技師免許を取得し、医療現場で働くことになった。

一方、実家を継いだ9代目の哲司さんは、大学院に進んで農学博士号を取得された、とても研究熱心な方だ。

父親の元で働きながら、わさびの品質に見合う販売先を開拓するべく、ホームページを開設して通信販売を開始。テレビ番組に出演するなど広報活動に尽力し、こだわりを持って生産している真妻わさびの魅力を発信してきた。その結果、全国の高級寿司店や割烹料理店などへと卸すことになっていった。

しかし、家業が順調満帆に進んでいた2017年、哲司さんが47歳の若さで急逝してしまう。

悲しむ暇もなく、訓司さんはその直後から父を手伝い、放射線技師の仕事と兼業でわさび栽培を始めることになった。そして、兄が不在となった家業の窮地を救おうと、後を引き継ぐことを決心した。

診療放射線技師の友人とともに(右端が飯田訓司さん)

えっ、本当? こんなに内部障害の有無判定が難しいのに、そのまま商品として出回っていいの?


子どもの頃は手伝っていたものの、大人になってからは単なる消費者で、わさび栽培の奥深さには無知だったという。

医療現場とは全く異なるわさび栽培の世界。いざ仕事として飛び込んでみると、さまざまな課題があった。まず、以下の写真を見ていただきたい。

障害を持ったわさび。内部に黒ずみが見られるが、外観からは判断が難しいものもあるという

訓司さんのモチベーションを最も高めるきっかけとなったのが、この写真に見るような障害である。内部が痛んでいるかどうかは見た目ではわからないことがあるのだそう。

わさびを丸ごと1本買ったことがある人は、もしかすると経験があるかもしれない。中伊豆地区の場合は、主に墨入り病や軟腐病が原因で生じる。この症状には、わさびを栽培する農家なら誰もが頭を悩ませているという。

見た目では判断できないため、わからないまま市場や消費者の元に渡ってしまっているのが現状。50年以上わさび栽培に専従している父・茂雄さんほどの目利きでも、判別が難しいというのだ。しかし、訓司さんはそんな現状に納得しなかった。

「今までわさびの栽培や卸業に携わっていなかったので、こういったものが商品として出回っていていいのか? 医療界ではありえないと思いました。1本100円の人参や大根ならまだ諦めもつきますが、わさびはスーパーなどの店頭で1本1000円も2000円もするような超高級野菜です。お金をもらって納品する身としては、本当に胸が痛みまし不安になりました。

もし内部の障害が画像診断で判断できれば、安心して消費者に届けられるはずです。品質が確実に保証されたわさびを、消費者との間をつないでくれる仲買人さんにしっかりと受け渡したい。そして、購入してくれた方をがっかりさせたくない。また、仲買人さんが苦情で困らないようにしたい」と訓司さん。

診療放射線技師という職業柄から、商品を傷つけることなく内部が見られる方法はないかとすぐに行動を起こした。その発想ややり方が実にユニークで、今後のわさび販売に大きな変革を起こすことになりそうなのだ。


非破壊で内部障害を見分けたい!検査方法の模索に2年の月日


最初に行ったのは、勤務先の病院にある検査機器を使ったテスト。穴を空けたわさびと墨入りのわさびをレントゲンX線装置やCT装置、超音波エコー装置でテストした。

結果は、空洞は判定できるが、墨入りは判定できないということ。しかし、この結果に失望することなく、訓司さんはすぐ次の行動を起こす。

非破壊検査装置を製造している6社にメールで相談したのである。すると3社から返答があり、なかでも和歌山県にある財団法人雑賀技術研究所は前向きに検討を約束してくれた。

さっそく雑賀技術研究所が製造する光品質チェッカーを使ったわさび内部障害判定テストを開始。その後、気になっていた組織変化を画像化できるMRIでも試してみたが、画像判定が難しかったため、最終的に光品質チェッカーによる数値化判定に落ち着くことになる。ここに至るまで実に2年余りの月日がかかっている。

そして2021年9月、雑賀技術研究所の光品質チェッカーを導入、正式にわさびの内部障害の判定テストが始まった。今後は、1月を目処にデータの収集・蓄積が終了し、その結果を確かめながら本格稼働させていく予定である。

わさびの内部判別に使う光品質チェッカー(サンプリングタイプ/雑賀技術研究所製)

光センサーによる色識別の機能で内部障害の判別へ


雑賀技術研究所製の「光品質チェッカー」では、光センサーによる色識別の機能を使う。

基本的に黒は光を吸収するという性質を利用して、近赤外線の光をわさびに照射し、透過する光量の差によって障害部分(黒色部分)の有無を判別するという仕組みだ。

近赤外線の光を当てて、その透過する光量の差によって障害のある黒色部分を判別する

元々この機器は、糖度等の成分分析用に開発されたものだった。それなら、わさびの辛味成分を測ることも可能だろうと思いたいところだが、辛味成分は、わさびをおろし金などですって空気に触れると発生するので、非破壊の状態では辛味の強弱は調べられなかった。

ただ、腐食部分は糖度や水分量が違うと思われるため、今後成分分析の機能をいかした方法についても研究していく意義はあるだろうと訓司さんは考えている。

今回の機器は、その成分分析の仕様(機能)を残したまま、色識別機能のみにすることで、内部の障害(変色)を発見することに特化した形になっている。

検査する対象物によって光量などは異なるため、現在わさびの内部検査に適した光量(障害を判別しやすい光量)を見つけだし、光量と実測値の照合を繰り返しているところだ。なにせ、わさびの世界では初の試みなため、障害判定の精度を上げていくために、とにかくバックグラウンドとなるデータの収集が必要なのである。

今のところ、内部障害の有無の判断については、小さな障害判別が難しいが、全体で7割程度の確率で判別できるところまではきた。今後も検査データを蓄積し、これをさらに9割以上の確率に早急に上げていきたいとしている。


内部検査による品質保証を強みに販売価格2割アップへ


こうした判別の精度向上とともに、今後克服すべき課題も何点かある。

まずは測定にかかる手間の問題。現在、1本の測定にかかる作業時間は30秒ほど。もし400本を出荷すると、作業時間は200分となる。できればベルトコンベア式の流れ作業にして測定時間を減らしたいが、わさびは表面がボコボコして曲がっている形状が多いため、1本ずつ測定器に入れての手動測定になっている。

検査結果は測定箇所ずつ数値で表示される。障害の有無を判定する基準値は自分で設定でき、訓司さんは25に設定。赤くマーキングされた数値が障害ありで、ブザーもなる仕掛けに

もう一つの課題は、開発している測定器の導入価格。今のところ、高級国産車が買えるほど高価。精度が売りの精密機械であるため、高額になるのはやむを得ないだろうが、この点に関して訓司さんは次のように語る。

「この測定器の導入によって、市場で“内部検査による品質保証”を売りに商品への信頼度を高めることができるはず。それにより、わさびの箱単価は全体として2割増しを狙えると思うので、仮に月10万円程度の収益アップが見込めれば、ほぼ周年栽培のわさびであれば5〜6年(60〜72カ月)ほどで元が取れると見込んでいます」

現在、市場に出荷するわさびは2kg入りの箱にサイズをそろえて出荷するという(おおよそ1箱に10〜150本ほど)。1箱20本ほどの大きさのもの(1本100g程度)が一番高値という。競りで値段が決まるため、内部障害がないとわかれば、仲買人も通常より高い値段で引き取ることは容易に想像できる。

訓司さんによると、同氏の家の場合、栽培する沢の場所や収穫時期によって違うものの、今までの外観による障害判定をすり抜け、光センサーで内部障害の見つかるわさびが、全体の2割ほどは出る可能性があるという。その場合、それらは障害の程度に応じて、キズわさびとして障害部分を切り落とし出荷、または、加工用に回したりする(その場合の値段は5分の1ほど)。良品としての出荷量は今より減ってしまう可能性が高いが、それでも、障害のないものを詰めた箱のものは、大きな信頼に裏付けられるため、その品質保証に見合った対価を得られることは間違いなく、そうしたロスを十分補ってなお余りあるだろう。

したがって、この高価な検査機器はわさび農家個人では購入が難しいとはいえ、農協や生産者グループなどにとって欲しい機器であるだろう。また市場や販売店などでも安心して取引・販売を行うために、果物と同じように必要な機器になっていくのではないかと訓司さんは予測している。


光センサーによる内部検査はいろいろな可能性を秘めている


昨今、わさびに限らず他の農作物においても、内部の状態や品質について商品を傷つけることなく判断することは、商取引上の信頼度アップにつながるだけでなく、いろいろな理由から重要な意味をもつようになっている。

実際、メーカーの話によると、あるニンジン加工会社では、同様の光センサーを使って透過度を測定し、芯の硬いものを事前に分別し、切断機の刃が壊れないようにしているという。このように加工の現場でも内部検査の可能性は広っている。

今日、消費者の賢い商品選択に役立つように、農産物についても品質や成分などが「数値」や「画像」などによって証明され、表示される時代になっている。このような検査を出荷、流通段階で取り組んでおけば、販売するスーパー・小売店にとっても、購入する消費者にとっても大きな利益となることは間違いない。

診療放射線技師の発想と技術をいかしたわさび農家・飯田訓司さんの挑戦は、これからも続く。
SHARE

最新の記事をFacebook・メールで
簡単に読むことが出来ます。

RANKING

WRITER LIST

  1. 槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
  2. 田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  3. さわちん
    2児の父。あるきっかけにより農業のイメージを変えたいと考え、16年間のサラリーマン生活にピリオドを打つことを決意。2020年春、家族で田舎に移住し、新規就農を目指す。自身が「移住×就農のモデルケース」となるために、いろんな方面へ向けて奮闘中。
  4. 福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  5. 窪田新之助
    農業ジャーナリスト。福岡県生まれ。日本経済新聞社が主催する農業とテクノロジーをテーマにしたグローバルイベント「AG/SUM(アグサム)」プロジェクトアドバイザー、ロボットビジネスを支援するNPO法人Robizyアドバイザー。著書に『日本発「ロボットAI農業」の凄い未来』『GDP 4%の日本農業は自動車産業を超える』(いずれも講談社)など。