アスパラガス栽培をスマート農業で省力化・効率化 【特集・SDGs未来都市・壱岐市のスマート農業 第1回】

玄界灘に浮かぶ和牛とアスパラガスの島

8月19日、博多港からジェットフォイルに乗って約1時間。長崎県の壱岐島を訪ねました。人口約2万7000人の玄界灘に浮かぶ周囲140kmの孤島。日本で20番目に大きな島です。昔から「壱岐牛」として知られる和牛の飼育がさかんで、その排泄物から生まれる堆肥を利用して、30年ほど前からアスパラガスの栽培が行われてきました。

「3月に開幕して9月までずっと休みなく続く。アスパラガスの栽培は、プロ野球のシーズンと一緒です」

壱岐のアスパラガスの生産者、郷ノ浦地区の許斐(このみ)民仁さん(47歳)のハウスを訪ねると、細かな葉が茂るハウスの地面から、ニョキニョキと新芽が伸びていました。

アスパラガスの夏芽。ピーク時は1日に15㎝伸びるといわれている

アスパラガスには、3月、まっさらな地面から伸びる「春芽」と、その収穫が一段落した後に、特定の芽を伸ばして「立茎(りっけい)」させ、ワサワサとハウスいっぱいに枝葉を広げ、光合成を促すことで養分を地中に蓄えさせて、再び地表からニョキニョキと生えてくる「夏芽」があります。気温の高い夏の新芽は成長が早いので、春芽より淡く、鮮やかなグリーンが特徴です。

夏のアスパラガスは、光合成を促すために「立茎」させ、繁茂した株の下から生えてくる。

「うちの中学生の娘の自由研究によると、24時間で11cm伸びるそうです」

夏のアスパラは、それほど成長スピードが速いのです。どんどん新芽が伸びてくるので、夏の間は朝収穫して、午後再びハウスに入り、伸びた芽をまた刈り取る。そんなペースで1日2回収穫する日が続きます。

アスパラガスの収穫は手作業。しゃがんで一本ずつハサミで切り取っていく


エンジニアからアスパラ栽培へ

半年以上続くアスパラガスのシーズン、「このみ農園」を営む許斐さんはご自身と両親、姉、女性パートタイマーの4〜6人編成で収穫に臨んでいます。

「この期間は、家族全員倒れちゃいけない。いかに無理せず作業を続けるか。とにかく墜落しないように、超低空飛行で飛び続ける飛行機と一緒です」

そんな許斐さんの家では父の代からアスパラガスを栽培し、農協へ出荷していましたが、民仁さん自身は40歳を過ぎるまで、福岡の自動車メーカーに勤務し、技術者として働いていました。在職中にアスパラガスのネット通販を開始。ネットで届いた注文をFAXで壱岐の実家へ送り、両親が顧客へ発送していました。徐々にリピーターも増え、定期的に注文をくれるレストランも現れました。

ある時、頼みの宅配業者へ荷物が集まりすぎてパンク状態に。東京のレストランに送ったはずの荷物が届かず、肝心のアスパラガスが行方不明になってしまいました。

「もう自分で運ぶしかない。スーツケースに40kgくらい詰めて、自力で運びました。せっかくだから他のレストランにも営業しようということで」

アポなし訪問は門前払いされるのが常ですが、「壱岐の島から来ました」と告げると、「わざわざそんな遠くから」とびっくりして扉を開けてくれるシェフが多かったそうです。

「ドアを開けてくれたら、こっちのものです」

そんなふうにピンチを新たなチャンスに変えて、着々と顧客を増やしていきました。

自動車メーカーのエンジニアを経て、5年前に就農した許斐民仁さん

島へ帰ったのは42歳の時。子どもの頃、日々農作業に追われる両親の背中を見ていたので、ずっと「自分は絶対百姓はやらん。サラリーマンとして暮らすんだ!」と思っていたそうです。でも、

「どうせ島へ戻るなら、イヤイヤながらではなく、前向きにやっていきたい」

そんな気持ちで栽培に従事。今年で6年目を迎えます。

島では高齢化と少子化が進み、担い手がどんどん減っています。中には民仁さんのように、実家に戻って農業を継ぐ人もいますが、年々辞める人の方が多いのも事実。そんな状況は、いずこの離島や農村も一緒です。

水やりだけで2時間……もっと省力化と数値化を

夏のアスパラガスの作業は、1日2回の収穫作業の他、ハウスのビニールの開閉、灌水、収穫したアスパラガスの選別や調整作業があります。思いの外時間がかかるのが灌水。アスパラガスは大量の水を必要とする作物なので、毎日水やりしなければなりません。

ハウス1棟につき給水に5分。バルブを開けて閉めて、次のハウスへ移動して、また開けて……の繰り返し。水やりだけで1日に2〜3時間を要します。日々の灌水作業を自動化できたら……そう考えている農家は、許斐さんだけではありません。

元々エンジニアだった許斐さんが、常々考えていたことがあります。これまで日々灌水する水の量は、「夏場だからだいたいこれくらい」と、ざっくり感覚的に決めていました。しかし、新たに就農する人にはその「だいたい」の感覚がわかりません。

そもそもアスパラガスは他の野菜と違い、畑に大量の堆肥を入れ、苗を定植して茎を伸ばし、太い新芽が出てくるまで約2年を要するので、どうしてもお金になるまで時間がかかります。さらに日々の灌水量を感覚的に習得していたのでは、時間がかかりすぎてしまうのです。

「誰が見ても客観的にわかるように、島のアスパラガス栽培の標準的な作業工程を数値化して、マニュアル化した方がいい。ちゃんと作れるようになるまで5年も10年もかかるような、これまでの感覚的なやり方では持ち堪えられない。日本の農業全体が危機的状況にあると思います」

この春、各ハウスにセンサーを設置。スマート農業がここから始まる

「アスパラガス栽培のマニュアル化」と作業全体の省力化の必要性を切実に感じるようになった許斐さんは、昨年末、壱岐市が「SDGs未来都市」および「自治体SDGsモデル事業」に選ばれたことを知りました。

SDGs未来都市の実現に向けた計画書には、同事業のステークホルダー(関係者)である株式会社オプティムの「IoT及びAI技術・プラットフォームを活用して、スマート農業の活動を推進し、6次産業に統合した事業を支援する」と明記されています。


壱岐市にスマート農業を普及させるには、現地の圃場でデータを集積・分析し、AIが解析しなければなりません。許斐さんはそれに「協力しよう」と、自ら手を挙げました。

この春、許斐さんのハウスに白いセンサーが入りました。

「オプティムさんがやってきて設置してくれました。ハウスの温度や湿度、地中の水分も自動的に測っていて、ただいま分析中です」

そもそもSDGsとは? 壱岐島のアスパラガスのハウスで、これから何が始まるのでしょう?


壱岐の島 このみ農園のアスパラガス
壱岐市 SDGs未来課
SDGs未来都市及び自治体SDGsモデル事業の選定について - 地方創生推進事務局(2018年度)

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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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