AI自動潅水と堆肥による循環型農業へ 離島が目指すミライの農業とは?【SDGs未来都市・壱岐市のスマート農業 第3回】

和牛とアスパラガスで循環型の農業を

SDGsを目指して「自治体SDGsモデル事業」を実施している長崎県壱岐市。

では、具体的にはどんな農業が行われているのでしょう?


壱岐市役所の総務部SDGs未来課の澤田員儀さん(写真左)、農林水産部でSDGsを担当している眞弓直樹さん(写真中央)、そしてJA壱岐市営農部 農産園芸課の松嶋新さん(写真右)の3人に、お話を伺いました。

壱岐市では、島内の「原の辻遺跡」から牛の骨や歯が見つかっていることから、紀元2〜3世紀にはすでに牛が飼育されていたと考えられていて、現在も肉牛の飼育がさかんに行われています。

肉牛の飼育には、母牛を妊娠させて子牛を産み育てる「繁殖」と、その子牛を買い受けて飼料を与え、肉質のよい牛に育てる「肥育」に分かれていて、1頭が産まれて出荷するまで28カ月を要します。壱岐では「繁殖経営」が中心で、2017年3月現在、島内に7221頭(うち繁殖牛5867頭、肥育牛1354頭)がいました。壱岐で生まれた子牛は、海を渡って別の産地や農家で育てられ、それぞれの産地のブランド名を冠して出荷されますが、昔から壱岐生まれの子牛は「肉質がよい」と評判です。

さらに壱岐で生まれた子牛を、壱岐の生産者が、独自にブレンドした配合飼料を与え、肥育して壱岐で育て上げ、肉質等級3以上のものをブランド化。この厳しい基準をクリアした牛だけが「壱岐牛」と呼ばれています。

郷ノ浦たい肥センターにて。市内の生産者から預かった子牛をここで肥育している

島内では昔から、農家が数頭の牛を飼いながら米を育て、そこから出る稲わらを飼料として活用し、牛ふんを堆肥にして土に返す……そんな循環型の農業が営まれてきました。

1980年代に入ると、島内でアスパラガスの露地栽培がスタート。大量に堆肥を投じた畑に一度株を伏せ込んだ後、10年以上新芽を穫り続けるアスパラガスは、牛ふん由来の堆肥と相性がよく、島内にどんどん広がっていきます。

島内にある3つの堆肥センターのひとつ、「郷ノ浦町堆肥センター」を訪れました。風通しのよい牛舎では、島で生まれた牛たちが、静かにエサを食んでいました。

「ここでは島の人たちから預かった子牛を育てています」(眞弓さん)

大量の牛ふんに木屑やバークを混ぜて攪拌して発酵、熟成。良質な牛ふん堆肥を製造している

牛舎の隣には巨大な発酵処理施設があり、島内から集められた牛ふんに木屑やバーク(木の皮)を混ぜ込み、エアを送り込みながら時間をかけて何度も切り返すと、もうもう水蒸気を上げながら発酵が進み、臭いのないサラサラの完熟堆肥へと生まれ変わっていきます。


牛ふんベースの堆肥がアスパラガスの味の決め手

前出の郷ノ浦地区の許斐(このみ)民仁さんのハウスでも、壱岐の牛ふんベースの堆肥が使われています。毎年収穫が終わり、畑を片付けた後、新たに堆肥を投入します。

「全部で60トン。ハウス1棟につき2トンちょっと入れるので、地面が10cmくらい上がります。一輪車でハウスに運んでひっくり返す、堆肥を地面に均一に撒く作業には熟練の技が必要です。ベテランのパートの女性にお願いしていますが、みなさん高齢化していくので、いつまでできるかわかりません」

ハウスの地面を見ると、黒く茶色い堆肥の上に、白い粒がパラパラ蒔かれているのがわかります。これは追肥のカルシウム。アスパラガスは栽培期間が長いので、最初に元肥としての堆肥をたっぷり入れ、必要に応じて養分を補う追肥が必要なのです。

「味を良くするには、追肥よりも元肥。つまり堆肥が大事なんです」(許斐さん)

黒々としているのが、牛ふん堆肥。点在する白い粒は追肥のカルシウム


12年連続、長崎県で反収1位のアスパラ産地に

こうして牛と土を循環させて、露地から雨よけ、パイプハウスへと栽培方法を変えて、平成の30年間、壱岐のアスパラガスは生産量をどんどん伸ばしていきます。1999年には共同選果を開始。各農家で栽培されたアスパラガスがここに集められ、選果、選別を行い。発泡スチロール製の箱へ。立ったままの状態で、消費地へ送られます。

壱岐のアスパラは、ここからどこへ送られるのでしょう?

「メインは東京です。壱岐のアスパラガスの7〜8割、年間250トンは、東京市場へ出荷しているんですよ」(松嶋さん)

朝選果したアスパラガスをトラックに積んで唐津港を経て福岡空港へ、さらに空輸して羽田へ。春芽が旬を迎える3月には、1日に3トン出荷する日もあるそうです。同じ日の夕方には大田市場へ到着し、そこから都民の食卓へ届けられています。


島全体の生産者からアスパラガスが集められ、長さ、太さ、形状ごとに選別し、発泡スチロールの箱に詰められる

2012年、JA壱岐市のアスパラ部会は、優れた生産者に与えられる日本農業大賞(集団組織の部)を受賞。翌年には販売額が年間3億円を突破し、反収(10アールあたりの生産量)は2489kgと、長崎県全体の平均1496kgを遥かに超えて、「平均反収12年連続県下1位」に。これは肉牛農家と連携した土づくりの賜物でもあります。

それでも、壱岐市全体の栽培面積は2017年をピークに減少中。6年前は89名だった生産者も77人に減っています。

「これまで続けてきたお年寄りが、あと5年、10年続けられるように。また、新たに就農した人ができるだけ早く栽培技術が身につくようにしなければ」(眞弓さん)

新人もベテランも、作業負担を低減して生産効率を高める、新たな栽培技術の確立が急務となっているのです。


栽培データを分析して自動潅水システムを開発中

たとえば、アスパラガスのハウス内の潅水。毎日生産者が各ハウスを巡回し、その日の天候や気温に合わせて、バルブを開いて潅水チューブを通して給水する。1棟あたり5〜10分かかりますが、ハウスの棟数が多く圃場が分散している生産者ほど時間と手間がかかり、この作業だけで1日2〜3時間を要しています。

潅水だけでもなんとか自動化できないものか。それはまた、SDGsを目指す、壱岐市の農業における喫緊の課題です。

ハウスに設置された潅水用バルブ。毎日これを人の手で開閉して給水を行っている

その第一歩として、壱岐市の「SDGs未来都市及びモデル事業」のステークホルダー(関係者)となっている株式会社オプティムは、この春から許斐さんのハウスにセンサーを設置しました。日々の気温、湿度、給水量の変化等のデータ収集を行っています。

来年度以降はそのデータの分析結果を元に、AIによって潅水のタイミングや量を判断し、クラウドから指示を送る自動潅水装置を導入することを目標としています。

壱岐市によるモデル事業の方向性とスケジュール

自動化すれば生産者の負担をさらに軽減できると考えられているのが、ハウスの換気システム。春は寒さから新芽を守るためにビニールを二重に張り、夏は内部の気温が上がりすぎないように、ハウスの側面を開けて換気する作業です。

通常はハウスの入り口についたハンドルをくるくる回して、手作業で開閉していますが、ハウスの中にセンサーを取り付け、一定の温度になったら開閉する。これもまた、ハウスの数が多いほど時間のかかる作業です。ただ、自動化を望む声もある一方、許斐さん自身はそこまで必要ないと考えていると言います。

「同じ24℃でも、開けた方がいい時とちょっと開けるだけでいい時があります。自動換気システムは圃場が何カ所にも分かれている人には必要だと思いますが、私のように家の前にハウスが集まっている場合、そこまで必要ないのかも。自分の目で見て、肌で感じなければ」

ハウス内の温度が上がりすぎないように、写真のオレンジのハンドルを回して、側面のビニールを巻き上げる

やはり生産者自身が肌身で感じて判断することが第一で、AIを活用した農業技術はあくまでもサポート役。最終的な判断は人間が下せるように、日々作物の観察を怠らないことも大事と考えています。


新たな技術はコストバランスも大切

いま、壱岐市のアスパラガス関係者が関心を寄せているのは、inaho株式会社が開発したアスパラガスの自動収穫ロボット。キャタピラーで畝間を自走しなから1本ずつアスパラを刈り取り、カゴに入れるというスグレものです。長さと太さを見極めてカットする収穫能力もさることながら、ユニークなのはその料金体系です。

「収穫ロボットそのものを購入するのではなく、マシンが収穫したアスパラの量に応じて料金を払う出来高払い。まるで“小さなパートさん”を雇っている感覚で使えるところが面白い」(眞弓さん)

しかも、消耗品は無償で交換。システムのアップデートも随時更新可能とのこと。

壱岐の農業の未来について語る、眞弓さん(左)と許斐さん

いまは1本ずつ手作業の収穫も、自動化される日も近い!?

「生産者が負担の少ない形で導入できて、しかも機械の進歩も楽しめる。そんなやり方も、持続可能な農業の発展に必要だと思います」(松嶋さん)

「我々が畑に入る前に一部でも先に刈っていてくれると助かる。これからは体力的にも、経済的にも、無理なく続けられる、そんな農業が必要なんです」(許斐さん)

農家の事情に寄り添い、経済的にも無理のない範囲で導入できて、持続可能な農業を目指して進んでいく……。壱岐市のアスパラガスのハウスから、SDGs実現に向けた新たな取り組みが始まっています。


壱岐の島 このみ農園のアスパラガス
壱岐市 SDGs未来課
SDGs未来都市及び自治体SDGsモデル事業の選定について - 地方創生推進事務局(2018年度)

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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. さとうまちこ
    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
  3. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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