神楽坂のイタリア料理店が壱岐島アスパラガスを選んだ理由とは?【SDGs未来都市・壱岐市のスマート農業 第4回】

人気イタリア料理店が採用する壱岐島のアスパラガス

長崎県壱岐市の生産者や住民が、島の未来を見据えて取り組んでいるSDGs

生産者としてその第一歩を踏みだしたのは、この島でアスパラガスを栽培している農家の許斐(このみ)民仁さんでした。今春から株式会社オプティムの協力を得て、1日2〜3時間を要する潅水作業の自動化に取り組んでいます。ベテランファーマーが、より長くアスパラガスを作り続けられる道を探ります。

その一方で、温度、湿度、土壌の水分量等のデータを解析することにより、無理なく儲かるアスパラガス栽培モデルを構築し、特産品のアスパラガスを盛り上げていきます。

さて、そんな許斐さんが育てるアスパラガスをこよなく愛し、使い続けているレストランが東京にあります。それが、イタリアンレストラン「ラストリカート」。食通が足しげく通う街、神楽坂にある2階建の石造りのお店です。

イタリアンレストラン「ラストリカート」には、1階と2階でスタイルの異なる料理店がある

1階はオープンキッチンがメインのオステリア(=イタリア語で「酒場」)。気軽にワインと季節の素材を生かしたおすすめの料理をアラカルトで提供していて、シチリアで修業を重ねた小松崎瑛太シェフが腕をふるいます。

2階のリストランテは、アンティーク家具が基調の落ち着いた空間。同じフロアの厨房で、料理を担当するのは、和食の心得もあり、都内のイタリアンの名店で修業を重ねた、根本浩二郎シェフです。

前菜の盛り合わせに始まり、温製前菜、パスタ、メイン料理が選べるプリフィクスコース。さらにデザートともついて5500円〜(税別)という充実した内容。「本格的なイタリア料理が選べるコース仕立てに。しかもこの値段で味わえるなんて! 」と、多くの人を魅了し続けてきました。

2階のリストランテでは、落ち着いた雰囲気の中、料理が選べるプリフィクススタイルのコース料理が味わえる。

雰囲気もコンセプトも異なる店が、2軒重なっているよう。合わせて70席。1階と2階の料理に通じるのは、「素材の味がわかる料理」。いずれの店にもファンがいて、連日賑わいを見せる……。神楽坂にそんなユニークな店を創ったのは、オーナーシェフの蓮見雅一さん(46歳)でした。


どうしても譲れない農家直結型の食材のひとつ

「ラストリカート」は、イタリアのトスカーナ、リグーリア、ピエモンテ、ロンバルディア州などで修業を重ね、現地の技法と精神を学んだ蓮見さんが、2002年11月、牛込神楽坂に29歳で開いた、小さなお店でした。

「昔は20席くらいの小さな店で、食材はほとんど農家や生産者から直接取り寄せていましたね」

当時はまだ、レストランに入る野菜といえば、市場や業者を介したものが多く、その鮮度や味に納得できなかった蓮見さんは、独自に生産者とつながりをもち、直接野菜を購入するようになりました。

「有機栽培、自然栽培……いろんな人と付き合って、土作りについて勉強もしました。彼らの作る野菜は、本当に美味しい。だけどどうしても量や時期が不安定で『今週は穫れませんでした』という日も。若い農家さんを応援したい気持ちはあっても、思うようにいかなかったこともありましたね」

神楽坂に小さなレストランテを開業した蓮見シェフ。9年前に現在の場所に移転。規模が大きくなっても、多くのファンが訪れている

その一方で、お店の人気は高まり、ファンも増え、連日満席に。働くスタッフも増えていきます。蓮見さんは、後進たちの育成も視野に入れ、お店の拡張を決意。2010年3月に同じ神楽坂で移転して、2階建ての物件で、1階のオステリアと2階のリストランテにそれぞれシェフを置き、蓮見さんが全体を取り仕切る現在のスタイルが生まれました。

客席も以前の3倍以上。農家から個別に仕入れるスタイルでは、どうしても不安定になりがちです。お客様全員に喜んでいただける、質と量の食材を安定的に仕入れるには、お店の規模が大きくなると「全量産直」とはいかなくなってしまいます。

蓮見さんが独立した当時とは違い、プロが納得できる食材をきめ細やかに調達できる業者も増えてきたため、蓮見さんは、思い切って食材の調達を彼らに任せ、直接取引する生産者の数を絞ることに決めました。その中でもずっと取引を続けている「どうしても譲れない」、3つの産地があります。

「三重県・尾鷲の魚、和歌山の桃、そして壱岐の許斐さんのグリーンアスパラガス。うちの店にこの3つは外せません」


上から下まで生で食べられる!

許斐さんのアスパラガスは、「上から下までやわらかく、生のままで食べられる」ので、ずっと使い続けている

東京で販売されているアスパラガスは、春はハウス栽培の栃木県、初夏は露地栽培の北海道や長野県などのものが多く出回っています。また、アスパラガスのような「芽もの」は、鮮度が命。よって東京に距離が近く、輸送距離の短い方が有利と一般的にいわれる中で、蓮見さんはなぜ九州の、しかも離島の壱岐島で栽培している許斐さんのアスパラガスを選んだのでしょう?

それは、蓮見さんの店で働いていた九州出身の従業員に紹介されたのが始まりでした。

従業員「許斐さんのアスパラは、ちょっと高いんですが、使ってみたいんです」
蓮見「いいよ」

壱岐島から発泡スチロールのBOXで、立ったまま収まって届いたアスパラガスを、いきなり生のままかじってみました。すると……

「いろんなアスパラを試してきたけれど、生では食べられないものも多い。だけど、許斐さんのは生でも柔らかくて美味しいんです。普通はアスパラの下の方は繊維が強くて硬いから、表面の皮を剥くんですが、許斐さんのは剥かずに上から下まで食べられる。それが決め手でした」

「ラストリカート」では、いつも素材の味がシンプルに伝わるように心がけているため、家庭のようにアスパラガスを下茹ではしません。茹で汁においしさが逃げるのはもったいない。だから、絶妙な火加減の炭火で焼き始め、味わいをギュッと中に封じ込めるのです。そんなスタイルで料理を提供し続ける蓮見さんにとって、「上から下まで柔らかく、生でもちゃんと食べられる」許斐さんのアスパラガスは、ぴったりの素材でした。

アスパラガスには3月に地面からニョキニョキ顔を出す「春芽」と、一度株を休ませて枝葉を伸ばし、再び出てくる「夏芽」がありますが、許斐さんのおすすめは断然「春芽」です。

「春芽の中には、太くてずっしりした3Lサイズがあるんですが、それをうちの料理を食べ慣れている常連さんに出したら、さすがにびっくりしていましたね(笑)」


温前菜やパスタにもアスパラガスを

取材に訪れたのは8月中旬、夏芽もすでに終盤を迎えていましたが、「ラストリカート」で愛され続けているアスパラガス料理を、2階で活躍する根本シェフに作っていただきました。

炭火でグリルしたアスパラガスに、ポーチドエッグ、焦がしバターなどを添えて味わうスタイルが人気

名付けて「アスパラガスのロースト。ポーチドエッグと焦がしバターがけ。チーズのクランブルを添えて」。

卵にナイフを入れると、黄味がアスパラガスの上にとろり。炭火で焼き上げたアスパラガスの上に広がります。さらに焦がしバターとカリカリのチーズの食感と香りが加わって、濃厚な味わいに。ぜいたくなひと皿です。

「リストランテのコースはプリフィクスで、選べるのでぜひ! 旬の時期にはパスタにも使っているので、両方食べたい方は、こちらもどうぞ」と蓮見さん。

残念ながら、今年のアスパラガスシーズンは終了。「春になったらぜひ食べにいらしてください」と蓮見シェフ

神楽坂から南へ1000km以上離れた壱岐島で許斐さんが栽培しているアスパラガスは、日本中の農家と直接やりとりを重ねながら、人と店を育ててきた「ラストリカート」の蓮見シェフになくてはならない食材となっています。

残念ながら味わえるのは出荷できる3月〜9月までですが、許斐さんのハウスでは、今も来シーズンに向けて株に養分を蓄える作業を進行中。

許斐さんは、SDGsを実現させる新たなスマート農業に取り組みながら、「上から下までやわらかくておいしい」アスパラガスを、蓮見さんの元へ送り続けます。


神楽坂・ラストリカート 
壱岐の島 このみ農園のアスパラガス
壱岐市 SDGs未来課
SDGs未来都市及び自治体SDGsモデル事業の選定について - 地方創生推進事務局(2018年度)

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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. さとうまちこ
    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
  3. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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