春先の水管理のポイントは「気温」「水温」「地温」の合わせ技 ──現場で迷わないための判断軸の持ち方

田植えを終えた直後の圃場は、春特有の不安定な天候の影響を受けやすい時期です。4〜5月頃と言っても、米どころの東北や北陸地方などでは、朝は吐く息が白くなるほど冷え込み、日中は汗ばむほど気温が上がる日もあるでしょう。

前日まで低温を警戒して水を深めに保っていたのに、翌日は一転して昇温が進み、水温の上昇が気にかかる。春先はこうした振れ幅の中で、判断に迷いやすい季節と言えます。

特に移植直後の苗は、地上部が落ち着いて見えても、地下部はまだ環境変化に敏感な段階です。根は土中へ伸び始めていますが、その量も張りも十分とはいえません。活着が進むこの時期は、温度のわずかな違いが根の伸長や養分吸収に影響します。

だからこそ春先の水管理は、「今日は寒いか暑いか」という単純な比較だけでなく、温度の動きをどうとらえるかが判断のよりどころになります。今回は、「移植直後の苗を定着させるための水管理のポイント」と題して、「気温」「水温」「地温」という3つの温度に注目していきます。


「気温」だけでは情報が足りない――水温・地温のズレが前提


天気予報で確認できるのは気温ですが、移植された苗が圃場の中で直接触れているのは水と土です。水は空気より熱を蓄えやすく、温まりにくく冷めにくい性質があります。そのため、夜間に気温が下がっても水温はすぐには下がらないことがあります。逆に晴天が続けば、水温が想定以上に上昇することもあります。

地温は水温よりも変化が緩やかで、根の活動はこの地温の影響を受けます。地温が低い状態が続けば活着は進みにくくなり、水温が高止まりすれば、条件によっては土壌中の空気が不足しやすくなります。

三つの温度は連動しているようで、必ずしも同じ動きをするわけではありません。このズレを前提にしておくことで、水位をどう調節するかの判断がぶれにくくなります。


現場で水調整に迷わないための観察ポイント


天気予報の気温、水温計の数字だけでは判断しきれない日には、苗や圃場の様子を確かめてみましょう。
葉色が安定し、新葉が立ち上がっていれば、活着は順調とみてよい状態です。もし葉色が淡い、葉の伸びが遅いといった様子があれば、地温や根のまわりの状態を見直します。

泥に触れたときの感触も大切です。強い冷たさを感じるなら、地温が十分に上がっていない目安になります。地温計がなくても、実際に泥に触れて確かめることで、水深をどう動かすかの方向性は見えてきます。

また、水面に小さな泡が出ていたり、においに変化があったりする場合は、水の動きが滞っている可能性があります。気温・水温・地温の情報を苗や水面の様子と照らし合わせながら判断することが、水位を動かすときの迷いを減らしてくれます。


低温時の守り──深水管理は固定しない


寒の戻りや強い放射冷却が予想される日は、深水管理も一つの選択肢になります。これは、水の保温効果を利用して、夜間の地温低下を和らげるという考え方です。活着前後の根を冷やしすぎないことは、その後の分げつの立ち上がりにも関わってきます。

ただし、深水は続ければよいというものではありません。苗が水没すると呼吸がしづらくなり生育に影響が出るほか、風が強い日には株が揺さぶられて浮き上がりやすくなります。また、低温期を過ぎた後も深水を続けると、株元への日射が不足してしまうこともあります。

「深水にするか、しないか」という二択で考えるのではなく、その日の条件に合わせて水位を調整し、どのくらい深くするか、どれくらい深水状態を続けるかを、状況を見ながら調整することがポイントです。


高温時の調整──浅水と間断かん水で根圏を守る


フェーン現象(山を越えて乾燥した高温の風が吹き下ろす現象)などで急な昇温が見込まれる日は、水温の高止まりにも目を向けましょう。このような状態の時に深水が続くと、水が動きにくくなり、土が還元状態(酸素が不足し根腐れなどにつながる状態)に傾くことがあります。

そうしたときは、浅水に切り替えて水の流れをつくります。可能であれば午前中に新しい用水を入れ、水温の上昇を抑えるという方法もあります。ただし、用水自体が高温になっている場合もあるため、水源の状態を見ながら進めます。

また、湛水と落水を繰り返す「間断かん水」も、土に空気を取り込む方法として広く行われています。適度に通気を確保することで、根を良好な状態に保ちやすくなります。ただし、活着直後に急に水を抜くと根に負担がかかります。

このように、水位は段階的に動かし、夜間の冷え込みが残る時期は夕方に再入水するなど、時間帯を意識して操作するのが理想です。こうした積み重ねが、生育の安定につながります。


迷った日は「最低気温」と「日較差」で整理しよう


前述のようなチェックポイントを確認していったとしても、現場経験が浅ければ、「深水にするか、浅水にするか」で判断に迷うときもあるかもしれません。

そんな時は、最高気温よりも最低気温と日較差に目を向けます。夜間の冷え込みが強い予報であれば保温を意識し、日中の昇温幅が大きい日は振れ幅を抑える方向で水位を考えます。

最後は苗の状態を確かめます。葉色や分げつの動きを見ながら、いまは酸素を確保するべき段階かどうかを判断します。天気予報の気温と圃場の様子を合わせて見ていくことで、水位調整の迷いはだんだん少なくなっていきます。


初期管理とその後の生育をどうつなぐか


田植え直後の水管理は、その時期だけの作業ではありません。活着が安定するかどうかは、その後の分げつのそろい方や株の姿にも関わってきます。初期にどう水を動かしたかが、その後の生育の土台になります。

また、除草剤散布後に水深を安定して保てるかどうかも無視できません。水が抜けすぎたり、逆に深くなりすぎたりすると、防除効果が安定しにくくなります。水管理と防除は、現場では切り離しにくい関係です。

こうした水位の調整を重ねながら記録などに残していくと、圃場ごとの冷えやすさや温まりやすさが見えてきます。そして、春先にその傾向をつかんでおくことで、翌年以降の判断がさらに早くなります。

ただし、ここまでやろうとすると、こまめな現場の観察や水位調整により、かえって負担が増してしまうのも事実です。そのため近年は、水位センサーや自動給排水装置を活用し、遠隔操作で状況を確認したり、水位を調節したりできるスマート農業の導入も広がっています。

スマート農業などの便利な機械やサービスは、従来培われてきた水稲栽培の経験に基づく判断を、最新の技術で支えるという発想に基づくものです。移植初期の水管理の精度を保ちながらも作業を軽くしていくという視点は、少人数でも高い精度で、失敗なく収穫まで導けるようにするこれからの米づくりでは、不可欠なものになるかもしれません。


春先の水管理には、ノウハウやコツはあっても、すべての圃場に当てはまる唯一の正解はありません。最高気温だけでなく、最低気温と日較差を確認し、苗の反応を確かめながら水位を数センチ単位で整える作業は、スマート農業で負担が軽減されても、経験値として身についていきます。自分の経営に合った方法で、春の振れ幅に振り回されにくい安定した生育を実現しましょう。


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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
  3. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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    鈴木かゆ
    1993年生まれ、お粥研究家。「おかゆ好き?嫌い?」の問いを「どのおかゆが好き?」に変えるべく活動中。お粥の研究サイト「おかゆワールド.com」運営。各種SNS、メディアにてお粥レシピ/レポ/歴史/文化などを発信中。JAPAN MENSA会員。
  5. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
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