世界有数の農産物輸出国、タイの農業現場から見える “スマートな農業経営”の現実【生産者目線でスマート農業を考える 第30回】

こんにちは。日本農業サポート研究所の福田浩一です。

2024年10月にかけて、タイの複数の農家を訪問する機会がありました。ご存じのとおり、タイは米、キャッサバ、天然ゴムなどの生産で世界をリードし、農業部門がGDPの8.7%を占め、人口の31.3%が農業関連の仕事に従事している農業大国です。(2023年JICA資料参照)。また、世界の上位10カ国に数えられる、農産物輸出国の1つでもあります。
https://www.opsmoac.go.th/guangzhou-news-files-451891791205

このような数字から、タイの農業現場ではスマート農業など革新技術が非常に進んでいると想像される方も多いのではないでしょうか?

しかし、大規模農家が多いのか、それとも中小規模の農家が多数なのか。また、スマート農業など革新技術の利用はどのような状況なのかといった現場の状況は、なかなか日本まで届きません。

今回は、そんな世界有数の農産物輸出国であるタイの農業現場を筆者自身が現地で見て感じた実態を、ご報告したいと思います。


小規模農家が大半を占め、スマート農業導入が難しい農産物輸出国、タイの現状


この訪問に先立って、タイ農業協同組合省農業局のマックさん(Mr. Maccmu Naruthep Wechpibal)にタイの稲作と園芸の現状について伺いました。まずは、その概要を紹介した上で、農業現場の様子をレポートします。

タイ農業協同組合省農業局のマックさん

タイの稲作

タイは世界有数の米の生産国かつ輸出国です。2023年のタイの米生産量は約2220万トンで、前年比でわずかに増加しました。タイの米作付面積は約920万ヘクタール(2300万エーカー)で、タイ国内の耕地面積の50%以上にも及び、米の生産は農業部門はもちろんのこと、タイ全体の経済において最も重要な位置を占めています。
https://www.opsmoac.go.th/moscow-news-files-451691791175

中でも、タイ東北部が2023年には1246万トン以上と、国全体の米生産量のほぼ半分を占めており、主要な米生産地域となっています。タイの農家のうち約1600万人が稲作農家で、2021年の1人当たりの年間平均米消費量は171kgと、主食でもある米は高い自給率を示しています(Faostatより)。
https://www.statista.com/statistics/1108648/thailand-rice-production-volume/

また、タイは世界第2位の米輸出国でもあり、2020年には570万トンの精米を輸出しました。多様な種類の米を生産していますが、ほとんどが長粒種で、その中で日本でも知られているジャスミン米が高価格で取引されています。また、チェンマイ県などではコシヒカリやあきたこまちなどのジャポニカ米も生産されています。
https://www.world-grain.com/articles/19839-focus-on-thailand

タイ米の主要な輸出先はアジア、アフリカ、中東の国々で、特に中国、アメリカ、多くのアフリカ諸国が主要な買い手となっています。

そんなタイの典型的な稲作農家の大多数は、大規模な企業ではなく小規模農家です。農場の平均規模は、1家族あたり約2.4ヘクタール程度です。

世界の米市場は、ベトナムやカンボジアといった近隣国での米生産の大幅な増加により、競争が激化しています。近年は干ばつと洪水の発生頻度が増加し、稲作に影響を与えています。2016年の干ばつでは、米の生産量が約20%減少したそうです。また、2024年の洪水もその影響が心配されています。


タイの園芸

一方、園芸(野菜と果樹)分野でも、著しい成長と発展を遂げてきています。

大規模園芸農家は最新技術を積極的に導入しています。タイ北部のメーモー地区では、政府支援プロジェクトなどが展開され、垂直農業や温室複合施設が導入されています。垂直農業などのプロジェクトを支援するための政策が実施され、これには財政投資や税制優遇措置が含まれています。

このように、タイ政府は園芸部門を積極的に支援しており、野菜、果物、観賞植物など、幅広い品目を生産しています。また、革新技術、持続可能性に焦点を当て進化を遂げている分野です。

しかし、収穫後の損失が依然として大きく、園芸作物の品質と生産量の両方に影響を与えています。果物や野菜は、収穫後の的確な品質管理が不十分な状況です。ロンガン(ライチに似た果実)、タマネギ、柑橘類などの一部の園芸作物は適切な処理や保存がされているものの、他の作物では行われていません。

また、園芸作物での農薬の広範な使用が、消費者と農家の健康リスクとなっています。背景には、農薬残留の定期的な検査が不足していることが挙げられます。


タイの農業部門における労働力

タイの農家の平均年齢は50歳以上で、園芸部門は比較的年齢が低いものの、深刻な労働力不足になっています。この不足により、機械化やスマート農業など革新技術が必要となっている点は日本と同様です。

また、化学物質(農薬、殺虫剤、除草剤)の過剰使用が汚染や土壌劣化を引き起こしており、農業はタイの水質汚染の原因の一つとなっています。

タイは中国、マレーシアなどとも隣接していることもあり、園芸は農産物の世界市場での厳しい競争に直面しています。その一方で、園芸農家の間でスマート農業など革新技術に対する関心や理解が不足しているのも現状です。多くの農家が所得が低いこともあり、スマート農業技術の機器やサービスを高価すぎると感じており、導入には消極的です。

同時に、気象変動も大きな問題になっており、洪水や干ばつの頻発が、園芸の生産を不安定にする要因になっています。このように、タイの園芸部門は成長が期待される部門ではありますが、多くの課題を抱えています。


タイにおけるスマート農業の普及度と利用技術

タイにおけるスマート農業はまだ初期段階にあるが、導入の動きは活発になっています。タイ政府は技術進歩の可能性を認識し、農業分野の競争力強化のための20年国家戦略(2018-2037)の一環として、スマート農業への取り組みを積極的に推進しています(OpenGov Asia, 2023)。

タイの農業では、以下のような様々な技術が利用・導入されています:
  • 栽培地の調査、農薬や肥料の散布のためのドローン
  • 気象データの収集と分析のための人工知能(AI)
  • 土壌状態、作物、害虫をモニタリングするモノのインターネット(IoT)機器
  • 正確な圃場モニタリングと資源管理のためのGPS技術
  • 自動灌漑システム
  • ロボットトラクターと農業機械
  • 湿度、温度、照度測定用センサー
  • 農場管理と意思決定支援のためのスマートフォンアプリケーション

しかし、こうした技術の普及は全国一律ではありません。小規模農家、特に高齢者は、コストや技術的知識の不足などによって、これらの技術への導入に制約があるのが現実です。


スマート農業の労働力の向上、農家の増加、収量や利益の増加などに対する貢献

スマート農業はタイの農業の様々な側面に貢献しています。たとえば、生産性の向上、 生産コストの削減、 労働効率の向上などです。また、若い世代の確保にも良い影響を与えています。

具体的には、ヤング・スマート・ファーマー・プログラム(Young Smart Farmer Program)のようなプログラムが、起業家精神、農業技術、農場経営に関する知識を若者に身につけさせることを目的として政府の主導で、実施されており、技術に精通した新世代の農家を惹きつける可能性があります(US-ASEAN Business Council, Inc.)。

さらに、スマート農業技術は、より正確なデータと分析を提供し、農家がよりタイムリーで効率的な意思決定を行うことを可能にします。

また、スマート農業は、農業の生産性だけでなく、環境の持続可能性、気候変動への適応、 食糧安全保障、農村開発、さらに持続可能な開発目標(SDGs)の達成に期待されています(Meechoovet and Siriwato, 2023)。

しかし、タイにおけるスマート農業の潜在的可能性はまだ十分に発揮されていないことに留意する必要があります。小規模農家の技術への周知が十分でない、また、より広範な訓練と教育の必要性、導入にかかる初期コストの高さといった課題があります。それらを解決することが、スマート農業がタイの農業セクター全体でより広範な好影響をもたらすために必要です。


参考文献:
Meechoovet, Y., & Siriwato, S. (2023). Thailand's smart agriculture and its impacts on Thai farmers: A case study of smart agriculture in Ayutthaya Province. SSRN Electronic Journal. https://doi.org/10.2139/ssrn.4540098

OpenGov Asia. (2023, November 20). Thailand's smart farming initiatives. https://opengovasia.com/2023/11/20/thailands-smart-farming-initiatives/

US-ASEAN Business Council, Inc. (2023). Smart farming: Promoting sustainable productivity in Thailand. https://www.usasean.org/article/smart-farming-promoting-sustainable-productivity-thailand

現地で見たリアルなタイの農業現場


こうした状況を踏まえた上で、実際に現地で働く農家の実態はどのような状況なのか、筆者が2024年10月に訪問した状況を見ていきます。

(1)作業をほぼ外注して稲作・園芸を営む農家

今回の訪問では、まずバンコクのスワンナプーム国際空港にほど近い稲作農家を訪問しました。空港は市街地から車で40分ほどとかなり離れており、日本で言うと成田空港の近くの千葉県印旛地域の水田地帯と言ったイメージかと思います。

2024年10月に訪問した際、同年の夏の洪水のあとが所々に残っていました。

洪水痕が残る水田
訪問した農家は日本の企業に勤めていたことがあるらしく、英語が堪能でした。この農家は、水田を約8ha所有し、年間10aあたり約1,250㎏の収穫があるそうです。米は2年間で5回収穫しているとのことでした。タイの平均規模の約3倍程度と比較的大きな経営規模で、米が経営の中心ではあるものの、野菜栽培や果樹などにも取り組み、複合経営をしています。

収穫間際の水田
水田の間にはパパイヤが植えられている
しかし、この農家が保有している農機は、野菜用の耕うん機だけでした。「コストがかかるので余分なハードは持ちません」と語り、耕うんや収穫などの機械による作業は業者に依頼していると強調されていました。

野菜畑で使われている耕うん機
実はこの農場に向かう道中、民間業者によるドローンの除草剤散布の現場を見る機会がありました。5名ほどでドローン2台を同時に飛行させ、除草剤のタンクへの挿入、バッテリー交換、操縦などは分業化され、効率的に行われていました。

民間業者保有のドローン
タイでは2023年現在、全国で1万機以上の農業用ドローンが登録され、全農地面積の30%(400万ヘクタール)で何らかの形で活用されています。主に肥料と農薬の散布ドローン活用が進んでいるようです。バンコク近郊で見た風景は、このデータを裏付ける現場の状況でした。
https://mddb.apec.org/Documents/2023/TPTWG/AEG-TM1/23_tptwg_aeg_tm1_010.pdf


(2)灌水制御や6次化にも取り組む大規模園芸農家

続いて訪れたのは、バンコク近郊の大規模野菜法人Uncle's Fresh Farm。野菜単や果実を栽培し、ナマズの養殖を行っています。経営主はプーケットでダイビングショップも経営しており、奥様と息子さんが対応してくださいました。

この農場は多岐にわたる活動を行っており、野菜単体だけでなく、ミックスサラダとして売ったり、農産物をジャムやソースなどに加工したり、消費者に直販するために直売所も運営しています。その他、農業体験イベントを開催するなど、日本で言う6次化を進めています。

まず見せていただいたのは養液灌水システムでした。各ハウスなどに自動で灌水してくれる自慢のシステムのようです。

液肥混入・配送プラント
遮光と防虫対策を可能にしたハウス

トマトのポット栽培
ハウスは高温対策と害虫対策に力点が置かれています。タイでは日本と異なり、ビニールハウスではなくネットでハウスがおおわれています。

また、この農場では高温対策として、施設内に冷却システムを導入しています。地下水で冷やした冷風をハウス内に送り、高温になると自動で空気中に霧状の水が噴霧される仕組みです。1年を通して高温下のタイでは、温室内の気温をどのように下げるかが重要なのです。また、トマトなどの果菜類は加湿を避けるため、ポットで栽培されています。

このように、高温下でも作物ごとの生育に適した温度環境をコントロールしやすい仕組みになっていました。

細かい作業はスタッフが担当
地下水を使った冷風機
農園の息子さん、奥様、普及職員の方々と
この施設を設計されたのは、ダイビングのインストラクターもされているご主人です。もともと、機械の知識があったそうですが、栽培方法などはネットから情報を収集し、独学で習得されたとのことでした。


タイの農家から学ぶ、自分にとって必要なスマート農業


今回訪問した稲作と園芸の2人の農家に「スマート農業や農機などを導入していますか?」と質問してみたところ、「コストの問題で機械の導入は最小限にしている」との返事が即座に返ってきました。弊社が2023年に行ったチェンマイ県の農家の収入は日本の農家の6分の1ほどでした。

前述のとおり、タイは周辺国の安価な農産物との競争にさらされ、常にコスト削減を考えなくてはならない状況となっています。稲作農家は耕うん、収穫作業などを外部委託しており、園芸農家の機械はタイ製か中国製のようで、比較的高価な日本製の機械は見当たりませんでした。

タイの農家から見てとれたのは、厳しい国内競争のなか、経営の中で必要と判断した場合のみ、スマート農業など革新技術を導入するという姿勢でした。

日本では2024年(令和6年)に「農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律(スマート農業技術活用促進法)」が施行され、補助金などを活用して、現場、とくに行政機関ではスマート農業をとにかく導入しなくてはと考えているかもしれません。

しかし、ここで一度立ち止まって、個々の生産者が自らの農業経営や地域の状況を冷静に分析し、まず自分たちの直近の課題は何か、どこを改善する必要があるのか、何を改善するのが最もコストと効率がいいのかを考えるべきではないでしょうか?

資材高騰などで農業の生産コスト自体が上昇しているなかで、コストがかかるスマート農業ありきという姿勢ではなく、必要に応じて最小限のスマート農業を導入するという姿勢が重要なのではないかと、タイを訪問して改めて強く感じました。


【連載】“生産者目線”で考えるスマート農業
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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. さとうまちこ
    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
  3. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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