世界有数の農産物輸出国、タイの農業現場から見える “スマートな農業経営”の現実【生産者目線でスマート農業を考える 第30回】
こんにちは。日本農業サポート研究所の福田浩一です。
2024年10月にかけて、タイの複数の農家を訪問する機会がありました。ご存じのとおり、タイは米、キャッサバ、天然ゴムなどの生産で世界をリードし、農業部門がGDPの8.7%を占め、人口の31.3%が農業関連の仕事に従事している農業大国です。(2023年JICA資料参照)。また、世界の上位10カ国に数えられる、農産物輸出国の1つでもあります。
(https://www.opsmoac.go.th/guangzhou-news-files-451891791205)
このような数字から、タイの農業現場ではスマート農業など革新技術が非常に進んでいると想像される方も多いのではないでしょうか?
しかし、大規模農家が多いのか、それとも中小規模の農家が多数なのか。また、スマート農業など革新技術の利用はどのような状況なのかといった現場の状況は、なかなか日本まで届きません。
今回は、そんな世界有数の農産物輸出国であるタイの農業現場を筆者自身が現地で見て感じた実態を、ご報告したいと思います。
この訪問に先立って、タイ農業協同組合省農業局のマックさん(Mr. Maccmu Naruthep Wechpibal)にタイの稲作と園芸の現状について伺いました。まずは、その概要を紹介した上で、農業現場の様子をレポートします。
https://www.opsmoac.go.th/moscow-news-files-451691791175
中でも、タイ東北部が2023年には1246万トン以上と、国全体の米生産量のほぼ半分を占めており、主要な米生産地域となっています。タイの農家のうち約1600万人が稲作農家で、2021年の1人当たりの年間平均米消費量は171kgと、主食でもある米は高い自給率を示しています(Faostatより)。
https://www.statista.com/statistics/1108648/thailand-rice-production-volume/
また、タイは世界第2位の米輸出国でもあり、2020年には570万トンの精米を輸出しました。多様な種類の米を生産していますが、ほとんどが長粒種で、その中で日本でも知られているジャスミン米が高価格で取引されています。また、チェンマイ県などではコシヒカリやあきたこまちなどのジャポニカ米も生産されています。
https://www.world-grain.com/articles/19839-focus-on-thailand
タイ米の主要な輸出先はアジア、アフリカ、中東の国々で、特に中国、アメリカ、多くのアフリカ諸国が主要な買い手となっています。
そんなタイの典型的な稲作農家の大多数は、大規模な企業ではなく小規模農家です。農場の平均規模は、1家族あたり約2.4ヘクタール程度です。
世界の米市場は、ベトナムやカンボジアといった近隣国での米生産の大幅な増加により、競争が激化しています。近年は干ばつと洪水の発生頻度が増加し、稲作に影響を与えています。2016年の干ばつでは、米の生産量が約20%減少したそうです。また、2024年の洪水もその影響が心配されています。
大規模園芸農家は最新技術を積極的に導入しています。タイ北部のメーモー地区では、政府支援プロジェクトなどが展開され、垂直農業や温室複合施設が導入されています。垂直農業などのプロジェクトを支援するための政策が実施され、これには財政投資や税制優遇措置が含まれています。
このように、タイ政府は園芸部門を積極的に支援しており、野菜、果物、観賞植物など、幅広い品目を生産しています。また、革新技術、持続可能性に焦点を当て進化を遂げている分野です。
しかし、収穫後の損失が依然として大きく、園芸作物の品質と生産量の両方に影響を与えています。果物や野菜は、収穫後の的確な品質管理が不十分な状況です。ロンガン(ライチに似た果実)、タマネギ、柑橘類などの一部の園芸作物は適切な処理や保存がされているものの、他の作物では行われていません。
また、園芸作物での農薬の広範な使用が、消費者と農家の健康リスクとなっています。背景には、農薬残留の定期的な検査が不足していることが挙げられます。
また、化学物質(農薬、殺虫剤、除草剤)の過剰使用が汚染や土壌劣化を引き起こしており、農業はタイの水質汚染の原因の一つとなっています。
タイは中国、マレーシアなどとも隣接していることもあり、園芸は農産物の世界市場での厳しい競争に直面しています。その一方で、園芸農家の間でスマート農業など革新技術に対する関心や理解が不足しているのも現状です。多くの農家が所得が低いこともあり、スマート農業技術の機器やサービスを高価すぎると感じており、導入には消極的です。
同時に、気象変動も大きな問題になっており、洪水や干ばつの頻発が、園芸の生産を不安定にする要因になっています。このように、タイの園芸部門は成長が期待される部門ではありますが、多くの課題を抱えています。
タイの農業では、以下のような様々な技術が利用・導入されています:
しかし、こうした技術の普及は全国一律ではありません。小規模農家、特に高齢者は、コストや技術的知識の不足などによって、これらの技術への導入に制約があるのが現実です。
具体的には、ヤング・スマート・ファーマー・プログラム(Young Smart Farmer Program)のようなプログラムが、起業家精神、農業技術、農場経営に関する知識を若者に身につけさせることを目的として政府の主導で、実施されており、技術に精通した新世代の農家を惹きつける可能性があります(US-ASEAN Business Council, Inc.)。
さらに、スマート農業技術は、より正確なデータと分析を提供し、農家がよりタイムリーで効率的な意思決定を行うことを可能にします。
また、スマート農業は、農業の生産性だけでなく、環境の持続可能性、気候変動への適応、 食糧安全保障、農村開発、さらに持続可能な開発目標(SDGs)の達成に期待されています(Meechoovet and Siriwato, 2023)。
しかし、タイにおけるスマート農業の潜在的可能性はまだ十分に発揮されていないことに留意する必要があります。小規模農家の技術への周知が十分でない、また、より広範な訓練と教育の必要性、導入にかかる初期コストの高さといった課題があります。それらを解決することが、スマート農業がタイの農業セクター全体でより広範な好影響をもたらすために必要です。
参考文献:
こうした状況を踏まえた上で、実際に現地で働く農家の実態はどのような状況なのか、筆者が2024年10月に訪問した状況を見ていきます。
2024年10月に訪問した際、同年の夏の洪水のあとが所々に残っていました。
訪問した農家は日本の企業に勤めていたことがあるらしく、英語が堪能でした。この農家は、水田を約8ha所有し、年間10aあたり約1,250㎏の収穫があるそうです。米は2年間で5回収穫しているとのことでした。タイの平均規模の約3倍程度と比較的大きな経営規模で、米が経営の中心ではあるものの、野菜栽培や果樹などにも取り組み、複合経営をしています。
しかし、この農家が保有している農機は、野菜用の耕うん機だけでした。「コストがかかるので余分なハードは持ちません」と語り、耕うんや収穫などの機械による作業は業者に依頼していると強調されていました。
実はこの農場に向かう道中、民間業者によるドローンの除草剤散布の現場を見る機会がありました。5名ほどでドローン2台を同時に飛行させ、除草剤のタンクへの挿入、バッテリー交換、操縦などは分業化され、効率的に行われていました。
タイでは2023年現在、全国で1万機以上の農業用ドローンが登録され、全農地面積の30%(400万ヘクタール)で何らかの形で活用されています。主に肥料と農薬の散布ドローン活用が進んでいるようです。バンコク近郊で見た風景は、このデータを裏付ける現場の状況でした。
https://mddb.apec.org/Documents/2023/TPTWG/AEG-TM1/23_tptwg_aeg_tm1_010.pdf
この農場は多岐にわたる活動を行っており、野菜単体だけでなく、ミックスサラダとして売ったり、農産物をジャムやソースなどに加工したり、消費者に直販するために直売所も運営しています。その他、農業体験イベントを開催するなど、日本で言う6次化を進めています。
まず見せていただいたのは養液灌水システムでした。各ハウスなどに自動で灌水してくれる自慢のシステムのようです。
ハウスは高温対策と害虫対策に力点が置かれています。タイでは日本と異なり、ビニールハウスではなくネットでハウスがおおわれています。
また、この農場では高温対策として、施設内に冷却システムを導入しています。地下水で冷やした冷風をハウス内に送り、高温になると自動で空気中に霧状の水が噴霧される仕組みです。1年を通して高温下のタイでは、温室内の気温をどのように下げるかが重要なのです。また、トマトなどの果菜類は加湿を避けるため、ポットで栽培されています。
このように、高温下でも作物ごとの生育に適した温度環境をコントロールしやすい仕組みになっていました。
この施設を設計されたのは、ダイビングのインストラクターもされているご主人です。もともと、機械の知識があったそうですが、栽培方法などはネットから情報を収集し、独学で習得されたとのことでした。
今回訪問した稲作と園芸の2人の農家に「スマート農業や農機などを導入していますか?」と質問してみたところ、「コストの問題で機械の導入は最小限にしている」との返事が即座に返ってきました。弊社が2023年に行ったチェンマイ県の農家の収入は日本の農家の6分の1ほどでした。
前述のとおり、タイは周辺国の安価な農産物との競争にさらされ、常にコスト削減を考えなくてはならない状況となっています。稲作農家は耕うん、収穫作業などを外部委託しており、園芸農家の機械はタイ製か中国製のようで、比較的高価な日本製の機械は見当たりませんでした。
タイの農家から見てとれたのは、厳しい国内競争のなか、経営の中で必要と判断した場合のみ、スマート農業など革新技術を導入するという姿勢でした。
日本では2024年(令和6年)に「農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律(スマート農業技術活用促進法)」が施行され、補助金などを活用して、現場、とくに行政機関ではスマート農業をとにかく導入しなくてはと考えているかもしれません。
しかし、ここで一度立ち止まって、個々の生産者が自らの農業経営や地域の状況を冷静に分析し、まず自分たちの直近の課題は何か、どこを改善する必要があるのか、何を改善するのが最もコストと効率がいいのかを考えるべきではないでしょうか?
資材高騰などで農業の生産コスト自体が上昇しているなかで、コストがかかるスマート農業ありきという姿勢ではなく、必要に応じて最小限のスマート農業を導入するという姿勢が重要なのではないかと、タイを訪問して改めて強く感じました。
2024年10月にかけて、タイの複数の農家を訪問する機会がありました。ご存じのとおり、タイは米、キャッサバ、天然ゴムなどの生産で世界をリードし、農業部門がGDPの8.7%を占め、人口の31.3%が農業関連の仕事に従事している農業大国です。(2023年JICA資料参照)。また、世界の上位10カ国に数えられる、農産物輸出国の1つでもあります。
(https://www.opsmoac.go.th/guangzhou-news-files-451891791205)
このような数字から、タイの農業現場ではスマート農業など革新技術が非常に進んでいると想像される方も多いのではないでしょうか?
しかし、大規模農家が多いのか、それとも中小規模の農家が多数なのか。また、スマート農業など革新技術の利用はどのような状況なのかといった現場の状況は、なかなか日本まで届きません。
今回は、そんな世界有数の農産物輸出国であるタイの農業現場を筆者自身が現地で見て感じた実態を、ご報告したいと思います。
小規模農家が大半を占め、スマート農業導入が難しい農産物輸出国、タイの現状
この訪問に先立って、タイ農業協同組合省農業局のマックさん(Mr. Maccmu Naruthep Wechpibal)にタイの稲作と園芸の現状について伺いました。まずは、その概要を紹介した上で、農業現場の様子をレポートします。
タイの稲作
タイは世界有数の米の生産国かつ輸出国です。2023年のタイの米生産量は約2220万トンで、前年比でわずかに増加しました。タイの米作付面積は約920万ヘクタール(2300万エーカー)で、タイ国内の耕地面積の50%以上にも及び、米の生産は農業部門はもちろんのこと、タイ全体の経済において最も重要な位置を占めています。https://www.opsmoac.go.th/moscow-news-files-451691791175
中でも、タイ東北部が2023年には1246万トン以上と、国全体の米生産量のほぼ半分を占めており、主要な米生産地域となっています。タイの農家のうち約1600万人が稲作農家で、2021年の1人当たりの年間平均米消費量は171kgと、主食でもある米は高い自給率を示しています(Faostatより)。
https://www.statista.com/statistics/1108648/thailand-rice-production-volume/
また、タイは世界第2位の米輸出国でもあり、2020年には570万トンの精米を輸出しました。多様な種類の米を生産していますが、ほとんどが長粒種で、その中で日本でも知られているジャスミン米が高価格で取引されています。また、チェンマイ県などではコシヒカリやあきたこまちなどのジャポニカ米も生産されています。
https://www.world-grain.com/articles/19839-focus-on-thailand
タイ米の主要な輸出先はアジア、アフリカ、中東の国々で、特に中国、アメリカ、多くのアフリカ諸国が主要な買い手となっています。
そんなタイの典型的な稲作農家の大多数は、大規模な企業ではなく小規模農家です。農場の平均規模は、1家族あたり約2.4ヘクタール程度です。
世界の米市場は、ベトナムやカンボジアといった近隣国での米生産の大幅な増加により、競争が激化しています。近年は干ばつと洪水の発生頻度が増加し、稲作に影響を与えています。2016年の干ばつでは、米の生産量が約20%減少したそうです。また、2024年の洪水もその影響が心配されています。
タイの園芸
一方、園芸(野菜と果樹)分野でも、著しい成長と発展を遂げてきています。大規模園芸農家は最新技術を積極的に導入しています。タイ北部のメーモー地区では、政府支援プロジェクトなどが展開され、垂直農業や温室複合施設が導入されています。垂直農業などのプロジェクトを支援するための政策が実施され、これには財政投資や税制優遇措置が含まれています。
このように、タイ政府は園芸部門を積極的に支援しており、野菜、果物、観賞植物など、幅広い品目を生産しています。また、革新技術、持続可能性に焦点を当て進化を遂げている分野です。
しかし、収穫後の損失が依然として大きく、園芸作物の品質と生産量の両方に影響を与えています。果物や野菜は、収穫後の的確な品質管理が不十分な状況です。ロンガン(ライチに似た果実)、タマネギ、柑橘類などの一部の園芸作物は適切な処理や保存がされているものの、他の作物では行われていません。
また、園芸作物での農薬の広範な使用が、消費者と農家の健康リスクとなっています。背景には、農薬残留の定期的な検査が不足していることが挙げられます。
タイの農業部門における労働力
タイの農家の平均年齢は50歳以上で、園芸部門は比較的年齢が低いものの、深刻な労働力不足になっています。この不足により、機械化やスマート農業など革新技術が必要となっている点は日本と同様です。また、化学物質(農薬、殺虫剤、除草剤)の過剰使用が汚染や土壌劣化を引き起こしており、農業はタイの水質汚染の原因の一つとなっています。
タイは中国、マレーシアなどとも隣接していることもあり、園芸は農産物の世界市場での厳しい競争に直面しています。その一方で、園芸農家の間でスマート農業など革新技術に対する関心や理解が不足しているのも現状です。多くの農家が所得が低いこともあり、スマート農業技術の機器やサービスを高価すぎると感じており、導入には消極的です。
同時に、気象変動も大きな問題になっており、洪水や干ばつの頻発が、園芸の生産を不安定にする要因になっています。このように、タイの園芸部門は成長が期待される部門ではありますが、多くの課題を抱えています。
タイにおけるスマート農業の普及度と利用技術
タイにおけるスマート農業はまだ初期段階にあるが、導入の動きは活発になっています。タイ政府は技術進歩の可能性を認識し、農業分野の競争力強化のための20年国家戦略(2018-2037)の一環として、スマート農業への取り組みを積極的に推進しています(OpenGov Asia, 2023)。タイの農業では、以下のような様々な技術が利用・導入されています:
- 栽培地の調査、農薬や肥料の散布のためのドローン
- 気象データの収集と分析のための人工知能(AI)
- 土壌状態、作物、害虫をモニタリングするモノのインターネット(IoT)機器
- 正確な圃場モニタリングと資源管理のためのGPS技術
- 自動灌漑システム
- ロボットトラクターと農業機械
- 湿度、温度、照度測定用センサー
- 農場管理と意思決定支援のためのスマートフォンアプリケーション
しかし、こうした技術の普及は全国一律ではありません。小規模農家、特に高齢者は、コストや技術的知識の不足などによって、これらの技術への導入に制約があるのが現実です。
スマート農業の労働力の向上、農家の増加、収量や利益の増加などに対する貢献
スマート農業はタイの農業の様々な側面に貢献しています。たとえば、生産性の向上、 生産コストの削減、 労働効率の向上などです。また、若い世代の確保にも良い影響を与えています。具体的には、ヤング・スマート・ファーマー・プログラム(Young Smart Farmer Program)のようなプログラムが、起業家精神、農業技術、農場経営に関する知識を若者に身につけさせることを目的として政府の主導で、実施されており、技術に精通した新世代の農家を惹きつける可能性があります(US-ASEAN Business Council, Inc.)。
さらに、スマート農業技術は、より正確なデータと分析を提供し、農家がよりタイムリーで効率的な意思決定を行うことを可能にします。
また、スマート農業は、農業の生産性だけでなく、環境の持続可能性、気候変動への適応、 食糧安全保障、農村開発、さらに持続可能な開発目標(SDGs)の達成に期待されています(Meechoovet and Siriwato, 2023)。
しかし、タイにおけるスマート農業の潜在的可能性はまだ十分に発揮されていないことに留意する必要があります。小規模農家の技術への周知が十分でない、また、より広範な訓練と教育の必要性、導入にかかる初期コストの高さといった課題があります。それらを解決することが、スマート農業がタイの農業セクター全体でより広範な好影響をもたらすために必要です。
参考文献:
現地で見たリアルなタイの農業現場
こうした状況を踏まえた上で、実際に現地で働く農家の実態はどのような状況なのか、筆者が2024年10月に訪問した状況を見ていきます。
(1)作業をほぼ外注して稲作・園芸を営む農家
今回の訪問では、まずバンコクのスワンナプーム国際空港にほど近い稲作農家を訪問しました。空港は市街地から車で40分ほどとかなり離れており、日本で言うと成田空港の近くの千葉県印旛地域の水田地帯と言ったイメージかと思います。2024年10月に訪問した際、同年の夏の洪水のあとが所々に残っていました。
訪問した農家は日本の企業に勤めていたことがあるらしく、英語が堪能でした。この農家は、水田を約8ha所有し、年間10aあたり約1,250㎏の収穫があるそうです。米は2年間で5回収穫しているとのことでした。タイの平均規模の約3倍程度と比較的大きな経営規模で、米が経営の中心ではあるものの、野菜栽培や果樹などにも取り組み、複合経営をしています。
しかし、この農家が保有している農機は、野菜用の耕うん機だけでした。「コストがかかるので余分なハードは持ちません」と語り、耕うんや収穫などの機械による作業は業者に依頼していると強調されていました。
実はこの農場に向かう道中、民間業者によるドローンの除草剤散布の現場を見る機会がありました。5名ほどでドローン2台を同時に飛行させ、除草剤のタンクへの挿入、バッテリー交換、操縦などは分業化され、効率的に行われていました。
タイでは2023年現在、全国で1万機以上の農業用ドローンが登録され、全農地面積の30%(400万ヘクタール)で何らかの形で活用されています。主に肥料と農薬の散布ドローン活用が進んでいるようです。バンコク近郊で見た風景は、このデータを裏付ける現場の状況でした。
https://mddb.apec.org/Documents/2023/TPTWG/AEG-TM1/23_tptwg_aeg_tm1_010.pdf
(2)灌水制御や6次化にも取り組む大規模園芸農家
続いて訪れたのは、バンコク近郊の大規模野菜法人Uncle's Fresh Farm。野菜単や果実を栽培し、ナマズの養殖を行っています。経営主はプーケットでダイビングショップも経営しており、奥様と息子さんが対応してくださいました。この農場は多岐にわたる活動を行っており、野菜単体だけでなく、ミックスサラダとして売ったり、農産物をジャムやソースなどに加工したり、消費者に直販するために直売所も運営しています。その他、農業体験イベントを開催するなど、日本で言う6次化を進めています。
まず見せていただいたのは養液灌水システムでした。各ハウスなどに自動で灌水してくれる自慢のシステムのようです。
ハウスは高温対策と害虫対策に力点が置かれています。タイでは日本と異なり、ビニールハウスではなくネットでハウスがおおわれています。
また、この農場では高温対策として、施設内に冷却システムを導入しています。地下水で冷やした冷風をハウス内に送り、高温になると自動で空気中に霧状の水が噴霧される仕組みです。1年を通して高温下のタイでは、温室内の気温をどのように下げるかが重要なのです。また、トマトなどの果菜類は加湿を避けるため、ポットで栽培されています。
このように、高温下でも作物ごとの生育に適した温度環境をコントロールしやすい仕組みになっていました。
この施設を設計されたのは、ダイビングのインストラクターもされているご主人です。もともと、機械の知識があったそうですが、栽培方法などはネットから情報を収集し、独学で習得されたとのことでした。
タイの農家から学ぶ、自分にとって必要なスマート農業
今回訪問した稲作と園芸の2人の農家に「スマート農業や農機などを導入していますか?」と質問してみたところ、「コストの問題で機械の導入は最小限にしている」との返事が即座に返ってきました。弊社が2023年に行ったチェンマイ県の農家の収入は日本の農家の6分の1ほどでした。
前述のとおり、タイは周辺国の安価な農産物との競争にさらされ、常にコスト削減を考えなくてはならない状況となっています。稲作農家は耕うん、収穫作業などを外部委託しており、園芸農家の機械はタイ製か中国製のようで、比較的高価な日本製の機械は見当たりませんでした。
タイの農家から見てとれたのは、厳しい国内競争のなか、経営の中で必要と判断した場合のみ、スマート農業など革新技術を導入するという姿勢でした。
日本では2024年(令和6年)に「農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律(スマート農業技術活用促進法)」が施行され、補助金などを活用して、現場、とくに行政機関ではスマート農業をとにかく導入しなくてはと考えているかもしれません。
しかし、ここで一度立ち止まって、個々の生産者が自らの農業経営や地域の状況を冷静に分析し、まず自分たちの直近の課題は何か、どこを改善する必要があるのか、何を改善するのが最もコストと効率がいいのかを考えるべきではないでしょうか?
資材高騰などで農業の生産コスト自体が上昇しているなかで、コストがかかるスマート農業ありきという姿勢ではなく、必要に応じて最小限のスマート農業を導入するという姿勢が重要なのではないかと、タイを訪問して改めて強く感じました。
【連載】“生産者目線”で考えるスマート農業
- 世界有数の農産物輸出国、タイの農業現場から見える “スマートな農業経営”の現実【生産者目線でスマート農業を考える 第30回】
- アフリカのスマート農業はどうなっているのか? ギニアの農業専門家に聞きました【生産者目線でスマート農業を考える 第29回】
- 農業DXで先を行く台湾に学ぶ、スマート農業の現状【生産者目線でスマート農業を考える 第28回】
- スマート農業の本質は経営をスマートに考えること【生産者目線でスマート農業を考える 第27回】
- 肥料高騰のなか北海道で普及が進む「衛星画像サービス」の実効性【生産者目線でスマート農業を考える 第26回】
- 中山間地の稲作に本当に必要とされているスマート農業とは?【生産者目線でスマート農業を考える 第25回】
- 海外から注目される日本のスマート農業の強みとは?【生産者目線でスマート農業を考える 第24回】
- ロボットが常時稼働する理想のスマートリンゴ園の構築は可能か?【生産者目線でスマート農業を考える 第23回】
- 日本産野菜の輸出に関わるQRコードを使ったトレーサビリティの「見える化」【生産者目線でスマート農業を考える 第22回】
- インドネシアにおける農業の現状とスマート農業が求められている理由【生産者目線でスマート農業を考える 第21回】
- みかんの家庭選果時間を50%削減する、JAみっかびのAI選果【生産者目線でスマート農業を考える 第20回】
- スマート農業を成功させる上で生産者が考えるべき3つのこと【生産者目線でスマート農業を考える 第19回】
- 生産者にとって本当に役立つ自動灌水、自動換気・遮光システムとは【生産者目線でスマート農業を考える 第18回】
- JAみっかびが地域で取り組むスマート農業“環境計測システム”とは? 【生産者目線でスマート農業を考える 第17回】
- スマート農機の導入コストを大幅に下げる、日本の「農業コントラクター事業」普及・拡大の展望 【生産者目線でスマート農業を考える 第16回】
- AI農薬散布ロボットによってユリの農薬使用量50%削減へ【生産者目線でスマート農業を考える 第15回】
- 農産物ECでの花き輸送中の課題がデータロガーで明らかに!【生産者目線でスマート農業を考える 第14回】
- ブドウ農園でのセンサー+自動換気装置に加えて必要な“ヒトの力”【生産者目線でスマート農業を考える 第13回】
- IoTカメラ&電気柵導入でわかった、中山間地での獣害対策に必要なこと【生産者目線でスマート農業を考える 第12回】
- 直進アシスト機能付き田植機は初心者でも簡単に使えるのか?【生産者目線でスマート農業を考える 第11回】
- 全国初! 福井県内全域をカバーするRTK固定基地局はスマート農業普及を加速させるか?【生産者目線でスマート農業を考える 第10回】
- キャベツ栽培を「見える化」へ導く「クロノロジー型危機管理情報共有システム」とは?【生産者目線でスマート農業を考える 第9回】
- ブロッコリー収穫機で見た機械化と栽培法との妥協方法【生産者目線でスマート農業を考える 第8回】
- コロナ禍で急速に進化するICT活用とスマート農業【生産者目線でスマート農業を考える 第7回】
- 徳島県のミニトマトハウスで見たスマート農業で、軽労化と高能率化を同時に実現する方法【生産者目線でスマート農業を考える 第6回】
- 若手後継者を呼び込むスマート農業【生産者目線でスマート農業を考える 第5回】
- 地上を走るドローンによるセンシングをサポートする普及指導員【生産者目線でスマート農業を考える 第4回】
- スマート農機は安くないと普及しない?【生産者目線でスマート農業を考える 第3回】
- 果樹用ロボットで生産者に寄り添うスマート農機ベンチャー【生産者目線でスマート農業を考える 第2回】
- 浜松市の中山間地で取り組む「スモールスマート農業」【生産者目線でスマート農業を考える 第1回】
SHARE