岡山から石巻へ、1200kmを超えてつながるドローンの米栽培技術(前編)

宮城県石巻市でコメ農家を営む大内弘さんは、自宅と農業用機械は東日本大震災の被害を免れたものの、多くの知り合いや親族が被災し、最初の年は準備した苗を植える場所がない状態だった。

それでもなんとか作付けできる場所を見つけ出し、海水の入り込んだ田んぼを繰り返し代掻きすることで泥と一緒に塩分を排出。震災が起きた年に見事収穫し、その米を「復勝米」と名付けて販売した。

震災から時間が経つにつれて、高齢化や農業機械の流失のために稲作を断念する農家が続出。大内さんは長男の竜太さんとともに、そうした田んぼの作業を請け負いながら、栽培面積を増やしてきた。

2022年現在、請負先の地主は70人。地代は10aごとにお金で支払うケース、お米を1俵(60kg)渡すケース、地代とお米半々など、相手によりさまざまだ。こうして気がつけば、震災前は20haだった作付面積は現在64haへ、11年で3倍以上に増加している。

震災ボランティアで出会った岡山と石巻の米農家の交流をきっかけに、作付面積が拡大し続ける石巻の稲作におけるドローンの可能性を探る試みが始まっている。岡山から石巻まで1200kmの距離を超えて、ドローン技術の導入と、昔ながらのヨシ腐葉土を用いた栽培、玄米専用品種「金のいぶき」の栽培といった取り組みが、被災地で進む稲作の大規模化を支えている。

左から順に、石巻市で「ヨシ腐葉土米」を栽培する大内産業の大内弘さん、息子の竜太さん、ドローン教習などを手がける岡山県鏡野町の福田農機株式会社の福田順也さん、美作市でお米を栽培する松本農産の松本政幸さん(撮影:三好かやの)


震災前から水田基盤整備が進んでいた石巻市


元々、大内さんたちが暮らす北上川の河口周辺では、震災の5年ほど前から基盤整備が進んでいて、1枚10〜20a単位だった水田を50a〜1haに拡大する工事を行っていた。当時から整備後に誰がどこを耕すのか担当も決まっていたのだが、震災により離農する人が加速し必然的に残った人1軒あたりの栽培面積が急激に増えた。

「震災前、大小合わせて30軒で作付けていた田んぼを今は10軒で担当している状況です。必然的に震災前の3倍の米を作ることになりました」と大内さん。

現在、東北の沿岸部にはこのような担い手のいない農地の作業を請け負い、短期間のうちに問答無用で急激に面積を増やさざるをえなくなった米の生産者がいる。大内さん親子が今回ドローンで追肥を行った圃場もその一部。震災から11年が経過した2022年、初めて稲作を再開した場所だ。


新しいドローン専用粒状肥料を散布


2022年7月9日、宮城県石巻市の追波湾に通じる北上川河口近くの水田で、地元の農家10人が見守る中、農業用ドローン「DJI AGRAS T-20」が浮上した。

「これからこちらの圃場で、追肥の空中散布を行います」と説明するのは、岡山県鏡野町から駆けつけた福田農機株式会社社長の福田順也さんだ。

ブルーの袋からドローンのタンクへ肥料を移しているのは、この水田でお米を栽培している大内産業の大内弘さんと、岡山の美作市からやってきた株式会社松本農産の松本政幸さん。2人は11年前の東日本大震災での被災地支援を機に知り合い、同じ米農家ということもあり意気投合した。

岡山と宮城、1200kmの道程を超えて行ったり来たり。松本さんは毎年現地に通い続け、大内さんも石巻の海産物を携えて岡山へ赴き、地元の祭りの屋台で販売するなどの交流を続けている。その中で、松本さんの誘いを受けてドローンに詳しい福田さんも石巻へやってきた。

この日投入されたのは、肥料メーカーサンアグロ株式会社が、ドローン専用に開発した「ドローンN 44」。窒素量44%と高濃度で、15kg入りの袋に6.6kg含有されている。ハイ窒素肥料なので一般の窒素肥料よりも少ない散布量でよい。表面がコーティングされているので粉が出ず、粒剤散布機のベアリングを傷めないなど、これまでの肥料にはないドローン散布に適した設計が施されている。

初めてドローン専用肥料を投入する石巻の大内さん(左)と岡山の松本さん(撮影:三好かやの)

窒素分を44%含む「ドローンN 44」。高濃度で軽く、粉が舞い上がる心配もない(撮影:三好かやの)

この日、肥料の空中散布が行われたのは北上川の河口から約5kmの水田。震災前は、広大な河川敷にヨシ原が続き、川の両岸に水田と集落が広がっていた。しかし、震災時はこの川を津波が逆流し甚大な被害をもたらした。

波が引いた後もガレキが散乱しており、その撤去には2年を要した。また、用排水路が壊れて水が送れず、地盤沈下が起きて水田に塩分を含んだ海水が入り込むなどの被害もあった。しかしなんとか水田を整備して、栽培可能な面積をじわりじわりと拡大。徐々に稲作を再開してきた。

写真左手が北上川。震災から11年ぶりに稲作を再開した水田上空をドローンが飛行する(撮影:三好かやの)


増加する稲作の作業受託には農業用ドローンしかない


「昨日のうちにDJI Phantomを飛ばして圃場を撮影しました。1.8haの圃場を、6つのレンズが装備されたマルチスペクトルカメラでセンシング。そのデータを“DJI Terra”で解析。追肥の必要な場所とその量を割り出し、自動飛行で適正な量を散布していきます」と福田さん。

ドローンを操縦する福田さんは、岡山県鏡野町の福田農機の6代目社長。農業機械の販売修理を100年、農薬肥料の販売指導を60年行ってきた実績がある。以前は趣味でドローンのパーツを集め自作で組み立ていた。組み立てては飛ばすことを繰り返し、ときには2カ月かけて作った機体が飛行時間2秒で落下したこともあったそうだ。

そのドローンに可能性を見出したのは約10年前。「中国にもドローンがあるらしい」と情報を聞きいて現地を訪れ、初めてDJIの機種を見た時にその性能の高さに驚愕。DJIが日本で農業用ドローンの製造販売を始めたのを機に東京・お台場の現地法人に足を運び、いち早くその一次代理店となり、農業分野への普及に乗り出す。

そして2016年、農業用ドローンの専門部署として「ファームスカイテクノロジーズ株式会社」を設立。現在はDJI公認のUTCマスター教官の資格を取得して、産業用マルチローターオペレーター養成スクールも開設した。これまで輩出した卒業生は1000人以上。ドローンに必要な知識と技術を学べるのはもちろん、導入後のアフターケアもしっかり。運用中の疑問や問題点を解消し、万が一の墜落事故にも対応している。

岡山県から駆けつけ、農業用ドローンの普及に当たる福田さん(撮影:三好かやの)

前日にDJI Phantomに搭載したカメラでセンシング。そのデータを元に施肥を行う(撮影:三好かやの)

一方、同じ岡山県内で松本さんが稲作を行っている美作市は、山間地に高低差が5〜10mもある棚田がある。大型機械が入らず、当初は透明なビニールホースを両側から持ち、2人がかりで農薬散布を行うのは大変だった。

そこでラジコンヘリで散布しようと、無人ヘリのライセンスを取得したものの、個人でヘリを所有するのは難しかった。そんな時、農業用ドローンの存在を知る。松本さんの地域でも、ドローンでの作業を受託する水田が増えていた。「面積が増えて20haになった時、これはドローンしかないと思いました」と松本さん。


震災の縁から石巻市で出張ドローンスクールを開講


福田さんのスクールでドローンの飛行技術を学んだ松本さん。その時期はすでに石巻で作業を手伝っていたので、さっそく車にドローンを乗せて1200kmを走行し、薬剤や肥料の散布を行ってみせた。しかし、バッテリーの持続時間は短く、薬剤散布を一度にできるのは80a〜1haが限度。「うちのような大面積では、飛行時間も詰める量も、パワーも足りない」と竜太さんは感じたそうだ。

かたや福田さんは、何度も石巻に通っている松本さんから大内さん親子の様子を聞き、「自分の持っているドローンの知識で何か役に立てるかもしれない」と考えていた。積載量も飛行時間も長い「T-20」が登場した時、大内親子に提案。大内さん親子は「これならうちでも使えるかも」と思ったそうだが、まだドローンの免許がない。そこで2020年の夏、松本さんと福田さんの2人で石巻へ。現地の圃場で5日間にわたる「出張ドローンスクール」を開講した。

初めて北上川の両岸に広がる水田地帯を目にした福田さん、「まずその広さに衝撃を受けました。そして請負農家さんごとに田んぼが10ha単位で集約されている。行政も一体になって作業効率の高い栽培ができるよう農地が整備されていることに、感動を覚えました」と当時の印象を語った。

この時福田さんが実施したスクールで、竜太さんもドローンのライセンスを取得。「T-20」を飛行させ、それまで農協に依頼していた薬剤散布を自力で行うようになった。大内さんは現在「ひとめぼれ」「ササニシキ」「コシヒカリ」「つや姫」「五百川」「みやこがねもち」「金のいぶき」の7品種を栽培している。

以前は無人ヘリでの作業を委託していた。品種や作付けしている場所によって生育状況に差が生じるが、防除作業は同日で行うことが多く、一部のコメにカメムシによる食害が出てしまうのが悩みだった。「せっかく防除しても、カメムシにやられて米が汚くなってしまう。きめ細やかな防除には、やっぱりドローンが適していると思います」と大内弘さん。大内さんの作業の様子を見て、近隣の農家から「うちもドローンを飛ばしてカメムシの防除をしてほしい」という依頼が舞い込むようになったという。

(後編につづく)

次回ではドローンによる専用肥料の散布と、震災後栽培を始めた「金のいぶき」について紹介します。

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WRITER LIST

  1. 槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
  2. 沖貴雄
    1991年広島県安芸太田町生まれ。広島県立農業技術大学校卒業後、県内外の農家にて研修を受ける。2014年に安芸太田町で就農し2018年から合同会社穴ファームOKIを経営。ほうれんそうを主軸にスイートコーン、白菜、キャベツを生産。記録を分析し効率の良い経営を模索中。食卓にわくわくを地域にウハウハを目指し明るい農園をつくりたい。
  3. 田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  4. 福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  5. 窪田新之助
    農業ジャーナリスト。福岡県生まれ。日本経済新聞社が主催する農業とテクノロジーをテーマにしたグローバルイベント「AG/SUM(アグサム)」プロジェクトアドバイザー、ロボットビジネスを支援するNPO法人Robizyアドバイザー。著書に『日本発「ロボットAI農業」の凄い未来』『GDP 4%の日本農業は自動車産業を超える』(いずれも講談社)など。