ドキュメンタリー映画「SEED ~命の糧~」試写会と、日本で種を守る人たちの話

6月14日、ドキュメンタリー映画『SEED〜命の糧〜』の特別先行試写会&ミニトークイベントに参加して、ひと足先にこの映画を観た。

ストーリー
前世紀中に、気候変動や世界の種子市場を多国籍企業の独占等により野菜の種子の実に94%が消滅。市場には遺伝子組換え作物(GMO)が登場し、多くの国々で農家が種子を保存し翌年蒔くことが禁止されるようになっています。人類史上最速で種子の多様性が失われている中、世界中で立ち上がった種の守り人たち。種は私たちにとって命そのもの。種子の多様性を守るために私たちのすべき選択とは?

第70回エミー賞ノミネート作品、世界47ヶ国で1,000回以上の上映会、200万人以上が視聴した話題作!6/29(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー。
監督:タガート・シーゲル、ジョン・ベッツ
配給:ユナイテッドピープル
2016年/アメリカ/94分

種の多様性が人類史上最速で失われようとしている今、世界のさまざまな場所で、その土地で受け継がれてきた種子を守ろうと、小さなシードバンクを作る人がいる。はたまた絶滅寸前の作物を求めて、世界中を旅するシードハンターがいる。この作品は、そんな人たちの活動や思いを描いたドキュメンタリー。第70回エミー賞にノミネートされ、18の映画賞を受賞。世界47カ国で1000回以上上映会が行われている。

その背景にあるのは、遺伝子組み換え作物の脅威。世界のあらゆる場所で、栽培上のトラブル、農家の経営破綻、近隣住民の健康被害などが起きている現実を突きつけられた。

遺伝子組み換えについては、賛否両論あるけれど、個人的には、作物そのものの安全性、それが他の作物に与える影響、セットで使われる農薬の環境への影響、種子と一緒に農薬と化学肥料も売り込まれるため、コストが割高となり農家の経営を圧迫する……複雑怪奇な問題が、きちんと解明されぬまま、世界中で栽培が進んでいる感がある。

とはいえ日本は遺伝子組み換え作物の輸入大国だ。「バイテク情報普及会」のHPによれば、その大部分が穀物で、コメの年間消費量の2倍に匹敵するという。トウモロコシは家畜の飼料や清涼飲料向けのコーンシロップに、大豆は醤油や味噌、豆腐、納豆などの原料となる大豆に、ナタネは食用油に欠かせないナタネに、そして衣類のコットンも……。

世界のどこかで誰かの暮らしや健康を脅威にさらしているかもしれない作物が、いつしか我々の日常に入り込んで、食生活を支えている。その事実を改めて認識すると、どこか後ろめたい気持ちになり、さりとてこの状況をいきなり変える有効な手立ても見あたらず……でも、このままじゃなんかイヤだ。そんな気持ちになる。


作品中、世界各地で種を採り続ける、種採り人が登場する


大切なのは、お金よりも種

今回、試写会を開いたのは「日本国際ボランティアセンター(JVC)」。ここで活動する渡辺直子さんは、ブラジルとモザンビークで日本が進めるODAの現地調査を行いながら、現地の農民たちの食文化や農業の営みを守ろうと何度も現地を訪れている。

中でもモザンビークでは、今年の月、大規模なサイクロンが発生して、表土が作物ごと流され、農具や種を失うなど、大きなダメージを受けた。JVCでは「種子と農具」の緊急支援を行うために、広く協力を求めている。

国際支援のエキスパートの渡辺さんが「種」の問題と向き合うきっかけは、現地の農業調査だった。

JVCで活動を続ける渡辺直子さん

同じトウモロコシでも、伝統種を栽培しているシャンデラさんは、種子を自前で更新しているので、種代はかからない。動力は牛とロバとトラクタ、肥料は牛糞とたい肥、農薬に灰や薬草を使う昔ながらの農法で、種子代も農業資材のコストもほぼゼロ。1haあたりの収穫量は4.9t。販売見込は117,600円、土の状態も改善されているという。

一方、食料増産援助を受けている、ガムラナさんの場合、ハイブリッドの種子を毎年購入して、化学肥料、殺虫剤、除草剤もすべて購入。なのに収穫量は、シャンデラさんより少ない4.2tで売上見込は75,600円、さらに経費が52,000円差し引かれ、土の状態も悪化している。

渡辺さんの調査結果。在来種とハイブリッド種の違いを検証

この結果はアジア、アフリカで展開されている家族経営の小規模農業に、大規模栽培を前提とした、ハイブリッド種(遺伝子組み換え種子も含む)、農薬、化学肥料、大型トラクタのセットが持ち込まれると、却って農家の経営を圧迫し、土まで悪化させてしまう。逆に昔ながらの種子と農法で、環境を循環させた方が、環境も経営も持続可能であることを物語っている。

国際支援を必要としている国に大型機械と農薬と種子をセットで売り込むことは、真の援助なのだろうか? ふたつのトウモロコシは、そう問いかけている。

渡辺さんのお話のなかで、興味深かったのは、

難民キャンプに避難した人は、みんな種を持って逃げるんです。

もし自分が、突然住処を追われ、逃げ惑い、明日をも知れぬ状況に陥ったら、何を持ち出すだろう? 現金? クレジットカード? 貴金属? スマホ? 仮想通貨? どれも食べられない。金融機関もATMも、あらゆるインフラが停止した混乱状態の中で、本当に追い詰められた時、私たちを救ってくれるのは、やはり命の源=「種」なのだろう。

何はなくても、とにかく家族を連れ、種を持って逃げる。たしかに種があれば避難先でそれを蒔いて育てられる。たくさん育てば家族や仲間と分かちあえる。種は「究極の財産」でもある。

日本で種子は、大部分が「買う」ものになっていて、そのほとんどが海外で採種されているので、プロの農家でも自家採種している人は少ない。けれど、家庭菜園の片隅で、「家族のために」ひっそりと作り続けられた作物は、たしかに今も存在している。


「在来作物」を守る人々

そして今、それが「在来作物」として農村以外の人たちの関心を集め、少しずつ広がりを見せている。その先進地が山形県。25年以上の歴史をもつ「山形在来作物研究会」があり、多種多様な在来作物が残され、調査研究も進んでいる。

また鶴岡市には、日本中から在来種や伝統種だけを集めて育てているオヤジ=山澤清さんが、在来野菜を使ったレストラン「土遊農」を営業中。「SEED」に登場する「種採りの翁」のような先達は、日本にもいるのだ。

「土遊農」の山澤さん。

日本中の在来種を育て、野菜だけのレストランも営業中

静岡県富士宮市周辺には、若手の有機栽培農家が多数存在していて、彼らはその地に根ざした地種をとても大事にしている。そんな中「富士山麓有機農家シードバンク」を設立。種子の収集と更新を行っている。去年、その勉強会に参加した時、みんなで種採りをした。莢からタネを取り出す作業は、根気がいる。だから一人でやるよりも、みんなで世間話をしながらワイワイやる方がずっと楽しい。

富士山麓有機シードバンクの人たちと行った、種採りの一コマ

でもって、私も福島県喜多方市の有機農家さんからいただいた「アオバコムギ」を、小さな市民農園に植えてみた。するとお茶碗一杯ほどの種子が採れた。少量なので、手で脱穀。莢から褐色の小麦が飛び出す瞬間がまた楽しい。

市民農園の片隅に植えた「アオバコムギ」を手で脱穀


身近にある種が直面している問題を考える

種採りは、昔から女性や年寄りの仕事だった。特別な機械やずば抜けた体力、大きな農地もいらない。その気になれば、誰もが庭やプランター、植木鉢でも始められる。

そして、この映画を観て改めて思うのは、種はとても美しい。それが発芽する様は、見る者の気持ちを高揚させる。

種の問題は世界規模で起きていて、あまりの複雑さと規模の大きさに、途方に暮れそうになるけれど、「自分の種がある」ことで、ちょっとだけ心が落ち着いていく。地種、家種、自種……そんな種たちは、「心のお守り」なのかもしれない。

世界中の誰にとっても身近で、かけがえのない存在であるはずの種子。その存在と、世界の種子が直面している問題に心を向けて考えよう。この映画は、見る人をそんな気持ちにさせてくれた。

渡辺さんが持ち帰ったトウモロコシ。左がハイブリッド。中と右が在来種。

南伊豆の有機農家にいただいた赤いそら豆。今年は自分で育てる予定

<参考URL>
映画『シード ~生命の糧~』公式サイト
遺伝子組換え作物・食品の正しい理解のために【バイテク情報普及会】
モザンビーク・サイクロン緊急支援 〜被災者の生活を取り戻すために〜
山形在来作物研究会
山形にある究極の野菜レストラン『土遊農』を再訪! | たびこふれ
富士山麓有機農家シードバンク Seed Bank - ホーム | Facebook

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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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