22歳で新規就農するまでに、いくつもの研修先で学んだこと【コラム・沖貴雄の「PDCA農業で稼ぐ!」 第2回】

水田に水が張られだし、カエルの声が大きい季節になってきましたね。広島県北西部に位置する安芸太田町で、合同会社穴ファームOKIを経営している沖貴雄です。

今回は、農業大学校を卒業したばかりの若者が就農するまでのことを書いていきます。就農は自分ひとりだけではできません。僕の場合、少し就農までの道のりが特殊かもしれません。農大の先生や自治体関係者など、周りの方々の多くの支援により実現していきました。

アルバイト先である久保農園の直売所にて販売の仕事も経験

卒論研究したイチゴで就農するつもりが……〜森永農園


農大卒業後、僕は卒論のテーマにしたイチゴ栽培で就農しようと考えていました。しかし「一年で約5、6回作付けでき、失敗してもやり直せる葉物野菜にした方が良い」というアドバイスを受け、まずは学生時代にバイトに行っていた、庄原市の森永農園にて研修を受けることにし、実践に入っていきました。

農大時代は葉物野菜には興味が無く、果菜類ばかりをしていたので葉物栽培をしていくなんて思ってもみませんでした。しかし研修時、同じ品質を安定的に、なおかつどれだけハウスを回転させられるかという奥深さにはまっていきました。

当時も今も、いつかはイチゴ栽培をしたいと思っていますが、現実には経営的に厳しい部分があり断念しています。チャンスが来れば挑戦したいです。

農大でも農作業実習はありますが、すべてが教科書通りでした。しかし現場では、教科書の応用や小さなコツばかりで、プロの技を目の当たりにすることがたくさんありました。同時に、教科書があるからこそ応用ができるという、農大で身につけられる基礎の大切さも学びました。

研修時の失敗とリカバリーが現在の糧に


研修先である森永農園でのほうれんそう播種
葉物野菜のハウス栽培では、ハウスをいかに効率よく回転させるかが重要です。決して失敗は許されませんが、実は経験さえあればリカバリーも可能になります。

ある時、播種を任せてもらったのですが、僕のミスにより発芽率が悪くなってしまいました。それを見てすぐに、“すき込み撒き直し”という指示が。生育期間が短い分、早い判断が必要だということを目の前で学ぶことになりました。この時の経験は就農時、土壌が悪く発芽率が悪かった時などに生かされていきます。

森永農園にいたのは1年3カ月と短い間でしたが、この研修を経て、就農に向けて基礎から土台が出来上がってきたように思います。

「営農計画はゴールではなくスタート」〜PDCA農業との出会い


さて、どのように就農の準備を進めていったかについて。実は学生時代に、当時の学校長に安芸太田町の職員さんとの面談の機会を作ってもらったことがありました。町としても就農の補助については検討していたのでしょう。そんなこともあったので校長先生に相談したところ、いろいろと担当者をつないでいただけました。

まずは、さまざまな支援を受けられる「認定就農者」制度の取得を目指すことになり、営農計画の作成がスタートしていきます。

当時、営農計画を見て下さった県の職員さんからは、「これがゴールではなく、計画が実際と比べてどうなのかを見直し、計画することが肝心だ」と言われました。当時はわかりませんでしたが、今思えばこれが「PDCA」でしたね!(笑)

生産から販売まで、失敗も成功も〜久保農園


その裏では、先生に「青年就農給付金 準備型(現・農業次世代人材投資資金)」の受給に向けて調整してもらっており、給付金の受給も9月からに決まりました。

そこから2カ月ほど時間が空いたので、今まで経験してこなかった農業を見るために、高冷地野菜の産地でバイトをすることにしました。おそらく広島以外の土地で農業に触れられる機会はこれが最後だろうと思ったためです。

農業求人サイトの「第一次産業ネット」(現・農業ジョブ!)で求人を探し、群馬県長野原町にある久保農園というところで、大規模な露地野菜の生産を体験しました。

久保農園のキャベツ畑
早朝からの収穫作業なのに初日は寝坊してしまうという失態をおかすのですが……。農大で取得した大型特殊免許(農耕車限定)がここで生きてくるとは思いませんでしたが、資格があるということで100馬力体のトラクターを運転させてもらい、毎日楽しく仲間たちと作業していました。

なにより、野菜が旨い! 食べるものすべてが衝撃で、中でもとうもろこしは畑で何本食べたことか(笑)。

自分の作るものに自信を持って売る社長がまぶしく見え、当時の僕には憧れの存在でもありました。「自分の作ったものは、自分で売らないと儲からない」──そんな社長の言葉を胸に、後半は直売所で販売の仕事もしていました。

すべてではありませんが、施設を用いた経営と露地栽培、そして直売所の経営を近くで見て、生産から販売まで多くの学びと経験を得られたことは、就農に向けての大きな糧となりました。ちなみに、現在も久保農園との関係は続いており、栽培方法などを教えてもらっています。

実地研修の裏で恩人が進めてくれた就農への準備


そんなひと夏のサマーバケーションを過ごしている間、広島では僕の就農に向けてのレールが着々と敷かれていました。翌年度には就農することになっていたので、予算取りなど多くのことが進んでいました。

そんなことも知らず、9月からはJA広島中央会の研修生として就農給付金を受給しながら、広島の小松菜を生産されている農園での研修がスタート。翌年から「“ひろしま活力農業”経営者育成研修」の研修生として、広島市の研修所で研修が始まります。実はこれも、先生のおかげでした。

安芸太田町の就農希望者として、広島市の施設(公益財団法人広島市農林水産振興センター)での研修生第1号になるというイレギュラーもありましたが、新しい枠組みでした。

さらに、ハウス建設に向け、行政、農協との協議を重ねながら進めていったのですが、ハウスの補助金である「経営体育成支援事業 融資主体型」について融資側と話をしておらず、いざハウスの見積もり等がそろってきた頃、農協融資課を交えて会議をした際に強いご指摘を頂いたのです。この時は先生と2人で怒られたように記憶していますが、担当者さんのご尽力により無事に融資が実行される運びになりました。

そして2014年(平成26年)9月に就農し、12月からハウス建設を自主施工。森永農園での研修の始めに、ハウスの建て替えと新規ハウスの建設をつきっきりで作業していたので、問題なくこなすことができました。農地は、1カ所は昔から我が家にて小作をしていた農地、もう1カ所は耕作放棄地になっていたところを父に地権者さんと交渉してもらい、借りることができました。

こうして、ハウス(7棟)1500㎡と露地2000㎡という規模で、ついに22歳の若造の農業経営が始まっていきます。

就農時ハウス建設中の写真

農大での学びと数々の研修で得た縁に支えられて


就農をすることは簡単ではなく、本人の技術、行政・農協等の支援、それをとりまく多くの人のご協力により実現します。特に私の場合は、農大時代の校長先生のご尽力が本当に大きく、そういった支援を受けられなければ、22歳という若さでの就農は大変厳しい道になったと思います。

また、研修でお世話になった先輩の農業者の方々からは、農業に対する考え方を学びました。思いは100人いれば100通りあるように個々で違いますが、出会ったすべての先輩たちが芯となる信念を持たれていました。その姿は輝いており、若い私はどの先輩にも憧れを抱いていきました。

就農当時、農業者として成功し、大きくなることが、私にできることと考えていました。「農業で恩返しをする」──その一心で営農を開始していくことになるのです。

そして、大きい農家になることで、「あいつはここで研修して、オレが教えたんだ」と胸を張って言っていただけるようになることが、恩返しと考えています。それが、農業を教えてくれたたくさんの先輩方に対する、私なりの一番の感謝の気持ちだと思っています。


合同会社穴ファームOKI
https://anafarm.hp.peraichi.com/oki
久保農園
https://www.kubo-group.com/store

【コラム】沖貴雄の「PDCA農業で稼ぐ!」
SHARE

最新の記事をFacebook・メールで
簡単に読むことが出来ます。

RANKING

WRITER LIST

  1. 槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
  2. 田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  3. さわちん
    2児の父。あるきっかけにより農業のイメージを変えたいと考え、16年間のサラリーマン生活にピリオドを打つことを決意。2020年春、家族で田舎に移住し、新規就農を目指す。自身が「移住×就農のモデルケース」となるために、いろんな方面へ向けて奮闘中。
  4. 福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  5. 窪田新之助
    農業ジャーナリスト。福岡県生まれ。日本経済新聞社が主催する農業とテクノロジーをテーマにしたグローバルイベント「AG/SUM(アグサム)」プロジェクトアドバイザー、ロボットビジネスを支援するNPO法人Robizyアドバイザー。著書に『日本発「ロボットAI農業」の凄い未来』『GDP 4%の日本農業は自動車産業を超える』(いずれも講談社)など。