【特集・中国農業のキーワード 第1回】14億の国民を支えるための中国農政の本気度

中国農業は、一経営体当たりの面積が小さく従事者が多い、GDPに占める比率が極めて少ないなど、日本と相通じる部分が多い。加えて農産物のブランド化、農村の観光化など、少なくない分野で日本がモデルにされている。

そこで今回から数回に渡って、中国の農業事情に精通している農業ライターの山口亮子氏が、日本と接点のある中国農業のキーワードを取り上げ解説していく。

写真:山口亮子

5年に一度の「基本計画」の見直しで露わになった日中農政の温度差

日本における農政の根幹をなす「食料・農業・農村基本計画(※1。以下、基本計画)」が、5年に一度の改定の時期を迎え、議論されている。

しかし、今後10年間の農業政策の方向を指し示す重要なものであるにもかかわらず、世間の関心は薄い。しかも、注目されるのは食料自給率の数字ばかり。基本計画で掲げてきた自給率の向上は、達成されるどころか、過去最低を更新するありさまだ。そんな状態で、まだ向上を掲げ続けることに、どれほど意味があるのだろう……。

3月10日に公表された基本計画(原案)をにらんでいて、脳裏に浮かんだのが中国の農業政策だ。

日本と中国の農業には共通点が多い。日本は一戸当たりの経営面積が狭く、北海道を除いた販売農家(※2)の経営耕地面積の平均は1.77ha(2019年)。中国はさらに輪をかけて狭く、0.64ha(2015年)に過ぎない。

中国の農業従事者は3億人いるとされ、2019年の農業就業人口(※3) が168万人の日本と比べると桁違いに多いものの、小規模農家が多く、労働生産性に課題を抱えるのは同じだ。

日中ともに、農業従事者が多いわりにGDPに占める割合は少ない。日本は2018年はGDP比1%。中国は改革開放政策の始まった1980年代は30%台もあった。都市が経済発展した分、取り残された農業のGDP比率は右肩下がりを続けており、2020年は6~8%台にとどまるのではないか。今後さらに下がると予想されている。


毎年年初に農業・農村対策を打ち出す中国

写真:山口亮子

中国には「三農問題」と呼ばれる深刻な課題がある。これは、(1)農業生産の低迷、(2)農家所得増の鈍化、(3)農村の疲弊──という農に絡んだ負の連鎖を指す。程度の差はあれ、日本でも言えることだ。

巨額の予算を投じることも共通で、日本は2020年度の農林水産関連の通常予算が2兆3109億円と決まったばかり。中国は1兆元(約15兆円。1元=約15円)を超す予算を三農問題の対策に投じるようになって久しい。

このように農政上の共通点は多い。しかし、基本計画の原案を見て思ったのは、農政に注がれるエネルギーが、中国の足元にも及ばないのではないかということだ。

中国農政の指針でもっとも有名なのが、「1号文件(文書)」だ。中国共産党中央が毎年年初に出す最初の文書のことで、その年の特に重要な政策決定を示す。このテーマを「農業」が長らく独占している。

2004年から農業や農村をテーマにしており、2020年も三農問題が取り上げられた。国土の5割強を占める農地をどう扱うか、14億人をどう養っていくか、都市と農村の格差をどう埋めるかということは、中国にとって最重要課題であり続けている。新年早々から国はこれだけ頑張っているとアピールする必要があるわけだ。


枝葉の議論ばかり注目される日本の「基本計画(原案)」

1号文件と日本の基本計画は、いずれも農業・農村が目指す姿とその方策を書いているから、共通点が多い。そうではあるが、両者の扱われ方は全く異なる。1号文件を実のある内容にし、掲げた目標はある程度達成しなければならないという、中国政府の焦燥感とプレッシャーは日本の比ではない。

日本の基本計画は、到底実現できそうにもない食料自給率の向上がいまだに大きく扱われており、マスコミの報道もここに集中している。問題をどう解決するかが重要なのに、指標うんぬんという些末な部分が大きく取り上げられるということは、それだけ農業と農村に余裕があるということなのか。

もちろん、中国の三農問題の深刻さは計り知れない。完璧な制度とめちゃくちゃな現場運用というのが古代以来の中国の実際だから、1号文件に書いてあることが必ず実現するわけではないし、末端まで浸透しているかというと疑問符が付く。

ただ、日本の農業と農村の実態も、十分深刻だ。農業の基本政策をおろそかにする余裕は、本来ないはずなのである。食料自給率の数字がいつまでも上がらないからといって、「食料国産率(※4)」なる新しい指標を作り出すことに相当な議論を割く──そんなゆとりはどこから来るのか。

基本計画では、農地面積や農業就業者数が現状のスピードで減らないように緩和策を打つとし、施策の効果があった場合の2020年の面積と人数の展望も掲載している。これについても、単なる数字遊びの印象を受ける。

中国はしばしば日本農業を手本にしてきた。ただ、政治家と官僚の農政への態度に関してはむしろ、日本が中国に学ぶべきではないだろうか。次回以降で紹介する。


※1 食料・農業・農村基本法に基づき、食料・農業・農村に関し、政府が中長期的に取り組むべき方針を定めたもの。概ね5年ごとに変更するとされる。
※2 経営耕地面積30a以上または農産物販売金額が年間50万円以上の農家
※3 15歳以上の農家世帯員のうち、調査期日前1年間に農業のみに従事した者又は農業と兼業の双方に従事したが、農業の従事日数の方が多い者をいう
※4 輸入飼料で育てた畜産物は「食料自給率」にカウントされない。それに対し、「食料国産率」は輸入飼料で育てた畜産物も国産として含む。農水省は、新指標の導入は畜産業界の努力を反映するためとしている。


食料・農業・農村基本計画原案|農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/kikaku/bukai/kikaku_0310.html

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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、九州某県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方で、韓国語を独学で習得する(韓国語能力試験6級取得)。2023年に独立し、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサル等を行う一方、自身も韓国農業資材を輸入するビジネスを準備中。HP:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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