中国でスマート農業が急拡大している背景【特集・中国農業のキーワード 第4回】
中国でスマート農業が広がりつつある。その速度は日本を優に上回っていると言っていいかもしれない。
中国のスマート農業の概要を押さえつつ、その拡大の背景にある規模拡大の流れを解説する。
中国メーカーの日本農業への関心は高い。国内最大の農業生産資材の展示商談会「農業Week 2019」ではスマート農業関連での中国メーカーの出展が目立った。(写真:山口亮子)
となっている。
1は、農産物の価格変動を抑制するため、品目ごとのビッグデータを集める動きがある。農業者の経営合理化のためのプラットフォームもある。2~4のいずれも、データプラットフォームがあってこそ効率が高まるので、割合が高いのは当然だろう。
2のドローンで使用面積が多いのは綿花。新疆の散布実績が多い。3は酪農や養豚のデータ収集による管理の精緻化を指す。4はロボットトラクターのほか、国内で開発された自律多機能ロボット「MY DONKEY」のように、1台にさまざまなアタッチメントを付けて運搬や農薬散布などを担わせるものもある。
このうち3は、国内では馴染みが薄いかもしれないが、北海道を中心に酪農でICTを活用した精密管理が広がりつつある。中国だとブタが有名で、アリババ、ネット通販大手の京東、ネット大手の網易(ネットイース)が養豚業における精密管理に乗り出している。
そんな中国におけるスマート農業の市場規模は、右肩上がりだ。
民間の予測によると、2020年にその潜在市場の規模は約268億元に達するとされる。仮に1元15円で換算すると、4020億円になる。なお、日本の場合、矢野経済研究所が2020年度の市場規模を約181億円と予測している。
中国の数字はあくまで潜在市場で、供給や情報の不足でここまでの市場規模にはならないので、単純な比較はできない。ただ、いかに期待が高まっているかが数字から読み取れる。
産業化するために大規模化、集約化、企業化などさまざまな方針を打ち出してきた。産地の形成や、流通ルートの整備といった日本ではとうの昔に実現したことも含まれる。
産業化の内容は、日本がやってきたこと、今やろうとしていることと大差ないと思ってもらっていい。零細農家が土地の所有(※)に執着し、他人に貸すことを渋るため、農地の集約が進みにくいところも日本と同じ。日中は実のところ、互いに学びあえる点が多い。
スマート農業が発展する素地を作ったのは、「農業の構造調整」による規模拡大だ。
具体的には、大規模と言えないまでも、家族農業に雇用労働者を加えた中規模の経営体が増えた。また、生産や販売で規模のメリットを発揮できるよう、農業者をまとめる組織「農民専業合作社」ができている。日本の農協に少し似ているが、特定の品目しか扱わないことが多い。「専業」とは専門の意味で、専門農協のようなものだ。
農作業を請け負う「コントラクター」(contractor)も増えた。コントラクターは、国内だと北海道で普及している農機と人を農家に派遣する組織で、収穫などの繁忙期の作業になくてはならない存在だ。中国はドローンを使った播種や農薬散布もコントラクターで請け負うようになっている。
こうして、一定の規模で効率的な作業をしたい経営体が増えた。集約化により個別に経営していた時より利益が増え、より性能の高い農機に投資する余裕も生まれている。もちろん、これは経営に失敗するところも少なく、うまくいった場合の話だ。
(※中国の土地はすべて国有であり、厳密には農家が所有するわけではない。ただ、実際の利用においては、ほとんど所有といっていい状態だ)
農業用ドローンの顧客層が日中で異なるのをご存じだろうか。
DJIやXAG(日本法人はXAIRCRAFTだったが、3月にXAG JAPANに改称)といった中国発のドローンメーカーは、日本でも農業用の機体を販売するまでになった。農業用ドローンによる総散布面積でトップのXAGが、日本でターゲットにするのは農家だ。
一方、中国でのターゲットはコントラクター。実績が豊富な新疆の綿花だけでなく、今春は各地で小麦と水稲のユーザーを掘り起こすべく、デモフライトを展開している。
コントラクターの中には、面積あたりいくらと価格を決め、ドローンによる農薬散布サービスをeコマースの「農村タオバオ」で売っているものもある(なお、農村タオバオは後日取り上げる)。
「農業Week 2019」で展示されたXAGのドローン。機体に水をかけて洗浄できるので、農薬が作業者につかず、安全だとアピールしている。同社のドローンの総散布面積は2019年時点で2200万ヘクタール以上(写真:SMART AGRI編集部)
とはいえ、XAGのドローンは、中国の市場において決して安くない。
最新モデルの現地価格は50万円を優に超える。中国の農民一人当たりの年収は20万円強だ。強気の値付けにもかかわらず、性能が評価され、顧客がついている。農家が趣味で買うレベルではなく、相当な面積を効率よく作業する必要があるからだろう。農業の構造調整が徐々に進んでいたからこそ、そこに適合するドローンという新たなツールが一気に広がった。
そして、スマート農業の普及の下地ができつつあったところに、政府の肝いりでさまざまな政策的支援がなされ、資金が投下された。スマート農業は「三農問題」という中国のアキレス腱とも言うべき難題を、緩和し得るからだ。
その結果、農業の分野で世界的に知られるオランダのワーヘニンゲン大学の一角が、中国人歓迎のために赤く染まるような事態になっているという。
巨大な富を生みうるものとして急成長するスマート農業の実例については、次回第5回で詳しく紹介する。
XAG JAPAN
http://www.xag.co.jp
中国のスマート農業の概要を押さえつつ、その拡大の背景にある規模拡大の流れを解説する。
中国メーカーの日本農業への関心は高い。国内最大の農業生産資材の展示商談会「農業Week 2019」ではスマート農業関連での中国メーカーの出展が目立った。(写真:山口亮子)
ネット大手が次々農業に参入
中国のスマート農業において、特によく使われるものは、多い順にとなっている。
1は、農産物の価格変動を抑制するため、品目ごとのビッグデータを集める動きがある。農業者の経営合理化のためのプラットフォームもある。2~4のいずれも、データプラットフォームがあってこそ効率が高まるので、割合が高いのは当然だろう。
2のドローンで使用面積が多いのは綿花。新疆の散布実績が多い。3は酪農や養豚のデータ収集による管理の精緻化を指す。4はロボットトラクターのほか、国内で開発された自律多機能ロボット「MY DONKEY」のように、1台にさまざまなアタッチメントを付けて運搬や農薬散布などを担わせるものもある。
このうち3は、国内では馴染みが薄いかもしれないが、北海道を中心に酪農でICTを活用した精密管理が広がりつつある。中国だとブタが有名で、アリババ、ネット通販大手の京東、ネット大手の網易(ネットイース)が養豚業における精密管理に乗り出している。
そんな中国におけるスマート農業の市場規模は、右肩上がりだ。
民間の予測によると、2020年にその潜在市場の規模は約268億元に達するとされる。仮に1元15円で換算すると、4020億円になる。なお、日本の場合、矢野経済研究所が2020年度の市場規模を約181億円と予測している。
中国の数字はあくまで潜在市場で、供給や情報の不足でここまでの市場規模にはならないので、単純な比較はできない。ただ、いかに期待が高まっているかが数字から読み取れる。
「農業の構造調整」による規模拡大が下地に
中国は零細な農家が多く、農業は他産業に比べ、労働生産性が低い。「農業生産の低迷」「農家所得増の鈍化」「農村の疲弊」──この三農問題の解決に中国共産党が血眼になっていることは、第1回で紹介した。その対策として、農業の産業化が叫ばれて久しい。産業化するために大規模化、集約化、企業化などさまざまな方針を打ち出してきた。産地の形成や、流通ルートの整備といった日本ではとうの昔に実現したことも含まれる。
産業化の内容は、日本がやってきたこと、今やろうとしていることと大差ないと思ってもらっていい。零細農家が土地の所有(※)に執着し、他人に貸すことを渋るため、農地の集約が進みにくいところも日本と同じ。日中は実のところ、互いに学びあえる点が多い。
スマート農業が発展する素地を作ったのは、「農業の構造調整」による規模拡大だ。
具体的には、大規模と言えないまでも、家族農業に雇用労働者を加えた中規模の経営体が増えた。また、生産や販売で規模のメリットを発揮できるよう、農業者をまとめる組織「農民専業合作社」ができている。日本の農協に少し似ているが、特定の品目しか扱わないことが多い。「専業」とは専門の意味で、専門農協のようなものだ。
農作業を請け負う「コントラクター」(contractor)も増えた。コントラクターは、国内だと北海道で普及している農機と人を農家に派遣する組織で、収穫などの繁忙期の作業になくてはならない存在だ。中国はドローンを使った播種や農薬散布もコントラクターで請け負うようになっている。
こうして、一定の規模で効率的な作業をしたい経営体が増えた。集約化により個別に経営していた時より利益が増え、より性能の高い農機に投資する余裕も生まれている。もちろん、これは経営に失敗するところも少なく、うまくいった場合の話だ。
(※中国の土地はすべて国有であり、厳密には農家が所有するわけではない。ただ、実際の利用においては、ほとんど所有といっていい状態だ)
農業用ドローンの顧客はコントラクター
そんなスマート農業の中で、中国を象徴するのはドローンだろう。その利用拡大には、やはり規模が関係している。農業用ドローンの顧客層が日中で異なるのをご存じだろうか。
DJIやXAG(日本法人はXAIRCRAFTだったが、3月にXAG JAPANに改称)といった中国発のドローンメーカーは、日本でも農業用の機体を販売するまでになった。農業用ドローンによる総散布面積でトップのXAGが、日本でターゲットにするのは農家だ。
一方、中国でのターゲットはコントラクター。実績が豊富な新疆の綿花だけでなく、今春は各地で小麦と水稲のユーザーを掘り起こすべく、デモフライトを展開している。
コントラクターの中には、面積あたりいくらと価格を決め、ドローンによる農薬散布サービスをeコマースの「農村タオバオ」で売っているものもある(なお、農村タオバオは後日取り上げる)。
「農業Week 2019」で展示されたXAGのドローン。機体に水をかけて洗浄できるので、農薬が作業者につかず、安全だとアピールしている。同社のドローンの総散布面積は2019年時点で2200万ヘクタール以上(写真:SMART AGRI編集部)
とはいえ、XAGのドローンは、中国の市場において決して安くない。
最新モデルの現地価格は50万円を優に超える。中国の農民一人当たりの年収は20万円強だ。強気の値付けにもかかわらず、性能が評価され、顧客がついている。農家が趣味で買うレベルではなく、相当な面積を効率よく作業する必要があるからだろう。農業の構造調整が徐々に進んでいたからこそ、そこに適合するドローンという新たなツールが一気に広がった。
そして、スマート農業の普及の下地ができつつあったところに、政府の肝いりでさまざまな政策的支援がなされ、資金が投下された。スマート農業は「三農問題」という中国のアキレス腱とも言うべき難題を、緩和し得るからだ。
その結果、農業の分野で世界的に知られるオランダのワーヘニンゲン大学の一角が、中国人歓迎のために赤く染まるような事態になっているという。
巨大な富を生みうるものとして急成長するスマート農業の実例については、次回第5回で詳しく紹介する。
XAG JAPAN
http://www.xag.co.jp
【特集】中国農業のキーワード
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