【特集・中国農業のキーワード 第2回】日本を手本にした中国版グリーンツーリズム「休閑農業」の現状
中国では、すさまじいスピードで農村の観光開発が進んでいる。農業の景観や資源を使って観光やレジャーを楽しむ「レジャー農業(休閑農業)」が一気に広がっているのだ。
農山漁村で自然・文化・人との交流を楽しむ、日本で言うところの「グリーンツーリズム」に近い。軽井沢をはじめとする日本の観光地や農村開発の手法が、参考にされてきた。
写真:山口亮子
こうしたもともとあったグリーンツーリズムに加え、ここ数年、新たな分野が開拓されている。週末に農場を訪れ、収穫体験やバーベキューを楽しむ。農家レストランで食事をする。いちご狩りやリンゴ狩り、茶摘みをする。観光用にさまざまな植物の栽培されたハウスを訪れる……。こうしたレジャー農業が「火爆(フオバオ、かなり勢いが盛んという意味)」と言われるほど人気になっているのだ。
都市化が進み、農的な体験を新鮮に感じる都市住民が増えたのも、人気が出た理由の一つ。ただ最大の理由は、官が旗を振っていることにある。その背景には、土地制度の維持という命題があるのだ。どういうことなのか。
都市化の進む中、多くの優良農地が商業施設や住宅地に転用されてきており、この流れは今後も続く。中国では食料安全保障の観点から、「18億畝(ムー、1畝は666.7平方メートルで、18億畝=120万平方キロメートル)の耕地のレッドライン」という死守すべきラインが設けられている。18億畝というのは、日本の国土面積の軽く3倍はある。
このレッドラインを死守するため、農地の際限のない転用は認められない。しかし、農村部の過疎化、高齢化、貧困は深刻で、農地面積当たりの収益を上げないことには農村を維持できなくなっている。その解決策の一つがレジャーと農業の融合で、農業を稼げる産業にし、農村を維持することなのだ。
そこで、国を挙げてレジャー農業を推進し、投資を奨励している。政府はその市場規模を今年中に7000億元にするとしている。仮に1元=約15円で換算すると、10兆5000億円にもなる。
猫も杓子もレジャー農業という状態で、農村景観を生かしたとは言い難い開発も少なくない。ロッジを建てたり、池を掘ったり、農村に大型レジャー施設を作ってみましたという、やりすぎ感のあるものもみられる。中国で観光開発というと、古い建築を破壊したうえで、古めいて見える建物を新たにつくるケースが多いのだ。
地方の役人は古いものの良さを理解しないし、壊して建てる方がGDPが上がるから、当然の結果ではある。景気のいいときに「開発=破壊」となるのはかつての日本もそうであり、あまり中国の文句ばかり言っていられないところもある。
農業と無縁の投資家が、風が吹いているからとレジャー農業に進出する例は多い。田舎に帰って起業することを政府が奨励していることもあって、Uターンでレジャー農業を始める人もいる。ただ、単によそのまねをして差別化ができず、事業に失敗する例も後を絶たない。
筆者自身も、農村の開発の調査に協力してほしいと中国の大学から打診されたことがある。ただ、中国では軽井沢ほど条件的に恵まれたようなところなど滅多にあろうはずがないのに、軽井沢ばかり参考にされていたり、「一村一品運動」が令和の現在のことのように語られたりと、出回る日本関連の情報にかなりバイアスがかかっている。
中国の省や市といった地方行政単位は、日本の自治体と友好関係を結んでいるところが少なくない。そういうつながりも活用して、農村の観光開発の成功例も失敗例も豊富にある日本の現状を、もう少し参考にしてもらいたいものだ。
なお、以下は中国・農業部(日本の農林水産省のような組織で、2018年に廃止。農業農村部をはじめとする新組織などに引き継がれた)の作成したレジャー農業の目的地を紹介するサイト。ここから任意の地域を選んで閲覧すれば、レジャー農業のイメージが付くかと思う。
休闲农业旅游(中国語サイト)
http://www.moa.gov.cn/ztzl/xxly/
農山漁村で自然・文化・人との交流を楽しむ、日本で言うところの「グリーンツーリズム」に近い。軽井沢をはじめとする日本の観光地や農村開発の手法が、参考にされてきた。
写真:山口亮子
官主導から「グリーンツーリズム」の人気が爆発
グリーンツーリズムは、海外なら例えばフランスのワイン醸造施設や貯蔵庫、ブドウ園が一体となったシャトーに泊まる、イタリアの農家に泊まる、イギリスの田園風景の美しいコッツウォルズを訪れるといった旅行がパッと思いつく。中国だと、外国人に馴染みがあるのは雲南省だ。果てしなく菜の花畑が広がる「羅平」に代表される、美しい農村景観を楽しもうと訪れる観光客は多い。こうしたもともとあったグリーンツーリズムに加え、ここ数年、新たな分野が開拓されている。週末に農場を訪れ、収穫体験やバーベキューを楽しむ。農家レストランで食事をする。いちご狩りやリンゴ狩り、茶摘みをする。観光用にさまざまな植物の栽培されたハウスを訪れる……。こうしたレジャー農業が「火爆(フオバオ、かなり勢いが盛んという意味)」と言われるほど人気になっているのだ。
都市化が進み、農的な体験を新鮮に感じる都市住民が増えたのも、人気が出た理由の一つ。ただ最大の理由は、官が旗を振っていることにある。その背景には、土地制度の維持という命題があるのだ。どういうことなのか。
農地のレッドライン死守の一手
中国の国土のほとんどは農村地域だ。日本もそうだが、農地は他の目的に使う「転用」が認められない限り、農地としてしか使うことができない。都市化の進む中、多くの優良農地が商業施設や住宅地に転用されてきており、この流れは今後も続く。中国では食料安全保障の観点から、「18億畝(ムー、1畝は666.7平方メートルで、18億畝=120万平方キロメートル)の耕地のレッドライン」という死守すべきラインが設けられている。18億畝というのは、日本の国土面積の軽く3倍はある。
このレッドラインを死守するため、農地の際限のない転用は認められない。しかし、農村部の過疎化、高齢化、貧困は深刻で、農地面積当たりの収益を上げないことには農村を維持できなくなっている。その解決策の一つがレジャーと農業の融合で、農業を稼げる産業にし、農村を維持することなのだ。
そこで、国を挙げてレジャー農業を推進し、投資を奨励している。政府はその市場規模を今年中に7000億元にするとしている。仮に1元=約15円で換算すると、10兆5000億円にもなる。
かつての日本を彷彿させる残念な開発も
写真:山口亮子猫も杓子もレジャー農業という状態で、農村景観を生かしたとは言い難い開発も少なくない。ロッジを建てたり、池を掘ったり、農村に大型レジャー施設を作ってみましたという、やりすぎ感のあるものもみられる。中国で観光開発というと、古い建築を破壊したうえで、古めいて見える建物を新たにつくるケースが多いのだ。
地方の役人は古いものの良さを理解しないし、壊して建てる方がGDPが上がるから、当然の結果ではある。景気のいいときに「開発=破壊」となるのはかつての日本もそうであり、あまり中国の文句ばかり言っていられないところもある。
農業と無縁の投資家が、風が吹いているからとレジャー農業に進出する例は多い。田舎に帰って起業することを政府が奨励していることもあって、Uターンでレジャー農業を始める人もいる。ただ、単によそのまねをして差別化ができず、事業に失敗する例も後を絶たない。
手本にされる日本の情報が陳腐なのが気がかり
そんな中国でしばしば手本にされているのが日本だ。中国のレジャー農業が始まったのはせいぜい1980年代のこと。それに比べ、日本の観光農園や観光牧場の歴史は古くノウハウもある。日本に学ぼうと、中国のレジャー農業の事業者が視察に訪れるということが、実際に起きている。筆者自身も、農村の開発の調査に協力してほしいと中国の大学から打診されたことがある。ただ、中国では軽井沢ほど条件的に恵まれたようなところなど滅多にあろうはずがないのに、軽井沢ばかり参考にされていたり、「一村一品運動」が令和の現在のことのように語られたりと、出回る日本関連の情報にかなりバイアスがかかっている。
中国の省や市といった地方行政単位は、日本の自治体と友好関係を結んでいるところが少なくない。そういうつながりも活用して、農村の観光開発の成功例も失敗例も豊富にある日本の現状を、もう少し参考にしてもらいたいものだ。
なお、以下は中国・農業部(日本の農林水産省のような組織で、2018年に廃止。農業農村部をはじめとする新組織などに引き継がれた)の作成したレジャー農業の目的地を紹介するサイト。ここから任意の地域を選んで閲覧すれば、レジャー農業のイメージが付くかと思う。
休闲农业旅游(中国語サイト)
http://www.moa.gov.cn/ztzl/xxly/
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