資本力と技術が駆動する中国発のスマート農業【特集・中国農業のキーワード 第5回】

中国でスマート農業が成長する素地を前回解説した。今回は、巨額の資本と技術に下支えされ、世界に進出するメーカーを紹介したい。

人工光型植物工場の技術開発と運営をする地方発のこのメーカーが、中国のスマート農業を象徴しているからだ。


ラスベガスに7000平米の植物工場

「サナ~ン・バイオ」

中華系から始まって白人や黒人のいかにもアメリカンな人々が異口同音にこう繰り返す。5月初旬、SNSのLinkedInを見ていて、この動画を前に固まってしまった。

「Happy International Worker’s Day to all the growers!(すべての栽培者にハッピー・メーデー!)」の文字。5月1日のメーデーを祝したものだ。

サナン・バイオ(SANANBIO)は人工光型植物工場の福建省発祥のメーカーだ。ラスベガスに7000平方メートルの植物工場を持つ。

動画には背景が植物工場の人も登場するけれども、いかにもアメリカという感じの街中や大自然の中で社名をつぶやく人が目立つ。アメリカに進出してここまでの企業になったという自負が、画面からにじみ出ていた。

サナン・バイオのプロモーション動画。栽培用の棚1セットを2人で30分あれば組み立てられると簡便性をアピールしている。(写真:山口亮子)

会社の中国名は福建省中科生物だ。中国に詳しい方なら「中科」の2文字にピンとくるかもしれない。

これは、科学技術分野での最高諮問機関である中国科学院を指す。同社は中国科学院植物研究所とLED光の技術を持つ福建三安グループが2015年に立ち上げた合弁会社なのだ。設立に4年の時間をかけ、総投資額は70億元(1元15円で換算すると1050億円)にのぼるという。

LED光を使った人工光型植物工場で、統合環境制御(=光、温度、湿度、養分、水分、二酸化炭素濃度などさまざまな環境因子を統合的に制御すること)システムを備え、栽培の自動化を進めている。中国で流通の川上から川下まで投資を拡大し地位を高めると同時に、海外に植物工場のシステムと技術面のフォローも含めたパッケージを輸出すると掲げる。

16年には習近平国家主席が北京で人工光型植物工場を視察し、大々的に報じられた。

これは、国として植物工場を重視することの表明だった。

サナン・バイオの設立はその前年で、植物工場の本格稼働は視察の2カ月後というタイミングだ。国策により大量の資金と技術が投下されており、失敗が許されない事業だといえる。


生産の9割を自動化

私が同社を知ったのは、国内最大の農業生産資材の展示商談会「農業Week 2019」でのことだ。

同社と、日本国内での代理店が出展していた。同社のシステムを使った植物工場がすでに国内で稼働していて、収支が釣り合い、利益を出すところまで来ているとのことだった。

人工光型植物工場も増えている。国内最大の農業生産資材の展示商談会「農業Week 2019」での福建省のメーカーSANANBIOの展示。LED技術を持つ企業グループが農業参入した(写真:山口亮子)

「播種から収穫までの作業の自動化ができます。収穫時は人が品質の検査をするので、生産の90%以上は自動化できます。私たちよりも高い程度の自動化のシステムをまだ見たことがないです」

普段はアモイのオフィスにいるという中国人社員が、商談の合間に日本語でこう説明してくれた。

福建省泉州にある16年から稼働する1万平米の植物工場は、2年で初期投資を回収し、利益を生んでいるという。なお、1万平米というのは、当時世界最大級の人工光型植物工場だったそうだ。

人工光型植物工場のネックは、初期投資の大きさだ。その点、同社のシステムは価格競争力が高く、初期投資を抑えられるうえに電気代も節約できると社員は胸を張った。植物工場に関心を持つ日本人が増えており、コストパフォーマンスの高い同社の製品を日本市場に広めたいということだ。

栽培するのはもともとは葉物野菜だった。今では食べられる花、エディブルフラワーを取り入れる。無農薬で栽培するエディブルフラワーは高級レストランで添え物として使われ、より高値で売れるからだ。

シンガポールでは、合弁会社を作って2万平米の巨大な植物工場を建設中だという。

黒字を生むためには、規模を大きくすること、そして収益率の高い品目を選ぶことだと社員は話していた。国内で成功している人工光型植物工場メーカーも、方針は同じだと感じる。


地方でも加熱するスマート農業

中国に「風口(フォンコウ)」という言葉がある。起業家の間で使われるスラングのようなもので、チャンスとか流行といった意味だ。

今、スマート農業は風口にほかならない。福建省は、純然たる地方だ。海外で凄まじい拡張を見せるメーカーがそんな場所から生まれることこそが、その風口ぶりを示している。

人工光型植物工場は、日中ともに成功例はまだほんの一握りに過ぎない。私自身は、太陽光を活用しない人工光型植物工場は否定的に見ている。

とはいえ、そこが日中ともに風口になっているのは間違いない。そして、サナン・バイオの社員が指摘するように、国産のシステムは初期投資が高くなりがちだ。同社の技術レベルについて、私は評価できない。ただ、そのシステムは代理店を介して国内で静かに広がるのではないかと感じている。


2016年に人工光型植物工場を習近平主席が視察するようす(CCTV)
http://news.cctv.com/2016/06/03/VIDE3Kstt8XhwVudqX4SA3Hq160603.shtml

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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. さとうまちこ
    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
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    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
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    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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