超強力品種「ゆめちから」の登場と、国産小麦の復権【コメより小麦の時代へ 第3回】
戦後、日本人の主食の比重はコメから小麦へと移っていった。特に消費が伸びたのはパンや中華麺。しかし、国産小麦に占めるそれらの割合は著しく低かった。
それが過去20年でじわりと高まっている。麦の自給を進めるにはこれらの需要に応える硬質小麦の増産がまずもって欠かせない。
そこで今回はその品種改良の歴史について、特に超強力小麦「ゆめちから」とその後継品種の育成に力点を置いて概観する。
国産小麦の主力は圧倒的に中力品種である。なぜか。答えは単純だ。かつての日本人にとって小麦の加工品といえば、中力粉を原料とするうどんやそうめん、お好み焼きなどの「粉もん」だったから。
前回までに説明した通り、強力粉や準強力粉を原料とするパンや中華麺を日常的に食べるようになったのは戦後。しかも外麦に依存する産業構造が出来上がっていったので、あえて強力粉になる品種を国内で開発する動機がなかったわけだ。
それが過去20年ほどで変わりつつある。小麦の作付け面積に占める強力粉と準強力粉の合計の割合をみていくと、1998年(平成11年)に3%だったのが2018年(平成30年)には23%にまで上がっている。
これは、品種改良が進んだためだ。これらの作付けを後押しする政策が始まったのは2011年。パン用と中華麺用の小麦を作付けする場合、畑作物の直接支払交付金で加算措置が付くようになった。
ただ、以上の話は前段に過ぎない。2012年、日本の小麦の歴史を一新する品種の北海道での普及が始まる。
タンパク質の含有量が強力品種のさらに上をいく超強力品種と評される「ゆめちから」だ。本連載で何度も紹介するように、この秋まき品種の登場が、パンや中華麺の製造業者が国産小麦を使う動きに大きくつながっていく。
この品種改良は次のような発想で始まった。
超強力粉を中力粉と混ぜれば強力粉になるのではないか──。
この発想は当時の日本のパン業界では前代未聞と言えた。思いついたのは、当時は北海道農業研究センターで食品加工を担当していた、帯広畜産大学生命・食料科学研究部門の山内宏昭教授(工学博士)。
このパンの専門家によると、それ以前に同じ発想を打ち出した学術論文としてはカナダに1本だけ。強力粉ではなく超強力小麦を中力粉に混ぜれば、製パン適性が高まる可能性について触れていた。ただし、山内教授によれば、「掲載先はローカルジャーナル。しかもそこにちょこっと出ていたくらい」。
ここで付け加えると、この学術論文の存在を初めて知ったのは先の着想を得た後。すでにカナダの超強力小麦と国産の中力品種を混ぜて製パンの適性を試していた。結果、「生地のミキシングを十分長く行えば、パンが非常に膨らんだので、これはいけると思った」。
読者の中にはこう思われる方もいるかもしれない。「カナダの超強力小麦の品種についてその種子を日本で増やして、北海道で広めればいいではないか」と。
その点について山内教授は、「外国産の品種は日本の気象や土壌に合わず、ろくに取れないので、日本で品種改良しなければいけないんです」と説明する。
山内宏昭(左)と高田兼則特任教授(右)
そこで声をかけたのは、同じく当時は北海道農業研究センターで小麦の育種に携わっていた、いまはまた山内教授と同じく帯広畜産大学生命・食料科学研究部門に在職する高田兼則特任教授(農学)。この育種の専門家はすぐさま品種改良のプログラムに超強力品種を組み入れた。
では、パン業界の期待を大いに背負って品種改良が始まったかと思いきや、まるでそんなことはなかったそうだ。
理由の一つは、北海道向けの品種改良で長年にわたって実績を挙げてきたのは道立の北見農業試験場だったこと。「チホクコムギ」「ホクシン」「きたほなみ」などはいずれもここで生まれている。対して北農研は、道内に普及した品種を持っていなかった。
というのも前回紹介した「国産小麦の安楽死の時代」に突入していた時代の1969年に、北農研では育種の研究が中止となったからだ。1982年に再開されるまでそれは続く。高田特任教授は「だから当時、我々の北農研は育種でまったく注目されていなかった。ただ、それでかえって気楽に品種改良に臨めました」と苦笑する。
そもそも超強力品種を作るということ自体が「異端児扱い」だったそうだ。なぜなら当時は秋まきの強力品種がなく、その開発に取り掛かっていたところ。
「それさえも当時は無理という雰囲気の中」(高田特任教授)で、その上をいく超強力品種の開発など無理と思う雰囲気があったという。その理由は母本がないことにある。
通常、優良な品種を作り出すには優良な特性を持つ母本が必要になる。対して秋まきで、しかも超強力品種の小麦はそもそも国内に存在しない。
それにもかかわらず高田特任教授や後任の研究者らは1995年に交配を開始してからわずか11年で「北海261号」、後の「ゆめちから」を作り上げる。アメリカの超強力品種の血を入れたのだ。
農研機構や製パン業者が試しにパンを作ってみると、しっとりとしたおいしいパンに仕上がった。しかもブレンドする割合や製法を変えれば、色々な特徴のパンが作れることもわかった。
栽培では北海道で秋に種をまけば、蒸し暑くなる前の7月に刈り取れる。このため道内では一気に広がり、品種別の作付面積は2017年産で1万3700haに及んでいる。ここまで広がったのは次回紹介するように、「超熟」で知られる製パン大手の敷島製パン株式会社が大量に使うことになったこと抜きには語れない。
ここで、再び図1を見ていただきたい。「ゆめちから」が誕生してから少しずつではあるが、パン用や中華麺用の小麦が各地方で登場し、広がってきたことがわかる。
各地方の今後に注目する必要がある中、なにより気になるのは国産小麦の7割を占める北海道での動きだ。課題は「ゆめちから」の後継品種である。
これに関しては2020年に入り注目すべき動きが二つあった。一つは「みのりのちから」、もう一つは「ゆめちから2020」だ。
まずは、コラムで以前紹介した、北農研が過去に育成した「ゆめちから」の血を持つ超強力品種「みのりのちから」について。北海道の十勝地方に拠点を置く国内最大の事業協同組合のチホク会が北海道産「みのりのちから」を産地品種銘柄にするよう農林水産省に申請し、3月末に認可された。チホク会の過去の栽培試験では収量が「ゆめちから」より10%多かったほか、栽培上問題になっている縞委縮病に強い。北海道では作付け面積が伸び悩む中、とりあえずはこの品種を普及することで生産量を増やすことが期待できる。
「ゆめちから2020」もまた名前の通り、「ゆめちから」の血を引く品種として北農研が育成した。狙ったのは穂発芽への強さだ。穂発芽とは畑で小麦が成熟している時期に長雨により穂から芽が出てしまう現象。穂発芽の穀粒が多く混じるほど、その小麦粉でつくるパンは膨らまなくなる。
梅雨がないと言われてきた北海道でも気候変動の影響なのか、近年は6、7月の雨量が多くなることが珍しくはなくなった。例えば2016年には北海道に台風がたびたび来襲した。この年は穂発芽が蔓延して品質は惨憺たる結果となり、ある農協では収穫物を荷受けするやいなや、堆肥置き場に直行したという。堆肥の原料にしかならなかったのだという。
その穂発芽に強い「2020」は、作り手の農家にとってはありがたい品種である。しかし、2020年になっていよいよ世に出そうという時、落とし穴が待っていた。食味が芳しくないと評価されたのだ。「2020」でパンを作ると、「サクサク」した食感のパンになってしまった。「ゆめちから」を使ったパンが世に出てから、世間では「もちもち」した食感が好まれるようになっていた。「『ゆめちから』の最大の実需者である敷島製パンでは『2020』については賛否両論で意見が割れたと聞いています。ただ、直接的には製粉しにくさが製粉業界から指摘され、生産しても買ってもらえないという懸念がありましたので、『2020』をデビューさせるのはあきらめることになりました」
ということで引き続き「ゆめちから」の後継品種の育成は課題である。ただ、心強いのは「もちもち」という食感を出す小麦の遺伝子が解析されているという事実があること。さらに穂発芽を発生させないために必要となる遺伝子も突き止められている。
育種に当たって大事な特性はほかに二つある。一つは、「ゆめちから」の穂の先端に付く刺のような芒(のげ)をなくす特性。芒はコンバインの中でたまると、詰まって機械故障の原因となるため、定期的に掃除をしなければいけない。ただ、細かく砕かれた芒は、掃除している最中に作業者の衣服に入り込み、チクチクと皮膚を刺激するので厄介だ。
もう一つは赤かび病への抵抗性。既述の通り、北海道はこの病気が発生する原因となる開花期の長雨が頻発するようになった。
厄介なことがある。「品種改良に当たって穂発芽や赤かび病への耐性や抵抗性を付けたりすると、収量が落ちることがわかってきました」というのだ。ただ、八田グループ長は希望を持っている。「『2020』では穂発芽への耐性と収量の確保を兼ね備えることはできたんです。次はそうした特性を持ちながら、もちもち感の出せる品種を育成したいですね」
強力粉は食品加工の業界から最も求められながら、すでに述べた通り。その品種改良の歴史は始まったばかりである。その歴史のページが次々に塗り替えられていくことを期待したい。
麦をめぐる最近の動向について - 農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/attach/pdf/mugi_kanren-12.pdf
それが過去20年でじわりと高まっている。麦の自給を進めるにはこれらの需要に応える硬質小麦の増産がまずもって欠かせない。
そこで今回はその品種改良の歴史について、特に超強力小麦「ゆめちから」とその後継品種の育成に力点を置いて概観する。
増産を促したパン・中華麺用の交付金
国産小麦の主力は圧倒的に中力品種である。なぜか。答えは単純だ。かつての日本人にとって小麦の加工品といえば、中力粉を原料とするうどんやそうめん、お好み焼きなどの「粉もん」だったから。
前回までに説明した通り、強力粉や準強力粉を原料とするパンや中華麺を日常的に食べるようになったのは戦後。しかも外麦に依存する産業構造が出来上がっていったので、あえて強力粉になる品種を国内で開発する動機がなかったわけだ。
それが過去20年ほどで変わりつつある。小麦の作付け面積に占める強力粉と準強力粉の合計の割合をみていくと、1998年(平成11年)に3%だったのが2018年(平成30年)には23%にまで上がっている。
これは、品種改良が進んだためだ。これらの作付けを後押しする政策が始まったのは2011年。パン用と中華麺用の小麦を作付けする場合、畑作物の直接支払交付金で加算措置が付くようになった。
超強力品種「ゆめちから」の登場
ただ、以上の話は前段に過ぎない。2012年、日本の小麦の歴史を一新する品種の北海道での普及が始まる。
タンパク質の含有量が強力品種のさらに上をいく超強力品種と評される「ゆめちから」だ。本連載で何度も紹介するように、この秋まき品種の登場が、パンや中華麺の製造業者が国産小麦を使う動きに大きくつながっていく。
この品種改良は次のような発想で始まった。
超強力粉を中力粉と混ぜれば強力粉になるのではないか──。
この発想は当時の日本のパン業界では前代未聞と言えた。思いついたのは、当時は北海道農業研究センターで食品加工を担当していた、帯広畜産大学生命・食料科学研究部門の山内宏昭教授(工学博士)。
このパンの専門家によると、それ以前に同じ発想を打ち出した学術論文としてはカナダに1本だけ。強力粉ではなく超強力小麦を中力粉に混ぜれば、製パン適性が高まる可能性について触れていた。ただし、山内教授によれば、「掲載先はローカルジャーナル。しかもそこにちょこっと出ていたくらい」。
ここで付け加えると、この学術論文の存在を初めて知ったのは先の着想を得た後。すでにカナダの超強力小麦と国産の中力品種を混ぜて製パンの適性を試していた。結果、「生地のミキシングを十分長く行えば、パンが非常に膨らんだので、これはいけると思った」。
読者の中にはこう思われる方もいるかもしれない。「カナダの超強力小麦の品種についてその種子を日本で増やして、北海道で広めればいいではないか」と。
その点について山内教授は、「外国産の品種は日本の気象や土壌に合わず、ろくに取れないので、日本で品種改良しなければいけないんです」と説明する。
期待されなかった北農研の小麦の品種改良
山内宏昭(左)と高田兼則特任教授(右)
そこで声をかけたのは、同じく当時は北海道農業研究センターで小麦の育種に携わっていた、いまはまた山内教授と同じく帯広畜産大学生命・食料科学研究部門に在職する高田兼則特任教授(農学)。この育種の専門家はすぐさま品種改良のプログラムに超強力品種を組み入れた。
では、パン業界の期待を大いに背負って品種改良が始まったかと思いきや、まるでそんなことはなかったそうだ。
理由の一つは、北海道向けの品種改良で長年にわたって実績を挙げてきたのは道立の北見農業試験場だったこと。「チホクコムギ」「ホクシン」「きたほなみ」などはいずれもここで生まれている。対して北農研は、道内に普及した品種を持っていなかった。
というのも前回紹介した「国産小麦の安楽死の時代」に突入していた時代の1969年に、北農研では育種の研究が中止となったからだ。1982年に再開されるまでそれは続く。高田特任教授は「だから当時、我々の北農研は育種でまったく注目されていなかった。ただ、それでかえって気楽に品種改良に臨めました」と苦笑する。
そもそも超強力品種を作るということ自体が「異端児扱い」だったそうだ。なぜなら当時は秋まきの強力品種がなく、その開発に取り掛かっていたところ。
「それさえも当時は無理という雰囲気の中」(高田特任教授)で、その上をいく超強力品種の開発など無理と思う雰囲気があったという。その理由は母本がないことにある。
通常、優良な品種を作り出すには優良な特性を持つ母本が必要になる。対して秋まきで、しかも超強力品種の小麦はそもそも国内に存在しない。
それにもかかわらず高田特任教授や後任の研究者らは1995年に交配を開始してからわずか11年で「北海261号」、後の「ゆめちから」を作り上げる。アメリカの超強力品種の血を入れたのだ。
農研機構や製パン業者が試しにパンを作ってみると、しっとりとしたおいしいパンに仕上がった。しかもブレンドする割合や製法を変えれば、色々な特徴のパンが作れることもわかった。
栽培では北海道で秋に種をまけば、蒸し暑くなる前の7月に刈り取れる。このため道内では一気に広がり、品種別の作付面積は2017年産で1万3700haに及んでいる。ここまで広がったのは次回紹介するように、「超熟」で知られる製パン大手の敷島製パン株式会社が大量に使うことになったこと抜きには語れない。
増える強力品種
ここで、再び図1を見ていただきたい。「ゆめちから」が誕生してから少しずつではあるが、パン用や中華麺用の小麦が各地方で登場し、広がってきたことがわかる。
各地方の今後に注目する必要がある中、なにより気になるのは国産小麦の7割を占める北海道での動きだ。課題は「ゆめちから」の後継品種である。
これに関しては2020年に入り注目すべき動きが二つあった。一つは「みのりのちから」、もう一つは「ゆめちから2020」だ。
まずは、コラムで以前紹介した、北農研が過去に育成した「ゆめちから」の血を持つ超強力品種「みのりのちから」について。北海道の十勝地方に拠点を置く国内最大の事業協同組合のチホク会が北海道産「みのりのちから」を産地品種銘柄にするよう農林水産省に申請し、3月末に認可された。チホク会の過去の栽培試験では収量が「ゆめちから」より10%多かったほか、栽培上問題になっている縞委縮病に強い。北海道では作付け面積が伸び悩む中、とりあえずはこの品種を普及することで生産量を増やすことが期待できる。
「ゆめちから2020」もまた名前の通り、「ゆめちから」の血を引く品種として北農研が育成した。狙ったのは穂発芽への強さだ。穂発芽とは畑で小麦が成熟している時期に長雨により穂から芽が出てしまう現象。穂発芽の穀粒が多く混じるほど、その小麦粉でつくるパンは膨らまなくなる。
梅雨がないと言われてきた北海道でも気候変動の影響なのか、近年は6、7月の雨量が多くなることが珍しくはなくなった。例えば2016年には北海道に台風がたびたび来襲した。この年は穂発芽が蔓延して品質は惨憺たる結果となり、ある農協では収穫物を荷受けするやいなや、堆肥置き場に直行したという。堆肥の原料にしかならなかったのだという。
その穂発芽に強い「2020」は、作り手の農家にとってはありがたい品種である。しかし、2020年になっていよいよ世に出そうという時、落とし穴が待っていた。食味が芳しくないと評価されたのだ。「2020」でパンを作ると、「サクサク」した食感のパンになってしまった。「ゆめちから」を使ったパンが世に出てから、世間では「もちもち」した食感が好まれるようになっていた。「『ゆめちから』の最大の実需者である敷島製パンでは『2020』については賛否両論で意見が割れたと聞いています。ただ、直接的には製粉しにくさが製粉業界から指摘され、生産しても買ってもらえないという懸念がありましたので、『2020』をデビューさせるのはあきらめることになりました」
ということで引き続き「ゆめちから」の後継品種の育成は課題である。ただ、心強いのは「もちもち」という食感を出す小麦の遺伝子が解析されているという事実があること。さらに穂発芽を発生させないために必要となる遺伝子も突き止められている。
育種に当たって大事な特性はほかに二つある。一つは、「ゆめちから」の穂の先端に付く刺のような芒(のげ)をなくす特性。芒はコンバインの中でたまると、詰まって機械故障の原因となるため、定期的に掃除をしなければいけない。ただ、細かく砕かれた芒は、掃除している最中に作業者の衣服に入り込み、チクチクと皮膚を刺激するので厄介だ。
もう一つは赤かび病への抵抗性。既述の通り、北海道はこの病気が発生する原因となる開花期の長雨が頻発するようになった。
厄介なことがある。「品種改良に当たって穂発芽や赤かび病への耐性や抵抗性を付けたりすると、収量が落ちることがわかってきました」というのだ。ただ、八田グループ長は希望を持っている。「『2020』では穂発芽への耐性と収量の確保を兼ね備えることはできたんです。次はそうした特性を持ちながら、もちもち感の出せる品種を育成したいですね」
強力粉は食品加工の業界から最も求められながら、すでに述べた通り。その品種改良の歴史は始まったばかりである。その歴史のページが次々に塗り替えられていくことを期待したい。
麦をめぐる最近の動向について - 農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/attach/pdf/mugi_kanren-12.pdf
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