コメから小麦への切替で所得が3倍に【コメより小麦の時代へ 第7回】
2019年末、滋賀県近江八幡市で水田220haを経営するイカリファームの代表である井狩篤士さんが電話の向こうで発したひとことに驚いてしまった。
「コメを止めて小麦一本でいこうかとまで思ってるんですよ」
水田で小麦だけ作るなんて府県では聞いたことはない。コメよりも小麦の方が儲かるので、作付面積の比重を切り替えていくのだという。すでに小麦の乾燥調製施設まで建ててしまったというから本気だ。
発言の意図を確かめるために、滋賀県に向かった。
「ニラみたいな色でしょ」
井狩さんが例えたように、イカリファームの事務所付近に広がる水田転換畑で生えていた小麦の茎や葉は、確かにニラのように濃い緑色をしている。
これは本連載で何度も紹介した超強力系の「ゆめちから」。中力粉と混ぜることで、パン用の強力粉として使える画期的な品種だ。北海道向けに開発されたはずなのに、そこから1000Km以上も南に位置するこの地でも作れることがまず意外であった。
北海道向けに開発されたため、「滋賀県で作ると初期成育が遅く、最初の年は失敗したと感じてしまう」。しかし、それでも心配ない。「あとからの追い上げがすごくて、こんなに濃い緑色になっていく。たんぱくを蓄える力を持っていることがわかります」と井狩さん。
「ゆめちから」を作り始めて8年目。実感しているのは「とにかく栽培しやすさ」だ。
強力品種は、中力品種や薄力品種よりもタンパク値の基準値が高く設定されている。基準値に達するには他の品種よりも肥料を多く入れなければならない。しかし、他の品種だと肥料を入れ過ぎれば、徒長して倒伏してしまう恐れがある。
一方、「ゆめちから」はそんな心配がないという。
たとえばかつて全国の主力品種だった「農林61号」に投じる肥料の量の2.5倍をまいても「倒伏しない」とのこと。幼穂が春先の低温にあたることで、その後に開花しなかったり枯れたりする凍霜害にも遭いにくく、そのおかげもあって収量が並みではない。
2019年産の実績でいうと、強力品種で製パン適性の高い「ミナミノカオリ」が520kg。「ゆめちから」はさらにその上をいく540kg。品種を問わず小麦の平均収量は、北海道を除く都府県では307kg、滋賀県では271kgなので、この数字がいかに高いかがわかる。
井狩さんは「品種としてのポテンシャルが半端ない」と評価する。
「ゆめちから」を作るようになったきっかけは、学校給食向けにパンを提供する丸栄製パン株式会社からの依頼だった。
長浜市に本社があるこの製パン業者は、県産小麦だけのパンを学校給食などで提供すべく、複数の品種を試してきた。県内では中力品種は普及しているものの、それだけではパンにならない。そこで添加剤としての「ゆめちから」がどうしても必要だった。
しかし、県内で「ゆめちから」を栽培している農家はいなかった。そこで「経営者が若くてやる気のある大規模農業法人」ということで声をかけられたのが、イカリファームだったのだ。
両品種を合わせた2019年産の作付面積は66ha。このうち10haは「ミナミノカオリ」で、残りはすべて「ゆめちから」だ。共に例のオレンジ色の施設で乾燥調製をする。
国が義務付けている燻蒸処理だけは、「毒物劇物取扱責任者」の有資格者が社内にいないので、JAに委託している。燻蒸処理を終えた後はすべて丸栄製パンに納品する。
その流通や加工については後編で触れるとして、本編では水田農業経営において超強力品種が持つ価値について説いていきたい。
イカリファームを訪問するのは5年ぶりだ。前回と明らかに変わっているのは、井狩さんに妻と子どもができたこと。もう一つは事務所とその付近の風景が一変したこと。
事務所は一新して、外装がオレンジ色と派手になっている。
そのすぐそばに建つ小麦の乾燥調製施設も前回は存在しなかった。こちらもオレンジ色である。この色を提案したのは妻の史子さん。結婚するまでは農業や農村とは無縁ともいえる人生を過ごしてきた。元小学校教員で、いまはイカリファームの役員である。
オレンジ色を選んだ理由を尋ねると、「だって、事務所や納屋って一番の広告塔じゃないですか」とずばり。
「私からしたら、農家の事務所や納屋がどこも地味なのが不思議でした。オレンジ色は膨張色なんで目に刺さるんですよ」
大手企業の役員だった父に幼少の頃から言いつけられてきたのは、「『なぜ』を3回繰り返すこと」。つまり常識をしつこく疑ってみる。そんな姿勢が身に付いた史子さんは、会社のあり方にも新鮮な目線でアイデアや疑問を提示してくるという。
このままイカリファームにおける史子さんの話を続けても面白いが、今回は小麦がテーマなのでまたの機会にしたい。
それにしても、たしかにこの「目に刺さる」という「広告塔」は、イカリファームがこれから地域を巻き込んでかなえようとする、ある夢を周囲に喧伝するには十分な存在感を放っている。
その夢とは、井狩さんいわく「滋賀県を小麦王国にすること」。
県産小麦を増産していき、県内で自給圏をつくるのだ。水田農業を変革するという意味で大いに期待したい夢である。
その実現のために欠かせないのは、周囲の農家にも小麦を作ってもらい、生産量を増やすこと。それには何より小麦を生産することが儲かるということを、先頭切って自ら示すよりほかない。それは実際に生産から集荷、販売までを一貫してやることで確かめられた。
井狩さんいわく、「単位面積当たりの所得はコメの3倍になる」というからすごい。
理由の一つは、「ゆめちから」の収量の高さにある。県内で普及している他の品種と比べて、10a当たりの収量が高いことはすでに述べた。収量が高ければ、販売数量が上がるだけではない。
「畑作物の直接支払交付金」には「数量払い」と「面積払い」がある。このうち水田で作付けした場合でも対象になる「数量払い」は、文字通り取れるほどに交付金が増えていく。
もう一つは、超強力品種をはじめ、パン用と中華麺用の小麦を作付けする場合、畑作物の直接支払交付金で加算措置が付く。2011年に始まったこの制度の改正については、本連載の1回目でも触れている。
しかし、交付金を受けるには滋賀県産の「ゆめちから」が産地品種銘柄の指定を受ける必要がある。井狩さんは3年かけて栽培試験をして生育に関するデータを集めた。それを基に、農林水産省に産地品種銘柄を申請して審査を通過した。
「滋賀県を小麦王国にしたい」というだけに並々ならぬ意気込みである。
交付金に関して以上の点までなら、北海道の畑作地帯で生産するのと変わりない。違うのはイカリファームのように水田転換畑で作付けする場合、「水田活用の直接支払交付金」の対象となり、転作するごとに10a当たり3万5000円が付くということ。
それは他の水田農業の経営体も同じ条件である。
イカリファームがさらに違うのは、小麦の乾燥調製施設を運営している点だ。JAに委託した場合に生じる乾燥調製料や手数料を省くことができる。
以上を積み重ねることで、「所得は米の3倍になる」という結果を生み出せるのだ。一つの農業法人で小麦の乾燥調製施設を所有しているのは全国を見渡してもイカリファームだけではないか。
井狩さんはいま、「ゆめちから」には需要があり、コメや小麦の他の品種を作るよりも儲かることを触れ回っている。周囲の農家は最初こそ半信半疑だったものの、ここにきて関心を示すようになってきた。
2020年産ではイカリファーム以外では初めて作付けをする農家も出ることになった。収穫物はイカリファームで集荷して乾燥調製まで請け負っていく。
イカリファームの乾燥調製施設の取り扱い量は920t。このうち280tがイカリファームの分。残りは周囲の農家から「ミナミノカオリ」を集荷してきたという実績はある。
7基ある乾燥調製施設の総容量は560石。ただし、これはあくまでも現状。敷地面積を一切広げずに1400石にまで拡大できるという。取るべき方法は二つだ。
一つはすでに設置している7基の乾燥機のかさを天井近くまで上げていき、1基の最大容量を増やす。これで700石になる。
もう一つは乾燥機をもう7基入れて倍にする。そのために、現状は乾燥機や貯蔵庫などはかなりゆったりと並べてある。14基となったときは、乾燥機を千鳥格子状に並べることで、限られた空間に最も多く入るようにする。
さらに乾燥調製施設の道を挟んだ向かいの土地を買い取り、貯蔵施設を建てる予定だ。乾燥調製施設にある貯蔵機能はそちらにすべて移す。
以上について史子さんは初耳だったようで、「最初からそんなこと考えてたん?」とびっくりした様子。「考えてた、考えてた」と自信満々に繰り返す井狩さんに、「すごいですね」と言って笑い出した。
他にも、イカリファームの乾燥調製施設には特筆すべき箇所は多数ある。そもそもメーカーが提案するままの設計をそのまま受け入れていない。「コストパフォーマンスの最大化と拡張性」というテーマで独自のラインを構築した、夢が広がっても、鷹揚に抱擁できるだけのアイデアが詰まった施設なのである。
国産小麦の自給率を上げることを考えた場合、北海道の関係者に聞く限り、現時点では道内での大幅な増産は期待できない。他の畑作3品目との作付面積や労働力などとの兼ね合いがあるからだ。
そうであれば増産に向けて目を向けるべきは府県である。イカリファームの取り組みを他でも参考にしてもらいたい。
それには当然ながら超えるべき壁はいくつもある。その壁について、ここでは一つだけ触れておきたい。
農家が自ら乾燥調製施設を運営する際に面倒となるのは小麦の荷受けが一時期に集中することだ。2019年までは、井狩さんがほぼ付きっきりだった。
「6月10日くらいからの3週間で一気に小麦が集まって来るので、夜中もずっと仕事をしていました。朝を迎える前になんとか2時間くらい寝て、また仕事をする、みたいな日々の連続。嫁さんには心配されていますね」
イカリファームは2020年産で小麦をさらに5haほど増やす。「ゆめちから」を作る農家も加わるので、荷受けの量はさらに増える。大変になると思っていたら、すかさず史子さんが「今年からはみんなで順番でやろうね」と優しいひとことを投げかけた。
公私ともに素晴らしい伴侶である史子さんと共に掲げる「滋賀県を小麦王国にしたい」という夢に、どこまで近づけるか。イカリファームの今後の動向が楽しみである。
イカリファーム
https://www.ikarifarm.com/
「コメを止めて小麦一本でいこうかとまで思ってるんですよ」
水田で小麦だけ作るなんて府県では聞いたことはない。コメよりも小麦の方が儲かるので、作付面積の比重を切り替えていくのだという。すでに小麦の乾燥調製施設まで建ててしまったというから本気だ。
発言の意図を確かめるために、滋賀県に向かった。
「ゆめちから」の10a収量は580㎏
「ニラみたいな色でしょ」
井狩さんが例えたように、イカリファームの事務所付近に広がる水田転換畑で生えていた小麦の茎や葉は、確かにニラのように濃い緑色をしている。
これは本連載で何度も紹介した超強力系の「ゆめちから」。中力粉と混ぜることで、パン用の強力粉として使える画期的な品種だ。北海道向けに開発されたはずなのに、そこから1000Km以上も南に位置するこの地でも作れることがまず意外であった。
北海道向けに開発されたため、「滋賀県で作ると初期成育が遅く、最初の年は失敗したと感じてしまう」。しかし、それでも心配ない。「あとからの追い上げがすごくて、こんなに濃い緑色になっていく。たんぱくを蓄える力を持っていることがわかります」と井狩さん。
「ゆめちから」を作り始めて8年目。実感しているのは「とにかく栽培しやすさ」だ。
強力品種は、中力品種や薄力品種よりもタンパク値の基準値が高く設定されている。基準値に達するには他の品種よりも肥料を多く入れなければならない。しかし、他の品種だと肥料を入れ過ぎれば、徒長して倒伏してしまう恐れがある。
一方、「ゆめちから」はそんな心配がないという。
たとえばかつて全国の主力品種だった「農林61号」に投じる肥料の量の2.5倍をまいても「倒伏しない」とのこと。幼穂が春先の低温にあたることで、その後に開花しなかったり枯れたりする凍霜害にも遭いにくく、そのおかげもあって収量が並みではない。
2019年産の実績でいうと、強力品種で製パン適性の高い「ミナミノカオリ」が520kg。「ゆめちから」はさらにその上をいく540kg。品種を問わず小麦の平均収量は、北海道を除く都府県では307kg、滋賀県では271kgなので、この数字がいかに高いかがわかる。
井狩さんは「品種としてのポテンシャルが半端ない」と評価する。
製パン業者からの依頼で生産開始
「ゆめちから」を作るようになったきっかけは、学校給食向けにパンを提供する丸栄製パン株式会社からの依頼だった。
長浜市に本社があるこの製パン業者は、県産小麦だけのパンを学校給食などで提供すべく、複数の品種を試してきた。県内では中力品種は普及しているものの、それだけではパンにならない。そこで添加剤としての「ゆめちから」がどうしても必要だった。
しかし、県内で「ゆめちから」を栽培している農家はいなかった。そこで「経営者が若くてやる気のある大規模農業法人」ということで声をかけられたのが、イカリファームだったのだ。
両品種を合わせた2019年産の作付面積は66ha。このうち10haは「ミナミノカオリ」で、残りはすべて「ゆめちから」だ。共に例のオレンジ色の施設で乾燥調製をする。
国が義務付けている燻蒸処理だけは、「毒物劇物取扱責任者」の有資格者が社内にいないので、JAに委託している。燻蒸処理を終えた後はすべて丸栄製パンに納品する。
その流通や加工については後編で触れるとして、本編では水田農業経営において超強力品種が持つ価値について説いていきたい。
滋賀県を小麦王国にする夢
イカリファームを訪問するのは5年ぶりだ。前回と明らかに変わっているのは、井狩さんに妻と子どもができたこと。もう一つは事務所とその付近の風景が一変したこと。
事務所は一新して、外装がオレンジ色と派手になっている。
そのすぐそばに建つ小麦の乾燥調製施設も前回は存在しなかった。こちらもオレンジ色である。この色を提案したのは妻の史子さん。結婚するまでは農業や農村とは無縁ともいえる人生を過ごしてきた。元小学校教員で、いまはイカリファームの役員である。
オレンジ色を選んだ理由を尋ねると、「だって、事務所や納屋って一番の広告塔じゃないですか」とずばり。
「私からしたら、農家の事務所や納屋がどこも地味なのが不思議でした。オレンジ色は膨張色なんで目に刺さるんですよ」
大手企業の役員だった父に幼少の頃から言いつけられてきたのは、「『なぜ』を3回繰り返すこと」。つまり常識をしつこく疑ってみる。そんな姿勢が身に付いた史子さんは、会社のあり方にも新鮮な目線でアイデアや疑問を提示してくるという。
このままイカリファームにおける史子さんの話を続けても面白いが、今回は小麦がテーマなのでまたの機会にしたい。
それにしても、たしかにこの「目に刺さる」という「広告塔」は、イカリファームがこれから地域を巻き込んでかなえようとする、ある夢を周囲に喧伝するには十分な存在感を放っている。
その夢とは、井狩さんいわく「滋賀県を小麦王国にすること」。
県産小麦を増産していき、県内で自給圏をつくるのだ。水田農業を変革するという意味で大いに期待したい夢である。
周囲の農家を巻き込むには
その実現のために欠かせないのは、周囲の農家にも小麦を作ってもらい、生産量を増やすこと。それには何より小麦を生産することが儲かるということを、先頭切って自ら示すよりほかない。それは実際に生産から集荷、販売までを一貫してやることで確かめられた。
井狩さんいわく、「単位面積当たりの所得はコメの3倍になる」というからすごい。
理由の一つは、「ゆめちから」の収量の高さにある。県内で普及している他の品種と比べて、10a当たりの収量が高いことはすでに述べた。収量が高ければ、販売数量が上がるだけではない。
「畑作物の直接支払交付金」には「数量払い」と「面積払い」がある。このうち水田で作付けした場合でも対象になる「数量払い」は、文字通り取れるほどに交付金が増えていく。
もう一つは、超強力品種をはじめ、パン用と中華麺用の小麦を作付けする場合、畑作物の直接支払交付金で加算措置が付く。2011年に始まったこの制度の改正については、本連載の1回目でも触れている。
しかし、交付金を受けるには滋賀県産の「ゆめちから」が産地品種銘柄の指定を受ける必要がある。井狩さんは3年かけて栽培試験をして生育に関するデータを集めた。それを基に、農林水産省に産地品種銘柄を申請して審査を通過した。
「滋賀県を小麦王国にしたい」というだけに並々ならぬ意気込みである。
交付金に関して以上の点までなら、北海道の畑作地帯で生産するのと変わりない。違うのはイカリファームのように水田転換畑で作付けする場合、「水田活用の直接支払交付金」の対象となり、転作するごとに10a当たり3万5000円が付くということ。
それは他の水田農業の経営体も同じ条件である。
イカリファームがさらに違うのは、小麦の乾燥調製施設を運営している点だ。JAに委託した場合に生じる乾燥調製料や手数料を省くことができる。
以上を積み重ねることで、「所得は米の3倍になる」という結果を生み出せるのだ。一つの農業法人で小麦の乾燥調製施設を所有しているのは全国を見渡してもイカリファームだけではないか。
乾燥調整施設はさらに拡大を検討中
井狩さんはいま、「ゆめちから」には需要があり、コメや小麦の他の品種を作るよりも儲かることを触れ回っている。周囲の農家は最初こそ半信半疑だったものの、ここにきて関心を示すようになってきた。
2020年産ではイカリファーム以外では初めて作付けをする農家も出ることになった。収穫物はイカリファームで集荷して乾燥調製まで請け負っていく。
イカリファームの乾燥調製施設の取り扱い量は920t。このうち280tがイカリファームの分。残りは周囲の農家から「ミナミノカオリ」を集荷してきたという実績はある。
7基ある乾燥調製施設の総容量は560石。ただし、これはあくまでも現状。敷地面積を一切広げずに1400石にまで拡大できるという。取るべき方法は二つだ。
一つはすでに設置している7基の乾燥機のかさを天井近くまで上げていき、1基の最大容量を増やす。これで700石になる。
もう一つは乾燥機をもう7基入れて倍にする。そのために、現状は乾燥機や貯蔵庫などはかなりゆったりと並べてある。14基となったときは、乾燥機を千鳥格子状に並べることで、限られた空間に最も多く入るようにする。
さらに乾燥調製施設の道を挟んだ向かいの土地を買い取り、貯蔵施設を建てる予定だ。乾燥調製施設にある貯蔵機能はそちらにすべて移す。
以上について史子さんは初耳だったようで、「最初からそんなこと考えてたん?」とびっくりした様子。「考えてた、考えてた」と自信満々に繰り返す井狩さんに、「すごいですね」と言って笑い出した。
小麦増産=荷受け増への対策
他にも、イカリファームの乾燥調製施設には特筆すべき箇所は多数ある。そもそもメーカーが提案するままの設計をそのまま受け入れていない。「コストパフォーマンスの最大化と拡張性」というテーマで独自のラインを構築した、夢が広がっても、鷹揚に抱擁できるだけのアイデアが詰まった施設なのである。
国産小麦の自給率を上げることを考えた場合、北海道の関係者に聞く限り、現時点では道内での大幅な増産は期待できない。他の畑作3品目との作付面積や労働力などとの兼ね合いがあるからだ。
そうであれば増産に向けて目を向けるべきは府県である。イカリファームの取り組みを他でも参考にしてもらいたい。
それには当然ながら超えるべき壁はいくつもある。その壁について、ここでは一つだけ触れておきたい。
農家が自ら乾燥調製施設を運営する際に面倒となるのは小麦の荷受けが一時期に集中することだ。2019年までは、井狩さんがほぼ付きっきりだった。
「6月10日くらいからの3週間で一気に小麦が集まって来るので、夜中もずっと仕事をしていました。朝を迎える前になんとか2時間くらい寝て、また仕事をする、みたいな日々の連続。嫁さんには心配されていますね」
イカリファームは2020年産で小麦をさらに5haほど増やす。「ゆめちから」を作る農家も加わるので、荷受けの量はさらに増える。大変になると思っていたら、すかさず史子さんが「今年からはみんなで順番でやろうね」と優しいひとことを投げかけた。
公私ともに素晴らしい伴侶である史子さんと共に掲げる「滋賀県を小麦王国にしたい」という夢に、どこまで近づけるか。イカリファームの今後の動向が楽しみである。
イカリファーム
https://www.ikarifarm.com/
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