米食の批判と粉食の奨励【連載・コメより小麦の時代へ 第2回】

戦後、米国から小麦をはじめ安価な農産物が入り込むことで懸念されたのは、日本農業が弱体化することだ。

農業団体や野党からは批判の声が上がっていた。結果としては、懸念した通りになったといっていい。戦後しばらくして豪州産のうどん用銘柄「ASW」が入ってきたほか、1961年施行の農業基本法では選択的拡大品目の枠外に置かれ、国産小麦は「安楽死の時代」に突入する。

当たり前であるが、食もまた供給する側がいれば需要する側もいる。国産小麦の「安楽死の時代」が到来したのは、当然ながら外国産の小麦を求める人たちがいたからでもある。

米国から余剰農産物としての小麦が入り込んでくるとともに湧き上がってきたのは、米食の批判と粉食の奨励だ。



巻き起こった「米食低能論」

象徴的なのは、慶應義塾大学の教授だった大脳生理学者の林髞(1897‐1969)が主張した「米食低能論」である。

そのベストセラー『頭脳―才能をひきだす処方箋 』によると、世界を見渡せば主食は小麦食と米食とに大別でき、両方を食べ合わせている国はほとんどない。

二つの主食の違いは精白したときのビタミンB類、特にビタミンB1の多寡にある。小麦は胚が中にあって、その周りにビタミン類があるので、精白しても失われない。一方、コメは胚が外にあって、その周りにビタミン類があるので、精白すると失われる。自然、白米ばかり食べているとビタミン類が欠乏する。

ビタミン類の中でもビタミンB1は脳の働きと炭水化物の消化に欠かせない。よってビタミンB1の含有量がそもそも少ない白米ばかり食べている日本では、「いつも不足がちの働きしかしない頭脳のままで成長発育するから、大人になってからたいへん不都合なことが起こっていることは、よく理解できる。」というのだ。さらに次のように続ける。

「そこで主食として白米を食するということは、とくに少年少女のためにたいへんなことであると考えなければならない。親たちが白米で子供を育てるということは、その子供の頭脳の働きをできなくさせる結果となり、ひいては、その子供が大人になってから、またその子供を育てるのに、ばかなことをくりかえすことになる」
引用元:『頭脳―才能をひきだす処方箋 』林髞著(https://www.amazon.co.jp//頭脳―才能をひきだす処方箋-1958年-林-髞/dp/B000JATZUW

林は、以上のような考察の結論として次のように説く。

「これはせめて子供の主食だけはパンにした方がよいということである。」
「しかし、せめて子供たちの将来だけは、私どもとちがって、頭脳のよく働く、アメリカ人やソ連人と対等に話のできる子供に育ててやるのがほんとうである」。
引用元:『頭脳―才能をひきだす処方箋 』林髞著

探偵小説家の顔も持ち合わせ、日本探偵作家クラブ(現・日本推理作家協会)の三代目会長も当時務めていたこの直木賞作家が著した『頭脳』は世間で相当の人気を博したようだ。

その証拠に、私の手元にあるその古書は昭和34年2月1日に28版になっている。初版発行が昭和33年9月25日であることからすると、林教授の考え方は驚くべき速さで世間に浸透していったと想像する。


「栄養改善運動」を展開したキッチンカー


このベストセラーが登場する2年前には既述した「栄養改善運動」を展開するキッチンカーが誕生する。

キッチンカーとは「大型バスを改造して調理台、流し、ガスレンジ、食器類、冷蔵庫、プロパンガス等の台所用品のほか放送設備など一切を積み込み、野外で料理講習が出来るようにした料理講習車」であり、「正式名称は栄養指導車だが通称キッチンカーと呼ばれていた」(引用元:「『アメリカ小麦戦略』と日本人の食生活」鈴木猛夫著https://www.amazon.co.jp/「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活-鈴木-猛夫/dp/4894343231)

そこで実演された料理は「洋食・中華の献立が多く、使用された食材も小麦粉や脱脂粉乳、油、蛋白源としては肉類等の缶詰食品、ソーセージ、鯨肉、卵、乳製品等」である。

いまでは我々にとっては当たり前に日常的に並んでいる食材ばかりである。当時キッチンカーに集まった主婦を中心にして、こうした食材を使った食事こそ栄養が豊富で近代的であるという認識が広がっていったのだ。

「キッチンカーは、それまでの『ご飯に味噌汁、漬物」という日本人の伝統的な食生活を欧米型に転換させる「栄養改善運動」のかなめとなった。アメリカは必ず食材に小麦と大豆を使うことを条件に全ての費用を出したのである」(引用元:「『アメリカ小麦戦略』と日本人の食生活」鈴木猛夫著https://www.amazon.co.jp/「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活-鈴木-猛夫/dp/4894343231)

欧米化の食生活の普及という観点からキッチンカーに加えてもう一つの舞台となったのは学校給食である。

1946年12月に東京都、神奈川県、千葉県で試験的に始まった学校給食は5年後に全国の都市部に広がっていく。そして、1954年には学校給食法が公布され、小・中学校での給食が一気に定着していった。

主食として提供されたのはコッペパン。当時はまだ米が不足していたのだ。コッペパンには脱脂粉乳が付いた。

以上の取り組みの成果は現代の食卓を思い起こせば十分である。日本人は学校給食で欧米型の食生活になじみ、やがて大人になってもそれに準じた消費行動を起こすようになってしまった。


「工業立国」で不可欠となった外国産小麦

ここで立ち止まりたい。米食の批判と粉食の奨励はなぜ起きたのか。しかも、それが日本人の主食を変えるほどまでに力強いものになったのか。それは需要する側の日本政府の働きがあったからである。

1960年、池田勇人首相は「所得倍増計画」を打ち出した。1961年からの10年間で国民総生産を倍増させて国民の生活水準を欧米先進国並みに引き上げる計画である。

目指すは工業立国。安い労働力で国際競争力をつける。それを支えるには安い食糧が欠かせない。そのため国産より安価な外国産の小麦を食糧の主力とすることが国策となったのだ。

1961年施行の農業基本法で小麦が「選択的拡大品目」の枠外に置かれ、国産小麦は「安楽死の時代」に突入することはすでに述べた通りである。


供給に需要が追い付いていない現実


では、この間に我々の主食であるコメと小麦の自給率(カロリーベース)はどうなったか。

まず食料自給率全体の推移をみると、さかのぼれる最も古い1960年度に79%あったのが2018年度には37%にまで下がっている。続いて主食のうちコメは102%から98%と微減。

一方、小麦は39%から12%と3分の1以下になった。ちなみにコメの自給率は品目別で最も高い。

政府は食料自給率を2025年度までに45%に上げる目標を掲げている。その一環で小麦については現状の12%から16%にすることを目指している。

食料全般の自給率を上げるべきなのかどうかの議論はここでは置いておく。ただ一つ言えるのは、国産小麦は供給がまるで追い付いていないほどに需要があるということだ。そうであれば、この主食の原料の供給を増やしていくことは農政としての湯用課題といえる。

では、どの小麦の生産を増やすことに注力すればいいのか。

小麦粉は、小麦が独自に持っているタンパク質であるグルテンの量に応じて、多い方から順に強力粉、中力粉、薄力粉に分けられる。このうち作付面積が多いのはうどんやお好み焼きなどに向く中力粉の品種。パンや中華麺に向く強力品種は春に種をまき、盆に刈り取る春まき小麦ばかり。一般に小麦は湿度に弱いため、蒸し暑い夏がある日本では栽培に適さないとされている。

用途別に自給率をみると、最も多いうどん用は60%。菓子用は14%、中華麺用は5%、パン用は3%。つまり強力粉が圧倒的に少ないことが見て取れる。

一方で総務省の家計調査によると、家計に占める小麦の製品への年間支出額を多い順にみると、パンが3万555円、麺類が1万7369円、菓子類1万1397円などとなっている。

引用元:麦の参考資料 - 農林水産省https://www.maff.go.jp/j/seisan/boueki/mugi_zyukyuu/attach/pdf/index-71.pdf

ちなみに用途別の使用量は資料2の通りで、これを見てもパン用や中華麺用が多いことが分かる。

引用元:麦をめぐる事情について (小麦) 政策統括官 - 農林水産省(https://www.maff.go.jp/j/seisan/boueki/mugi_zyukyuu/attach/pdf/index-81.pdf

結論すると、パンは最も多く食べられながら、それに向く強力粉の生産が低い。ゆえに小麦の自給率の低迷に拍車をかける状況となっているのだ。

そうであれば強力粉を増やす方策を考え、実行するのが最も大事である。すでにそのことを重視した取り組みは始めっている。次回、まずは全国の様子を概観したい。

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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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