育成者権を尊重することによる農業・食生活への影響【種苗法改正を考える緊急連載 第2回】

種苗法改正で何が変わるのか、SNSなどを中心に語られている不安の声や反対意見への解説というかたちで、前回紹介させていただいた。

今回はそれを受け、農業にどのような影響が出るのか整理する。

自家増殖への影響は限定的でしかない


「日本の種子を守る会」が、反対運動を展開している。種子法廃止に反対する立場で2017年に発足した組織だ。

影響が大きい作物として取り上げているのが、イモ類やイチゴ、サトウキビ。サトウキビは基本的に沖縄や鹿児島に限定される。また、ジャガイモは大産地の北海道、長崎、鹿児島で栽培されるほとんどが一般品種で、全国で見ても同じなので、論じない。なので、ここでは全国的に影響が出ると考えられるイチゴ、サツマイモの例で考えてみよう。


イチゴは、第1回で紹介したようにランナーにより栄養繁殖する。農水省によると、登録品種の種苗は、基本的にその後の自家増殖分も含めた価格で販売されており、農家はこれまで通りの種苗の購入の仕方で問題ないという。

生産量日本一の栃木県によると、県が開発した品種を県内で栽培し増殖する分には、利用料をとる考えはないという。そもそも、県の開発した品種の苗の更新率はほぼ100%。農家は毎年苗を購入し直すので、改正により新たな許諾が生じる余地はなさそうだ。

栃木県に限らず、イチゴは県の育成品種が多い。茨城県は「いばらキッス」という県の育成品種を普及している。登録品種なので、改正があった場合、農家に不利益が生じないようにするとのことだ。

サツマイモは、種芋からツルを伸ばし、そのツルを植えて増殖させる。農水省によると、種芋からツルを伸ばし、増殖させるまでの行為は、通常の種芋の販売で認められている。そこから収穫した芋を翌年の種芋にしてまた増殖するとなると、改正の影響を受けるかもしれない。

ただ、産地であれば、栽培農家は種芋からツルをつくる農家あるいは業者からツルを購入するのが通常。そのため、影響は出にくいという。

最大の産地である鹿児島県は、基本的に農水省と同じ見解で、そもそも主に栽培するのが改正が影響しない一般品種ということだった。鹿児島県に次ぐ産地の茨城県は、登録品種だと「紅はるか」の栽培が多い。ツルを業者から買う農家もいれば自家増殖する農家もおり、影響が出る可能性はある。「現場の声を聞いて対応していくことになる」とのことだった。

ちなみに、種苗法に反対する人の中に、「安納芋」の自家増殖ができなくなるという方がいたが、これは間違い。安納芋は一般品種なので、法改正に関係なく自家増殖できる。

大産地ほど影響少なく施行前の周知も容易


大産地になるほど、そもそも育苗と栽培が分離しており、種苗法改正の影響は少ないはずだ。ただ、自家増殖をする農家はいるし、この辺のことは必ずしも行政が把握しきれていないので、影響はある。どこでどう影響が出るかは、改正後に調べることになるのだろう。

産地振興を目的とする都道府県や農研機構が育成者である場合は、許諾料は取らないか、取っても微々たる額になるだろう。影響は限定されそうだ。

改正案は、もし成立すれば2022年4月の施行になる。農水省はそれまでに改正を周知し、許諾契約のひな形を作るなどして混乱が生じないよう対策を講じるとする。

消費者はむしろ恩恵受ける


農家への影響が限定的なので、食卓への影響は極めて少ないだろう。農水省としては、ピーク時の8割ほどに落ち込んでいる品種登録の件数を、改正を機に増やしたいとしている。「優れた性質の品種、おいしい品種が増えれば、消費者はむしろその恩恵を受けることになる」との立場だ。

消費者の中には、法改正により種苗代が大幅に上がって農産物の値段が上がると心配する人もいる。しかしすでに説明したように、影響は限定的で種苗代の大幅な値上がりは考えにくく、これは杞憂だ。

そもそも、生産コストに占める種苗代は、それほど高くない。農水省は農産物の生産費の統計をとっている。

組織法人経営のコメだと、10a当たりの生産費は10万55円で、そのうち種苗費は2994円と3%に過ぎない。なお、個別経営でも種苗費は生産費の3%程度だ。

「在来種を外国企業が勝手に品種登録」というのは暴論


ネット上には、「在来種を外国企業が早い者勝ちで品種登録するのではないか」という指摘がある。ただ、これは品種登録の制度の現状を踏まえない暴論だ。

もしかすると、日本の商品名が中国で勝手に登録された「商標登録」の例をみて、不安に感じている方も多いのかもしれないが、品種登録というのはそれとはまったく別のものだ。

品種登録の申請がされると、農研機構が栽培試験をする。農研機構が専門家の集まりであることは言うまでもないだろう。加えて、現地調査や資料調査などをしたうえで、農水省の種苗室で登録するかどうかを精査。既存の品種と同一かという点は、相当綿密に調べる。

登録のしくみは、種苗法が改正されても今の形が維持される。詳細は農水省の「品種登録制度と育成者権」と「種苗法の一部を改正する法律案要綱」を見ていただきたい。

まるで、農水省が机上の空論によって品種を登録するかのような極論すら見られる。それこそが、机上の空論にほかならない。

(出典:農水省「品種登録制度と育成者権」


育成者を尊重することはおかしいのか


もう1点、種苗法改正により農産物の値上がりを心配する方の気持ちもわかる。しかし、そのような人に言いたいのは、そんなに育成者に金を払いたくないのかということだ。

一つの品種を作り上げるには、膨大な時間とエネルギーを要する。コストもかかる。

個人育種家の知人がいるけれども、彼らは金儲けのために育種をやっているわけではない。個人レベルでやる育種は、はっきり言って儲からない。それでも、登録品種のうちの2割は、現状でも個人育種家によるものだ。

その知人は、いつ世に送り出せるとも知れない理想の品種を追い求め、何十年も交配を続けている。自家増殖が禁じられ、許諾料が入るようになったところで、これまでかけてきた時間と予算を考えれば得られる利益は知れている。

人生をかけて育種をしているそんな方たちを前に、「モンサント(バイエル)の種に食卓が占領される」ということと並列に語るのは、侮辱にほかならないと私は思う。品種改良に携わる方々とその歴史への無理解が悲しい。

ここまでの情報を総括すると、これまでの農業のあり方が改正により大きく変わるわけではない。基本的にコストと時間をかけて開発した品種の育成者権を強化し、品種登録の審査制度を充実する一方で、不合理なところは簡便にする。審査制度の詳しい内容は一般の消費者には身近な話ではないので、詳しく知りたい方は「種苗法の一部を改正する法律案要綱」をチェックしていただきたい。

より関心の高い方には、改正案そのものを読むことを強くオススメする。本稿末尾の参考URLから読むことができる。改正箇所はそれほど多くない。原文に当たるという作業が、今回の改正に関してはそれほど面倒でないのだ。

ウェブ上の記事の中には、原文に当たらずに記事を書いていると思われるものも見受けられた。報道やSNSなどによる個人の意見を鵜呑みにせず、自分で読むのが確実だ。

次回は、なぜこのタイミングで種苗法改正に至ったのかを解説したい。すでに少し触れてきた種苗の海外流出の深刻な現状を紹介する。


「種苗法の一部を改正する法律案」
https://www.maff.go.jp/j/law/bill/201/index.html
農産物生産費統計
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukei/seisanhi_nousan/index.html

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WRITER LIST

  1. 福田浩一
    ふくだこういち。東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。現在は主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。http://www.ijas.co.jp/
  2. 中村圭佑
    なかむらけいすけ。明治大学農学部卒業後、日本農薬株式会社に約7年勤務。その後、大手経営コンサルティング会社を経て、FOOD BOX(現在登記準備中)を2019年7月に起業。Facebook:https://www.facebook.com/foodboxjp/、Instagram:https://www.instagram.com/foodbox_jp/
  3. 百花繚乱
    趣味は料理、漫画、読書のミドルの男です。商社勤務で全国や海外を転々しているうちに、故郷に哀愁を覚え、約10年前に地元の農業関連会社にとらばーゆ。
  4. さわちん
    2児の父。あるきっかけにより農業のイメージを変えたいと考え、16年間のサラリーマン生活にピリオドを打つことを決意。2020年春、家族で田舎に移住し、新規就農を目指す。自身が「移住×就農のモデルケース」となるために、いろんな方面へ向けて奮闘中。
  5. 藤本一志
    ふじもとかずし。大学・大学院の6年間を通して地域づくりと農業の活動に関わる。1年間のサラリーマン生活の後、学生時代から活動していた地域に移住し、2拠点居住を開始する。移住支援を通じた地域づくり活動に取り組む傍ら、兼業農家として稲作に取り組む。