SNSで拡散した種苗法改正反対派の主張【種苗法改正を考える緊急連載 第4回】

種苗と育成者権の保護──これを目的に始まった種苗法改正は、なぜ強固な反対を受けるのか。

その背景には、消費者の食への関心の高まりとともに、SNS等で誰もが気軽に発言できるようになったことで露呈した、農業への無理解などがある。

今回は、なぜ種苗法改正がここまで反対されているのか、反対派の主張から紐解いていきたい。



消費者の不安を煽るマスコミ

種苗法改正反対の盛り上がりには布石があった。筆者がそれを感じたのは2017年に種子法廃止が決まったときだ。

種子法廃止は、主要農作物(コメ、麦、大豆)の育種に民間企業を参入しやすくするのが国の狙いの一つだった。

廃止により遺伝子組み換えの農産物が食卓を占領すると騒がれ、一般誌も取り上げた。この時反対を表明した論者は、今回の種苗法改正に反対する論者と重なる。当時も一部の雑誌が反対の主張を取り上げた。

消費者の食への関心は高まっている。コロナ禍で家に閉じこもりがちなここ数カ月は、なおさらだ。そんな中「種苗法改悪」を糾弾する記事を載せれば、容易にページビューを稼げる。「日本の食卓から在来種が消える」というショッキングな見出しは、消費者受けもいいだろう。

さらに、SNSがそれらの情報の拡散にも一役買った。これだけ多くの有名人やマスコミが反対しているのだから、改悪で間違いないという判断をしてしまった人も多かったようだ。


「外国企業に日本農業が食い荒らされる」という飛躍

種苗法改正にあたって、事実をよく理解したうえで反対を表明している人たちもいる。一般品種と登録品種の違い、海外への種苗流出を止めるために種苗法の改正だけでは足りないことなどを踏まえたうえで、論陣を張っている。

その主張は、農家の自家採種の権利を守るべきということ、そしてバイエルのようなバイオメジャー(※医薬や農薬、化学肥料の開発と製造を本業とし、1990年代以降種苗業界に本格参入した企業たち)に日本の農業が食い荒らされるというものだ。

筆者自身、農家の自家採種の権利の重要さを否定するつもりは一切ない。

ただ、後者の主張は論理の意図的な飛躍だと感じる。

筆者は、農業と中国に片足ずつ突っ込んでいるいち書き手に過ぎず、バイオメジャーが国際的にどんなことをしているかを論じる立場にはない。ただ、国内農業の生産や研究の現場をそれなりに見てきたし、中国への種苗の流出の状況も多少わかる。

そういったものを知る限りで、外国企業に日本農業が食い荒らされるとは考え難いのだ。

理由としてまず挙げられるのは、日本の種苗会社の品種改良の質の高さ。これは間違いなく日本が世界に誇れるものだ。サカタのタネ、タキイ種苗という国内の種苗大手は、世界的にも10本の指に入る。

こうした種苗会社に加えて、数々の品種を生み出してきた国や都道府県の研究機関(農業試験場など)があるのに、海外のバイオメジャーが日本の種苗を独占すると考えるのはなぜなのだろう。


「遺伝子組み換え食品」アレルギーの高さ

もうひとつ、改正反対派によくある主張に、「種の9割が輸入されている」というものがある。

これは、農水省が「種苗をめぐる情勢」(2018年6月)という資料で「野菜の種子は、我が国の種苗会社が開発した優良な親品種の雄株と雌株を交配することでより優良な品種が生産されるが、この交配の多く(約9割)が海外で行われている」と指摘したことの、言い換えではないか。

実際に国内種苗メーカーの採種圃場は海外に多いが、しっかり読めばわかるように、これは「輸入」とは言えない 。

そして、種苗法改正への反対論で最も理解しがたいのが、「遺伝子組み換え食品に食卓が占領される」という主張だ。

種苗法改正と遺伝子組み換え食品による食卓の占拠に、直接的な因果関係はない。にもかかわらず、まことしやかにそう唱える消費者が続出したのは、遺伝子組み換え食品に対する不安を巧妙に煽られ、冷静な判断ができなくなったからではないか。


筆者は、遺伝子組み換え食品には抵抗がある。人為的な改変をなんとなく気持ち悪く感じてしまうからだ。ただ、日本の消費者の遺伝子組み換え食品へのアレルギーの高さには、ちょっと理解を超えていると思うこともある。

同時に、これだけ拒否反応が強いことからも、国内で遺伝子組み換えの農産物を一般的に生産するようになることは、当分考え難いだろうとも思う。

誤解のないように補足しておくと、遺伝子組み換えとゲノム編集は、別の技術である。特定の遺伝子を他から持ってきて組み込む遺伝子組み換えに対し、ゲノム編集はゲノムの狙った部分に変化を起こす。

詳しくは「ゲノム編集作物」は遺伝子組み換えなのか? 日本・世界のあり方は?【スイス在住・川上悠太の研究者コラム】を参照してほしい。


「モンサント法案」の認否が賛成・反対の分水嶺

種子法廃止、農業競争力強化支援法成立、種苗法改正を三つまとめて「モンサント法案」とみなす意見がある。海外での訴訟やドキュメンタリー映画などで有名になったモンサント(現・バイエル)の思惑が絡んだ農家の権利を規制する法案を呼ぶ通称とのことだ。

ただ、筆者はこの三つがモンサント法案だとは思わない。それぞれ合理的な理由があって、廃止、立法、改正に至った。

農業競争力強化支援法が2017年に成立した背景には、国内の農業資材の銘柄の多さと価格の高さがある。国内価格が実際に高いことは、農水省の調査でも裏付けられている。

そもそも、バイオメジャー1社が世界の農業を支配するかのような筋書きが、「農業の多様性」を無視したものだと感じる。

加えて、バイエルが強みを持つのは穀物だが、日本における穀物生産の市場は世界と比較するとあまりに小さい。

小麦と大豆のカロリーベースの食料自給率は、12%と21%(2018年度)しかなく、ほぼ輸入に頼っている。また、食料自給率98%と極めて高いコメにしても、年間の生産量は800万t弱である。中国・大連にある商品取引所のコメ(ジャポニカ米)先物取引は、2020年4月だけで220万tを取引した。「中国のどこかの省が増産の号令をかければ、日本の総生産量分くらいはすぐ増える」という中国通の方の言葉通りで、そもそも桁が違うのである。


もちろん、市場が小さいからといって、日本をターゲットにしないとは限らない。ただ、窮地に追い込まれつつあるバイエルにとって、日本が最後のブルーオーシャンであるかのような論調は理解しがたい。日本企業ですら海外に活路を求める時代に、海外のバイオメジャーが巨万の富を生める余地が、日本の農業市場にあるのだろうか。自国を過大評価し、かつ現場とはかけ離れたイメージを組み上げているようにも思えてしまう。


いま一度、冷静に日本の農業を考えてみよう

「種苗法改正反対」は、イデオロギーの闘いの様相を帯びている。加えて、消費喚起のムーブメントでもある。マスコミや論者にとって、その波に乗ることは自分を売ることにつながるからだ。

そう理解したうえで、ぜひ今回の種苗法改正を読者なりの視点で見てみてほしい。これだけ農業と消費者が離れてしまった現代にあって、農業に関心を持つこと自体は素晴らしいことなのだから。

誤解が拡散し、盛り上がってしまった賛成/反対運動の、思わぬ置き土産に期待したい。


国内外における農業資材の供給の状況に関する調査結果の公表について:農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/press/seisan/sizai/190802.html
種苗をめぐる情勢 - 農林水産省品種登録ホームページ(2018年6月)- [PDF]
http://www.hinshu2.maff.go.jp/pvr/jyousei/jyousei.pdf
2019年の農林水産物・食品の輸出実績 - [PDF]
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/nousui/yunyuukoku_kisei_kaigi/dai6/siryou1.pdf

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WRITER LIST

  1. 福田浩一
    ふくだこういち。東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。現在は主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。http://www.ijas.co.jp/
  2. 中村圭佑
    なかむらけいすけ。明治大学農学部卒業後、日本農薬株式会社に約7年勤務。その後、大手経営コンサルティング会社を経て、FOOD BOX株式会社を2019年7月に起業。Facebook:https://www.facebook.com/foodboxjp/、Instagram:https://www.instagram.com/foodbox_jp/
  3. 百花繚乱
    趣味は料理、漫画、読書のミドルの男です。商社勤務で全国や海外を転々しているうちに、故郷に哀愁を覚え、約10年前に地元の農業関連会社にとらばーゆ。
  4. さわちん
    2児の父。あるきっかけにより農業のイメージを変えたいと考え、16年間のサラリーマン生活にピリオドを打つことを決意。2020年春、家族で田舎に移住し、新規就農を目指す。自身が「移住×就農のモデルケース」となるために、いろんな方面へ向けて奮闘中。
  5. 藤本一志
    ふじもとかずし。大学・大学院の6年間を通して地域づくりと農業の活動に関わる。1年間のサラリーマン生活の後、学生時代から活動していた地域に移住し、2拠点居住を開始する。移住支援を通じた地域づくり活動に取り組む傍ら、兼業農家として稲作に取り組む。