種の多様性を未来に引き継ぐ「ジーンバンク」のしくみ【種苗法改正を考える緊急連載 第5回】

これまで4回にわたって、種苗法改正で何が変わり、どのような影響が予測され、なぜ注目を浴びるのかを整理してきた。

最終回となる第5回は、種苗法改正とは直接関係しない遺伝資源保護のしくみを紹介したい。

農研機構の下部組織に、「農業生物資源ジーンバンク」(以下、ジーンバンク)がある。人類共通の財産である遺伝資源を次世代に引き継ぐことが目的だ。

動植物や微生物の遺伝資源を年間5000件以上新たに登録していて、植物遺伝資源の登録点数は、2019年の段階で22万9000点にも上る。種苗法改正の議論の中で話題となっている、固定種や在来種を後世に残すための取り組みが、法改正にかかわらず進められていることを知っていただきたい。

「農業生物資源ジーンバンク」のセンターバンク(写真:山口亮子)

基本的に育成者権のない品種を登録

稲類 2万2516点
麦類 2万7482点
豆類 1万7154点
いも類 1803点……

これらは、ジーンバンクが公開している遺伝資源の数だ。その膨大な点数に圧倒される。

ジーンバンクは、多様な国内外の在来種などを収集・保存し、作物や家畜といった農業生物の品種改良に役立てる全国的なしくみだ。

「遺伝資源は一度失えば同じものを手に入れることができない」との考えから、1985年に全国規模のジーンバンク事業が始まった。植物遺伝資源部門は、国内外で農業に関連する基本的に育成者権のない遺伝資源を収集し、登録・保管する。

このようなジーンバンクは海外にもあり、米国、中国、インド、ロシアの収蔵点数が抜きんでて多い。日本のジーンバンクは、収蔵点数で世界でも5〜6位とみられる。遺伝資源の保管の重要性は広く認識されるようになっていて、開発途上国でも新たに巨大な貯蔵庫を整備するところが出てきた。


日本国内では野生種の収集に注力

ジーンバンクは、農研機構遺伝資源センターにセンターバンクがあり、全国にサブバンクを持つ。センターバンクは、農研機構の施設が集中する茨城県つくば市の農林団地の中で、「最も頑丈」にできている。

種子を低温かつ低湿度で厳重に保管する種子貯蔵庫は 、強い地震にも耐える構造で、停電時に使う自家発電装置を備える。今の種子貯蔵庫は、おそらくあと20~30年は満杯にならないだろうとのことだ。

温度マイナス1度、相対湿度30%に保たれた種子貯蔵庫。なお、資源には配布用と長期保存用があり、用途と種類により貯蔵方法は異なる(写真:山口亮子)
保管する種子はいずれも5年に1回発芽を確認する。

発芽率が80%を割り込むと、栽培適地にあるサブバンクに種を送り、栽培して新しい種をとる。サツマイモ、ジャガイモ、サトウキビといった栄養繁殖するものは、栽培に適した環境の各地のサブバンクで毎年栽培する。

国内での遺伝資源の収集にあたっては、もともとは研究員が農家を回って種を分けてもらっていた。農家が栽培してきた在来種の収集は、30年を経て相当進んだ。そのため、豆類の野生種の収集に中心が移っている。

ジーンバンクで保管するさまざまなイネ(写真提供:農研機構遺伝資源センター)
「大豆やササゲは国内に野生種があります。こうした野生種は、栽培されている大豆やササゲがなくしてしまった良い特性を持つ場合があるんです」

農研機構 遺伝資源センターの根本博さんはこう話す。たとえば、野生のササゲで、海沿いで育つ塩水に強い野生種が見つかった。東日本大震災の津波により潮を被った農地で育てたところ、問題なく生育した。

「普通の大豆やササゲが枯れてしまうのに、このササゲは問題なく育つ。ただ、収量は少ないし美味しくないので、そのまま栽培はできません。そのため、このササゲの『塩水に強い』という特性を、普通のササゲに取り入れようという研究がスタートしています」


将来の育種のニーズは予測不能

それにしても、なぜこれほど大量の遺伝資源を集めるのか。

「将来、こういう品種を作りたいと思っても、材料がないとどうしようもないからです」

根本さんが長年水稲の育種に携わってきた立場から、解説してくれた。かつては国内でも、さまざまな系統の水稲が栽培されていた。ただ、今はほとんどがコシヒカリとその系譜を引く品種だ。


「もし、コシヒカリ以外の味の品種が欲しいとなると、相当昔の品種までさかのぼらなければなりません。そのためにも幅広く材料を持っていないと、将来の新しい要請に応えられません」

根本さんが育種の仕事を始めた30年ほど前は、「コシヒカリに負けないような美味しいコメを」と言われたという。

ところが、10年ほど経つと「エサ用のたくさんとれるコメを」と言われ、数年すると「米粉パンや米粉麺に適したものを」、さらには「バイオエタノールに向くものを」と、育種の需要がダイナミックに変わるのを目撃してきた。時代の変化につれて「昔では考えられないような、こういう品種が欲しいという社会的なニーズが出てくる」のだ。


「100%、役に立つものしかありません」

堅牢な保管庫を目にし、種子保管のための大変な手間を聞いた見学者の中には、「このうち、どのくらいが将来役に立つんですか」と聞く人もいるという。根本さんの答えは、「ここには100%役に立つものしかありません」だ。

「今の私たちの基準で役に立つかどうかは、関係ありません。将来どのようなコメやトマトが必要になるかはわからない。幅広く保存して、将来必要になったときに、ここから探してもらうというのが私たちの仕事です」

実際に、ジーンバンクに保管されていた種から在来種を復活させる動きもある。

たとえば、酒米の品種「渡船」は、明治時代に大粒で上質の日本酒ができるとして使われていた。しかし、いもち病に弱く栽培しにくいため、栽培が絶えてしまった。

それから半世紀以上の時を経て、茨城県の酒造会社府中誉(ふちゅうほまれ)が明治時代の品種で明治の酒を復活させようと、ジーンバンクから種もみを取り寄せた。そして、1995年に清酒「渡船」を商品化している。

50品目ある東京の伝統野菜「江戸東京野菜」も、ジーンバンクの種から復活したものが少なくない。

新宿名物の「内藤とうがらし」もその一つだ。今は一部の農家や新宿の学校などで栽培されている。この辺りのことは、3月に出版された大竹道茂『江戸東京野菜の物語』(平凡社新書)に詳しい。

ジーンバンクから種を取り寄せ、栽培を復活させた内藤とうがらし(写真:山口亮子)

在来種を未来に託すために

在来種の復活栽培の相談は、毎年数件寄せられているという。

地名を冠した品種で地域を盛り上げたい、もともと地元で育てられていた野菜を直売所で売りたいといった、こじんまりした規模での復活が多い。ジーンバンクで収集した品種で、種などの遺伝資源を配布できるものは、データベースで公表している。

種苗法改正の議論がきっかけで、在来種の保存に関心を持った人は少なくないようだ。在来種を次世代につなげるジーンバンクの活動を、広く知ってほしいと願う。


農業生物資源ジーンバンク
https://www.gene.affrc.go.jp/index_j.php
新宿名物、復活!内藤とうがらしプロジェクト|公式サイト
https://naito-togarashi.tokyo/

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WRITER LIST

  1. 山田正美
    大阪工業大学大学院修了。福井県職員として、農業試験場研究員、専門技術員、農業技術経営課長、農林水産部技幹を経て退職。現在、日本生産者GAP協会常務理事、日本農業サポート研究所主席コンサルタント。
  2. 福田浩一
    ふくだこういち。東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。現在は主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。http://www.ijas.co.jp/
  3. 中村圭佑
    なかむらけいすけ。明治大学農学部卒業後、日本農薬株式会社に約7年勤務。その後、大手経営コンサルティング会社を経て、FOOD BOX株式会社を2019年7月に起業。Facebook:https://www.facebook.com/foodboxjp/、Instagram:https://www.instagram.com/foodbox_jp/
  4. 百花繚乱
    趣味は料理、漫画、読書のミドルの男です。商社勤務で全国や海外を転々しているうちに、故郷に哀愁を覚え、約10年前に地元の農業関連会社にとらばーゆ。
  5. さわちん
    2児の父。あるきっかけにより農業のイメージを変えたいと考え、16年間のサラリーマン生活にピリオドを打つことを決意。2020年春、家族で田舎に移住し、新規就農を目指す。自身が「移住×就農のモデルケース」となるために、いろんな方面へ向けて奮闘中。