栽培技術は「特許」よりも「営業秘密」として守る方がいい?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.9】
本連載「農家が知っておきたい知的財産のハナシ」では、農業分野に携わる方々がこれからの時代に自分たちの「権利」を守り、生かすために身につけておきたい知的財産に関する知識を、各分野を専門とする弁護士の方々に解説していただきます。
前回は、特許権による保護を受けるために配慮すべき「公知・公用」について紹介いただきました。今回は、中村合同特許法律事務所の渡辺光先生に、「特許」でなく「営業秘密」として栽培技術・営農技術を守るメリットを教えていただきます。
第1回において、播種の時期、肥料の配合割合や施肥の時期、農薬の組み合わせや散布の時期、収穫時期の見分け方といった農業に関するノウハウは、関係者以外への開示を制限するなど厳密に管理されていれば、「営業秘密」として不正競争防止法による保護が受けられる可能性があるとお伝えしました。
今回は、この「営業秘密」がどのようにして保護されるのか、具体的に見ていきましょう。
農業ノウハウを不正競争防止法の営業秘密として保護するためには、同法が定める以下の要件を満たす「営業秘密」に該当する必要があります。
まず、秘密情報が記載されている書類などであれば「厳秘」、「秘」などと記載するようにしてください。口頭で伝える場合には、秘密情報であることを伝えてください。これにより、秘密情報であることを対外的に明らかにします。
しかし、それだけでは不十分です。書類に「秘」と記載していたとしても、従業員・アルバイトが誰でも立ち入ることのできる部屋の机の上に放置されていたり、従業員がアクセスできるパソコンに、パスワードもかけずに保存されていたら、秘密管理性は認められません。
書類は、鍵のかかるキャビネットに入れ、鍵の所持者を限定するなどの管理をする必要があります。パソコンに保存するのであれば、当該データの入った領域へのアクセスを一定の者に限定したり、パスワードで保護したりすることで、データを見ることのできる者を限定する必要があります。
ただし、パスワードをかけても、ディスプレイ脇にパスワードを書いた紙を貼っているようでは、秘密管理性は否定されてしまいますので、パスワードの適切な管理が重要です。
過去の裁判事例では、相当程度厳格に管理していないと、秘密管理性が認められてきませんでした。冒頭、「厳格に管理されていれば」とお伝えしたのは、その趣旨です。営業秘密の厳格な管理が必要であることを忘れないようにしてください。
第三者に開示する際には、秘密である旨を伝えるだけではなく、秘密保持契約を締結し、秘密に保持する義務を負わせなければなりません。従業員やアルバイトに栽培のノウハウを伝えざるを得ないと思いますが、その場合には、就業規則や個別の秘密保持契約に基づき従業員等が秘密保持義務を負っていることを確認してください。知る人が多くなればなるほど秘密の管理は難しくなりますので、教える必要がある最小限の人、それも信頼できる人にのみ、教えるようにしましょう。
農業に関するノウハウであれば、有用性は認められるでしょう。過去に失敗した実験データ(ネガティブデータ)に有用性が認められた事例もあります。肥料や農薬の配合割合、施肥の時期等で、試したけれども効果がなかったような方法であっても、同一の実験を繰り返す無駄を省くという効果はあります。
これに対し、犯罪の手口、脱税方法、虚偽情報、公序良俗に反する情報などは、有用性が否定されると言われています。
非公知性とは、「保有者の管理下以外では入手できない状態にあること」を言います。保有者以外の者が当該情報を知っていたとしても、秘密保持義務を負っているのであれば、非公知性が維持されます。
非公知性を失う典型的なケースが、新聞、雑誌、パンフレット等の刊行物への掲載です。取材でうっかり話したノウハウが記事に掲載されると、公知になってしまいます。
また、特許出願し、公開特許公報に掲載されても、非公知性を失うので、特許による保護を受けるか、秘密情報とし保護するのかを選択する必要があります。
営業秘密を盗み出したり、詐欺・脅迫により取得するなどの不正な手段により取得する行為や、取得した営業秘密を使用したり、第三者に開示したりする行為は、「不正競争行為」に該当します。アクセス権のない従業員による持ち出しや、外部からの不正アクセスによる流出はこの典型です。
また、適法に取得した営業秘密であっても、不正に利益を得る目的や、保有者に損害を与える目的で、当該営業秘密を使用したり、第三者に開示したりする行為も「不正競争行為」になります。アクセス権のある従業員による秘密情報の持ち出しや、守秘義務契約の下で営業秘密を開示した取引先による不正利用は、この類型です。
これらの不正競争行為に対しては、使用の差し止め、当該秘密情報の廃棄や、損害賠償を求めることができます。ただし、一旦秘密情報が漏えいすると、差し止めによって秘密性を回復したり、損害賠償によりすべての損害を回復したりすることは困難ですので、秘密情報を漏えいさせないことが何よりも大切です。
ところで、第6回では、栽培方法などは、「営業秘密」としての保護を受けるだけではなく、「特許」による保護もあり得ることをお伝えしました。この両方による保護が可能なとき、どちらで保護すべきなのでしょうか。
特許権侵害が違法であるとは言え、すべての特許権侵害を取り締まることは容易ではありません。出願から20年後には、原則として特許権は消滅し、その後は誰でも利用できてしまいます。また、特許権は外国には効力が及びません。
これに対して営業秘密は、上記3要件を満たし続ける限り、営業秘密としての保護を受けます。また、秘密である以上、外国で利用されることもありません。
そうすると、秘密として保持し続けることの容易性、取り締まりの容易性、外国での利用の可能性等を考慮しながら、いずれを選択するか判断することになります。
例えば、露地栽培における栽培ノウハウは、秘密としての保持が困難な場合が多いでしょう。そのような場合に、特許としての保護を検討すべきことになります。
他方、肥料や農薬の配合割合は、秘密として保持し続けることが難しくない場合が多いと思いますので、営業秘密としての保持に適していると考えられます。専門家のアドバイスを受けながら、対応を検討するようにしましょう。
以上見てきたように、栽培方法などのノウハウは、営業秘密として適切に管理している限り、秘密情報として不正競争防止法による保護を受けられます。
しかしながら、いったん営業秘密が漏えいし、広く拡散してしまうと、営業秘密を取り戻すことは事実上不可能です。漏えいしないように秘密としての管理を徹底すること、そしてやむをえず従業員や部外者に開示する場合には、信頼のできる人に限って、秘密保持義務を負わせてから伝えるようにしましょう。
農林水産省「農林水産業・食品産業の公的研究機関等のための知財マネジメントの手引き」(令和3年3月改訂)
https://www.affrc.maff.go.jp/docs/attach/pdf/intellect-17.pdf
農林水産省 農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/keiyaku.html
今回の講師:渡辺光(中村合同特許法律事務所)
弁護士・弁理士。特許権、商標権、意匠権、著作権、不正競争防止法等のあらゆる知財を駆使して依頼者のビジネスの地ならしを目指す。研究開発法人へのアドバイスなども手がける。「農林水産業・食品産業の公的研究機関等のための知財マネジメントの手引き」(令和3年3月改訂)の作成に携わる。
前回は、特許権による保護を受けるために配慮すべき「公知・公用」について紹介いただきました。今回は、中村合同特許法律事務所の渡辺光先生に、「特許」でなく「営業秘密」として栽培技術・営農技術を守るメリットを教えていただきます。
第1回において、播種の時期、肥料の配合割合や施肥の時期、農薬の組み合わせや散布の時期、収穫時期の見分け方といった農業に関するノウハウは、関係者以外への開示を制限するなど厳密に管理されていれば、「営業秘密」として不正競争防止法による保護が受けられる可能性があるとお伝えしました。
今回は、この「営業秘密」がどのようにして保護されるのか、具体的に見ていきましょう。
「営業秘密」として保護されるための3要件
農業ノウハウを不正競争防止法の営業秘密として保護するためには、同法が定める以下の要件を満たす「営業秘密」に該当する必要があります。
- 秘密として管理されていること(秘密管理性)
- 生産方法、販売方法、その他の事業活動に有用な、技術上又は営業上の情報であること(有用性)
- 公然と知られていないこと(非公知性)
(1)秘密管理性
まず、秘密情報が記載されている書類などであれば「厳秘」、「秘」などと記載するようにしてください。口頭で伝える場合には、秘密情報であることを伝えてください。これにより、秘密情報であることを対外的に明らかにします。
しかし、それだけでは不十分です。書類に「秘」と記載していたとしても、従業員・アルバイトが誰でも立ち入ることのできる部屋の机の上に放置されていたり、従業員がアクセスできるパソコンに、パスワードもかけずに保存されていたら、秘密管理性は認められません。
書類は、鍵のかかるキャビネットに入れ、鍵の所持者を限定するなどの管理をする必要があります。パソコンに保存するのであれば、当該データの入った領域へのアクセスを一定の者に限定したり、パスワードで保護したりすることで、データを見ることのできる者を限定する必要があります。
ただし、パスワードをかけても、ディスプレイ脇にパスワードを書いた紙を貼っているようでは、秘密管理性は否定されてしまいますので、パスワードの適切な管理が重要です。
過去の裁判事例では、相当程度厳格に管理していないと、秘密管理性が認められてきませんでした。冒頭、「厳格に管理されていれば」とお伝えしたのは、その趣旨です。営業秘密の厳格な管理が必要であることを忘れないようにしてください。
第三者に開示する際には、秘密である旨を伝えるだけではなく、秘密保持契約を締結し、秘密に保持する義務を負わせなければなりません。従業員やアルバイトに栽培のノウハウを伝えざるを得ないと思いますが、その場合には、就業規則や個別の秘密保持契約に基づき従業員等が秘密保持義務を負っていることを確認してください。知る人が多くなればなるほど秘密の管理は難しくなりますので、教える必要がある最小限の人、それも信頼できる人にのみ、教えるようにしましょう。
(2)有用性
農業に関するノウハウであれば、有用性は認められるでしょう。過去に失敗した実験データ(ネガティブデータ)に有用性が認められた事例もあります。肥料や農薬の配合割合、施肥の時期等で、試したけれども効果がなかったような方法であっても、同一の実験を繰り返す無駄を省くという効果はあります。
これに対し、犯罪の手口、脱税方法、虚偽情報、公序良俗に反する情報などは、有用性が否定されると言われています。
(3)非公知性
非公知性とは、「保有者の管理下以外では入手できない状態にあること」を言います。保有者以外の者が当該情報を知っていたとしても、秘密保持義務を負っているのであれば、非公知性が維持されます。
非公知性を失う典型的なケースが、新聞、雑誌、パンフレット等の刊行物への掲載です。取材でうっかり話したノウハウが記事に掲載されると、公知になってしまいます。
また、特許出願し、公開特許公報に掲載されても、非公知性を失うので、特許による保護を受けるか、秘密情報とし保護するのかを選択する必要があります。
「営業秘密」の漏えいに対する救済
営業秘密を盗み出したり、詐欺・脅迫により取得するなどの不正な手段により取得する行為や、取得した営業秘密を使用したり、第三者に開示したりする行為は、「不正競争行為」に該当します。アクセス権のない従業員による持ち出しや、外部からの不正アクセスによる流出はこの典型です。
また、適法に取得した営業秘密であっても、不正に利益を得る目的や、保有者に損害を与える目的で、当該営業秘密を使用したり、第三者に開示したりする行為も「不正競争行為」になります。アクセス権のある従業員による秘密情報の持ち出しや、守秘義務契約の下で営業秘密を開示した取引先による不正利用は、この類型です。
これらの不正競争行為に対しては、使用の差し止め、当該秘密情報の廃棄や、損害賠償を求めることができます。ただし、一旦秘密情報が漏えいすると、差し止めによって秘密性を回復したり、損害賠償によりすべての損害を回復したりすることは困難ですので、秘密情報を漏えいさせないことが何よりも大切です。
「営業秘密」と「特許」の仕分け
ところで、第6回では、栽培方法などは、「営業秘密」としての保護を受けるだけではなく、「特許」による保護もあり得ることをお伝えしました。この両方による保護が可能なとき、どちらで保護すべきなのでしょうか。
特許権侵害が違法であるとは言え、すべての特許権侵害を取り締まることは容易ではありません。出願から20年後には、原則として特許権は消滅し、その後は誰でも利用できてしまいます。また、特許権は外国には効力が及びません。
これに対して営業秘密は、上記3要件を満たし続ける限り、営業秘密としての保護を受けます。また、秘密である以上、外国で利用されることもありません。
そうすると、秘密として保持し続けることの容易性、取り締まりの容易性、外国での利用の可能性等を考慮しながら、いずれを選択するか判断することになります。
例えば、露地栽培における栽培ノウハウは、秘密としての保持が困難な場合が多いでしょう。そのような場合に、特許としての保護を検討すべきことになります。
他方、肥料や農薬の配合割合は、秘密として保持し続けることが難しくない場合が多いと思いますので、営業秘密としての保持に適していると考えられます。専門家のアドバイスを受けながら、対応を検討するようにしましょう。
まとめ
以上見てきたように、栽培方法などのノウハウは、営業秘密として適切に管理している限り、秘密情報として不正競争防止法による保護を受けられます。
しかしながら、いったん営業秘密が漏えいし、広く拡散してしまうと、営業秘密を取り戻すことは事実上不可能です。漏えいしないように秘密としての管理を徹底すること、そしてやむをえず従業員や部外者に開示する場合には、信頼のできる人に限って、秘密保持義務を負わせてから伝えるようにしましょう。
農林水産省「農林水産業・食品産業の公的研究機関等のための知財マネジメントの手引き」(令和3年3月改訂)
https://www.affrc.maff.go.jp/docs/attach/pdf/intellect-17.pdf
農林水産省 農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/keiyaku.html
今回の講師:渡辺光(中村合同特許法律事務所)
弁護士・弁理士。特許権、商標権、意匠権、著作権、不正競争防止法等のあらゆる知財を駆使して依頼者のビジネスの地ならしを目指す。研究開発法人へのアドバイスなども手がける。「農林水産業・食品産業の公的研究機関等のための知財マネジメントの手引き」(令和3年3月改訂)の作成に携わる。
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