日本で普及していない海外品種を日本で栽培してみたい。留意点は?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.13】
本連載「農家が知っておきたい知的財産のハナシ」では、農業分野に携わる方々がこれからの時代に自分たちの「権利」を守り、生かすために身に付けておきたい知的財産に関する知識を、各分野を専門とする弁護士の方々に解説していただきます。
前回は、種子や種苗の増殖に関する法律上の問題について教えていただきました。今回は、辻法律特許事務所の辻淳子先生に、日本で普及していない海外品種を日本で栽培する場合の留意点について紹介していただきます。
食文化の多様化や機能性野菜への注目も相まって、日本ではまだ珍しいヨーロッパ野菜や、体に良い成分を含むことからスーパーフードと称されたりする海外品種の国内生産への取り組みを耳にする機会も増えてきたように思います。
身近なトマトでも世界的には8000品種以上あるそうです。日本で普及していない海外品種を日本で栽培して、他の事業者との差別化を図り、潜在的な消費者のニーズに応えようとする場合に、知的財産権や関係する法律などについて、どんなことに気をつけておく必要があるでしょうか。
まず、栽培したい海外品種が、野生種や在来品種ではなく当該外国での登録品種であるときに、日本国内での栽培は海外の育成者権による制約を受けるのでしょうか。
本連載のvol.1でも説明があったように、登録によって権利が生じる特許権等の知的財産権には、「属地主義の原則」が多く採用されています。つまりこの原則のもとでは、特段の法律または条約に基づく規定がなければ、各知的財産権の保護が及ぶ地理的範囲は、登録された国の領域内に限定されることになると解されています(この点、地理的表示では、国際協定・法律に基づき他国のGI産品を自国のGIとする相互保護が可能となっています。また、不正競争防止法上の保護には登録を要さないので気をつけてください。)。
育成者権についても、「属地主義の原則」が適用され、海外の育成者権が日本国内に及ばないと解される場合が多いと考えられます。
したがって、日本国内で海外品種の種苗の入手、栽培や販売、当該品種に関する発明の実施、商標の使用を事業として行う場合には、その品種に関して、日本での育成者権、特許権、商標権の権利が認められているのかを確認することが大切です。
もし、日本での権利が存在するときには、侵害しないように法律の規定に従うこと、権利の利用・実施・使用について必要な許諾を受けることが求められます。
他方、国内に育成者権等の権利が存在しない場合でも、海外の育成者権者や提供者、または仲介する業者等との間で締結する、海外品種の種苗や関連技術の入手・利用に関する契約に基づいて、第三者への譲渡制限、対価の支払い、守秘義務、地理的限定などの様々な契約上の義務を負うことももちろんあり、契約当事者として契約事項の遵守という制約を受け得ることに留意が必要です。
ところで、海外品種の種苗の入手は、日本国内の種苗メーカーや販売業者から行うことが多いと思いますが、直接、海外の育成者権者や農業者、販売業者、研究所等から譲渡を受けるケースもあるかもしれません。
苗、穂木、球根、種子などの栽培用植物は、植物防疫法の規制に基づく輸入植物検疫の対象となり、輸出国政府機関により発行された検査証明書を添付して輸入検査を受けなければなりません。植物防疫所のホームページに詳しい情報がありますが、植物防疫法上、輸入が禁止されているものや輸出国での栽培地検査等が必要なもの、日本国内での隔離栽培が求められるものなどがあります。
カルタヘナ法(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律)に基づく承認を得ていない栽培用種子等の国内流通を防止するために、植物防疫所では、種苗の輸入時に遺伝子組換え農作物(LMO)混入の検査も行っています。
絶滅危惧種の保護等を定めるワシントン条約による規制や、特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律によって原則輸入禁止とされている種苗がある点にもご注意ください。
また、特許権、商標権等と同様に、育成者権についても、関税法で知的財産権に基づく水際規制が定められています。育成者権に基づく輸入差止申立ての実績はまだあまりないとは思いますが、法律上、国内の育成者権を侵害する種苗は輸入できません。
植物の種苗は、遺伝情報を伝える重要な役割を担う遺伝資源です。①生物の多様性の保全、②その持続可能な利用、さらに③遺伝資源の利用による利益の公正衡平な配分、を目的として、1993年に「生物多様性条約」(CBD)、2014年に「名古屋議定書」が発効しました。
CBDは、各国の遺伝資源(植物、動物、微生物を含みます)についてはその国に主権的権利があるとしており、海外の植物遺伝資源を取得するためには、遺伝資源の提供国の国内法令に従った手続きを行うことが必要となります。条約には、関連する伝統的な知識や慣行などの尊重や保護についても規定が設けられています。
海外で種苗を取得して日本に持ち込むに際して、当該国の権限機関が遺伝資源の提供国として要求するのであれば、その機関から遺伝資源のアクセスのための同意(PIC)を取得し、遺伝資源の提供者(企業、農業者、研究機関等)との間で遺伝資源の取得・利用に関する契約(MAT)を結ばなければならないとされます。
遺伝資源の提供国としての措置をとるのは主に開発途上国であり、日本を含む多くの先進国は、遺伝資源の利用国としての国内措置のみをとり、提供国としての要求を行っていません。(したがって、日本固有の野生種や栽培種の海外への持ち出しについて、提供国として生物多様性条約上の手続きを求めることはないことになります。)
提供国がどのような法令を定めているか、何が遺伝資源の利用に当たるかなどについて、環境省のホームページに多くの情報が提供されている他、農林水産省の「海外生物遺伝資源の利用促進のための総合窓口」へ疑問点を問い合わせることができます。
なお、2004年発効の食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約(ITPGR)に基づき、食料安全保障等の観点から重要な作物種(現時点では、イネ、小麦、トウモロコシ、かんきつ類等の35種類の食用作物、81種類の飼料用作物)で締結国の監督下にある公共のものについては、食料及び農業のための研究、育種及び教育目的の利用を対象として、提供国との間の個別合意ではなく、共通のルールに基づいた多数国間の制度が設けられています。この枠組みでは、遺伝資源を取得する際に用いられる契約書も共通の定型のもの(SMTA)になります。
育成者権が存続している種苗等は対象外ですが、加盟国のジーンバンク所蔵の植物遺伝資源への相互アクセスを可能にする制度で、日本も2013年に加盟しており、利用できます。
以上、日本で普及していない海外品種を日本で栽培・利用するときを想定して、知的財産権のみならず、防疫的な配慮や、生物多様性の保全や遺伝資源から生じる利益の配分などの要請から生じる留意点について説明してきました。
一般に海外との取引が関係する場合には、条約や相手方国の法令等の調査や、あまり慣れない種類の契約の締結が必要となることがありますが、官庁のサポートや弁護士への相談などを利用して、ぜひ新しい取り組みへの一歩を踏み出していただきたいと思います。
植物防疫所ホームページ(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/pps/
ABS(環境省)
http://abs.env.go.jp/
海外生物遺伝資源の利用促進のための総合窓口(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/GR/s_win_abs.html
「ITPGRに基づく植物遺伝資源の利用の手引き」(農林水産省)
https://www.affrc.maff.go.jp/docs/pgrfa/attach/pdf/gr-3.pdf
今回の講師:辻淳子(辻法律特許事務所)
弁護士・弁理士。京都大学理学部生物系卒業、ワシントン大学ロースクール知的財産法修士課程修了。知的財産権やデータに関する相談、契約、紛争解決に携わる。G検定(ディープラーニング)合格。農水知財に関する執筆として、「農林水産関係知財の法律相談Ⅰ・Ⅱ」(青林書院、共同執筆)、「『種苗法の一部を改正する法律案』の検討-植物新品種の保護に向けて」(知的財産紛争の最前線No.6、Law & Technology別冊)。
前回は、種子や種苗の増殖に関する法律上の問題について教えていただきました。今回は、辻法律特許事務所の辻淳子先生に、日本で普及していない海外品種を日本で栽培する場合の留意点について紹介していただきます。
海外品種を日本で栽培することになったら
食文化の多様化や機能性野菜への注目も相まって、日本ではまだ珍しいヨーロッパ野菜や、体に良い成分を含むことからスーパーフードと称されたりする海外品種の国内生産への取り組みを耳にする機会も増えてきたように思います。
身近なトマトでも世界的には8000品種以上あるそうです。日本で普及していない海外品種を日本で栽培して、他の事業者との差別化を図り、潜在的な消費者のニーズに応えようとする場合に、知的財産権や関係する法律などについて、どんなことに気をつけておく必要があるでしょうか。
海外の育成者権は日本国内に及ぶ?
まず、栽培したい海外品種が、野生種や在来品種ではなく当該外国での登録品種であるときに、日本国内での栽培は海外の育成者権による制約を受けるのでしょうか。
本連載のvol.1でも説明があったように、登録によって権利が生じる特許権等の知的財産権には、「属地主義の原則」が多く採用されています。つまりこの原則のもとでは、特段の法律または条約に基づく規定がなければ、各知的財産権の保護が及ぶ地理的範囲は、登録された国の領域内に限定されることになると解されています(この点、地理的表示では、国際協定・法律に基づき他国のGI産品を自国のGIとする相互保護が可能となっています。また、不正競争防止法上の保護には登録を要さないので気をつけてください。)。
育成者権についても、「属地主義の原則」が適用され、海外の育成者権が日本国内に及ばないと解される場合が多いと考えられます。
したがって、日本国内で海外品種の種苗の入手、栽培や販売、当該品種に関する発明の実施、商標の使用を事業として行う場合には、その品種に関して、日本での育成者権、特許権、商標権の権利が認められているのかを確認することが大切です。
もし、日本での権利が存在するときには、侵害しないように法律の規定に従うこと、権利の利用・実施・使用について必要な許諾を受けることが求められます。
他方、国内に育成者権等の権利が存在しない場合でも、海外の育成者権者や提供者、または仲介する業者等との間で締結する、海外品種の種苗や関連技術の入手・利用に関する契約に基づいて、第三者への譲渡制限、対価の支払い、守秘義務、地理的限定などの様々な契約上の義務を負うことももちろんあり、契約当事者として契約事項の遵守という制約を受け得ることに留意が必要です。
種苗の入手に際して注意しておくこと
ところで、海外品種の種苗の入手は、日本国内の種苗メーカーや販売業者から行うことが多いと思いますが、直接、海外の育成者権者や農業者、販売業者、研究所等から譲渡を受けるケースもあるかもしれません。
苗、穂木、球根、種子などの栽培用植物は、植物防疫法の規制に基づく輸入植物検疫の対象となり、輸出国政府機関により発行された検査証明書を添付して輸入検査を受けなければなりません。植物防疫所のホームページに詳しい情報がありますが、植物防疫法上、輸入が禁止されているものや輸出国での栽培地検査等が必要なもの、日本国内での隔離栽培が求められるものなどがあります。
カルタヘナ法(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律)に基づく承認を得ていない栽培用種子等の国内流通を防止するために、植物防疫所では、種苗の輸入時に遺伝子組換え農作物(LMO)混入の検査も行っています。
絶滅危惧種の保護等を定めるワシントン条約による規制や、特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律によって原則輸入禁止とされている種苗がある点にもご注意ください。
また、特許権、商標権等と同様に、育成者権についても、関税法で知的財産権に基づく水際規制が定められています。育成者権に基づく輸入差止申立ての実績はまだあまりないとは思いますが、法律上、国内の育成者権を侵害する種苗は輸入できません。
遺伝資源として種苗に適用される国際ルール
植物の種苗は、遺伝情報を伝える重要な役割を担う遺伝資源です。①生物の多様性の保全、②その持続可能な利用、さらに③遺伝資源の利用による利益の公正衡平な配分、を目的として、1993年に「生物多様性条約」(CBD)、2014年に「名古屋議定書」が発効しました。
CBDは、各国の遺伝資源(植物、動物、微生物を含みます)についてはその国に主権的権利があるとしており、海外の植物遺伝資源を取得するためには、遺伝資源の提供国の国内法令に従った手続きを行うことが必要となります。条約には、関連する伝統的な知識や慣行などの尊重や保護についても規定が設けられています。
海外で種苗を取得して日本に持ち込むに際して、当該国の権限機関が遺伝資源の提供国として要求するのであれば、その機関から遺伝資源のアクセスのための同意(PIC)を取得し、遺伝資源の提供者(企業、農業者、研究機関等)との間で遺伝資源の取得・利用に関する契約(MAT)を結ばなければならないとされます。
遺伝資源の提供国としての措置をとるのは主に開発途上国であり、日本を含む多くの先進国は、遺伝資源の利用国としての国内措置のみをとり、提供国としての要求を行っていません。(したがって、日本固有の野生種や栽培種の海外への持ち出しについて、提供国として生物多様性条約上の手続きを求めることはないことになります。)
提供国がどのような法令を定めているか、何が遺伝資源の利用に当たるかなどについて、環境省のホームページに多くの情報が提供されている他、農林水産省の「海外生物遺伝資源の利用促進のための総合窓口」へ疑問点を問い合わせることができます。
なお、2004年発効の食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約(ITPGR)に基づき、食料安全保障等の観点から重要な作物種(現時点では、イネ、小麦、トウモロコシ、かんきつ類等の35種類の食用作物、81種類の飼料用作物)で締結国の監督下にある公共のものについては、食料及び農業のための研究、育種及び教育目的の利用を対象として、提供国との間の個別合意ではなく、共通のルールに基づいた多数国間の制度が設けられています。この枠組みでは、遺伝資源を取得する際に用いられる契約書も共通の定型のもの(SMTA)になります。
育成者権が存続している種苗等は対象外ですが、加盟国のジーンバンク所蔵の植物遺伝資源への相互アクセスを可能にする制度で、日本も2013年に加盟しており、利用できます。
まとめ
以上、日本で普及していない海外品種を日本で栽培・利用するときを想定して、知的財産権のみならず、防疫的な配慮や、生物多様性の保全や遺伝資源から生じる利益の配分などの要請から生じる留意点について説明してきました。
一般に海外との取引が関係する場合には、条約や相手方国の法令等の調査や、あまり慣れない種類の契約の締結が必要となることがありますが、官庁のサポートや弁護士への相談などを利用して、ぜひ新しい取り組みへの一歩を踏み出していただきたいと思います。
植物防疫所ホームページ(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/pps/
ABS(環境省)
http://abs.env.go.jp/
海外生物遺伝資源の利用促進のための総合窓口(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/GR/s_win_abs.html
「ITPGRに基づく植物遺伝資源の利用の手引き」(農林水産省)
https://www.affrc.maff.go.jp/docs/pgrfa/attach/pdf/gr-3.pdf
今回の講師:辻淳子(辻法律特許事務所)
弁護士・弁理士。京都大学理学部生物系卒業、ワシントン大学ロースクール知的財産法修士課程修了。知的財産権やデータに関する相談、契約、紛争解決に携わる。G検定(ディープラーニング)合格。農水知財に関する執筆として、「農林水産関係知財の法律相談Ⅰ・Ⅱ」(青林書院、共同執筆)、「『種苗法の一部を改正する法律案』の検討-植物新品種の保護に向けて」(知的財産紛争の最前線No.6、Law & Technology別冊)。
【連載】農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ
- 日本で普及していない海外品種を日本で栽培してみたい。留意点は?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.13】
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