「栽培方法」の「公知・公用」とは? 特許取得に向けて相談すべき人は誰?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.8】
本連載「農家が知っておきたい知的財産のハナシ」では、農業分野に携わる方々がこれからの時代に自分たちの「権利」を守り、生かすために身につけておきたい知的財産に関する知識を、各分野を専門とする弁護士の方々に解説していただきます。
前回は、農産物の特殊な栽培方法で特許権が認められるための条件を紹介いただきました。今回は、早川尚志先生(愛知県弁護士会所属)に、特許権による保護を受けるために配慮すべき「公知・公用」について教えていただきます。
農業分野において「栽培方法」のような「技術」については、大きく分けて、「特許権」での保護と、「営業秘密(ノウハウ)」としての保護という2つの選択が考えられるところは本連載vol.6でご紹介しています。発見された「栽培方法」が、他の農業従事者の方にとっても再現可能な程度に技術として確立していれば、出願・登録手続を経たのちに「特許権」として保護されることになります。
しかし、「特許権」による保護を受けるためには、単に技術的な完成度を高めること以外にも配慮しなければならないことがあります。そのひとつが、当該技術が出願時において「公知・公用」な技術に当たらないようにすることです。
今回はこの「公知・公用」とはどんな状態なのか、そして具体的に特許として出願するために相談できる専門家などをご紹介します。
特許権により保護を図ろうとするならば、特許庁に特許出願をして、権利として登録される必要があります。
しかし、特許権は、「特許出願時において新規であり、進歩性を有する技術」を一般に公開することの代償として、特許出願の日から特許権者に20年間の技術の独占を認める権利です。
「栽培方法」の出願をした時点で、日本国内あるいは外国において公然と知られていたり、公然と行われていたりすると「公知・公用」と呼ばれ、新規性を有する技術ではないため、特許権として登録できません。
「栽培方法」の場合、研究室や植物工場等の、外部から容易に見ることのできない閉鎖的空間内で、第三者に公開しない形式で行っていれば比較的秘密は保ちやすいでしょう。しかし、何も視線を遮るもののない田畑、露地での栽培のように、通りがかりの第三者が見ることが容易にできるような場所での栽培の場合、公然と知られ得る可能性が高いといえます。
もちろん、液体肥料の使い分けが「栽培方法」のポイントであるといった場合には、施肥されている肥料の中身を通りすがりの第三者がすぐに見てとることは通常できません。なので上記のような田畑、露地での栽培であっても、公然と知られ「得る」状態であると即座に評価することはできないでしょう。
しかし、たとえば、農作物を植える畝の高低が「栽培方法」のポイントである場合に、視線を遮るもののない田畑、露地での栽培がされていると、どのような「栽培方法」なのかを第三者が見てとることが比較的容易であるため、公然と知られ「得る」状態であり、新規性が失われているとして特許権が登録できない可能性が高まると考えられます。
このように、「栽培方法」の開発当初から、単に技術面の追求をするにとどまらず、「他者に知られ得ない」開発環境をどのように確立するか、ということに配慮する必要があるのです。
第三者に知られないようにするためには、自らあるいは共に開発に携わった関係者(技術的助言をした外部専門家、あるいは当該栽培方法の実証実験を行う農家その他農業従事者も含まれ得ます)が出願時より前に不用意に「栽培方法」を公開しないような配慮も必要になります。実際、実務において、論文の上梓、学会や展示会での発表や展示、実証実験先の秘密管理体制の不備がしばしば問題となることもあるのです。
事後的な手当として、「うっかり」公開された日から1年以内に出願すれば、新規性は喪失しないという特許法の例外規定(法30条)があります。しかし、そもそも関係者が不用意に公開しないように、研究開発における秘密保持体制、あるいは研究成果の公表方法について、関係者間において契約を結び、かつ継続的な関係者の相互監視をすることが大事になってきます。
このように、農業に関わる技術の開発は、植物を対象とし、そのライフサイクルに沿った試行錯誤を行わざるを得ないために技術開発期間が長期間かかることが多く、そして、栽培が植物工場のような閉鎖的な環境での生産方法に限定されません。それゆえ、秘密保持のための手間と工夫の負荷が大きいことは否定できません。なかなかに困難な課題といえます。
そのため、「特許権」による保護を受けるためには、「栽培方法」を発見するよりもはるか前、「栽培方法」の試行錯誤を開始した時点から「公知・公用」にならないように配慮することが必要であり、可能な限り早めに知的財産にかかわる専門家にご相談いただき、当該専門家のサポートを適宜受けながら進める方が好ましいと思います。
「具体的にどのような専門家に相談すれば良いのか」と迷われると思います。弁理士と、知的財産に関する紛争および契約に関して経験を有する弁護士の双方にご相談いただくことをおすすめします。弁理士は技術に対する知見も有する特許出願業務を行う専門家の視点で、弁護士は法的リスクの予防に関する専門家の視点で、農家の方をサポートすることができます。
ご相談の際には、「(1)誰と、(2)どのような技術開発を、(3)どこで、(4)どれくらいの期間で、(5)どれくらいの予算で、行おうとしているのか」という情報をおまとめいただくことになります。
なお、「営業秘密(ノウハウ)」による保護を受けるために、栽培方法が「秘密として管理されていること」(秘密管理性)が、法律(不正競争防止法)で保護に値するための要件のひとつとして求められており、配慮するべき点は今回ご説明したことと重なる部分がありますが、この点は次回の連載に譲ることといたします。
今回の講師:早川尚志(愛知県弁護士会所属)
弁護士・弁理士。名古屋と東京を中心に、農水知財を含む知的財産権に関わる相談や交渉・争訟案件に携わる。「農林水産関係知財の法律相談 I・II」(青林書院)共同執筆者。
前回は、農産物の特殊な栽培方法で特許権が認められるための条件を紹介いただきました。今回は、早川尚志先生(愛知県弁護士会所属)に、特許権による保護を受けるために配慮すべき「公知・公用」について教えていただきます。
農業分野において「栽培方法」のような「技術」については、大きく分けて、「特許権」での保護と、「営業秘密(ノウハウ)」としての保護という2つの選択が考えられるところは本連載vol.6でご紹介しています。発見された「栽培方法」が、他の農業従事者の方にとっても再現可能な程度に技術として確立していれば、出願・登録手続を経たのちに「特許権」として保護されることになります。
しかし、「特許権」による保護を受けるためには、単に技術的な完成度を高めること以外にも配慮しなければならないことがあります。そのひとつが、当該技術が出願時において「公知・公用」な技術に当たらないようにすることです。
今回はこの「公知・公用」とはどんな状態なのか、そして具体的に特許として出願するために相談できる専門家などをご紹介します。
「栽培方法」の「公知・公用」とは?
特許権により保護を図ろうとするならば、特許庁に特許出願をして、権利として登録される必要があります。
しかし、特許権は、「特許出願時において新規であり、進歩性を有する技術」を一般に公開することの代償として、特許出願の日から特許権者に20年間の技術の独占を認める権利です。
「栽培方法」の出願をした時点で、日本国内あるいは外国において公然と知られていたり、公然と行われていたりすると「公知・公用」と呼ばれ、新規性を有する技術ではないため、特許権として登録できません。
他者に知られないための配慮
「栽培方法」の場合、研究室や植物工場等の、外部から容易に見ることのできない閉鎖的空間内で、第三者に公開しない形式で行っていれば比較的秘密は保ちやすいでしょう。しかし、何も視線を遮るもののない田畑、露地での栽培のように、通りがかりの第三者が見ることが容易にできるような場所での栽培の場合、公然と知られ得る可能性が高いといえます。
もちろん、液体肥料の使い分けが「栽培方法」のポイントであるといった場合には、施肥されている肥料の中身を通りすがりの第三者がすぐに見てとることは通常できません。なので上記のような田畑、露地での栽培であっても、公然と知られ「得る」状態であると即座に評価することはできないでしょう。
しかし、たとえば、農作物を植える畝の高低が「栽培方法」のポイントである場合に、視線を遮るもののない田畑、露地での栽培がされていると、どのような「栽培方法」なのかを第三者が見てとることが比較的容易であるため、公然と知られ「得る」状態であり、新規性が失われているとして特許権が登録できない可能性が高まると考えられます。
このように、「栽培方法」の開発当初から、単に技術面の追求をするにとどまらず、「他者に知られ得ない」開発環境をどのように確立するか、ということに配慮する必要があるのです。
出願時より前に対外的に公開していないか?
第三者に知られないようにするためには、自らあるいは共に開発に携わった関係者(技術的助言をした外部専門家、あるいは当該栽培方法の実証実験を行う農家その他農業従事者も含まれ得ます)が出願時より前に不用意に「栽培方法」を公開しないような配慮も必要になります。実際、実務において、論文の上梓、学会や展示会での発表や展示、実証実験先の秘密管理体制の不備がしばしば問題となることもあるのです。
事後的な手当として、「うっかり」公開された日から1年以内に出願すれば、新規性は喪失しないという特許法の例外規定(法30条)があります。しかし、そもそも関係者が不用意に公開しないように、研究開発における秘密保持体制、あるいは研究成果の公表方法について、関係者間において契約を結び、かつ継続的な関係者の相互監視をすることが大事になってきます。
誰にどうやって相談すべき?
このように、農業に関わる技術の開発は、植物を対象とし、そのライフサイクルに沿った試行錯誤を行わざるを得ないために技術開発期間が長期間かかることが多く、そして、栽培が植物工場のような閉鎖的な環境での生産方法に限定されません。それゆえ、秘密保持のための手間と工夫の負荷が大きいことは否定できません。なかなかに困難な課題といえます。
そのため、「特許権」による保護を受けるためには、「栽培方法」を発見するよりもはるか前、「栽培方法」の試行錯誤を開始した時点から「公知・公用」にならないように配慮することが必要であり、可能な限り早めに知的財産にかかわる専門家にご相談いただき、当該専門家のサポートを適宜受けながら進める方が好ましいと思います。
「具体的にどのような専門家に相談すれば良いのか」と迷われると思います。弁理士と、知的財産に関する紛争および契約に関して経験を有する弁護士の双方にご相談いただくことをおすすめします。弁理士は技術に対する知見も有する特許出願業務を行う専門家の視点で、弁護士は法的リスクの予防に関する専門家の視点で、農家の方をサポートすることができます。
ご相談の際には、「(1)誰と、(2)どのような技術開発を、(3)どこで、(4)どれくらいの期間で、(5)どれくらいの予算で、行おうとしているのか」という情報をおまとめいただくことになります。
なお、「営業秘密(ノウハウ)」による保護を受けるために、栽培方法が「秘密として管理されていること」(秘密管理性)が、法律(不正競争防止法)で保護に値するための要件のひとつとして求められており、配慮するべき点は今回ご説明したことと重なる部分がありますが、この点は次回の連載に譲ることといたします。
今回の講師:早川尚志(愛知県弁護士会所属)
弁護士・弁理士。名古屋と東京を中心に、農水知財を含む知的財産権に関わる相談や交渉・争訟案件に携わる。「農林水産関係知財の法律相談 I・II」(青林書院)共同執筆者。
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