農家のノウハウが詰まった「農業データ」を守るには?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.5】
本連載「農家が知っておきたい知的財産のハナシ」では、農業分野に携わる方々がこれからの時代に自分たちの「権利」を守り、生かすために身につけておきたい知的財産に関する知識を、各分野を専門とする弁護士の方々に解説していただきます。
前回は、ブランド野菜などオリジナルブランドを作る際に必要な商標権や育成者権について紹介いただきました。今回は、弁護士法人親和法律事務所の藤村慎也先生に、スマート農業に取り組む上で必要不可欠な「農業データ」を、農家側が守る方法としての知的財産権を教えていただきます。
ロボット、AI、IoT等の先端技術を活用して、生産物の収量・品質向上を可能にしていく農業のことを、「スマート農業」と呼んでいます。スマート農業によって、担い手不足や手作業への依存等の日本農業における生産現場の課題を解決していくことも期待されています。
農業の生産現場では、次のようなデータが存在し、利用されています。
政府は、2025年までに、農業の担い手のほぼすべてがデータを活用した農業を実践することを政策目標として掲げています。これからの農業がすべてスマート農業に移行していくとすれば、農業データの利活用なくして農業は成り立たなくなるといっても過言ではありません。
農業データには、土づくり、施肥、防除、育苗の手法、栽培環境など、長年培った農家独自のノウハウが詰まっています。このため、農業データを利活用する場合、農家のノウハウが流出し、競合する生産地や農家に不正利用されるのではないかという懸念が生じます。
このような農業データを法的に守るためには、どのような方法があるのでしょうか。
まず、知的財産権として守る方法があります。典型的には、不正競争防止法上の「営業秘密」または「限定提供データ」として守るというものです(※1)。
平たく言えば、農家が秘密として管理している情報が「営業秘密」で、いわゆる農業ビッグデータ等を念頭に、特定の第三者に提供することを目的とした情報が「限定提供データ」です。
「限定提供データ」から秘密管理情報が除外されるため、「営業秘密」と「限定提供データ」は重複しませんが、農業データごとに管理方法を変えるのは煩雑であり、現実的ではありません。
したがって、ノウハウを含む農業データについては、「営業秘密」として保護されるよう秘密管理を行い、農業ビックデータとしての利用を念頭に置く場合には、「限定提供データ」にも該当するように管理しておくというのが実務的な対応であると考えます。そうすると、農業のノウハウは、紙媒体(ノートやメモなど)ではなく、電子データで管理しておくことが最低限必要になります。
もっとも、農家が農業データを第三者との間で利活用する場合には、第三者にデータへのアクセスを認めるため、不正競争防止法による保護のみでは十分とは言えません。農業データの取り扱いを定め、自ら適切にコントロールできることが必要です。特に、農業データが知的財産権として保護されない場合には、この視点は必須です。
そこで、契約によって守るという方法が必要になります。そして、契約で取り決めた内容は、契約書や覚書等で書面化することが大切です。
スマート農業の進展に伴い、農業データを第三者との間で利活用する場面としては、以下のような例があります。
・AIを活用した自動収穫ロボットの研究開発において、農家が企業などに栽培データを提供する
・ドローンやロボット等の先端技術を実際の生産現場に導入する技術実証において、農機メーカー等が農家から圃場や収量等の農業データを収集する(※2)
まず、農家が研究開発や技術実証に参加する場合、研究開発や技術実証契約を締結する前に、参加者との間で「秘密保持契約(NDA)」を締結することが大切です。
というのも、仮にNDAを締結することなく、無防備に農業データやノウハウを開示したものの、本契約の締結に至らなかった場合、開示したデータ等が適切に廃棄される保証はありません。また、農家が農業データを「営業秘密」として保有していた場合に、NDAを締結することなく第三者に無防備に開示していたという事実をもって、その営業秘密の“秘密管理性”が否定されてしまう可能性もゼロではありません。
次に、研究開発や技術実証契約を締結する場合、農業データの取り扱いについても定め、契約書や覚書等により書面化することが必要です。農業データの取り扱いについては、例えば、以下のチェックポイントが挙げられます。
不動産や車であれば、「所有」という概念があり、登記や登録によってそれが公にされています。しかし、データには「所有」という概念がありません。ですので、農業データの利用権限が誰に帰属するのかを契約で明確に定めておくことは重要です。農業データには農家のノウハウが詰まっているため、農家に帰属させることが適切な場合が多いと考えられますが、いずれにしても、帰属についての確認は不可欠です。
農業データが農家の意に反して利用されないようにするためには、利用条件をきちんと確認することが重要です。
具体的には、農業データを特定した上で、
農業データの流出を防止するためには、管理方法についてもきちんと確認することが重要です。実効性を高めるために、漏えい時の損害賠償責任の範囲についても検討が必要です。
農家が過度に重い責任を負わされていないかについても、確認します。例えば、農家の生産活動は自然環境に左右されやすいため、工場内の機械の稼働データと異なり、農業データの品質は一定とは限りません。ですから、農家が農業データに徹底した品質保証を求められるのは、適切であるとはいえません。
農業データの受領者側で加工、分析等した結果、新たにデータ(「派生データ」と呼んでいます)が生じたり、これらデータを利用してプログラム等の成果物が生成されることがあります。これらデータや成果物については、当初の農業データとは区別して帰属や利用方法等が定められることが多いため、別途確認が必要です。
農業データには農家にとって貴重なノウハウが詰まっています。農業データの利活用を進めることはとても大切なことですが、後で「こんなはずではなかった」ということにならないよう、契約について慎重かつ専門的な視点での検討が欠かせません。
参考文献
・農林水産省「農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン」の「データ利活用編」、「ノウハウ活用編」
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/keiyaku.html
・経済産業省「限定提供データに関する指針」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31pd.pdf
※1データそのものは特許の対象とならず、著作物に該当する場面も極めて限定的であるため、データそのものを特許法や著作権法で保護するのは困難であると考えられます。
※2この他に、農家が、IT事業者が販売する製品・サービスを使って栽培データを入力し、IT事業者が管理するサーバ等にデータが蓄積される例も、第三者が農業データを利活用する場面として考えられます。この場合、IT事業者は、予め利用規約や利用契約のひな型を定めていることが多く、利用者はこれらの事前チェックが欠かせません。
今回の講師:藤村慎也(弁護士法人親和法律事務所)
弁護士(大阪弁護士会所属)。個人情報、パーソナルデータ等の取扱い、ITシステム開発の法的サポートに多く従事し、不正競争防止法や著作権法等の知財紛争事件も取り扱っている。
前回は、ブランド野菜などオリジナルブランドを作る際に必要な商標権や育成者権について紹介いただきました。今回は、弁護士法人親和法律事務所の藤村慎也先生に、スマート農業に取り組む上で必要不可欠な「農業データ」を、農家側が守る方法としての知的財産権を教えていただきます。
農業データの価値とは
ロボット、AI、IoT等の先端技術を活用して、生産物の収量・品質向上を可能にしていく農業のことを、「スマート農業」と呼んでいます。スマート農業によって、担い手不足や手作業への依存等の日本農業における生産現場の課題を解決していくことも期待されています。
農業の生産現場では、次のようなデータが存在し、利用されています。
政府は、2025年までに、農業の担い手のほぼすべてがデータを活用した農業を実践することを政策目標として掲げています。これからの農業がすべてスマート農業に移行していくとすれば、農業データの利活用なくして農業は成り立たなくなるといっても過言ではありません。
農業データの守り方
農業データには、土づくり、施肥、防除、育苗の手法、栽培環境など、長年培った農家独自のノウハウが詰まっています。このため、農業データを利活用する場合、農家のノウハウが流出し、競合する生産地や農家に不正利用されるのではないかという懸念が生じます。
このような農業データを法的に守るためには、どのような方法があるのでしょうか。
まず、知的財産権として守る方法があります。典型的には、不正競争防止法上の「営業秘密」または「限定提供データ」として守るというものです(※1)。
平たく言えば、農家が秘密として管理している情報が「営業秘密」で、いわゆる農業ビッグデータ等を念頭に、特定の第三者に提供することを目的とした情報が「限定提供データ」です。
「限定提供データ」から秘密管理情報が除外されるため、「営業秘密」と「限定提供データ」は重複しませんが、農業データごとに管理方法を変えるのは煩雑であり、現実的ではありません。
したがって、ノウハウを含む農業データについては、「営業秘密」として保護されるよう秘密管理を行い、農業ビックデータとしての利用を念頭に置く場合には、「限定提供データ」にも該当するように管理しておくというのが実務的な対応であると考えます。そうすると、農業のノウハウは、紙媒体(ノートやメモなど)ではなく、電子データで管理しておくことが最低限必要になります。
もっとも、農家が農業データを第三者との間で利活用する場合には、第三者にデータへのアクセスを認めるため、不正競争防止法による保護のみでは十分とは言えません。農業データの取り扱いを定め、自ら適切にコントロールできることが必要です。特に、農業データが知的財産権として保護されない場合には、この視点は必須です。
そこで、契約によって守るという方法が必要になります。そして、契約で取り決めた内容は、契約書や覚書等で書面化することが大切です。
共同研究や実証の際に農家が心構えしておくべきこと
スマート農業の進展に伴い、農業データを第三者との間で利活用する場面としては、以下のような例があります。
・AIを活用した自動収穫ロボットの研究開発において、農家が企業などに栽培データを提供する
・ドローンやロボット等の先端技術を実際の生産現場に導入する技術実証において、農機メーカー等が農家から圃場や収量等の農業データを収集する(※2)
まず、農家が研究開発や技術実証に参加する場合、研究開発や技術実証契約を締結する前に、参加者との間で「秘密保持契約(NDA)」を締結することが大切です。
というのも、仮にNDAを締結することなく、無防備に農業データやノウハウを開示したものの、本契約の締結に至らなかった場合、開示したデータ等が適切に廃棄される保証はありません。また、農家が農業データを「営業秘密」として保有していた場合に、NDAを締結することなく第三者に無防備に開示していたという事実をもって、その営業秘密の“秘密管理性”が否定されてしまう可能性もゼロではありません。
次に、研究開発や技術実証契約を締結する場合、農業データの取り扱いについても定め、契約書や覚書等により書面化することが必要です。農業データの取り扱いについては、例えば、以下のチェックポイントが挙げられます。
●農業データの利用権限が誰に帰属するか
不動産や車であれば、「所有」という概念があり、登記や登録によってそれが公にされています。しかし、データには「所有」という概念がありません。ですので、農業データの利用権限が誰に帰属するのかを契約で明確に定めておくことは重要です。農業データには農家のノウハウが詰まっているため、農家に帰属させることが適切な場合が多いと考えられますが、いずれにしても、帰属についての確認は不可欠です。
●農業データの管理方法と損害賠償責任
農業データが農家の意に反して利用されないようにするためには、利用条件をきちんと確認することが重要です。
具体的には、農業データを特定した上で、
- 利用目的が限定されているか
- 農業データの加工が行われるか
- 第三者提供が行われるか
- 農家の自己利用が認められているか(提供先に独占的な利用権が付与されていないか)
農業データの流出を防止するためには、管理方法についてもきちんと確認することが重要です。実効性を高めるために、漏えい時の損害賠償責任の範囲についても検討が必要です。
●農家に課せられる品質保証
農家が過度に重い責任を負わされていないかについても、確認します。例えば、農家の生産活動は自然環境に左右されやすいため、工場内の機械の稼働データと異なり、農業データの品質は一定とは限りません。ですから、農家が農業データに徹底した品質保証を求められるのは、適切であるとはいえません。
●農業データをもとにした「派生データ」の取り扱い
農業データの受領者側で加工、分析等した結果、新たにデータ(「派生データ」と呼んでいます)が生じたり、これらデータを利用してプログラム等の成果物が生成されることがあります。これらデータや成果物については、当初の農業データとは区別して帰属や利用方法等が定められることが多いため、別途確認が必要です。
最後に
農業データには農家にとって貴重なノウハウが詰まっています。農業データの利活用を進めることはとても大切なことですが、後で「こんなはずではなかった」ということにならないよう、契約について慎重かつ専門的な視点での検討が欠かせません。
参考文献
・農林水産省「農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン」の「データ利活用編」、「ノウハウ活用編」
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/keiyaku.html
・経済産業省「限定提供データに関する指針」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31pd.pdf
※1データそのものは特許の対象とならず、著作物に該当する場面も極めて限定的であるため、データそのものを特許法や著作権法で保護するのは困難であると考えられます。
※2この他に、農家が、IT事業者が販売する製品・サービスを使って栽培データを入力し、IT事業者が管理するサーバ等にデータが蓄積される例も、第三者が農業データを利活用する場面として考えられます。この場合、IT事業者は、予め利用規約や利用契約のひな型を定めていることが多く、利用者はこれらの事前チェックが欠かせません。
今回の講師:藤村慎也(弁護士法人親和法律事務所)
弁護士(大阪弁護士会所属)。個人情報、パーソナルデータ等の取扱い、ITシステム開発の法的サポートに多く従事し、不正競争防止法や著作権法等の知財紛争事件も取り扱っている。
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