複数の生産者による「知的財産権」の取得は可能か?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.3】
本連載「農家が知っておきたい知的財産のハナシ」では、農業分野に携わる方々がこれからの時代に自分たちの「権利」を守り、生かすために身につけておきたい知的財産に関する知識を、各分野を専門とする弁護士の方々に解説していただきます。
前回は、農業の分野で実際にどのような権利が知的財産権として保護されているのか、具体的な事例を交えて紹介いただきました。今回は、弁護士法人クレオ国際法律特許事務所の西脇怜史先生に、複数の生産者がいる場合の知的財産権の考え方について教えていただきます。
「農業における知的財産権」というと、個人もしくは法人による品種や栽培方法の研究・開発、6次産業化などの独自のアイデアやブランドなどがイメージされると思います。
ですが、地域ぐるみで一緒に作業したり、複数の生産者が協力した結果としての栽培方法の確立や育種による種苗開発などを行っているケースもあります。また、町おこしとして地域全体でブランディングを試みることもあるでしょう。
では、栽培方法や品種改良などが複数人によって実現された場合、知的財産権はどのように考えればいいのでしょうか? 代表者がその権利を取得するのか、はたまた共有財産として扱うことができるのか──今回はそんなケースについて考えてみたいと思います。
「知的財産権」としては、特許権、実用新案権、育成者権、意匠権、著作権、商標権等が挙げられ、これらは、複数人で権利を取得できます。
例えば、複数の生産者が共同して田植機を発明した場合、発明者はその複数の生産者であり、共同で特許出願して、特許権を取得できます。
なお、生産者が取得できる知的財産権に関する詳細は、岡田次弘先生が執筆されたコラムをご覧ください。
農作業に「知的財産権」があるってどういうこと? どんなふうに役に立つ?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.1】
農産物を安定した適正価格で数多く購入してもらうために、複数の生産者が知恵を絞り、また他の事業者も巻き込み、地域の特徴を生かしたブランド化を試みることもあろうかと思います。
そのとき活用できる制度が「地域団体商標制度」です。
地域団体商標制度により、ある一定の組合等は、その構成員に使用させる商標として、一定の要件を充たすものについて、地域団体商標として商標登録を受けることができます。
2021年3月19日現在、出願却下を除くすべての地域団体商標の出願件数は1245件であり、出願・権利存続中のものは、762件におよびます。
どのような商標が地域団体商標として活用されているのかについては、特許庁が、地域団体商標活用事例を2008年から毎年発行し、地域団体商標ガイドブックとして「地域ブランド10の成功物語」を電子データで閲覧できますので、参考にしてください(※1)。
地域団体商標を取得できる出願人は、農業協同組合(JA)や商工会、商工会議所等、地域に根ざした団体に限定されています。
そして登録された地域団体商標は、その商標権者の構成員であれば使用できます。
例えば、有田みかん(商標登録第5002567号)は、JAありだの組合員農家が使用できます。
生産者が地域団体商標を使用したい場合、法人格を有する組合に構成員として所属することや、組合を設立して取得する等の方法が考えられます。
「喜多方ラーメン事件」では、喜多方市内外の第三者(アウトサイダー)が出願商標「喜多方ラーメン」の文字を含む商標を相当長期間にわたり使用していること等を考慮して、周知性の要件を否定して登録を認めませんでした(※2)。
したがいまして、地域団体商標を取得する際には、アウトサイダーの使用実態を把握し、他の組合等が使用している場合には、他の組合等と共同して出願することを検討すべきです。
地理的表示やGIという言葉を聞いたことがあるかもしれません。
地理的表示保護制度とは、産品の名称を知的財産として登録し、保護する制度で、地域団体商標制度と似て非なるものです。
地域団体商標と農林水産物等の地理的表示(GI)の主な相違点をまとめますと次の通りです。
所属する団体とその構成員のブランドとして保護するのであれば、地域団体商標制度を利用し、より広域に考え、団体としての独占排他的な使用を地域全体の共有財産として保護し活用していく予定であれば、GI制度がよいでしょう。
また、地域団体商標について、外国でも保護を受けるべく、海外に出願することが考えられます。その場合、取引する国数が増えるにつれコストがかさみます。その際には、GIを申請して取得し、不正使用への国の取り締まりに期待することもよいでしょう。
以上のとおり、複数の生産者による知的財産権の取得は可能です。
複数の生産者で権利を共有することは、一人で権利を所有することと比較すると、その権利を他者に譲渡あるいはライセンスを付与したいと思っても、他の共有者の同意がなければできないという点でデメリットがあります。しかしながら、権利を取得する際にかかる費用(弁理士費用等)や、権利を維持する際にかかる費用を分担できるので、予算がない場合には共同して権利化し共有することも一考に値するでしょう。
また、複数の生産者やその他の事業者が一緒になり地域ブランドをダイナミックに活性化したいのであれば、地域団体商標制度も活用できますし、より広域でみた場合には、GIを検討してみてはいかがでしょうか。
参考文献
『農林水産関係知財の法律相談Ⅰ・Ⅱ』(日弁連知的財産センター、弁護士知財ネット監修/青林書院)
『攻めの農林水産業のための知財戦略~食の日本ブランドの確立に向けて~農水知財基本テキスト』(農水知財基本テキスト編集委員会編/一般社団法人経済産業調査会)
※1地域団体商標活用事例(特許庁)
https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/katsuyo-jire.html
地域団体商標ガイドブック(特許庁)
https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/tiikibrand.html
※2喜多方ラーメン事件:知財高裁判決平成22年11月15日判時2111号109頁
今回の講師:西脇怜史(弁護士法人クレオ国際法律特許事務所)
弁護士・弁理士。弁護士法人クレオ国際法律特許事務所所長。主に特許・商標・意匠等の権利化、権利活用、著作権にまつわる契約関係・不正競争防止法関係をサポート。事務所としては複数の民間企業・国立研究開発法人から農業関連の特許出願案件を受任。「農林水産関係知財の法律相談 I・II」(青林書院)共同執筆者。地理的表示登録申請支援に係る有識者意見交換会委員。知財担当者向けに、noteを更新。
前回は、農業の分野で実際にどのような権利が知的財産権として保護されているのか、具体的な事例を交えて紹介いただきました。今回は、弁護士法人クレオ国際法律特許事務所の西脇怜史先生に、複数の生産者がいる場合の知的財産権の考え方について教えていただきます。
地域の権利を守るには
「農業における知的財産権」というと、個人もしくは法人による品種や栽培方法の研究・開発、6次産業化などの独自のアイデアやブランドなどがイメージされると思います。
ですが、地域ぐるみで一緒に作業したり、複数の生産者が協力した結果としての栽培方法の確立や育種による種苗開発などを行っているケースもあります。また、町おこしとして地域全体でブランディングを試みることもあるでしょう。
では、栽培方法や品種改良などが複数人によって実現された場合、知的財産権はどのように考えればいいのでしょうか? 代表者がその権利を取得するのか、はたまた共有財産として扱うことができるのか──今回はそんなケースについて考えてみたいと思います。
複数の生産者が関わる場合の「知的財産権」とは?
「知的財産権」としては、特許権、実用新案権、育成者権、意匠権、著作権、商標権等が挙げられ、これらは、複数人で権利を取得できます。
例えば、複数の生産者が共同して田植機を発明した場合、発明者はその複数の生産者であり、共同で特許出願して、特許権を取得できます。
なお、生産者が取得できる知的財産権に関する詳細は、岡田次弘先生が執筆されたコラムをご覧ください。
農作業に「知的財産権」があるってどういうこと? どんなふうに役に立つ?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.1】
地域の特徴を生かした権利「地域団体商標」
農産物を安定した適正価格で数多く購入してもらうために、複数の生産者が知恵を絞り、また他の事業者も巻き込み、地域の特徴を生かしたブランド化を試みることもあろうかと思います。
そのとき活用できる制度が「地域団体商標制度」です。
地域団体商標制度により、ある一定の組合等は、その構成員に使用させる商標として、一定の要件を充たすものについて、地域団体商標として商標登録を受けることができます。
2021年3月19日現在、出願却下を除くすべての地域団体商標の出願件数は1245件であり、出願・権利存続中のものは、762件におよびます。
どのような商標が地域団体商標として活用されているのかについては、特許庁が、地域団体商標活用事例を2008年から毎年発行し、地域団体商標ガイドブックとして「地域ブランド10の成功物語」を電子データで閲覧できますので、参考にしてください(※1)。
「地域団体商標」を使用できる生産者
地域団体商標を取得できる出願人は、農業協同組合(JA)や商工会、商工会議所等、地域に根ざした団体に限定されています。
そして登録された地域団体商標は、その商標権者の構成員であれば使用できます。
例えば、有田みかん(商標登録第5002567号)は、JAありだの組合員農家が使用できます。
生産者が地域団体商標を使用したい場合、法人格を有する組合に構成員として所属することや、組合を設立して取得する等の方法が考えられます。
「地域団体商標」を取得する際に留意すべきポイント
「喜多方ラーメン事件」では、喜多方市内外の第三者(アウトサイダー)が出願商標「喜多方ラーメン」の文字を含む商標を相当長期間にわたり使用していること等を考慮して、周知性の要件を否定して登録を認めませんでした(※2)。
したがいまして、地域団体商標を取得する際には、アウトサイダーの使用実態を把握し、他の組合等が使用している場合には、他の組合等と共同して出願することを検討すべきです。
地域のブランドを地域の生産者で共有できる「地理的表示」(GI)
地理的表示やGIという言葉を聞いたことがあるかもしれません。
地理的表示保護制度とは、産品の名称を知的財産として登録し、保護する制度で、地域団体商標制度と似て非なるものです。
地域団体商標と農林水産物等の地理的表示(GI)の主な相違点をまとめますと次の通りです。
所属する団体とその構成員のブランドとして保護するのであれば、地域団体商標制度を利用し、より広域に考え、団体としての独占排他的な使用を地域全体の共有財産として保護し活用していく予定であれば、GI制度がよいでしょう。
また、地域団体商標について、外国でも保護を受けるべく、海外に出願することが考えられます。その場合、取引する国数が増えるにつれコストがかさみます。その際には、GIを申請して取得し、不正使用への国の取り締まりに期待することもよいでしょう。
まとめ
以上のとおり、複数の生産者による知的財産権の取得は可能です。
複数の生産者で権利を共有することは、一人で権利を所有することと比較すると、その権利を他者に譲渡あるいはライセンスを付与したいと思っても、他の共有者の同意がなければできないという点でデメリットがあります。しかしながら、権利を取得する際にかかる費用(弁理士費用等)や、権利を維持する際にかかる費用を分担できるので、予算がない場合には共同して権利化し共有することも一考に値するでしょう。
また、複数の生産者やその他の事業者が一緒になり地域ブランドをダイナミックに活性化したいのであれば、地域団体商標制度も活用できますし、より広域でみた場合には、GIを検討してみてはいかがでしょうか。
参考文献
『農林水産関係知財の法律相談Ⅰ・Ⅱ』(日弁連知的財産センター、弁護士知財ネット監修/青林書院)
『攻めの農林水産業のための知財戦略~食の日本ブランドの確立に向けて~農水知財基本テキスト』(農水知財基本テキスト編集委員会編/一般社団法人経済産業調査会)
※1地域団体商標活用事例(特許庁)
https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/katsuyo-jire.html
地域団体商標ガイドブック(特許庁)
https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/tiikibrand.html
※2喜多方ラーメン事件:知財高裁判決平成22年11月15日判時2111号109頁
今回の講師:西脇怜史(弁護士法人クレオ国際法律特許事務所)
弁護士・弁理士。弁護士法人クレオ国際法律特許事務所所長。主に特許・商標・意匠等の権利化、権利活用、著作権にまつわる契約関係・不正競争防止法関係をサポート。事務所としては複数の民間企業・国立研究開発法人から農業関連の特許出願案件を受任。「農林水産関係知財の法律相談 I・II」(青林書院)共同執筆者。地理的表示登録申請支援に係る有識者意見交換会委員。知財担当者向けに、noteを更新。
【連載】農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ
- 日本で普及していない海外品種を日本で栽培してみたい。留意点は?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.13】
- 種子や種苗の「自家増殖」はどこからが違法?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.12】
- 権利取得した栽培技術を無許可で利用されたらどうすればいい?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.11】
- 知らずにやっている農業の「知的財産権の侵害」とは? どこからどこまでが違法?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.10】
- 栽培技術は「特許」よりも「営業秘密」として守る方がいい?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.9】
- 「栽培方法」の「公知・公用」とは? 特許取得に向けて相談すべき人は誰?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.8】
- 農産物の特殊な栽培方法で特許権が認められるための条件は?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.7】
- 「営農技術」を守り、活用するための具体的な方法とは?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.6】
- 農家のノウハウが詰まった「農業データ」を守るには?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.5】
- オリジナルブランドを作る際に必要な「知的財産権」の知識は?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.4】
- 複数の生産者による「知的財産権」の取得は可能か?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.3】
- 生産者の「権利」にはどんなものがある?イチゴやブドウ栽培の知財活用事例【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.2】
- 農作業に「知的財産権」があるってどういうこと? 営農技術を保護する方法【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.1】
SHARE