「営農技術」を守り、活用するための具体的な方法とは?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.6】
本連載「農家が知っておきたい知的財産のハナシ」では、農業分野に携わる方々がこれからの時代に自分たちの「権利」を守り、生かすために身につけておきたい知的財産に関する知識を、各分野を専門とする弁護士の方々に解説していただきます。
前回は、スマート農業に取り組む上で必要不可欠な「農業データ」を守る方法としての知的財産権を紹介いただきました。今回は、ライツ法律特許事務所の平井佑希先生に、農家が自分の「営農技術」などを守り、活用するための知的財産権を教えていただきます。
最近では以前に比べれば「知的財産権」という言葉が一般的になってきました。しかしその内容については、まだまだ正確には理解されていないように思います。
「知的財産権」と呼ばれる中には、「著作権」や「特許権」といった比較的なじみのあるものから、「回路配置利用権」という弁護士ですら普段耳にすることがないような権利まで、多種多様な権利が含まれています。
いずれも人間の知的創作活動の成果を保護するものではありますが、それぞれの「知的財産権」には、どのような知的創作活動を保護するのかという、守備範囲が決められています。
例えば農業分野に関係するものとして、栽培方法のような「営農技術」は、大きく分けて、「特許権」(※1)での保護と、「営業秘密(ノウハウ)」としての保護という2つの選択が考えられます。
特許というと、典型的には機械とか通信などの工業的な技術が頭に浮かぶかもしれませんが、農業の栽培方法なども特許として保護することは可能です。過去には「桃の新品種黄桃の育種増殖法」が特許で保護されるかどうかについて最高裁判所まで争われ、最高裁が特許権による保護を認めたという例もあります(※2)。
ただ、特許による保護を求める場合には、特許庁に出願して審査してもらい、特許登録をするという手続きが必要になります。これに対して栽培方法を営業秘密(ノウハウ)として保護する場合には、こういった手続きは必要ありませんが、その分きちんと営業秘密として法律(不正競争防止法)で保護するに値するだけの要件を備えている必要があります。例えば、他人に知られないように、きちんと営業秘密として管理されていることなどが必要です。
このように同じ営農技術を保護する場合であっても、特許による保護と営業秘密としての保護では、それぞれ長所・短所があります。いずれの場合でも、他人に広く知られてしまうと、保護が難しくなりますので、新しい栽培方法を思いついたような場合には、早めに専門家にご相談いただくのが良いと思います。
なお、栽培方法のほかにも、農業分野でいえば、農業用機械、肥料、農薬などに関する新たな技術も特許や営業秘密として保護を図ることが可能です。
特許情報プラットフォームで、「栽培方法」という名称の発明で、特許として登録されたものを検索すると1247件ヒットします。
例えば根に対して成長ストレスを与えながら人参を栽培する方法の特許(※3)や、2種類の液肥を使い分けるホウレンソウの栽培方法の特許(※4)といったものから、取り入れられる自然光の光量を予測して、その予測に応じて人工光を照射する栽培システムの特許(※5)といったものまでさまざまです。
もちろん、品目による制限はなく、キノコ類から、野菜類、果樹などさまざまな栽培方法に特許登録が認められていますし、品目を限定しない特許も多数登録されています。
農業分野に関係する知的財産権は特許やノウハウにとどまるわけではなく、ペットネームを保護する「商標法」や品種そのものを保護する「種苗法」もあります。また、例えば収穫物を運ぶためのトレイの形状などの工業デザインは「意匠法」という法律で保護されていますし、ご当地キャラなどのキャラクター画像などは「著作権法」で保護されています。
最近では、和牛の性液や受精卵を保護する「家畜遺伝資源に係る不正競争の防止に関する法律」も制定されました。スマート農業という文脈で言えば、コンピュータープログラムは「著作権」で、ビッグデータなどは「不正競争防止法」で、それぞれ保護されています。
このように、知的財産権はそれぞれ守備範囲が決まっていますが、近年農業分野と知的財産権は、切っても切れない関係になっていると言えます。
農業分野における「知的財産権」の主な守備範囲
このように農業分野にも多くの知的財産権が関係していますが、「知的財産権」と言うと、技術などを独り占めして他の人に使わせないという、やや「意地悪」なイメージを持たれるかもしれません。
確かに知的財産権は「独占」できる権利ではありますが、一方で、他の人にライセンスすること(独占しないこと)もできます。特許を取得した上で、それを自分だけで独占するのか、みんなにライセンスして使ってもらうのかは権利者の自由です。
言い換えれば、自分が生み出した機械や栽培方法などについて、使う/使わないを含め、「自分でコントロールする」ことができる権利が知的財産権なのです。
これまで農業分野では、他の産業に比べて、必ずしも知的財産権が積極的に活用されてきたとは言えないように思います。周囲の人たちを含め、みんなで助け合う文化が根づいている農業分野で、知的財産権で「独占」するということは、あまりなじまなかったのかもしれません。
しかし知的財産権は、単に1人で独占するためだけではなく、例えば自分が生み出した栽培方法を正しく伝達するために、技術等をコントロールするためにも活用することができます。
近年農業分野でも知的財産権の活用が浸透しつつありますので、新たな栽培方法などを生み出した時には、知的財産権による保護と活用を検討してみてはいかがでしょうか。
特許情報プラットフォーム
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
※1 特許権と似た知的財産権として、実用新案権もあります。いずれも技術的なアイデアを保護する点で共通します。
※2 最三小判平12・2・29(平8オ2224)https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52590
「発明」であるためには、ある特定の人物だけが実現できる「技能」であってはならないのですが、この事件ではある栽培方法が「発明」に当たるかどうかが問題となりました。最高裁判所は、発明であるというためには、科学的な再現性があれば足り、その確率が高いかどうかは問わないと判断しました。
※3 特許第6835998号(人参の栽培方法)
※4 特許第6849478号(ホウレンソウの水耕栽培方法)
※5 特許第6862682号(水耕栽培システム)
今回の講師:平井佑希(ライツ法律特許事務所)
弁護士・弁理士。北海道大学農学部森林科学科、同大学院農学研究科森林化学専攻修了。大学時代は松ヤニや白樺の樹液などの森林由来成分の分析、対生物活性測定の研究を行う。弁護士登録後は、知的財産に関する紛争、法律相談を扱う。農水知財に関する執筆として、「農林水産関係知財の法律相談 I・II」(青林書院)、「育成者権者(しいたけ)侵害事件判決」(経済産業調査会)など。
前回は、スマート農業に取り組む上で必要不可欠な「農業データ」を守る方法としての知的財産権を紹介いただきました。今回は、ライツ法律特許事務所の平井佑希先生に、農家が自分の「営農技術」などを守り、活用するための知的財産権を教えていただきます。
農業分野に関わる知的財産権の守備範囲
最近では以前に比べれば「知的財産権」という言葉が一般的になってきました。しかしその内容については、まだまだ正確には理解されていないように思います。
「知的財産権」と呼ばれる中には、「著作権」や「特許権」といった比較的なじみのあるものから、「回路配置利用権」という弁護士ですら普段耳にすることがないような権利まで、多種多様な権利が含まれています。
いずれも人間の知的創作活動の成果を保護するものではありますが、それぞれの「知的財産権」には、どのような知的創作活動を保護するのかという、守備範囲が決められています。
栽培方法・栽培技術が対象の場合
例えば農業分野に関係するものとして、栽培方法のような「営農技術」は、大きく分けて、「特許権」(※1)での保護と、「営業秘密(ノウハウ)」としての保護という2つの選択が考えられます。
特許というと、典型的には機械とか通信などの工業的な技術が頭に浮かぶかもしれませんが、農業の栽培方法なども特許として保護することは可能です。過去には「桃の新品種黄桃の育種増殖法」が特許で保護されるかどうかについて最高裁判所まで争われ、最高裁が特許権による保護を認めたという例もあります(※2)。
ただ、特許による保護を求める場合には、特許庁に出願して審査してもらい、特許登録をするという手続きが必要になります。これに対して栽培方法を営業秘密(ノウハウ)として保護する場合には、こういった手続きは必要ありませんが、その分きちんと営業秘密として法律(不正競争防止法)で保護するに値するだけの要件を備えている必要があります。例えば、他人に知られないように、きちんと営業秘密として管理されていることなどが必要です。
このように同じ営農技術を保護する場合であっても、特許による保護と営業秘密としての保護では、それぞれ長所・短所があります。いずれの場合でも、他人に広く知られてしまうと、保護が難しくなりますので、新しい栽培方法を思いついたような場合には、早めに専門家にご相談いただくのが良いと思います。
なお、栽培方法のほかにも、農業分野でいえば、農業用機械、肥料、農薬などに関する新たな技術も特許や営業秘密として保護を図ることが可能です。
特許情報プラットフォームで、「栽培方法」という名称の発明で、特許として登録されたものを検索すると1247件ヒットします。
例えば根に対して成長ストレスを与えながら人参を栽培する方法の特許(※3)や、2種類の液肥を使い分けるホウレンソウの栽培方法の特許(※4)といったものから、取り入れられる自然光の光量を予測して、その予測に応じて人工光を照射する栽培システムの特許(※5)といったものまでさまざまです。
もちろん、品目による制限はなく、キノコ類から、野菜類、果樹などさまざまな栽培方法に特許登録が認められていますし、品目を限定しない特許も多数登録されています。
営農技術以外を保護する知的財産権
農業分野に関係する知的財産権は特許やノウハウにとどまるわけではなく、ペットネームを保護する「商標法」や品種そのものを保護する「種苗法」もあります。また、例えば収穫物を運ぶためのトレイの形状などの工業デザインは「意匠法」という法律で保護されていますし、ご当地キャラなどのキャラクター画像などは「著作権法」で保護されています。
最近では、和牛の性液や受精卵を保護する「家畜遺伝資源に係る不正競争の防止に関する法律」も制定されました。スマート農業という文脈で言えば、コンピュータープログラムは「著作権」で、ビッグデータなどは「不正競争防止法」で、それぞれ保護されています。
このように、知的財産権はそれぞれ守備範囲が決まっていますが、近年農業分野と知的財産権は、切っても切れない関係になっていると言えます。
農業分野における「知的財産権」の主な守備範囲
知的財産権=独り占め?
このように農業分野にも多くの知的財産権が関係していますが、「知的財産権」と言うと、技術などを独り占めして他の人に使わせないという、やや「意地悪」なイメージを持たれるかもしれません。
確かに知的財産権は「独占」できる権利ではありますが、一方で、他の人にライセンスすること(独占しないこと)もできます。特許を取得した上で、それを自分だけで独占するのか、みんなにライセンスして使ってもらうのかは権利者の自由です。
言い換えれば、自分が生み出した機械や栽培方法などについて、使う/使わないを含め、「自分でコントロールする」ことができる権利が知的財産権なのです。
これまで農業分野では、他の産業に比べて、必ずしも知的財産権が積極的に活用されてきたとは言えないように思います。周囲の人たちを含め、みんなで助け合う文化が根づいている農業分野で、知的財産権で「独占」するということは、あまりなじまなかったのかもしれません。
しかし知的財産権は、単に1人で独占するためだけではなく、例えば自分が生み出した栽培方法を正しく伝達するために、技術等をコントロールするためにも活用することができます。
近年農業分野でも知的財産権の活用が浸透しつつありますので、新たな栽培方法などを生み出した時には、知的財産権による保護と活用を検討してみてはいかがでしょうか。
特許情報プラットフォーム
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
※1 特許権と似た知的財産権として、実用新案権もあります。いずれも技術的なアイデアを保護する点で共通します。
※2 最三小判平12・2・29(平8オ2224)https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52590
「発明」であるためには、ある特定の人物だけが実現できる「技能」であってはならないのですが、この事件ではある栽培方法が「発明」に当たるかどうかが問題となりました。最高裁判所は、発明であるというためには、科学的な再現性があれば足り、その確率が高いかどうかは問わないと判断しました。
※3 特許第6835998号(人参の栽培方法)
※4 特許第6849478号(ホウレンソウの水耕栽培方法)
※5 特許第6862682号(水耕栽培システム)
今回の講師:平井佑希(ライツ法律特許事務所)
弁護士・弁理士。北海道大学農学部森林科学科、同大学院農学研究科森林化学専攻修了。大学時代は松ヤニや白樺の樹液などの森林由来成分の分析、対生物活性測定の研究を行う。弁護士登録後は、知的財産に関する紛争、法律相談を扱う。農水知財に関する執筆として、「農林水産関係知財の法律相談 I・II」(青林書院)、「育成者権者(しいたけ)侵害事件判決」(経済産業調査会)など。
【連載】農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ
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