生産者の「権利」にはどんなものがある?イチゴやブドウ栽培の知財活用事例【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.2】

本連載「農家が知っておきたい知的財産のハナシ」では、農業分野に携わる方々がこれからの時代に自分たちの「権利」を守り、生かすために身につけておきたい知的財産に関する知識を、各分野を専門とする弁護士の方々に解説していただきます。

前回は、そもそも知的財産権とはなにかという基本から始まり、知的財産権の種類や、農業で知的財産権を活用するポイントといった点についてのお話でした。今回は、農業の分野で実際にどのような権利が知的財産権として保護されているのか、具体的な事例を交えて紹介していただきます。


今回の講師:上原隆志(中町通法律事務所)
弁護士(兵庫県弁護士会所属)・弁理士。弁護士知財ネット農水法務支援チーム所属。日本知的財産仲裁センター調停人、仲裁人、判定人候補者。知財のほか、一般民事から家事、企業法務まで幅広く取り扱う。

生産者の自由とその限界

本来、生産者は自由に作物を作り、収穫し、それを販売することができます。この自由があるからこそ、生産者の方々はこれまで大変な努力を重ねて、さまざまな品種を試行錯誤して作り出し、品種を掛け合わせるなどして改良し、土を耕し、土壌を改良し、栽培方法を工夫し、作物の品質を向上させ、収穫量を増大させてこられました。

もっとも、農業も広い意味での産業です。特に近年は、農業の6次「産業」化という言葉が使われるとおり、農業分野においても産業政策的な観点から、品種や発明、ブランドを保護するため、特定の生産者に独占権が与えられることがあります。ある特定の生産者に独占権が与えられるということは、他の生産者にとって自由が制限されることを意味します。

また、農業分野においても、規制緩和の流れの中で公正な競争の確保が求められており、営業秘密の不正取得といった一定の行為が禁止される場合があります。

いずれにしても、生産者としては、自分の権利や利益を守るためにも、他人の権利や利益を侵害しないようにするためにも、「知的財産法」の基本的な考え方を理解しておく必要があります。

そこで、特定の生産者に「知的財産権」(知財)が付与された例として、「あまおう」の事例と、ブドウの栽培方法の事例をご紹介するとともに、営業秘密の保護についても簡単に触れたいと考えております。

「あまおう」の事例


農業分野での知財活用の成功例として、よくイチゴの「あまおう」が挙げられます。あまおうは、「とよのか」の後継品種として開発されたイチゴです。福岡県では、従来からイチゴが生産されていましたが、1980年代に同県の野菜試験場久留米支場で開発された「とよのか」品種は、「博多とよのか」というブランド名で売り出され、大きな成功を収めました。

しかし「とよのか」には、果実の色素含量が少ないことから赤色が薄く、見栄えの点で劣るという課題がありました。そこで、福岡県農業総合試験場は、厳寒期にも果実が赤く色づいて、果実も大きくおいしい品種を目指し、品種交配を重ねて、新たに優れた品種を育成しました(※1)。この品種が「あまおう」です。

(1)種苗法による保護

この「あまおう」は、「福岡S6号」として種苗法に基づき品種登録を受けています。種苗法は、「品種の育成の振興と種苗の流通の適正化を図り、もって農林水産業の発展に寄与することを目的」としており(1条)、新しい農林水産植物の品種を育成した者に対して、新しい品種を社会に提供することにより農林水産業の発展に寄与したことの代償(報償)として、「育成者権」という排他的独占力を有する強力な権利を与えるものです(※2)。

「あまおう」の育成者権者である福岡県は、その品質を確保し、ブランド力を高めるため、県内の生産者のみに限定して生産を許諾しています。そして福岡県は、この育成者権侵害を理由に、他県で「あまおう」を生産していた生産者に対し、生産・販売の中止、株の廃棄を求めています(※3)。

(2)商標法による保護

また、これまで記事中で「あまおう」という名称を当然のように使ってきましたが、この「あまおう」という名称は、「福岡S6号」というイチゴ品種がもっている「あかい・まるい・おおきい・うまい」という特性の頭文字を並べたもので、全国農業協同組合連合会は、この「あまおう」という名称の付けられたイチゴについて商標出願をし、商標登録を受けて、「商標権」を取得しています(第4615573号)。

商標登録第4615573号公報より
商標法は、「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的」としており(1条)、商標権者は、出願時に指定した商品・役務について、登録商標を独占的に使用する権利をもっています(25条)。

したがって、例えば勝手にイチゴに「あまおう」という名称を付けて売ったり、輸出したりすることはできません。また、「あまおう」の指定商品には、イチゴの果実だけでなく「野菜、苗」も含まれていますので、例えば、イチゴの苗に勝手に「あまおう」という名称を付けて販売することも許されません。

栽培方法についての特許(ブドウの栽培方法の例を参考に)

農業分野の特許には、温室などの施設や設備、農薬・肥料などの化学物質に対する特許、種子・花弁などの保存方法の特許、農具・農業機械などに対する特許などがあります。ここでは、生産者の方にとっておそらく最も馴染みがあると思われる「農産物の栽培方法」について、特許が付与された事例をご紹介したいと思います。

近年、日本ワイン(※4)がブームです。ワインの品質は、原料となるブドウの品質に大きく左右されます。国内でもシャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨンといったヨーロッパ系の品種だけでなく、甲州やマスカット・ベーリーのような固有種のブドウが栽培されています。

ところが、近年、地球温暖化によるブドウの品質の低下が問題となっています。わが国もその例外ではなく、農林水産省の報告では、高温化によるブドウの着色不良、酸味低下、糖度不足などの問題が指摘されています(※5)。このような低品質のブドウを使用して作られたワインは、ポリフェノール(アントシアニン)の含有量が少なく、凝縮感や香りも弱くなってしまうと言われています。

こうした課題を解決し、糖度が高く、色が濃くて香りの良いブドウを栽培する方法として、山梨大学では研究を重ね、新梢(しんしょう)をある特定の部位で切除し、新たに生えてきた新梢に着生する一番花の花穂(かすい)を切除するという栽培方法を発明しました。この方法に従い、新梢と花穂を切除することで、副梢(ふくしょう)の花穂形成を早期に誘導し、糖度が高く、着色・香りに優れたブドウを栽培することができるとされており、この栽培方法については、特許権(第6670489号)が付与されています。

特許第6670489号公報より
もっとも、特許権は、発明内容を広く公開することで産業の発展を促進することを前提とする仕組みであり、また、権利の存続期間も出願日から20年に限定されています(特許法67条1項)。このブドウの栽培方法の特許の存続期間の満了日は2036年2月8日ですので、この期間経過後は、誰でもこの栽培方法を使って自由にブドウを作ることができます(これを「パブリックドメイン化する」と言います)。

ノウハウとしての保護

先ほどご紹介したブドウの栽培方法は、山梨大学という研究教育機関が発明したものであり、広く技術を公開することで、ブドウの栽培方法の改善に役立てることができるとの判断のもと、特許出願という方法を選択したものと思われます。

これに対し、農業に従事する生産者の場合には、独自に編み出した栽培方法をノウハウとして秘匿したいと考えられる方もおられるかもしれません。このような場合、そのノウハウが、不正競争防止法2条1項4号にいう「営業秘密」に該当する場合には、ノウハウを不正に取得した者に対し、その使用禁止などを求めることができます。

参考文献
・日弁連知的財産センター、弁護士知財ネット監修『農林水産関係知財の法律相談Ⅰ・II』(青林書院)
・農水知財基本テキスト編集委員会編『攻めの農林水産業のための知財戦略~食の日本ブランドの確立に向けて~農水知財基本テキスト』(一般社団法人経済産業調査会)

※1三井寿一・末信真二「イチゴ『あまおう』の開発・普及と知的財産の保護」『特技懇 256号』49頁
http://www.tokugikon.jp/gikonshi/256/256tokusyu06.pdf
※2東京地判平成26年11月28日判例時報2260号107頁(なめこ事件第一審判決)。
※3吉野稔・江藤文香・矢羽田第二郎「福岡県における農産物の育成者権侵害事例と対応方策」『福岡県農業総合試験場研究報告27号』1頁
http://www.farc.pref.fukuoka.jp/farc/kenpo/kenpo-27/27-01.pdf
※4「日本ワイン」の定義については,酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律を受けて定められた「果実酒等の製法品質表示基準」(平成27年国税庁告示第18号)参照。
※5農林水産省「農業生産における気候変動適応ガイド(ぶどう編)」
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/ondanka/attach/pdf/index-98.pdf
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WRITER LIST

  1. 田牧一郎
    たまきいちろう。68歳。日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 山田正美
    大阪工業大学大学院修了。福井県職員として、農業試験場研究員、専門技術員、農業技術経営課長、農林水産部技幹を経て退職。現在、日本生産者GAP協会常務理事、日本農業サポート研究所主席コンサルタント。
  3. 福田浩一
    ふくだこういち。東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。現在は主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。http://www.ijas.co.jp/
  4. 中村圭佑
    なかむらけいすけ。明治大学農学部卒業後、日本農薬株式会社に約7年勤務。その後、大手経営コンサルティング会社を経て、FOOD BOX株式会社を2019年7月に起業。Facebook:https://www.facebook.com/foodboxjp/、Instagram:https://www.instagram.com/foodbox_jp/
  5. 百花繚乱
    趣味は料理、漫画、読書のミドルの男です。商社勤務で全国や海外を転々しているうちに、故郷に哀愁を覚え、約10年前に地元の農業関連会社にとらばーゆ。