農作業に「知的財産権」があるってどういうこと? どんなふうに役に立つ?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.1】

日本の農業は、農家が長年の経験によって身につけた知識や勘を生かして、連綿と受け継がれてきました。栽培が困難な地域では品種改良を行い、栽培方法を改善し、少しずつ着実に品質と収量を上げてきた歴史があります。

そういった農家の知見や技術、品種などを守り生かす法律が「知的財産権」です。そしてそれを守るためには、農家自身がそのことを自覚し、大切にするための知識も必要です。

そこで本連載「農家が知っておきたい知的財産のハナシ」では、農業分野に携わる方々がこれからの時代に自分たちの「権利」を守り、生かすために身につけておきたい知的財産に関する知識を、各分野を専門とする弁護士の方々に解説していただきます。

今回は、べーカー&マッケンジー法律事務所の岡田次弘先生に、「知的財産権」の基礎知識や農業で役立つ場面について教えていただきます。

そもそも「知的財産権」ってどういうもの?


発明やデザイン、著作物、商標、植物の新品種など、人間の知的活動によって生まれた情報や創作物などであって、一定の価値があると考えられるものが「知的財産」といわれており、この知的財産について法律上保護される権利が「知的財産権」と呼ばれています。

知的財産権があれば、アイデアや創作物、ブランドといった無形的なものを独占的に用い、または一定の条件で第三者に対して使用させて使用料を徴収するということができます。

知的財産権にはいくつか種類があり、それらの具体的な内容は、複数の法律によって互いに補い合うように、また一部では重複もしながら、対象となる知的財産の特性等に応じて決められています。

また、社会情勢等に応じ、関連する法改正や新たな立法も繰り返されています。例えば、2020年には、和牛などの家畜遺伝資源を知的財産権として保護することを目的に「家畜遺伝資源に係る不正競争の防止に関する法律」という名称の法律が成立し、一定の遺伝資源を知的財産として保護することが明確になりました。

このようなさまざまな知的財産権を効果的に使い、ほかの事業者の農産品と差別化を図り、市場における独自性を確保することで、農業においても自身の農産品の価値を高め、収益力の向上につなげることができるのです。

注意が必要なのは、どんなに高い価値のある情報や創作物であっても、権利取得のための出願手続きや権利保護のための契約締結などの対応をしなければ、知的財産として保護を受けることはできず、誰もが使える情報(「パブリックドメイン」などと言われます)となってしまうことです。

例えば、長年にわたって蓄積された栽培方法に関する情報は、秘密情報としてきちんと管理されていれば、「営業秘密」という知的財産として不正競争防止法により保護され、無断使用に対しては差止めや損害賠償を請求できる可能性があります。

しかし、研修生や見学者等に秘密保持に関する書面を取り交わすこともなく教えてしまうなど、漫然と開示してしまっている場合には、知的財産としての保護が否定され、誰でも自由に使える情報とみなされてしまう可能性が高くなります。

農業における「知的財産権」の具体例

以下の表は、代表的な知的財産権を農業分野に当てはめて、対象とする知的財産、関連する法律、および登録機関への登録が権利発生のために必要かどうかの観点でまとめたものです。


農作業に関して成立する可能性がある知的財産の具体例としては以下のようなものが考えられます。ただ、これらに限らず幅広いアイデアや創作について、権利取得のための出願手続きや権利保護のための契約締結といった対応を取ることで、知的財産が成立しえます。

  1. 播種の時期、肥料の配合割合や施肥の時期、農薬の組み合わせや散布の時期、収穫時期の見分け方など、農業に関するノウハウは、関係者以外への開示を制限するなど厳密に管理されていれば、営業秘密として不正競争防止法による保護が受けられる可能性があります。
  2. 農作業に関するデータを継続して管理し、第三者に適切な契約に基づいて提供していく場合、そのデータは限定提供データとして不正競争防止法による保護が受けられる可能性があります。
  3. コンピューターやドローンなどのデバイスを用いた新しい栽培方法に関するシステムを確立した場合、そのシステムが特許権の対象となる可能性があります。
  4. 農作業に使う新しい農具を開発した場合には、特許権、実用新案権または意匠権の対象となる可能性があります。
  5. 農作物のブランドについては、商標権や商品等表示に関する権利といった知的財産権が成立する可能性があります。

農業における知的財産権戦略上の重要なポイント


知的財産権を農業で活用していくにあたっては、考慮が必要なポイントがいくつかあり、各知的財産権の特徴に応じた検討が必要です。

まず、どの知的財産権を活用していくかを検討するにあたって、登録機関への登録が権利発生のために必要か、という点は大きなポイントになります。

登録が必要な知的財産権は、その取得のために登録手続きが必要という点で手間がかかる面は否めません。しかしながら、いったん登録されると、公的に登録された権利として、さまざまな場面で有利に援用しやすいという側面があります。

例えば、農作物のブランド名を流通業者にアピールする場合や、ブランド名を勝手に使用している第三者にその使用中止を求めるという場合に、登録番号を示しながら登録商標として保護されたブランドである、と言えるかどうかは、実務上、交渉の結論に影響しうる大きなポイントの一つとなります。

もっとも、登録が必要な知的財産権は、その登録に伴い権利の内容が公表されるという点には注意が必要です。

例として特許について言えば、出願を行うと、一定期間(日本においては原則として出願から1年6カ月)後に、その発明の内容が公表されます。特許権は出願から原則20年をもって期間が満了し独占権が失われるため、その後は第三者も自由に使用できることになります。

これに対して、不正競争防止法による営業秘密としての保護は、秘密としての管理が適切に行われている限り、権利存続期間に制限がありません。ですので、発明の内容等によっては、特許出願をするよりも秘密として管理した方が良いという場合もあります。

このように、各知的財産権のメリットおよびデメリット双方を考慮し、どのタイプの知的財産権で保護するべきかを検討するということは、有効な知的財産権戦略を推進していくうえで必要な視点となります。

なお、知的財産権の保護が及ぶ地理的な範囲は、原則として各国ごととなる、という点も留意が必要です。

例えば、日本で種苗登録された品種であっても、韓国で種苗登録がなされていなければ、韓国で登録品種としての保護を受けることができません。登録を要しない知的財産権としての保護も、国際的な条約により一定程度内容は共通化されているものの、実際に保護の対象となるかどうかは、現地の法律に即した判断が必要となります。

財務省と農林水産省の公表資料によれば、日本から海外への農林水産物・食品の輸出額は、2019年において9121億円となり、7年連続で増加しています。今後も日本の農産品の国際展開が期待されるところですが、知的財産権の不当なただ乗り行為に有効に対応するためには、農産品の出荷先となる外国においても、相応の知的財産権登録を検討しなければなりません。

国際的に業務を展開する法律事務所や特許商標事務所であれば、そういった相談にも気軽に応じてくれるところが多く、また、農林水産省による「植物品種等海外流出防止総合対策事業」のように、経費支援を行う公共事業もあり、活用を検討されるとよいと思います。


生産者にとって「知的財産権」が役に立つ場面


取得した知的財産は、自らが独占的に用い、第三者による使用を禁止することが可能となります。これにより、自身の農産品を、ほかの産品から差別化することができ、流通事業者や消費者への訴求力を高めることが可能となります。

また、知的財産は自ら独占的に用いるだけではなく、第三者に対し、一定の条件でのライセンスを付与して使用させることもできます。第三者に対してライセンスを付与する場合に典型的に付される条件としては、知的財産を使用できる期間や地理的範囲、知的財産の使用料であるロイヤルティの支払い義務、秘密保持義務、品質保持義務などがあります。そのほか、知的財産を用いて生産された農産品等の取り扱いに関する合意がなされることもあります。

農産品については、気候などの諸条件によって特定の生産地のみでは一定の期間しか農産品を生産できないということが考えられます。

異なる生産地で異なる時期にその農産品を生産できるのであれば、その農産品の生産時期を拡大し、市場に供給できる期間を延ばすことで、市場における認知度の向上が期待できます。そのような生産地の拡大は、自らがすべてを生産するという体制が現実には難しくても、知的財産権を有していれば、品質を維持しながら第三者に生産させるということも可能となります。

また、知的財産権の登録出願をすることで、第三者の知的財産権に対する侵害のリスクを減らすことができるという面も見逃せません。

例えば、野菜にブランド名を付して展開する場合、もし他人がすでにそのブランド名で野菜についての商標登録を有していた場合、その商標登録の事実を知っていたか否かにかかわらず、商標権侵害が成立するリスクがあります。

しかし、そのブランド名で商標出願をすれば、もし特許庁が類似するブランド名がすでに登録されていると判断した場合には、その旨の判断が出願人に通知されますし、そのような通知がなく登録に至った場合には、特許庁は類似する商標登録がないと判断したということになります。これにより、自身のブランド名が第三者の商標権を侵害するかどうかの検討がしやすくなります。

なお、特許庁のデータベースなどですでに出願または登録されている商標権の内容を検索することもできますので、実務的には、まずはそのような検索をしてみたうえで、出願するかどうかを検討するということが一般的に行われています。

もともと日本の農産品は国際的に見ても高いブランド力を保持していますが、知的財産権は、そのブランド力に法律的な裏付けを与える有効なツールです。IT化の流れにより、農産品の流通や消費形態もますます多様化していくと思われるなかで、知的財産の活用によるブランド力の維持・促進は見落とすことができない重要なポイントであり続けることは間違いないと思われます。


「2019年の農林水産物・食品 輸出額」(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/e_info/attach/pdf/zisseki-220.pdf
特許検索ポータルサイト
https://www.jpo.go.jp/support/general/searchportal/ 


今回の講師:岡田次弘(べーカー&マッケンジー法律事務所)

弁護士(日本およびニューヨーク州)。ベーカー&マッケンジー法律事務所のIP Techグループに所属し、国内外のクライアントに農業、知的財産権に関するアドバイスを提供。複数国にわたる種苗登録出願や契約交渉の経験に基づき、農業の六次産業化、国際展開、IT活用による効率化を法務面からサポートする。
【連載】農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ
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WRITER LIST

  1. 田牧一郎
    たまきいちろう。68歳。日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 田中克樹
    たなかかつき。32年間の農業出版社勤務を経て、2020年末、故郷の八ヶ岳南麓に帰郷。仲間と共に農業・福祉系NPOを立ち上げ、遊休農地・耕作放棄地を再生し、心身の癒しや健康づくりにつながる有機無農薬の体験型農園づくりに取り組む。NPOでは田んぼ除草にホバークラフトを活用したスマート技術を開発中。農と風土(フード)を愛する人たち向けのブックカフェ・居酒屋を開くのが夢。
  3. 山田正美
    大阪工業大学大学院修了。福井県職員として、農業試験場研究員、専門技術員、農業技術経営課長、農林水産部技幹を経て退職。現在、日本生産者GAP協会常務理事、日本農業サポート研究所主席コンサルタント。
  4. 福田浩一
    ふくだこういち。東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。現在は主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。http://www.ijas.co.jp/
  5. 中村圭佑
    なかむらけいすけ。明治大学農学部卒業後、日本農薬株式会社に約7年勤務。その後、大手経営コンサルティング会社を経て、FOOD BOX株式会社を2019年7月に起業。Facebook:https://www.facebook.com/foodboxjp/、Instagram:https://www.instagram.com/foodbox_jp/
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