権利取得した栽培技術を無許可で利用されたらどうすればいい?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.11】
本連載「農家が知っておきたい知的財産のハナシ」では、農業分野に携わる方々がこれからの時代に自分たちの「権利」を守り、生かすために身につけておきたい知的財産に関する知識を、各分野を専門とする弁護士の方々に解説していただきます。
前回は、農業における「知的財産権の侵害」の回避について紹介いただきました。今回は、知的財産権を侵害された場合、どういった対処法が考えられるのか、弁護士法人ほくと総合法律事務所の福田修三先生に教えていただきます。
新しい品種や栽培方法を開発したり、オリジナルのブランド名などを登録した場合には、育成者権や、特許権、商標権といった知的財産権を取得することができます。
それでは、このような知的財産権を取得した場合、どういった権利があるということなのでしょうか?
簡潔に言えば、これらの知的財産権は、その権利によって保護されているブランドや、品種、栽培方法などについて「他人に無断で使用させない権利」です。無断で使用している者に対しては、その使用の差し止めを求めたり、損害賠償を請求することができます。
今回は、育成者権、特許権、商標権などに共通して認められている権利について、一般的な説明をします。その上で、育成者権に関しては、2020年(令和2年)に種苗法改正が行われましたので、権利行使の際に重要となる改正点についても触れたいと思います。
例えば、商標権は、商品やサービスに使用するブランド名やマークを保護するもので、イチゴだったら「あまおう」や「スカイベリー」など有名なブランド名も商標登録されています。したがって、他人が何の権原もなく、無断でイチゴをそのブランド名で販売すれば、この商標権者の商標権を侵害していることになります。
同様に、登録された品種や、特許登録された栽培方法についても、権利者に無断で使用すれば権利侵害となります。
このような場合に、各権利に共通して権利者がとり得る手段としては、次のような請求や制度が挙げられます。
(1)差止請求
侵害行為の停止を求めたり、侵害のおそれがある場合にその予防を請求する権利。差止請求に付帯して、侵害品やその生産設備等の廃棄請求も認められています。
(2)損害賠償請求
無断使用に対する損害賠償として金銭請求をする権利。いくら請求したら良いのかについては、計算方法も複数の選択肢が用意されており、例えば、相手方が当該権利を無断使用して得た利益額をもって損害額と推定したり、ライセンス相当料を最低限の損害額とする法律上の規定が定められています。
(3)信用回復措置請求
例えば、侵害品が粗悪品で、それが流通することにより「業務上の信用が害された場合」に、新聞への謝罪広告の掲載といった信用回復の措置を請求することができます。
(4)税関での水際措置
関税法では、特許権、商標権、育成者権などを侵害する物品については、輸出または輸入してはならない貨物とされています。
(5)刑事罰
「故意」による侵害者に対しては、刑事罰の適用があります。
このうち、(1)(2)(3)が民事的な手段で、権利者自身が直接相手方に対し警告書を送付する等して、差し止めや損害賠償の請求をしたり、裁判を提起することになります。
また、(2)(3)については相手方の「過失」が必要ですが、これら登録された権利を行使する場合、侵害行為について過失があったものと推定する法律上の規定があります。したがって、侵害行為が認められた場合には、侵害者の側で無過失を立証しなければ、責任を免れることはできません。
この他に、(4)税関での水際措置では、税関長は、知的財産侵害物品に該当すると認定する手続きを経た上で、それらの貨物を没収、廃棄できます。権利者としては、税関長に対し、予め証拠を提出して、輸入または輸出の差止申立をすることができます。
さらに、(5)刑事罰もありますので、場合によっては刑事告訴等の手段も考えられます。
育成者権については、他の知的財産権と比較しても、権利侵害を立証することが困難であるという事情があります。
まず、「侵害がある」と証明するためには、侵害が疑われる種苗や収穫物が、登録品種とその特性において明確に区別されないものであることが必要です。しかし、証拠となる植物体の入手や保全からして通常は困難です。
そこで、育成者権ならではの支援制度として、全国7カ所(北海道・青森県・茨城県・長野県・岡山県・長崎県・沖縄県)に「品種保護Gメン」が配置されています。
品種保護Gメンは、対応策の相談、助言から、侵害状況の記録、種苗等の証拠品の保管、品種類似性の試験の実施を行うなどして、侵害の有無の判断を支援する活動をしています。
したがって、育成者権の侵害が疑われる場合には、まずは品種保護Gメンに相談することが有用です。
さらに、2020年の種苗法改正では、権利行使がより実効的なものとなるような改正がなされました。
これまで権利侵害があったか否かを立証するには、登録品種の植物体と侵害が疑われる植物体を比較栽培することが必要とされてきましたが、それは現実的には容易なことではないし、時間もかかります。
そこで、改正法では、品種登録時の特性表を判断基準として用いることとし、侵害が疑われる植物体が、品種登録時の特性表に記載された特性を備えている場合には、登録品種と同様の特性を備えているものと推定する規定を創設しました。また、この判断について、紛争当事者が農林水産大臣に判定を求めることができる制度も創設されました(いずれも2022年(令和4年)4月1日施行)。
特性表は、農水省における出願審査手続において、当該登録品種が従来の品種とは異なる特性を有するものと審査、判断された結果が取りまとめられたものです。
この特性表については、植物ごとの雛形が作成されており、農水省の品種登録ホームページからダウンロードすることができます。具体例として「なでしこ属」(カーネーションなど)の特性表の一部を掲載します。
この特性表と区別できない特性を有する種苗等を生産・販売している者は、登録品種と特性上の差異があるということを反証しなければ、育成者権侵害と判断されることになります。したがって、権利者の立証負担を大きく軽減し、権利行使を実効的なものにする改正といえます。
このように、改正後は、将来の権利行使における特性表の重要度が増すことから、今後新たに品種登録を検討される方は、出願審査手続において、どのような内容の特性表で品種登録されるべきかという点が、重要な検討事項になると思われます。
なお、2020年の種苗法改正は、他にも権利者にとって重要な改正が含まれており、すでに施行されている制度もあります。
特に、品種登録に際して、輸出先国や栽培地域を制限する届け出ができるようになりましたが、輸出先国の制限については、すでに登録または出願されている品種に関しても、2021年(令和3年)9月30日までに限り、届け出をすることが可能とされています。
したがって、すでに登録されている品種の育成者権者で、改正に伴い海外への持ち出し制限をしたいと考えている方は、届出期限がありますので注意が必要です。
農林水産省品種登録ホームページ 農林水産植物種類別審査基準
http://www.hinshu2.maff.go.jp/info/sinsakijun/botanical_taxon.html
農研機構 品種保護活用相談窓口 種苗管理センター 品種保護Gメ ン
https://www.naro.go.jp/laboratory/ncss/hogotaisaku/files/taisaku-gyoumu-gaiyou_pamph.pdf
前回は、農業における「知的財産権の侵害」の回避について紹介いただきました。今回は、知的財産権を侵害された場合、どういった対処法が考えられるのか、弁護士法人ほくと総合法律事務所の福田修三先生に教えていただきます。
知的財産権は「他人に無断で使用させないための権利」
新しい品種や栽培方法を開発したり、オリジナルのブランド名などを登録した場合には、育成者権や、特許権、商標権といった知的財産権を取得することができます。
それでは、このような知的財産権を取得した場合、どういった権利があるということなのでしょうか?
簡潔に言えば、これらの知的財産権は、その権利によって保護されているブランドや、品種、栽培方法などについて「他人に無断で使用させない権利」です。無断で使用している者に対しては、その使用の差し止めを求めたり、損害賠償を請求することができます。
今回は、育成者権、特許権、商標権などに共通して認められている権利について、一般的な説明をします。その上で、育成者権に関しては、2020年(令和2年)に種苗法改正が行われましたので、権利行使の際に重要となる改正点についても触れたいと思います。
権利が侵害された時の法的な手段は?
例えば、商標権は、商品やサービスに使用するブランド名やマークを保護するもので、イチゴだったら「あまおう」や「スカイベリー」など有名なブランド名も商標登録されています。したがって、他人が何の権原もなく、無断でイチゴをそのブランド名で販売すれば、この商標権者の商標権を侵害していることになります。
同様に、登録された品種や、特許登録された栽培方法についても、権利者に無断で使用すれば権利侵害となります。
このような場合に、各権利に共通して権利者がとり得る手段としては、次のような請求や制度が挙げられます。
(1)差止請求
侵害行為の停止を求めたり、侵害のおそれがある場合にその予防を請求する権利。差止請求に付帯して、侵害品やその生産設備等の廃棄請求も認められています。
(2)損害賠償請求
無断使用に対する損害賠償として金銭請求をする権利。いくら請求したら良いのかについては、計算方法も複数の選択肢が用意されており、例えば、相手方が当該権利を無断使用して得た利益額をもって損害額と推定したり、ライセンス相当料を最低限の損害額とする法律上の規定が定められています。
(3)信用回復措置請求
例えば、侵害品が粗悪品で、それが流通することにより「業務上の信用が害された場合」に、新聞への謝罪広告の掲載といった信用回復の措置を請求することができます。
(4)税関での水際措置
関税法では、特許権、商標権、育成者権などを侵害する物品については、輸出または輸入してはならない貨物とされています。
(5)刑事罰
「故意」による侵害者に対しては、刑事罰の適用があります。
このうち、(1)(2)(3)が民事的な手段で、権利者自身が直接相手方に対し警告書を送付する等して、差し止めや損害賠償の請求をしたり、裁判を提起することになります。
また、(2)(3)については相手方の「過失」が必要ですが、これら登録された権利を行使する場合、侵害行為について過失があったものと推定する法律上の規定があります。したがって、侵害行為が認められた場合には、侵害者の側で無過失を立証しなければ、責任を免れることはできません。
この他に、(4)税関での水際措置では、税関長は、知的財産侵害物品に該当すると認定する手続きを経た上で、それらの貨物を没収、廃棄できます。権利者としては、税関長に対し、予め証拠を提出して、輸入または輸出の差止申立をすることができます。
さらに、(5)刑事罰もありますので、場合によっては刑事告訴等の手段も考えられます。
育成者権を侵害されたら、どうしたらよいか?
育成者権については、他の知的財産権と比較しても、権利侵害を立証することが困難であるという事情があります。
まず、「侵害がある」と証明するためには、侵害が疑われる種苗や収穫物が、登録品種とその特性において明確に区別されないものであることが必要です。しかし、証拠となる植物体の入手や保全からして通常は困難です。
そこで、育成者権ならではの支援制度として、全国7カ所(北海道・青森県・茨城県・長野県・岡山県・長崎県・沖縄県)に「品種保護Gメン」が配置されています。
品種保護Gメンは、対応策の相談、助言から、侵害状況の記録、種苗等の証拠品の保管、品種類似性の試験の実施を行うなどして、侵害の有無の判断を支援する活動をしています。
したがって、育成者権の侵害が疑われる場合には、まずは品種保護Gメンに相談することが有用です。
2020年種苗法改正による権利範囲の明確化
さらに、2020年の種苗法改正では、権利行使がより実効的なものとなるような改正がなされました。
これまで権利侵害があったか否かを立証するには、登録品種の植物体と侵害が疑われる植物体を比較栽培することが必要とされてきましたが、それは現実的には容易なことではないし、時間もかかります。
そこで、改正法では、品種登録時の特性表を判断基準として用いることとし、侵害が疑われる植物体が、品種登録時の特性表に記載された特性を備えている場合には、登録品種と同様の特性を備えているものと推定する規定を創設しました。また、この判断について、紛争当事者が農林水産大臣に判定を求めることができる制度も創設されました(いずれも2022年(令和4年)4月1日施行)。
特性表は、農水省における出願審査手続において、当該登録品種が従来の品種とは異なる特性を有するものと審査、判断された結果が取りまとめられたものです。
この特性表については、植物ごとの雛形が作成されており、農水省の品種登録ホームページからダウンロードすることができます。具体例として「なでしこ属」(カーネーションなど)の特性表の一部を掲載します。
この特性表と区別できない特性を有する種苗等を生産・販売している者は、登録品種と特性上の差異があるということを反証しなければ、育成者権侵害と判断されることになります。したがって、権利者の立証負担を大きく軽減し、権利行使を実効的なものにする改正といえます。
このように、改正後は、将来の権利行使における特性表の重要度が増すことから、今後新たに品種登録を検討される方は、出願審査手続において、どのような内容の特性表で品種登録されるべきかという点が、重要な検討事項になると思われます。
なお、2020年の種苗法改正は、他にも権利者にとって重要な改正が含まれており、すでに施行されている制度もあります。
特に、品種登録に際して、輸出先国や栽培地域を制限する届け出ができるようになりましたが、輸出先国の制限については、すでに登録または出願されている品種に関しても、2021年(令和3年)9月30日までに限り、届け出をすることが可能とされています。
したがって、すでに登録されている品種の育成者権者で、改正に伴い海外への持ち出し制限をしたいと考えている方は、届出期限がありますので注意が必要です。
農林水産省品種登録ホームページ 農林水産植物種類別審査基準
http://www.hinshu2.maff.go.jp/info/sinsakijun/botanical_taxon.html
農研機構 品種保護活用相談窓口 種苗管理センター 品種保護Gメ ン
https://www.naro.go.jp/laboratory/ncss/hogotaisaku/files/taisaku-gyoumu-gaiyou_pamph.pdf
今回の講師:福田修三
弁護士(第一東京弁護士会所属)。弁護士知財ネット・農水法務支援チーム。知的財産権のほか、不動産分野を中心に、企業から個人まで、契約法務、訴訟・紛争事案の対応、相続・事業承継など幅広く取り扱う。
弁護士(第一東京弁護士会所属)。弁護士知財ネット・農水法務支援チーム。知的財産権のほか、不動産分野を中心に、企業から個人まで、契約法務、訴訟・紛争事案の対応、相続・事業承継など幅広く取り扱う。
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