知らずにやっている農業の「知的財産権の侵害」とは? どこからどこまでが違法?【連載・農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ vol.10】

本連載「農家が知っておきたい知的財産のハナシ」では、農業分野に携わる方々がこれからの時代に自分たちの「権利」を守り、生かすために身につけておきたい知的財産に関する知識を、各分野を専門とする弁護士の方々に解説していただきます。

前回は、「特許」でなく「営業秘密」として栽培技術を守るメリットを紹介いただきました。今回は、益山法律事務所の益山直樹先生に、農業の「知的財産権の侵害」の回避について教えていただきます。


農業はこれまで、長年の経験と勘を頼りに営まれてきました。しかし、さまざまな技術やツールが増えていく中で、これから栽培方法や種子の権利など、誰かの「知的財産権の侵害」をしてしまったり、その損害賠償を求められることになるかもしれません。

しかし、誰が何にどのような権利を有しているかを知らなければ侵害を認識できません。

そこで今回の記事では、知らず知らずのうちに他人の知的財産権を侵害することがないように、生産者が調べるための調査方法についてご説明します。

農業における権利の特殊性


SMART AGRIは、スマート農業に関する情報の提供を目的にしていますが、スマート農業とは情報技術を駆使して農業の生産性と付加価値の向上を目指すものですので、ここでは農作物の生産段階に関わる知的財産に焦点を当てたいと思います。

農業振興のための生産技術の研究やその成果の普及、品種改良は、公的機関が担っていることが多く、登録等で権利を取得しても権利者が独占するよりもむしろ活用を促すことが通常のようです。

農業は食料の確保という人間社会の存立基盤となる産業ですから、農業生産技術や改良品種の普及は公益的要請なので、それも当然かもしれません。

そのような特殊性を念頭に置きつつ、(1)農業生産ノウハウ、(2)育成者権、(3)特許権について説明します。

(1)農業生産ノウハウについて


育苗、畝立て、播種、土壌管理(施肥や土壌改良)、病害虫防除(農薬散布等)といった農業生産の過程においては、さまざまな技術やノウハウが農業従事者によって蓄積されてきたことと思います。

では、そのようなノウハウはどのように扱われてきたのでしょうか。この点について、農林水産省が「農業分野における生産技術・ノウハウ等の知的財産としての管理に関するアンケート調査の結果及び普及啓発用パンフレットの作成等について」という興味深い報告書を公開しています。

この調査報告は、農業生産ノウハウの扱いに関して、農業者と農業法人とで意識に若干違いがあるものの、育苗、土づくり、施肥、防除などのノウハウについて「財産的価値がある」と認識している割合はあまり高くありません。そのようなノウハウを少数で秘匿するよりも、地域内や国内の同業者と共有しているという割合が高いのです。

そもそもノウハウを目に見える形で記録していない場合も多く、生産ノウハウを意に反して他人に知られて不都合が生じたという経験はほとんどない、といったものです。

農業生産ノウハウは、従来から個々の農業従事者の経験と勘によって培われてきたもので、明確に記録されることもあまりなく、秘匿もされず、地域で共有されていくものであったと言えそうです。

秘密として管理されることなく任意に提供された生産ノウハウは、利用しても何ら「侵害」は生じません。また、秘密として管理されているノウハウであっても、それと同様のノウハウを別個に獲得すればそれを活用しても「侵害」にはなりません。この点は特許権等と異なるところです。

このような農業生産ノウハウを知らずに侵害するというケースはあまり想定できないように思われます。

最近では播種、土壌・温度管理、灌漑、害虫防除、収穫などに関するさまざまな農業ソフトウェアやクラウドサービスも出てきています。農業従事者の高齢化・担い手不足という事情から、従来は農業従事者に属人的だった生産ノウハウをデータ化して広く普及させ、利活用を推進していこうというのが昨今の政策目標です。

今後は上記のような生産ノウハウに対する意識も変化していくのかもしれません。

(2)育成者権について


多収性、耐病性、環境適合性等の優れた性質を有する新品種の開発努力が日々行われています。品種登録制度により新品種が登録されれば、育成者権が発生し、権利者が登録品種等の種苗、収穫物等を独占的に利用でき、権利者以外が当該品種を利用するには許諾が必要になります。

品種登録制度の概要は農林水産省品種登録ホームページをご覧ください。

こちらのサイトでは品種登録制度に関するさまざまな情報が集約されており、同制度の概要が学べますので、時間があればじっくり読んでみるとよいでしょう。

品種登録されている種苗を許諾なく栽培すれば、その意図の有無にかかわらず育成者権を侵害することになります。育成者権を侵害すると知らずに栽培した結果、利用の差止めや損害賠償請求を受けることもありえます。故意が疑われれば捜査の対象になる可能性もあります。

もっとも、新品種の育成その他の試験又は研究のため当該品種を利用する場合等、法律上許されている利用方法もあります。

また、この点については最近法改正があり、登録品種の増殖に権利者の許諾を要するようになりました。

しかし、いかなる品種が登録されており、誰に育成者権があるのか、権利は現在も有効に存続しているのか等がわからなければ、侵害を認識できません。許諾を得てでも使いたい品種があるという生産者もいるでしょう。

そこで次に育成者権の調査方法や許諾を得る方法をご紹介します。

まず、上記品種登録ホームページでは、品種登録迅速化総合電子化システムで登録データを検索することもできます。

例えば、「農林水産植物の種類」欄に「稲」とだけ入力して検索するとちょうど500件出てきます(本記事執筆時点)。これを見れば名称や権利者、権利が存続しているか等を確認できます。

また、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)のサイトでも、同機構が育成した品種を分類して紹介しており、利用許諾契約の申請方法も紹介されています。

また、各県には農業技術の研究や普及を行う機関があり、農業生産技術のほか、品種や特許の登録情報をウェブで公開していることもあります。例えば、当地(鹿児島県)の農業開発総合センターでも、知的財産の登録状況を公開しています。

これらのようなウェブサイトで調査して、意図しない育成者権侵害を回避し、登録品種を適法に利用するとよいでしょう。

(3)特許権について


農業生産技術も、発明として特許権が取得されていることがあります。特許を受けている発明を「特許発明」といいます。

育成者権の場合と同様に、特許権を侵害した場合も差止請求や損害賠償請求の対象になり、場合によっては刑事罰の対象にもなります。なお、特許発明であっても、試験・研究目的の場合には、許諾がなくても実施することができます。

特許権侵害が指摘された場合、特許権の範囲や効力を争うこともできますが、紛争を回避できるに越したことはありません。そのためにはいかなる農業関連技術が特許発明とされており、誰に権利があるのか等を知る必要があります。では農業関連技術についての特許権を調査するにはどうしたらよいでしょうか。

まず、「特許情報プラットフォーム」があり、これに関連するキーワードを入れて検索することができます。

また、特許発明でも利用を促すために開放されているものがあり、これらは許諾を得れば利用できます。独立行政法人 工業所有権情報・研修館が開放特許情報データベースを公開しているので、その中に許諾を得たい特許発明があれば許諾契約を申し込むこともできます。

また、開放特許情報データベースには上記農研機構のサイトからもリンクが張られており、特許ページでは同機構が取得した特許発明で利用可能なものを見ることができます。

農林水産省の農業技術総合ポータルサイトでは農業技術に関するさまざまな情報を集約しており、基本的技術から実用化された新技術、さらに研究成果や研究者に関する情報を農業従事者に提供しています。このように普及を促すために公開されている栽培技術を活用しても権利侵害の問題にならないことは言うまでもありません。


まとめ


上記のようなウェブサイトで調査しても、書かれてあることの意味がよく理解できないこともあると思います。また、育成者権や特許権の許諾契約を締結する場合でも、契約交渉に不安があるとか契約書の内容がわからないということもあるでしょう。

そこで、しかるべき相談窓口に問い合わせる必要があるかもしれませんが、事前にある程度調べておくと、効率よく相談ができると思います。

最後に知的財産の相談窓口をいくつかご紹介しておきます。

  • 知的財産の相談窓口
知財総合支援窓口 知財ポータル
https://chizai-portal.inpit.go.jp/
農林水産省 知的財産総合相談窓口
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/soudan.html
各地の経済産業局知的財産室・知的財産戦略本部等
https://www.jpo.go.jp/introduction/soshiki/chizaishitsu/#map
弁護士知財ネット
https://iplaw-net.com/

  • 品種登録に関するサイト
農林水産省品種登録ホームページ
http://www.hinshu2.maff.go.jp/
品種登録迅速化総合電子化システム(品種登録データ検索)
http://www.hinshu2.maff.go.jp/vips/cmm/apCMM110.aspx?MOSS=1
品種を探す | 農研機構
https://www.naro.go.jp/collab/breed/list/index.html
鹿児島県/農業開発総合センタートップ
https://www.pref.kagoshima.jp/ag11/

  • 特許に関するサイト
特許情報プラットフォーム|J-PlatPat [JPP] 
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
開放特許情報データベース
https://plidb.inpit.go.jp/
特許 | 農研機構
https://www.naro.go.jp/collab/patent/
農業技術総合ポータルサイト:農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kihyo03/gityo/gijutsu_portal/top.html


農林水産省「農業分野における生産技術・ノウハウ等の知的財産としての管理に関するアンケート調査の結果及び普及啓発用パンフレットの作成等について」
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/knowhow.html
試験目的による知的財産の利用 | 農研機構
https://www.naro.go.jp/collab/experiment/index.html
農林水産省「種苗法の改正について」
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/attach/pdf/zenkoku-2.pdf




今回の講師:益山 直樹 (益山法律事務所)
弁護士(鹿児島県弁護士会会員)。1級知的財産管理技能士(コンテンツ専門業務)、弁理士実務修習修了(未登録)。弁護士知財ネット農水法務支援チーム所属。知的財産紛争を扱うほか、民事紛争一般、相続や財産管理、刑事弁護等幅広く対応している。
【連載】農家が知っておきたい「知的財産」のハナシ
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WRITER LIST

  1. 田牧一郎
    たまきいちろう。68歳。日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 田中克樹
    たなかかつき。32年間の農業出版社勤務を経て、2020年末、故郷の八ヶ岳南麓に帰郷。仲間と共に農業・福祉系NPOを立ち上げ、遊休農地・耕作放棄地を再生し、心身の癒しや健康づくりにつながる有機無農薬の体験型農園づくりに取り組む。NPOでは田んぼ除草にホバークラフトを活用したスマート技術を開発中。農と風土(フード)を愛する人たち向けのブックカフェ・居酒屋を開くのが夢。
  3. 山田正美
    大阪工業大学大学院修了。福井県職員として、農業試験場研究員、専門技術員、農業技術経営課長、農林水産部技幹を経て退職。現在、日本生産者GAP協会常務理事、日本農業サポート研究所主席コンサルタント。
  4. 福田浩一
    ふくだこういち。東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。現在は主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。http://www.ijas.co.jp/
  5. 中村圭佑
    なかむらけいすけ。明治大学農学部卒業後、日本農薬株式会社に約7年勤務。その後、大手経営コンサルティング会社を経て、FOOD BOX株式会社を2019年7月に起業。Facebook:https://www.facebook.com/foodboxjp/、Instagram:https://www.instagram.com/foodbox_jp/
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