「菌根菌」とタッグを組む新しい農法とは? 〜理化学研究所 市橋泰範氏 前編

つくば市にある国立研究開発法人理化学研究所。そのバイオリソース研究センターで2018年4月「植物-微生物共生研究開発チーム」のチームリーダーに就任した市橋泰範さん。植物と微生物、学会や業界の垣根を超えて新しい農業を探求しています。

今回は、そんな市橋さんが主に研究している「アーバスキュラー菌根菌」を中心に、植物と土壌と微生物の関係性と、微生物を活用した未来の農業についてうかがいました。

少し難しい話も多いかもしれませんが、化学肥料や農薬に頼らず、経験に乏しい方でも安全で安心できる農作物を栽培できる、まったく新しい農法になるかもしれません。

市橋泰範(いちはしやすのり)
国立研究開発法人 理化学研究所
バイオリソース研究センター 植物-微生物共生研究開発チーム
チームリーダー 理学博士


日本の農業に貢献するための微生物研究施設

——そもそも理化学研究所バイオリソース研究センターというのは、どんな機関なのでしょうか?

研究機関や企業の研究開発に必要な、動物(マウス)、植物、細胞、遺伝子、微生物の有用なリソースを収集、保存しています。それらは研究機関の基礎・応用研究や、企業の研究開発の材料としても利用されています。

収集範囲は世界中に広がっていて、研究に必要なものを集め、保存して、品質をチェックしています。公的な研究機関だけでなく、企業に所属する研究者からも依頼があり、提供にかかる実費を負担いただくのみで提供しています。ウェブ上にカタログがあって、検索も可能です。基礎研究でも応用研究の分野でも、それに必要な材料を提供して、生命科学の研究基盤の下支えをする。そんな機関です。

生物研究に欠かせないマウスや、植物の研究にもっとも利用されている「シロイヌナズナ」、再生医療や創薬の素材として着目されているiPS細胞などのリソースを保有していますが、さらに我々がいま、着目している「アーバスキュラー菌根菌」のリソース化を目指しています。

——遺伝子や微生物は、どんな形で保存しているのですか?

基本的には冷凍凍結して休眠状態で保存します。特にマウス胚の凍結と凍結胚からの個体復元には、高度な技術が必要です。ですから、その専門家や世界的権威も在職しています。

一般的にリソースセンターというと、植物だけ、微生物だけと、リソースの種類を限定している機関が多い中で、世界的に見てもこれだけ多彩な種類のバイオリソースが集まっているのはここだけです。国内はもちろん、世界を見渡しても稀有な存在で、国内外から高く評価されています。

しかし、地震や災害が起きた時、我々が保有しているバイオリソースが消滅してしまったら、二度と復元することができません。なので、別の場所に設置したバックアップ施設に分散保管したり、電源がなくても3週間以上発電できる自家発電施設を備えたり、細胞の冷凍凍結に欠かせない液体窒素を空気から製造できる設備を備えるなど、災害に対する万全な体制を整備しています。

——その中で「植物-微生物共生研究開発チーム」はどのような役割を担っているのでしょう?

我々「植物-微生物共生研究開発チーム」は、2018年4月に誕生しました。発足当時から「日本の農業に貢献したい」を、キャッチコピーに掲げて研究を進めています。

かねがね考えていたのは、日本の農業を支えるために必要なサイエンスは、アメリカやヨーロッパのそれとはかなり違うのではないかということです。

  • もう少し日本に軸足を置いた、日本人の研究者にしかできないことをやってみたい。
  • これまで直感に頼ってきた日本の農業の匠の技を、なんとかサイエンスに持ち込みたい。
  • 日本の独自性を意識した、研究を支える日本初のイノベーションの基盤をつくりたい。

そんな思いからこのチームを立ち上げました。



植物と微生物の関係性がやっと見え始めた

——そもそも市橋先生の研究の原点は?

社会に貢献できるような研究がしたくて、一時は海外青年協力隊に行きたいと考えていました。でも、それには医者になって、目の前にいる人を一人一人助けなきゃいけない。

おそらく私にはそういう能力はなくて、技術開発を通して新しいものを生み出す方が得意だから、そこに注力していこう、多くの人に役立つ科学技術の底上げを通して、社会貢献していきたいと考えました。まずは、正しいことをちゃんと正しいといえる人間になりたい。そう思っています。

現在は、内閣府の国家プロジェクト「SIP」(戦略的イノベーション創造プログラム)の中で、持続可能な循環型社会を実現する「農業環境エンジニアリングシステム」の開発に取り組んでいます。中でも微生物に着目し、新たなリソースとして根圏微生物の「アーバスキュラー菌根菌」に着目して、研究を進めています。

——微生物に着目したのは、なぜでしょう?

これまでの研究は、植物なら植物だけ、微生物なら微生物だけといった「個の生物学」だったと思うんです。

私の専門は元々植物科学で、試験官の中で植物を見ながら普遍的な現象を探究していたのですが、実際農業の現場に行くと、物事は試験管の中と同じように動かない。そもそも我々が「汚い」と思い込んでいたものが、実は大事な微生物だったりしました。

これからは、植物と微生物の関係性も視野に入れていかなければなりません。そしていま、それが可能な時代に突入しているのです。


理化学研究所 バイオリソース研究センター
https://ja.brc.riken.jp/

【コラム】スマート農業研究第一人者に聞く「スマート農業最前線」
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WRITER LIST

  1. よないつかさ
    1994年生まれ、神奈川県横浜市出身。恵泉女学園大学では主に有機栽培について学び、生活園芸士の資格を持つ。農協に窓口担当として5年勤め、夫の転勤を機に退職。アメリカで第一子を出産し、子育てをしながらフリーライターとして活動。一番好きな野菜はトマト(アイコ)。
  2. syonaitaro
    1994年生まれ、山形県出身、東京農業大学卒業。大学卒業後は関東で数年間修業。現在はUターン就農。通常の栽培よりも農薬を減らして栽培する特別栽培に取り組み、圃場の生産管理を行っている。農業の魅力を伝えるべく、兼業ライターとしても活動中。
  3. 槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
  4. 沖貴雄
    1991年広島県安芸太田町生まれ。広島県立農業技術大学校卒業後、県内外の農家にて研修を受ける。2014年に安芸太田町で就農し2018年から合同会社穴ファームOKIを経営。ほうれんそうを主軸にスイートコーン、白菜、キャベツを生産。記録を分析し効率の良い経営を模索中。食卓にわくわくを地域にウハウハを目指し明るい農園をつくりたい。
  5. 田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。