「栽培暦」をデジタル化しカスタマイズ可能に 〜名古屋大学・北栄輔教授(前編)
農学に情報学を取り入れる研究者がいれば、情報学のフィールドの一つとして農業に進出する研究者もいる。
名古屋大学の北栄輔教授はその一人。
人工知能や数値解析、交通制御といった畑違いの分野から、農業関連の研究も手がけるようになり、水稲栽培の最適化のためのアプリケーション「e-栽培暦(イーさいばいごよみ)」を共同開発した。
北栄輔(きたえいすけ)
名古屋大学 大学院 情報学研究科教授
――情報学の専門家でありながら、農業分野の研究を始めたのは、どういうきっかけがあったのでしょう。
北:私は、コンピューターシミュレーションや最適化の研究を行っていました。そのために機械学習の研究をしていて、こうした技術を用いる対象として、農業に出会ったんです。
私はもともと機械工学の出身ですから、どちらかというとモノを作る方に主眼があります。コンピューターのシステム寄りではないところで研究していたので、そういう意味では、わりと農業の考え方がわかったのかなと思います。
農業分野に踏み込んだのは、ここ7、8年のことです。農研機構が主体となって行った「革新的技術創造促進事業」に参加し、農学の世界でいかにICTを使うかを研究しました。農学の研究者は、高齢化などから日本農業に強い危機感を持っていて、現状がピンチでもあり、変革のためのチャンスでもあるととらえていますね。研究に参加して、そういうことを初めて知りました。
センサーを使って圃場のデータをとり、情報システムを使ってデータマイニング(大量のデータの中から知識を見出すための技術)を行い、農家に作業のアドバイスをすることを目指しました。次に何の作業をするか、適切なタイミングで作業者に知らせるわけです。ベテランの農家がいなくても、システムを使うことで、新規就農者でもある程度は作業できるようにしましょうと。
構築しようとしたシステムの概要(画像提供:北栄輔教授)
日本の農家では、日本人らしく丁寧できめ細かく毎日作業します。ですが、そこまで手を掛けなくても、ビジネスとしてみれば、手を抜けるところがあるかもしれません。省いてもいい作業がわかれば、労働時間が短くなるかもしれない。ICTを使えば、週休2日制で農業できるかもしれないということですね。
でも、この分野(農業)に関わらせていただいたら、思っていたのとは違い、面食らいました。
――面食らったというのはどういうことですか。
北:基礎研究と実用は違うということですね。基礎研究に使うデータはきれいなデータ、扱いやすいデータですけれども、実際のデータは必ずしもきれいなものではありません。
農業でディープラーニングを使おうとすると、データはたくさんあるのですが、きちんと収集されているわけではないですし、整理されて使える状態にはなっていません。
そのため、自分で田んぼのデータを集めるシステムを設置して、そこから得られたデータを使えるように加工することからはじまります。現場のデータを自分で取ってくるというのは、初めての経験でしたね。
大学だと基礎研究として基本的なアルゴリズムとか、システムの基本部分は作りますけれど、一般の人が使うようなアプリを作るということは普段しないですから。
水稲栽培が思ったよりもシステム化されていたことにも、驚きました。通常の栽培暦は、1枚のポスターくらいの大きさの紙に、こと細かに作業の指示が書かれています。研究を始めるまでは、あんなによくできた栽培暦があるとは、恥ずかしながら思いませんでした。
「e-栽培暦」のユーザーインターフェースは、農家の意見を聞きながら、農学の研究者が作成されました。私が担当したのは裏側のシステムの基本設計と、データの分析をして予測する部分です。
アナログの栽培暦を電子化すれば、農家ごとにカスタマイズできるわけですね。ただ、残念ながら、まだ完成版にはなっていません。十分な精度で利用できるものを作るには時間がかかります。施肥の仕方など、地区によってやり方が違ったり、好みのやり方があるのを分析しきれなかった部分があります。
水稲はかなりシステマチックに栽培されていますが、それに比べ、果樹や野菜の露地栽培のためのウェブシステムを作るのは、より難しいと思います。
(後編へ続く)
<参考URL>
北栄輔 | 名古屋大学
名古屋大学の北栄輔教授はその一人。
人工知能や数値解析、交通制御といった畑違いの分野から、農業関連の研究も手がけるようになり、水稲栽培の最適化のためのアプリケーション「e-栽培暦(イーさいばいごよみ)」を共同開発した。
北栄輔(きたえいすけ)
名古屋大学 大学院 情報学研究科教授
――情報学の専門家でありながら、農業分野の研究を始めたのは、どういうきっかけがあったのでしょう。
北:私は、コンピューターシミュレーションや最適化の研究を行っていました。そのために機械学習の研究をしていて、こうした技術を用いる対象として、農業に出会ったんです。
私はもともと機械工学の出身ですから、どちらかというとモノを作る方に主眼があります。コンピューターのシステム寄りではないところで研究していたので、そういう意味では、わりと農業の考え方がわかったのかなと思います。
農業分野に踏み込んだのは、ここ7、8年のことです。農研機構が主体となって行った「革新的技術創造促進事業」に参加し、農学の世界でいかにICTを使うかを研究しました。農学の研究者は、高齢化などから日本農業に強い危機感を持っていて、現状がピンチでもあり、変革のためのチャンスでもあるととらえていますね。研究に参加して、そういうことを初めて知りました。
入り口は栽培暦のデジタル化
北:後継者の不足で、高齢の篤農家のノウハウがこのままでは消えてしまう。絶やさずに伝えるためにAIを使い、作業量を減らすためにスマート農業を使うということが研究されています。センサーを使って圃場のデータをとり、情報システムを使ってデータマイニング(大量のデータの中から知識を見出すための技術)を行い、農家に作業のアドバイスをすることを目指しました。次に何の作業をするか、適切なタイミングで作業者に知らせるわけです。ベテランの農家がいなくても、システムを使うことで、新規就農者でもある程度は作業できるようにしましょうと。
構築しようとしたシステムの概要(画像提供:北栄輔教授)
日本の農家では、日本人らしく丁寧できめ細かく毎日作業します。ですが、そこまで手を掛けなくても、ビジネスとしてみれば、手を抜けるところがあるかもしれません。省いてもいい作業がわかれば、労働時間が短くなるかもしれない。ICTを使えば、週休2日制で農業できるかもしれないということですね。
でも、この分野(農業)に関わらせていただいたら、思っていたのとは違い、面食らいました。
――面食らったというのはどういうことですか。
北:基礎研究と実用は違うということですね。基礎研究に使うデータはきれいなデータ、扱いやすいデータですけれども、実際のデータは必ずしもきれいなものではありません。
農業でディープラーニングを使おうとすると、データはたくさんあるのですが、きちんと収集されているわけではないですし、整理されて使える状態にはなっていません。
そのため、自分で田んぼのデータを集めるシステムを設置して、そこから得られたデータを使えるように加工することからはじまります。現場のデータを自分で取ってくるというのは、初めての経験でしたね。
「e-栽培暦 完成版」には精度と地域差が課題
北:栽培管理のためのウェブサービス「e-栽培暦」の研究に参加させていただいたのですが、研究の成果を踏まえたうえで、現場で実際の栽培で使えるようにシステムが動かないといけない。開発して最終形まで持っていくというのは、初めてでしたね。大学だと基礎研究として基本的なアルゴリズムとか、システムの基本部分は作りますけれど、一般の人が使うようなアプリを作るということは普段しないですから。
水稲栽培が思ったよりもシステム化されていたことにも、驚きました。通常の栽培暦は、1枚のポスターくらいの大きさの紙に、こと細かに作業の指示が書かれています。研究を始めるまでは、あんなによくできた栽培暦があるとは、恥ずかしながら思いませんでした。
「e-栽培暦」のユーザーインターフェースは、農家の意見を聞きながら、農学の研究者が作成されました。私が担当したのは裏側のシステムの基本設計と、データの分析をして予測する部分です。
アナログの栽培暦を電子化すれば、農家ごとにカスタマイズできるわけですね。ただ、残念ながら、まだ完成版にはなっていません。十分な精度で利用できるものを作るには時間がかかります。施肥の仕方など、地区によってやり方が違ったり、好みのやり方があるのを分析しきれなかった部分があります。
水稲はかなりシステマチックに栽培されていますが、それに比べ、果樹や野菜の露地栽培のためのウェブシステムを作るのは、より難しいと思います。
(後編へ続く)
<参考URL>
北栄輔 | 名古屋大学
【コラム】スマート農業研究第一人者に聞く「スマート農業最前線」
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