スマート農業で20年後の日本農業はどうなる? 〜北海道大学 野口伸教授(後編)

ロボット農機の第一人者である北海道大学 野口伸教授へのインタビュー記事。前編では、野口先生の生い立ちから、日本におけるスマート農業の歩みについてお話をうかがった。

後編では、スマート農業が普及した20年後の日本農業の姿について、野口先生が語ってくれた。


スマート農業で地域を活性化する「スマートアグリシティ」



──岩見沢市で大規模な実証が始まりましたが、あれは何をしているのですか?

野口:2019年6月28日にNTT東日本から発表された「最先端の農業ロボット技術と情報通信技術の活用による世界トップレベルのスマート農業およびサステイナブルなスマートアグリシティの実現に向けた産官学連携協定を締結」というプレスリリースのことですね。

参考:最先端の農業ロボット技術と情報通信技術の活用による世界トップレベルのスマート農業およびサステイナブルなスマートアグリシティの実現に向けた産官学連携協定を締結|NTT東日本プレスリリース
https://www.ntt-east.co.jp/release/detail/20190628_03.html

ご存じのとおり、私達は急に岩見沢で何かを始めたわけではないんです。

始まりは2013年にまで遡ります。岩見沢市の地元の農業者が、ICTを農業に活用する研究会を立ち上げたのです。そこに岩見沢市と北海道大学、JAが合流する形で、民官学が連携する体制が確立しました。これが、そもそもの発端になっています。2013年以降、農水省「経営体強化プロジェクト」、内閣府SIP「次世代農林水産業創造技術」などを実施してきました。

そして、2019年~2020年までの期間は「スマート農業加速化実証プロジェクト」に採択されたので、この体制で継続。そして今回、NTTグループ3社(日本電信電話株式会社(NTT)、東日本電信電話株式会社(NTT東日本)、株式会社NTTドコモ)が加わることになり、岩見沢市におけるスマート農業の取り組みを加速させることで合意したと発表されたのです。その期間は合意を発表した2019年6月28日から2024年6月30日までの5年間になります。

ここで行うのは、確かにスマート農業の実証実験なのですが、その狙いはもっと奥深いところにあります。簡単に言えば、私達は「スマート農業をキーにした地域活性化」を果たしたい、と考えています。岩見沢市を「スマートアグリシティ」にしたい、という願いが込められたプロジェクトなのです。

実際に行うのは、3つの実証実験です。

提供:NTT

1番目は、前編で触れたロボット農機の完全自動走行(レベル3)に向けて「高精度測位・位置情報配信方式の検討」を行います。

ご存じの方も多いと思いますが、日本の農業関連業界は一体となって、2020年のレベル3『無人状態での完全自律走行』モデルの実用化に向けて取り組んでいます。その象徴的な取り組みと言えるでしょう。

具体的には、準天頂衛星みちびきを含むGNSS、国土地理院の提供する電子基準点に加えて、独自固定局を設置・運用し高精度の位置測位を実現するNTTドコモが提供を予定している「GNSS位置補正情報配信基盤」や統計処理を用いた独自の衛星信号選択アルゴリズムにより、精度の高い測位情報を提供するNTTの最新技術等、新たな方式を含めて検討、検証を行います。


提供:NTT

2番目は、「次世代地域ネットワーク」の構築。自動運転農機に求められる最適なネットワークの検討、検証を行います。

具体的には、今注目を集めている第5世代移動通信方式(5G)のほか、岩見沢市が現在整備中のBWA等の最新技術を組み合わせることで、遠隔監視による無人状態での完全自動走行(レベル3)に求められる高速・低遅延で信頼性の高いネットワークの実現をめざします。早くて確実なネットワークの実現は、完全自動走行には欠かせません。その実現に向けた動きになります。

この実証実験はスマート農業の社会実装だけでなく、「地域のスマートアグリシティ化」が狙いである、と言いました。ですので、このネットワークの構築とともに、住民の暮らしやすさや産業振興、それに防災や防犯等に貢献する、地域住民のための通信基盤の構築にも取り組みます。

短期的には、5GとBWA等の組み合わせにより、ブロードバンド未整備地域での通信基盤整備を目指します。さらに中期テーマとして、NTTが提唱する光ベースの革新的なネットワークの構想IOWN(アイオン)に基づき、より大容量、低遅延で柔軟性に富み、消費電力に優れたオールフォトニクスネットワーク、特に用途ごとに波長を割りあてる機能別専用ネットワークの適用可能性の検討も進めます。これらの技術を活用し、ロボット農機システムを含む農業分野をユースケースの1つとして位置づけ、新たな価値創出をめざします。

提供:NTT

そして3番目のテーマは「高度情報処理技術およびAI基盤」。自動運転農機等からの映像・画像を含むさまざまなデータを効率的に伝送・圧縮するための高度情報処理技術の検討を行います。

また、自動運転農機等から収集されたデータを分析し農作業の最適化を図るための地域AIプラットフォームの検討を行います。NTT東日本の通信ビルをエッジ拠点として、閉域ネットワークによる低遅延かつセキュアな通信や、GPUサーバによる膨大なデータの高速処理が可能なラボ環境を活用することで、車体情報・カメラ映像や作業ログ、圃場IoT機器から収集されたデータ(生育・収量・品質・流通・消費者等)、外部データ(気象等)を高速に分析し、農業者や自動運転農機へタイムリーにフィードバックする仕組みを目めざします。

さらに、農作業の記録を簡易的に行うため、作業者の発話を音声で認識し、文字データに変換する音声認識技術にも取り組む予定です。

5Gともなると、精細な画像や動画を遅延なく送ることができるようになります。すると、農業ロボットが収集した大容量のデータをクラウドに飛ばす。そこに賢いAIを置いておけば、病害虫診断や生育状況把握にも利用できるようになる。それに応じて、再び農業ロボットが作業する。そういう使い方を想定しているのです。

こうしたシステムを構築できれば、ロボット農機の役割が変化します。今はロボット農機が人の監視下で無人走行して作業する、というレベル2の段階。次のレベル3では、無人状態(遠隔監視)での完全自動走行。それが実現した次の段階では、ロボット農機はデータ収集の役割を果たすようになります。そして賢い頭脳がクラウドに置かれており、クラウドで判断された最適な作業をこなすようになる。ロボット農機そのものには、新たなAI機能の実装は必要ありませんので、比較的安価に作ることができる。

こうした仕組みを作り上げることで、ロボット農機が普及すると同時に、スマートアグリシティのモデルケースができると考えているのです。


地域農業で役立つロボット農機の開発

──なるほど、岩見沢市をスマート農業を基盤においた地域活性化のモデルケースにしようということですね。成功例が一つできれば、次は横展開が可能になります。

野口:その通りです。岩見沢モデルを一つ確立できれば、そのスキームは他地域にも展開可能となります。

ただし、生産者の方なら理解されると思いますが、残念なことに農業は典型的な土地依存型産業です。土地によって気候も違えば地力も違う。もちろん作物も、それに作型だって異なるわけです。ですから岩見沢のスマートアグリシティを見習え、とは一概には言えません。

岩見沢モデルは、比較的大規模の水稲栽培地域では導入可能となるでしょうが、これですべて解決、というほど農業は簡単ではないのです。

──それと同時に、国のスマート農業施策は大規模法人寄りで、中山間地の中小の生産者が置き去りにされている印象も受けます。

野口:中山間地の生産者に目を向ける、というのはいい着眼点ですね。日本は各地で多様な地域文化を育んできましたが、この地域文化を支えてきたのが中小の農業生産者なのです。私は今、そうした中山間地の生産者の役に立つロボット農機の開発にも力を入れているんですよ。

その一つが、日本独自の小型スマート農業ロボットです。これは小規模・中山間地での使用をイメージしたものです。

小型スマート農業ロボットのイメージ図。提供:野口 伸(北海道大学)

その特徴は、まずは安いこと。中山間地の小規模生産者が実際に買える価格でなくては、意味がありません。そして小さいこと。これは使用する圃場を考慮すれば、当然必要となる要件です。そして24時間使えること。また、複数台で協調作業できることを目指します。そうすることで、大区画での使用にも対応できますから、価格を下げることも可能になるはずです。

この小型スマート農業ロボットは使い方もイメージしていまして、個人所有だけでなく、共有のほか、リース・レンタル、それに作業委託を想定しています。中山間地の小規模生産者に購入を迫るのは、もはや難しいのでは、ということまで想定しています。

提供:野口 伸(北海道大学)

中古のプリウスが農機として生まれ変わる?

野口:もう一つの課題が、ロボット農機の多用途利用。手始めに、果樹作業用ロボットの開発を始めました。そのベースとして、トヨタのハイブリッド自動車「プリウス」の中古車を想定しているのです」

──中古車ですか? 失礼ながら、それって農業に使えるのでしょうか?

野口:やはり普通の人は、そう考えますよね。でも、日本の自動車の性能は素晴らしく高いのです。想定しているのは初代プリウスですから、一番最初に市販された車両は1999年式になります。その中古でもバッテリーとモーターだけで農場を20km走るくらいなら、十分に可能なんですよ!

しかもプリウスは、モーターを二つ搭載しています。そのうちの一つを走行用、もう一つを作業用として作業機の駆動にも使える。これは便利です。エンジンは外して電動での走行を想定しているので、これなら夜間でも作業することができる。実に実用性の高いモデルになります。

そしてなんといっても、すでに自動車としては無価値に近い扱いで、何万台と日本に存在している。近年はSDGs=持続可能な開発目標という考え方が広がっていますが、リユースというのはそれにも合致しています。これを実現するために、ぜひ自動車メーカーに協力してほしい。

簡潔に言えば、中古車に一定の性能を保証する認証のようなものを付けてほしい、ということです。中古車ベースとかリユースでは、ユーザー側は不安を抱きます。一定の性能を保証することで、次のユーザーが安心して利用できる。それをリボーンしようと、そう考えているのです。


地域にとって必要な技術を提供し、社会課題を解決したい

──前編から続くここまでのお話で、日本におけるスマート農業の歩みと未来について、かなり具体的に理解できました。最後に、スマート農業の普及により20年後の日本農業はどう変わっているのか、先生の予測を理想を交えて教えてください。

野口:無茶なことを言いますね(笑)。理想を交えてで構わないということですので、20年後に実現していたい姿をお話しします。

まず、大規模生産者向け。20年後には、現在岩見沢市で行っているような、高度なスマート農業技術が普及・実用化されていて、相当程度に高効率な農業が可能となっているはずです。作業機&センサーとして働く無人のロボット農機が、クラウドを通じて賢いAIの指示を受けながら忙しく働く。それは遠隔で監視・管理されている。

ロボット用作業機も数多く実用化されていて、代かきと耕うんに限らず、施肥、播種、防除、除草、収穫といった、あらゆるステージでロボット農機が活躍している。また、現在は水稲だけですが、野菜や果樹向けのロボット農機も実用化されていると想像しています。

中山間地の小規模生産者向けにも、20年後にはスマート農業が行き渡っていると想像します。こちらには日本オリジナルの小型スマート農業ロボットが実用化されています。先にお話ししたようなモデルが実現しているはず。

一方で、新しい技術を実用化することで生産者を助けることはできるのですが、実は社会課題は別のところに潜んでいる、ということも理解しておかねばなりません。

個人的には、日本の中山間地農業は守る価値がある、守らねばならないと考えています。それをする手助けを賢いロボット農機で行いたい。ところが、現地の人達が抱えている課題が別のところにあったり、あるいは別の方法をとった方が解決に近づく、という場合もあるのです。

それが社会課題解決の難しいところではありますが、私が関わるプロジェクトでは必ず、地域の将来ビジョンを、その地域の住民の皆さんが明確にすることを提案しています。そのうえで必要となる技術を入れる。それができれば課題は解決したも同然です。私としては、有用な技術=選択肢を増やせるよう、今後もスマート農業、ロボット農機の開発に邁進して行きます。

そして質問への回答としては、希望を込めて「20年後の日本農業は、スマート農業が普及することで持続可能になっている」と、言い切りたいと思います。

【コラム】スマート農業研究第一人者に聞く「スマート農業最前線」
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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. さとうまちこ
    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
  3. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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