農業におけるビッグデータ時代の到来と課題 ~東京大学・二宮正士特任教授(前編)
大学・大学院といった研究機関で、日夜研究に邁進している研究者の方々に、スマート農業の研究やスマート農業普及のための課題、将来予想を聞くインタビュー連載。
二人目は、世界に先駆けて農業にITを導入し、農業情報学の創設を主導してきた二宮正士特任教授(東京大学)だ。2018年に日本農学賞/読売農学賞を受賞するなど、農業における情報研究分野の第一人者として活躍している。
前編では、農業において収集できるビッグデータの種類と内容について伺った。
二宮正士(にのみやせいし)
農学博士。東京大学 大学院 農学生命科学研究科 特任教授。
大きく分けて3つのデータがあります。つまり、「環境情報」と「管理情報」、そして「生体情報」です。
1つ目の「環境情報」というのは、気象や土壌、水といった植物が育っている環境に関すること。場合によっては作物以外の微生物の働きを入れることもあります。
2つ目の「管理情報」というのは、人が行ったマネジメントに関すること。たとえば種子や農薬、肥料をまいた時期やその量、あるいは農業機械をどこでどれだけの時間動かしたかも含みます。人がロボットを通して間接的に働きかけたこともこれに当たります。
3つ目の「生体情報」というのは、作物の生育状態に関すること。葉の面積、果実の糖度や酸度、収量といった作物そのものの情報です。
農業の場合、最終的な目標は一定以上の品質や収量を狙うことにあります。そこに立ちはだかるのは、環境の不確実性です。
野外で農作物を作る限り、人間は環境を変えられない。そこで目標達成のために環境に応じて人間が適切なマネジメントをすることになる。つまりいつ耕すとか、どれくらいの肥料をまくかといったことです。
それを判断するうえで大切なのが、3つのデータをきちんと集めること。そして、蓄積したビッグデータを解析して科学的な農業をやっていく。これがデータ農業の基本になります。
――これら3つのデータはだいぶ収集できるようになってきたのでしょうか?
一番簡単に収集できるのは「環境情報」のデータで、気象センサーを中心に多くのメーカーがそのためのセンサーを販売していますね。最近では水位センサーも登場し、水管理につなげようとしています。「管理情報」についても多くのメーカーがリリースしています。入力は、完全自動化まで行っていないにせよ、手軽にできるようになってきました。
問題なのは3番目の「生体情報」。こちらも技術は少しずつ進歩していますが、環境や管理の情報に比べればまだこれからでしょうか。作物をモニタリングできないと、手の打ちようがないことが多々あるので、情報としては非常に大事です。
――「生体情報」を収集する研究は進んでいるのですか?
そうですね。例えば、ドローンで効率的に圃場全体をモニタリングする研究はかなり進み、徐々に実用化が進んでいます。現状だと、個体レベルというよりは個体群レベルでどれくらい生育しているかを見ます。生育のムラをみて可変施肥につなげたり、病気の発生を効率的に把握するのです。
ただ、だいたいにおいて外観から判断するだけで、中身を簡単に見るところまでは至っていません。
――「中身を見る」とは?
生育途中での植物体の内部を非破壊で簡便に検査することですね。たとえば、どの栄養が多いのか少ないのかを知りたいわけです。人間が血液検査を受けるイメージといっていいかもしれません。
それからどれくらい光合成をしているか、といったことも知りたい。緻密な水の管理につながりますので。
ただ、面白い研究がいくつか進んできているので、もう5年もすれば生体内情報もいろいろなデータが取れるようになってくるでしょう。
――それは、農業でもあと5年もすればビッグデータの世界が間近に迫っている、と言っていいのでしょうか?
そうですね。気軽に使えるモニタリングデバイスが登場してくれば、ぐっとその世界に入っていくかもしれません。
――農業でもビッグデータの世界が間近に迫っているということですが、その世界を実現するうえで壁はありますか?
なんといっても、作物を反復的に作ることに時間がかかることでしょう。稲は同じ場所では一年に1回、せいぜい2回しか作れません。
もちろん全国でコメづくりをしていますから、稲作に関するデータはたくさん集められます。とはいえ、北海道と関東の稲作に関するデータからわかることは限定的でしょう。やはり同じ場所のデータを経年的に追っていった方が、はるかに多くのことが見えてきます。同じ場所で少なくとも20年間は作り続けないと、いろいろと見えてこないのではないでしょうか。
――すると、反復的なデータを集めるのはまだまだ時間がかかるのでしょうか?
未来に関してはそうでしょうね。ただ、我々は過去に膨大なデータを持っていることを忘れてはいけません。
特に、農業試験場では毎年繰り返して同じ品種を作り、そのデータを残してきました。そうしたデータの貴重さは理解されていても、まったくといっていいほど活用されていませんでした。
ただ、ここに来て過去のデータを活用するいくつかのプロジェクトが立ち上がって、いろいろと面白いことがわかってきつつあります。もともと決まった通りの方法に従った実験ではないので、データが歯の抜けたようになっているところもあるけれど、解析のノウハウも向上してきていますので、データをつなぎ合わせることができるようになっています。
――そうしたデータの相互関係から新たな知見が出てくるのではないか、ということですね。
そうですね。
(後編に続く)
<参考URL>
二宮 正士 | 東京大学
二人目は、世界に先駆けて農業にITを導入し、農業情報学の創設を主導してきた二宮正士特任教授(東京大学)だ。2018年に日本農学賞/読売農学賞を受賞するなど、農業における情報研究分野の第一人者として活躍している。
前編では、農業において収集できるビッグデータの種類と内容について伺った。
二宮正士(にのみやせいし)
農学博士。東京大学 大学院 農学生命科学研究科 特任教授。
農業も5年後にはビッグデータ時代へ
――農業で必要なデータにはどんなものがあるのでしょうか?大きく分けて3つのデータがあります。つまり、「環境情報」と「管理情報」、そして「生体情報」です。
1つ目の「環境情報」というのは、気象や土壌、水といった植物が育っている環境に関すること。場合によっては作物以外の微生物の働きを入れることもあります。
2つ目の「管理情報」というのは、人が行ったマネジメントに関すること。たとえば種子や農薬、肥料をまいた時期やその量、あるいは農業機械をどこでどれだけの時間動かしたかも含みます。人がロボットを通して間接的に働きかけたこともこれに当たります。
3つ目の「生体情報」というのは、作物の生育状態に関すること。葉の面積、果実の糖度や酸度、収量といった作物そのものの情報です。
農業の場合、最終的な目標は一定以上の品質や収量を狙うことにあります。そこに立ちはだかるのは、環境の不確実性です。
野外で農作物を作る限り、人間は環境を変えられない。そこで目標達成のために環境に応じて人間が適切なマネジメントをすることになる。つまりいつ耕すとか、どれくらいの肥料をまくかといったことです。
それを判断するうえで大切なのが、3つのデータをきちんと集めること。そして、蓄積したビッグデータを解析して科学的な農業をやっていく。これがデータ農業の基本になります。
――これら3つのデータはだいぶ収集できるようになってきたのでしょうか?
一番簡単に収集できるのは「環境情報」のデータで、気象センサーを中心に多くのメーカーがそのためのセンサーを販売していますね。最近では水位センサーも登場し、水管理につなげようとしています。「管理情報」についても多くのメーカーがリリースしています。入力は、完全自動化まで行っていないにせよ、手軽にできるようになってきました。
問題なのは3番目の「生体情報」。こちらも技術は少しずつ進歩していますが、環境や管理の情報に比べればまだこれからでしょうか。作物をモニタリングできないと、手の打ちようがないことが多々あるので、情報としては非常に大事です。
――「生体情報」を収集する研究は進んでいるのですか?
そうですね。例えば、ドローンで効率的に圃場全体をモニタリングする研究はかなり進み、徐々に実用化が進んでいます。現状だと、個体レベルというよりは個体群レベルでどれくらい生育しているかを見ます。生育のムラをみて可変施肥につなげたり、病気の発生を効率的に把握するのです。
ただ、だいたいにおいて外観から判断するだけで、中身を簡単に見るところまでは至っていません。
――「中身を見る」とは?
生育途中での植物体の内部を非破壊で簡便に検査することですね。たとえば、どの栄養が多いのか少ないのかを知りたいわけです。人間が血液検査を受けるイメージといっていいかもしれません。
それからどれくらい光合成をしているか、といったことも知りたい。緻密な水の管理につながりますので。
ただ、面白い研究がいくつか進んできているので、もう5年もすれば生体内情報もいろいろなデータが取れるようになってくるでしょう。
――それは、農業でもあと5年もすればビッグデータの世界が間近に迫っている、と言っていいのでしょうか?
そうですね。気軽に使えるモニタリングデバイスが登場してくれば、ぐっとその世界に入っていくかもしれません。
蓄積されたデータの活用が実現の鍵
――農業でもビッグデータの世界が間近に迫っているということですが、その世界を実現するうえで壁はありますか?
なんといっても、作物を反復的に作ることに時間がかかることでしょう。稲は同じ場所では一年に1回、せいぜい2回しか作れません。
もちろん全国でコメづくりをしていますから、稲作に関するデータはたくさん集められます。とはいえ、北海道と関東の稲作に関するデータからわかることは限定的でしょう。やはり同じ場所のデータを経年的に追っていった方が、はるかに多くのことが見えてきます。同じ場所で少なくとも20年間は作り続けないと、いろいろと見えてこないのではないでしょうか。
――すると、反復的なデータを集めるのはまだまだ時間がかかるのでしょうか?
未来に関してはそうでしょうね。ただ、我々は過去に膨大なデータを持っていることを忘れてはいけません。
特に、農業試験場では毎年繰り返して同じ品種を作り、そのデータを残してきました。そうしたデータの貴重さは理解されていても、まったくといっていいほど活用されていませんでした。
ただ、ここに来て過去のデータを活用するいくつかのプロジェクトが立ち上がって、いろいろと面白いことがわかってきつつあります。もともと決まった通りの方法に従った実験ではないので、データが歯の抜けたようになっているところもあるけれど、解析のノウハウも向上してきていますので、データをつなぎ合わせることができるようになっています。
――そうしたデータの相互関係から新たな知見が出てくるのではないか、ということですね。
そうですね。
(後編に続く)
<参考URL>
二宮 正士 | 東京大学
【コラム】スマート農業研究第一人者に聞く「スマート農業最前線」
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