「儲かる農業」に食産業全体でプラットフォーム構築を ~三重大学・亀岡孝治教授(後編)

センシング、ロボット、ゲノム編集など、スマート農業に関わる技術は幅広い。そんなスマート農業研究の第一人者にインタビューする連載企画。

第2回は前編に続き、食品工学の専門家で、農業分野でAIを使ったさきがけである亀岡孝治教授(三重大学)に、最新技術を駆使した農業の全体像を聞いた。

亀岡孝治(かめおかたかはる)
農学博士。三重大学 大学院 生物資源学研究科教授。一般社団法人ALFAE(アルファ)会長

日本の農業は「産業」になりえていない

――前回、「日本は農業を起点とするフードシステムが弱い」というお話をされていましたが、弱いという点では農業ICTの普及も弱いですね。

農家が農業ICTを普通に使えるようにしないといけないという課題も、確かにあります。でも、それは「儲かる」話とは別。技術が得られたからといって儲かるわけではありません。

今のデジタル社会で儲かるには、農家が消費者の情報をどう得るかが重要。消費者と直接やり取りしないならば、フードシステムの中の流通、販売などのさまざまなところを介して消費者の情報が入ってこないと、農家の売り上げは増えませんよ。

生産から消費までが一貫して見える形をどう組み立てるかが、世界的に重要になってきています。ただ、日本の場合、「食産業の中の農業」という見方がほとんどない。農業の部分だけを取り出して論じているんです。

本来、農協には人材育成部門、情報部門、物流部門というのがあるべきだと思うんです。スマート農業を動かしていくには、人材育成と情報、物流がすべてクラウド化されて、双方向のやり取りができるようにならないといけません。

――そういう意味では、今の農業は情報が分断されていて、ブラックボックスというか……。

農業はおよそ産業になっていないんですよね。そこが大問題で。

デジタル社会になって、ICT、IoTの導入が容易になる中で、ポテンシャルが上がっているわけでしょう。そのポテンシャルをどう使うかということが、産業に要求されているわけです。

でも、農業という産業がこのポテンシャルをどう生かすかということが、戦略的ではないんですね。

例えば、人間はTwitterの一つの投稿140文字を2〜3秒で読みますね。それをコンピューターは10の-7乗秒でやるわけですよ。だから、コンピューターは1秒間に10の7乗個、ツイッターを読めるわけです。人間の一生分くらい読んでしまうということですね。

今、ギガバイト(GB、国際単位系によると10の9乗バイト)とか、テラバイト(TB、国際単位系によると10の12乗バイト)とかの単位がよく言われます。ビッグデータというものがどれくらいかというと、10の21乗バイトのゼタバイト(ZB)になる。10の21乗のデータを、10の-7乗のスピードで処理する時代になっているということです。農業がこういうものをどう使っていくか。これが問われているんです。

ーー具体的には、農業においてICTやIoTをどう活用すればいいのでしょうか?

農業の一番の問題は、環境は計測できるけど制御できないということです。植物は制御できる部分もあるけれど、計測が困難。だから、作物ごとの栽培モデルが大事になります。

スマート農業の全体像というのは、センサーがあって、データがあって、モデルがある。その後ろには、遺伝子から計算して育種していく話(ゲノム編集)や、作物の健康診断をするような話がある。それらを組み立てたうえでどうマーケティングしていくかが重要になるんです。

それなのに、日本でスマート農業が語られる時、食産業と分離して考えられていたり、AIが農業界の課題をすべて解決してくれるというような、非常に陳腐なイメージになっていたりすることが多いんです。

日本は「Society 5.0」(ソサエティ5.0)ということを提唱しています。AIやIoT、ビッグデータなどの新技術をあらゆる産業や社会生活に取り入れて、イノベーションを創出し、社会課題を解決すると。

ところで、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者は、こんな分析をしています(C・オットー・シャーマー、カトリン・カウファー『出現する未来から導く』英治出版、2015年)。「Society 1.0」は国家、「Society 2.0」は国家+民間企業、「Society 3.0」は国家+民間企業+NPO、「Society 4.0」は国家+民間企業+NPO+プラットフォーム。

Society 4.0は、資源を共有するプラットフォームを作って、そのうえで競争するということ。食産業もこういう形になっていかないとダメなんですね。今の日本の現状は、2.0と3.0くらいだと言われています。まだ全然4.0まで来ていないんです。

画像提供:亀岡孝治氏

ヨーロッパのスマート農業では、農業現場での通信速度が問題になると言われています。日本は光回線など高速固定通信の速度がOECD(経済協力開発機構)加盟国中で2015年は7位だったのが、2018年は23位に転落したと報じられました(日経新聞記事参照)。都市の通信環境すら、世界的に見てスピードが出なくなっているんですね。農業現場に行くと、携帯電話が通じないところとか、いっぱいあるわけです。

「スマート農業」から「デジタル農業」へ

ーー日本で海外のようにスマート農業を根付かせるためには、どうすればいいのでしょうか?

そもそも、精密農業ということが言われるようになった時、それを動かしていくのは農業機械でした。トラクターや防除機の機械化一貫体系が農業を強くしていくイメージですね。「精密農業=農業機械の高性能化」みたいな時代がありました。

それから、センサーやIoTが出てきて、精密農業を駆動する枠組みが今、スマート農業になっているんです。IoTが駆動する、デバイスが駆動するイメージですね。

その状態も変化していて、ヨーロッパやアメリカは次の時代を見ていて、「デジタル農業」という言葉を使い始めました。デバイス駆動ではなく、さまざまなデバイスからデータが集まることで、データが駆動する農業ができるということです。

画像提供:亀岡孝治氏

10の21乗の世界が農業をコントロールしていく時代になるわけです。個人の栄養の摂取や健康の維持を最終目標にしながら、駆動されていく。僕も、スマート農業ではなくて、データ駆動の農業を目指しています。

ーー最後に、今後日本の農業はどう発展していくとお考えですか?

今のスマート農業は、農家にどんないいことがあるのかという話が欠けています。農家が何をしたいかを聞きながら作っていく仕組みがない。

農家は植物と対話したいわけです。植物との対話のためのツールやシステムの構築が大事で、そのためにIoTとか農業機械、AIが必要になるわけです。

繰り返しになりますが、農家は消費者の求める品質から逆算した栽培をしなければなりません。そのためには、生産、流通、販売、消費の間で情報が双方向で得られる必要があります。このことについて、実は1965年、当時の科学技術庁資源調査会が「食料流通に関する情報体系の整備」「食料流通に関する研究開発」をするように、という勧告を出しているんです(食の体系的改善に資する食料流通体系の近代化に関する勧告)。それが実現されないまま、今に至っています。

いくら高度な技術があっても、儲からなければ意味がないわけですね。農業だけでなく、食産業まで広げたプラットフォームを作ったうえで、農業をする。その視点が大事なんじゃないかと思っています。

<関連記事>
フードシステムの構築があってこそ技術が生きる ~三重大学・亀岡孝治教授(前編)

<参考URL>
日本の光通信速度、23位に転落 5Gの足かせに 【イブニングスクープ】(日本経済新聞)

【コラム】スマート農業研究第一人者に聞く「スマート農業最前線」
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WRITER LIST

  1. よないつかさ
    1994年生まれ、神奈川県横浜市出身。恵泉女学園大学では主に有機栽培について学び、生活園芸士の資格を持つ。農協に窓口担当として5年勤め、夫の転勤を機に退職。アメリカで第一子を出産し、子育てをしながらフリーライターとして活動。一番好きな野菜はトマト(アイコ)。
  2. syonaitaro
    1994年生まれ、山形県出身、東京農業大学卒業。大学卒業後は関東で数年間修業。現在はUターン就農。通常の栽培よりも農薬を減らして栽培する特別栽培に取り組み、圃場の生産管理を行っている。農業の魅力を伝えるべく、兼業ライターとしても活動中。
  3. 槇 紗加
    1998年生まれ。日本女子大卒。レモン農家になるため、大学卒業直前に小田原に移住し修行を始める。在学中は、食べチョクなど数社でマーケティングや営業を経験。その経験を活かして、農園のHPを作ったりオンライン販売を強化したりしています。将来は、レモンサワー農園を開きたい。
  4. 沖貴雄
    1991年広島県安芸太田町生まれ。広島県立農業技術大学校卒業後、県内外の農家にて研修を受ける。2014年に安芸太田町で就農し2018年から合同会社穴ファームOKIを経営。ほうれんそうを主軸にスイートコーン、白菜、キャベツを生産。記録を分析し効率の良い経営を模索中。食卓にわくわくを地域にウハウハを目指し明るい農園をつくりたい。
  5. 田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。