フードシステムの構築があってこそ技術が生きる ~三重大学・亀岡孝治教授(前編)

国は、2019年をスマート農業の「社会実装元年」と位置づける。今回より、基礎研究に加え、社会実装化も視野に活動する大学・大学院の研究者たちに、研究の現状と、スマート農業普及のための課題、将来予想を聞くインタビュー連載がスタートする。

第1回は、日本の農業分野で最も早くAIの研究を始めたひとりである亀岡孝治教授(三重大学)に伺った。

亀岡孝治(かめおかたかはる)
農学博士。三重大学 大学院 生物資源学研究科教授。一般社団法人ALFAE(アルファ)会長




――まずは、亀岡先生のなさっている研究についてお教え下さい。また、研究を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

今している研究の話をする前に、これまでの研究者としての歩みをご紹介します。

僕は、和歌山県のミカン農家の長男です。農作業は高校までひと通りやって、農業だけはやるまい、こんな儲からない産業だけはやるまいと思って、東京大学に入りました。

ところが、大学でいつのまにか農学部に行き、農産機械学を専攻することになりました。これは、収穫後の乾燥や貯蔵、冷凍の機械を研究するもの。僕の研究はここから始まっています。日本では農業分野で最も早くAIの研究をしていたうちのひとりです。

さまざまな光を計測に活用

ーースマート農業について、これまでされてきた研究を教えてください。

ニューラルネットワーク(人間の脳の神経回路網の特性を数式的なモデルで表したもの)や、ファジィ測度とファジィ積分(曖昧な量の計測体系)とかを機械にどう入れるかといったことです。「味見・ソムリエロボット」という、赤外線の糖度センサーを使ってワインが評価できる世界初のロボット――ギネス認定も受けました――を共同開発して、2005年の愛・地球博(開催地:愛知県)に出展したこともあります。

農業ITについて、1996年に農林水産省で初めてプロジェクトが立ち上げられて、フィージビリティスタディ(実行可能性調査)が行われたんです。これには、東大をはじめとする大学、農研機構、富士通やNECなども入っていました。私は、その中の光を使ってさまざまなものを計測するチームのリーダーでした。

特徴は、光をX線からテラヘルツ(光と電波の両方の性質を持った電磁波)まで全部使って、さまざまなものを計測すること。蛍光X線、紫外線、可視光、近・中赤外線、テラヘルツ、そして電波。たとえば、中赤外線でワインや出汁の味の評価をしたり、蛍光X線で葉の中の元素の含有量を分析したりといった具合です。

日本で初めてカラーチャートをデジタル化

ーー具体的に実用化された事例にはどんなものがあるのでしょうか。

現場で何をしていったかというと、1998年に日本で初めてブドウの安芸クイーンの「デジタルカラーチャート」を作りました。このデジタルカラーチャートの仕事は、私の研究室でこのテーマで博士論文を書き、新潟大学に赴任した元永佳孝先生の専売特許になっていましたが、2013年に久しぶりに三重県農業研究所と組んでシャインマスカットのデジタルカラーチャート、JA全農と組んで「アンジェレ」というミニトマトのデジタルカラーチャートを作りました。画面上に表示して使うこともできるし、紙に印刷して使うこともできるものです。

シャインマスカットのデジタルカラーチャート(画像提供:亀岡教授)

アンジェレのデジタルカラーチャート(画像提供:亀岡教授)

カラーチャートというのは、普通、四角の枠の中に色が入っています。デジタルカラーチャートは、例えばシャインマスカットなら、その平均的な形状を数学的に計算して、その形の中に色を入れています。アンジェレの場合、実際にどう見えるかを計算したうえで、ツヤまで入れて作っているんです。デジタルデータをクリックすると、だいたいこの色の頃は糖度がいくらで、酸度がいくらというのを表示することもできます。デジタルなので、いくらでも活用できるんですね。

2002年に、カゴメ総合研究所の圃場で、さまざまな光を使った計測を行いました。この年に、ハワイのUCCのコーヒー農園で、データを統合的に活用するための実証実験をしています。今、スマート農業と言われていますが、もっと先進的なものを実験では取り組んでいたわけです。こうした実験で使われた技術が、今バラバラと使われているんですね。当時の日本の研究水準は、世界でもトップクラスだったんです。

2007年には、日本で初めて農業現場で本格的なセンサーネットワークを使うプロジェクトを2カ所で立ち上げました。2011年には植物工場での栽培モデルをつくりました。2013年には京都府の与謝野町で、農業向けIoTソリューションの「e-kakashi(いいかかし、PSソリューションズが運営)」、土壌診断と施肥指導をする「SOFIX(ソフィックス、SOFIX農業推進機構が運営)」、農業ベンチャーのベジタリアのセンサーネットワークなどを使って、土壌から植物の診断に至る総合的な実証をしています。LoRaWAN(省電力で長距離の通信ができるLPWAという無線通信技術の一種。免許が不要の周波数帯域を利用し、コスト効率が高い)を町全域で展開しています。与謝野町での実証は今に至るまで継続されています。

フードシステムあってこそのスマート農業

ーーこれまで数々の研究事例を積み重ねてこられましたが、「スマート農業」についてはどうお考えですか。

デジタル社会が始まり、農業の生産に特化した精密農業から、経営や市況などあらゆるデータを基に,農業全体の効率化を考える農業がスマート農業と言われるようになったわけですね。

ただ、スマート農業だけでうまくいくかというとそうではなくて、スマート農業を起点とするフードシステムが立ち上がらないとダメなんです。日本はその部分がすごく弱い。では、どうするのということが、僕のテーマです。

後編に続く。

【コラム】スマート農業研究第一人者に聞く「スマート農業最前線」
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  1. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  2. さとうまちこ
    さとうまちこ
    宮城県の南の方で小さな兼業農家をしています。りんご農家からお米と野菜を作る農家へ嫁いで30余年。これまで「お手伝い」気分での農業を義母の病気を機に有機農業に挑戦すべく一念発起!調理職に長く携わってきた経験と知識、薬膳アドバイザー・食育インストラクターの資格を活かして安心安全な食材を家族へ、そして消費者様に届けられるよう日々奮闘中です。
  3. 北島芙有子
    北島芙有子
    トマトが大好きなトマト農家。大学時代の農業アルバイトをきっかけに、非農家から新規就農しました。ハウス栽培の夏秋トマトをメインに、季節の野菜を栽培しています。最近はWeb関連の仕事も始め、半農半Xの生活。
  4. 川島礼二郎
    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 柏木智帆
    柏木智帆
    米・食味鑑定士/お米ライター/ごはんソムリエ神奈川新聞の記者を経て、福島県の米農家と結婚。年間400種以上の米を試食しながら「お米の消費アップ」をライフワークに、執筆やイベント、講演活動など、お米の魅力を伝える活動を行っている。また、4歳の娘の食事やお弁当づくりを通して、食育にも目を向けている。プロフィール写真 ©杉山晃造
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