「アーバスキュラー菌根菌」とは何者か?〜理化学研究所 市橋泰範氏 中編

国立研究開発法人理化学研究所のバイオリソース研究センターで、「植物-微生物共生研究開発チーム」のチームリーダーとして「アーバスキュラー菌根菌」を研究している市橋泰範さんへのインタビュー

2回目となる中編では、植物に共生し、農業での活用が期待されている「アーバスキュラー菌根菌」の特性と有用性について、詳しくお話をうかがった。

市橋泰範(いちはしやすのり)
国立研究開発法人 理化学研究所
バイオリソース研究センター 植物-微生物共生研究開発チーム
チームリーダー 理学博士


無機成分の土壌診断だけでは通用しなくなっている

——土壌微生物に着目されたのは、なぜですか?

農業の現場では、これまでN(窒素)、P(リン酸)、K(カリ)等に微量要素を加えた、無機成分を中心に測定する土壌診断が主流でしたが、我々はそこに、生物化学的な要素である微生物を加えた新しい診断技術を開発したいと考えています。

たしかに化成肥料はシャープに効くし、その効果や必要な施肥量を容易に数値化できますが、後々土壌が硬くなったり、特定の病原菌やウィルスが発生して連作障害の原因になるなど、問題が起きているのも事実です。

これまでの「NPKの化学肥料のみを与えればいい」という考えはもう通用しなくて、それとはぜんぜん違う成分が重要だということがわかってきました。とにかくデータを統合して整備して、本当に何が重要なのかを導き出す診断技術を開発すべきだと考えています。

中でも重要視しているのが、植物の根圏微生物を利用した農業資材の開発です。

微生物が土の中で頑張って有機質を分解して、植物に必要な成分を供給する。そんな仕組みづくりに、根圏微生物を利用できるのではないか。

今、地球上に存在する微生物のなかで、人間が培養できるのは全体の1%にすぎません。つまり99%の微生物は培養できていないのです。そのうち数%でも開拓できたら、ものすごいブレイクスルーが起きると考えています。

しかも、日本に存在する微生物はその品種も多いらしいのです。微生物同士が共生関係にあることもわかっていて、最初にそれを発見したのは日本の研究者でした。元々微生物と発酵に関する研究は、日本の“お家芸”でもあるのです。


リン酸を植物に“供給”してくれる菌根菌という存在

——先生が着目されている、「アーバスキュラー菌根菌」とはなんですか?

菌根菌とは、菌根をつくる真菌(カビ)です。菌根とは菌の細胞と植物の根っこの細胞の複合体を意味し、菌根菌は植物絶対共生菌なので、植物について共生していないと、生きられません。

そんな菌根菌は肉眼で見ることもできます。たとえば、植物の根を抜いた時、スポッと抜けるのではなく、根のまわりに砂粒やいろんなものがくっついてくることがあります。そんな時、根のまわりに蜘蛛の巣状の何かが張っているような感触がある時は、菌根菌がいる可能性が高いと思います。



よくマメ類の根に寄生して窒素を固定する「根粒菌」と混同されがちですが、それとはまったく別物です。根粒菌は根粒をつくる細菌(バクテリア)ですが、菌根菌は真菌(カビ)なのです。

アーバスキュラー菌根菌のすごいところは、陸上植物の80%以上と共生できること。菌の種類としては300種以上確認されているのですが、人間が利用できる形で培養できるのは、まだごくわずかです。

——どんなメカニズムで植物と共生しているのですか?

植物は光合成で作り出した糖や脂肪酸を菌根菌に与え、菌根菌は植物に養分として必要なリン酸を与える。そんな“持ちつ持たれつ”な関係にあります。

さらに着目していただきたいのは、アーバスキュラー菌根菌は、リン酸を植物に供給している点です。

植物の生長に不可欠なNPKの三要素の中で、最も吸収しにくいのがリン酸で、土壌中の根から3㎜以内にあるものしか利用できないといわれています。農家の方が「毎年リン酸肥料を入れているのに、なかなか効かない」というのはそのためです。


そこにアーバスキュラー菌根菌を投入すると、彼らは植物体の根圏領域を飛び越えて、菌糸を伸ばしていく。だから、根の届かない領域のリン酸を吸収してうまく利用することができるわけです。

こうした植物と微生物の“持ちつ持たれつ”な共生関係は、オルドビス紀、つまり4億年前から成立していたといわれています。生物が進化の過程の中で、かなり早い段階で獲得してきた究極的な関係なのです。


——それはすごい微生物ですね。

はい。ただアーバスキュラー菌根菌が共生できる植物には例外もあって、アブラナ科、ヒユ科、タデ科、それとマメ科の一部の植物とは共生できません。

——日本にはアブラナ科の植物や作物が、大量にあるのでは?

ええ。たしかにアブラナ科はいっぱいあるんですが、この菌とは共生できないのです。どうも元々共生関係にあったけれど、進化の過程で何かの理由でお互い手を切ってしまったらしい。

我々が微生物の研究を進める上で、材料として最も多く利用しているシロイヌナズナという植物があります。小さくて、世代が回るのが早く、種も小さい。とにかくすべてがコンパクトで、植物の基本的な生理現象は、このシロイヌナズナでかなり明らかになっているのですが、アブラナ科なので菌根菌とは共生できません。代わりにミヤコグサやミナトカモジグサなど、他のモデル植物を実験に利用しています。

これまでの先行研究の結果として、ネギに菌根菌を接種して栽培したところ、リン酸を施肥しなくても、1.5〜3倍の収量が得られるという結果が出ています。


——それはすごいですね。


日本は貴重なリン肥料を無駄に使いすぎている

リン肥料は主にリン鉱石から製造されるのですが、それがいま、世界的に足りなくなってきています。採掘量は2030年にピークを迎え、その後減少していくという予想も出ている。事実、2007年に日本ではリン肥料の価格が2倍に跳ね上がりました。

産出国の世界トップ5は、中国、モロッコ、南アフリカ、アメリカ、ヨルダンですが、アメリカは輸出をストップ。他の国は関税をアップしています。

一方、日本では、リン鉱石の大部分を輸入に頼っているのですが、その単位面積あたりのリン肥料の投入量はアジアでもトップクラス。このままでは輸入が困難になる日も近いのに、土に入れても植物体が吸収できない「不可給態リン酸」が、9割くらいを占めています。

日本はリン肥料を使いすぎてきました。もう世界的に見ても資源は限られているので、極力有効利用しなればなりません。そのため、すでに日本の土中に存在しているリン酸を、効率的に活用する栽培技術の開発は、急務とされているのです。


土壌に菌根菌を入れることで、共生関係を結んで土中のリン酸を吸収させる。世界的に見てもアーバスキュラー菌根菌は、ものすごく注目されています。

——早く菌根菌を利用した農業が実現するといいですね。

ええ。しかし、菌根菌は純粋培養が難しく、「異核共存体」といって、1つの胞子の中にゲノム情報の異なる核が数百存在しているため、安定した状態で維持するのがとても難しいのです。

実際に多様な菌根菌の中で、試験官内での研究材料として活用できるのは、ベルギーのリソースバンクが保管している30株。うち実際の基礎研究に使われているのは主に1種類だけです。

土中では、植物、微生物、環境、この3つのファクターが複雑に絡み合っている。まだまだわからないことが多すぎて、手探りの状態にありますが、その研究はあらゆる方向から進められています。


理化学研究所 バイオリソース研究センター
https://ja.brc.riken.jp/

【コラム】スマート農業研究第一人者に聞く「スマート農業最前線」
SHARE

最新の記事をFacebook・メールで
簡単に読むことが出来ます。

RANKING

WRITER LIST

  1. かくやさゆり
    サンマルツァーノトマトに出会い家庭菜園を始めた半農半ライター。農業、食、アウトドアを中心にライターとして活動中。主に固定種の野菜を育てています。
  2. 川島礼二郎
    川島礼二郎(かわしまれいじろう)。1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  3. 蒼井ネコ
    農学系の兼業ライター。某大学農学部、某農業レストラン、某飲料会社商品企画を経て、現在は某マルシェアプリでwebマガジン編集として働きながら、猫様のお世話をしている。
  4. 杉山直生
    すぎやまなおき。1988年生まれ。愛知県で有機農業を本業として営む。「伝えられる農家」を目指して執筆業を勉強中。目標は、ひとりでも多くの人に「畑にあそびに行く」という選択肢を持ってもらうこと。「とるたべる」という屋号で、日々畑と奮闘中。
  5. 柴田真希
    管理栄養士。㈱エミッシュ代表取締役。Love Table Labo.代表。27年間悩み続けた便秘を3日で治した雑穀や米食の素晴らしさを広めるべく、雑穀のブランド「美穀小町」を立ち上げる。現在はお料理コーナーの番組出演をはじめ、各種出版・WEB媒体にレシピ・コラムを掲載する他、食品メー カーや飲食店のメニュー開発やプロデュースなどを手がける。『私は「炭水化物」を食べてキレイにやせました。』(世界文化社)、『はじめての酵素玄米』(キラジェンヌ)など著書多数。